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第七十話 再始動の朝に




『じゃあ、ハル君。 今日はくーちゃんの所に行くからお昼は適当に済ませてね』


 バスケットにお弁当を詰めながら姉が言う。


『あっ、今日は土曜日だったね』




 くーちゃんとは近所に住む6歳の少女だ。 


 生まれつき病弱な盲目の少女で、ほとんどいつもベットで寝ていた。


 親同士が友人で昔から家族ぐるみでのお付き合いをしていた事もあり、姉は休みの日になると必ずくーちゃんに会いにいってた。


 出会った当初、僕はどう接していいかわからなかった。


 10歳も年齢が離れた女の子だったからね。


 とりあえず何か話さないとと話題を探し、当時流行っていた特撮ヒーローの話をした。


『リーダーのレッドがピンクに対して言ったんだ。 ホワイトがもうすぐやってくるから、それまで守り切るんだって…』


 くーちゃんは僕の話を黙って聞いていた。


 その表情は淡々としているように見えたけど、うんうんと頷いていたからこれで良かったんだと思った。


 でも帰宅してから姉に言われた。 


『あのね、ハル君。 さっきのくーちゃんとの話だけど、あれはないんじゃないかなぁ~?』


『え?? きちんとコミュニケーションとれてたでしょ』


『う~ん…。 全然ダメ』


『ぜっ、全然!?』


『うん。 ハル君が去った後でくーちゃんから聞かれたのよ。 レッドって何? ピンクってどんなの?ってね』


 そこで姉が言いたかった事がわかった。


 盲目の彼女に色は伝わらない。 相手の立場に立って考えてなかったなぁ…。


 その後、姉から色々とアドバイスをもらい、くーちゃんと会う時は絵本を読んだり歌をうたったりして過ごすようにした。


 そして会う回数が増えるにつれ彼女の笑った顔も見れるようになった。


『ハルお兄ちゃん。 いつも(・・・)ありがとう』


 そう言ってもらえた時の事を僕は忘れない。


 そんな風に彼女との距離もだいぶ縮まっていたのだが、ここ最近はご無沙汰になっていた。 




『って言うか、ハル君も一緒に行こうよ。 今日はピクニックに行くんだよ』


『ゴメン。 今日は無理』


『えー。 くーちゃんも会いたがってるのに~』


『だって今日は由紀子とデートなんだよ』


『ハァ~。 ハル君は彼女が出来た途端に付き合い悪くなったなぁ~。 お姉ちゃん、悲しいよ』


『そんな事言われても…。 くーちゃんにはよろしく伝えといて』


『はいはい。 ハル君は彼女ちゃんとラブラブデートって伝えとくからね』


『いやいや、それは止めてよね』



 昔から面倒見が良く、誰にでも優しかった姉。



 その日、自慢の姉は帰らぬ人となった。





☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 



 最近よく姉の夢を見る。


 何でだろう?


 別に‘安らぎのブレスレット’を付けて寝ているわけでもないのにね。


 でも今日の夢は一番見たくないシーンだったなぁ。


 


 カーテンを開けると外は一面銀世界だった。


 僕が今使用している部屋は3階にあって、窓からは美しい眺望を存分に楽しむ事ができた。


 今日もよく降ってるなぁ。 


 そんな事を思いつつ背伸びをしていると、庭で駆けまわって遊んでいるシロップとサクラの姿が目に入った。


 二人とも元気だなぁ。

 

 遊んでいる二人を眺めながら、僕は窓を開け換気を行う。 


「さぶっ」


 ひんやりとした冷気が部屋の中に入ってきて、一瞬で眠気が吹き飛んだ。



「あっ!ハルト様だぁ。 おはようございます」


「おはーなの」


 僕に気づいた二人が大きく手を振ってきた。


「うん、おはよう。 二人とも寒くないの?」


「大丈夫なの~」


「ハルト様も一緒に遊びましょう」


「う~ん。 遠慮しておくよ」


「そうですか。 それではすぐに朝食のご準備をしますね」


「あっ、いやいいよ。 シロップはサクラと遊んでな」


「えっ、でも…」


「サクラもまだ遊びたいよね?」


「はいなの」


 サクラの満面の笑みに勝てるはずもなく、


「では、ハルト様。 お言葉に甘えてさせていただきますね」


 そう言ってシロップはぺこりとお辞儀をして、サクラと再び雪遊びを始めた。


 うん、うん。 なんか微笑ましい光景だなぁ。


 このままずっと見ていられる…って、いかんいかん。


 今日はやる事がいっぱいなんだ。


 何たって昨日ようやく外出許可が下り、今日から本格的に再始動すると決めたからね。


 実はここ3週間程、僕はずっと自宅療養中だった。


 決闘で予想以上のダメージを受けたうえに、“蜂蜜”を探すため一晩中街を走り回って、挙句の果てに気を失い、気づいたらタルト邸のベッドの上だった。


 で、医者と周囲から絶対安静を強いられて今日に至ったというわけだ。


 医者はともかくマロンさんや親しい仲間にも言われたらね。 


 大人しく従うしかないよ。


 ただ残念な事に年末年始をベッドの上で過ごす事となり、この世界にもあるクリスマスやお正月といったイベントを一切楽しめなかった。


 まぁ、かなりの頻度でマロンさんが会いに来てくれたので寂しさは感じなかったけどね。


 しかし、もう1月なんだなぁ…。



 とにかく初日からぐずぐず過ごすわけにはいかない。


 僕はさっさと着替えてリビングに降りていった。


 するとテーブルを囲んでマロンさんとタルトさんが談笑しながらテータイムを過ごしていた。



「おはようございます」


 挨拶をしながら、僕は定位置に座る。


「おっ、おはよう」


「おはようございます、ハルトさん。 昨夜はよく眠れましたか?」


「うん、もうぐっすりと。 ってか、マロンさんは今日お仕事じゃなかったっけ?」


「今日は有給を使いました」


「えっ! 有給!? ひょっとして何か予定があるの?」


「いや…。 えーっと…」


 答えに困っているマロンさん。 でも有給をとるって事はよっぽどの用事なんだろう。 


 たはぁ~。 せっかく外出できるようになったんだから、どうせならマロンさんと一緒に街を回りたかったなぁ。

 


「あー。 暗い表情になってる。 駄目よ、マロン。 ハルトは察しが悪いんだからはっきりと言わなきゃ」


「えっ、でも…」


 なっ、何だ。 マロンさんに何があるっていうんだ。 


 まっ、まさか『やっぱりルークさんとデートする事になりました』とかなのか!?


 だって、有給だよ。 そう簡単に使うものじゃないよね。 それなりの理由があるってもんだよね。


 ますます不安な表情を浮かべてしまう。


 そんな僕を見てタルトさんは、やれやれとため息をついた。


「ほらね。 はぁ~。 もう、はっきりと言ってやりな。 ハルトの外出許可に合わせて有給をとったんだって」


「えっ、そうなの!?」


「タルトさん!! なんで言っちゃうんですかぁ~」


「いや、言ったほうがいいって。 ほら見てみな、あの嬉しそうな顔。 良かったね、マロン」


「もぅ~」


 ヤバイ。2人のやり取りを聞いてて自然とニヤけてしまった。


 と、その時だ。


 気が緩んだ表情をしている僕の前にコトンとグラスが置かれた。


「おはようございます。 どうぞ。 お飲み物です」


 ノワさんが飲み物を運んできてくれたのだ。


 僕は慌てて表情を引き締めお礼を言い、わかりきっている事だが聞いてみる。


「ちなみに今朝の1杯は何ですかね?」


「ハルト様が大好きな蜂蜜(・・)がたっぷり入った蜂蜜ジンジャードリンクです」


「はぁ~。 今日も蜂蜜(・・)ですかぁ・・・」


「もちろんです。 毎日飲んで頂かないと在庫が減りませんから」


 ニッコリと笑いながら答えるノワさん。 でも、『何を今さら』って感じの表情なんだよなぁ。


「・・・ですよね。 ごめんなさい」


「今日はお出かけのご予定という事なので、水筒もご用意してます。 忘れずにお持ちくださいね」


「はっ、はっ、は・・・い」


 うん、やっぱり笑顔が怖い。

 



 ちなみに“蜂蜜”についてなんだけど、ちょっと困った事態になっていた。


 マロンさんをはじめ関係者には蝋人形(ろうにんぎょう)知り合い(・・・・)に似ていた事。


 それを売った商人が“蜂蜜”といい、確認したい事があって探していた事。 


 由紀子の事は伏せたけど誤解がないように説明した。


 療養中だった事もあり、この件に関してはこれ以上追求してくる人はいなかった。


 それはみんなの優しさだと思う。


 でも、あくまでそれは身内の話だ。


 世間は違う。


 元々ハズレ勇者として名が知れていた僕。


『ハズレ勇者だけど、ルーク様と互角に渡り合うなんて凄い。 流石“勇者”』


『蝋で固めて押し出すという発想が新しい』


蝋人形(ろうにんぎょう)だけど女性を守った姿がかっこよかった』


『マロン様に応援されるだけの事はある』


 :


 あのルークとの決闘で評判がかなり上がっていたのだ。


 そして、


『“勇者”ハルトは“蜂蜜”が大好物』


『戦いの後には“蜂蜜”を食べたがる』


『傷だらけなのに“蜂蜜”を必死で探しまわるなんて、よっぽど好きなんだ』


『“ハズレ勇者”に“蜂蜜”を』


  :


 など、街中で勝手に噂が一人歩きしていた。


 決闘直後に“蜂蜜”と叫びながら街中を走り回っている姿を多くの人に目撃されたからね。


 これは最早お手上げ状態で、誤解を解くのは無理ってものだった。


 そしてタルト邸で療養しているこの3週間の間に、『早く良くなりますように』と沢山のお見舞い“蜂蜜”が届くようになったのだ。




 “ジリリリリ、ジリリリリ・・・”


 突然ベルが鳴り、ノワさんが玄関へ向かった。


「おっ、今日も来たんじゃない?」


 タルトさんがニヤニヤ笑いながら言う。


「えぇ。 きっとハルトさん宛てでしょうね」


「うぅ~。 正直もう勘弁してほしいです」


 僕は大袈裟にバツポーズを作ってみせた。


 するとノワさんが大きな"蜂蜜"の入った大きな壺を抱えて戻ってきたものだから、リビングに笑いがこだました。

 

 ただ、ノワさんは少し困った表情で「“蜂蜜”を頂いたお客様ですが、ハルト様をお呼びです」と。


「わかりました。 ちょっと挨拶してきます」


 そう言って玄関へ行きドアを開けると、そこにはサングラスに真っ黒なロングコート姿を着た男たちが十数人、2列に並んで立っていたのだ。



≪バタン≫


 思わず、ドアを閉めてしまった。


 うん、誰だったそうするよね。 


 怪しすぎるもん、あの集団は。

 

 元の世界で一昔前に流行った映画マ〇リックスの悪役達みたいだからね。



 そんな僕の隣にサッとやってきたノワさん。


「排除しますか? 微力ながらご協力いたしますよ」


 と言って袖の下から小刀を取り出した。


 って、何て物騒なものを忍ばせてるの。


「いっ、いや大丈夫です。 たぶんあれ知り合いですから」



 とりあえず小刀をしまってもらい、再度ドアを開ける。

 

 すると2列に並んだ男たちは素早く列と列の間を開け、声を揃えて言った。


『ボスのおな~り~~~』


 これまた黒づくめ姿の小太りな男が葉巻をふかしながら、のっしのっしと後方から近寄ってくる。


 そして僕の前でボーラーハットをとって、悪い笑顔を浮かべ口を開く。


「お久しぶりですじゃ。 ハルト様」


 朝から見たくない顔が目の前に現れた。



「どうも。 カプレーゼさん」


 うん。 だいたい想像がついてたよ。


 そしてせっかく再始動の朝だっていうのに、面倒くさそうな予感しかしなかった。


 






 


半年ぶりの更新です。


リアルがだいぶ落ち着いてきたので、執筆も再始動です。

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