第六十九話 決闘の後で
目の前にいるのは由紀子じゃない。
ただの蝋人形なんだ。
それは十分わかっていた。
でも、体が勝手に動いていたんだ。
実況や観客の驚く声が聞こえる。
そりゃそうだ。
だって僕は由紀子をかばい守るように彼女の前に立ったのだから。
≪ズバ―――――――ッ≫
ルークの必殺技が直撃した。
胸から大量の鮮血が噴き出し、僕はそのまま仰け反り倒れる。
そして意識が遠のいていく中で目に入ったのは、大型スクリーンに表示されてるHPだった。
【ハルト/HP:55%】
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【ハルト/HP:46%】
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【ハルト/HP:38%】
:
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:
あぁ、50%を割っちゃったか…。
そこで僕の意識は完全に途切れた。
◇◇◇
「いや~、傑作、傑作。 こうも思い通りになるなんて。 これも蜂蜜がきちんとハルトに蝋玉を渡してくれたお陰だ」
「そんな事ないでしゅ~」
「いや、本当だ。 偉いぞ」
「えへへへへ」
「それじゃ、後始末を」
≪パチン≫と指が鳴りリングの方からジュワーっと音がした。
「これでよしと。 しかし、蜂蜜も見たよね。 ハルトのあの表情」
「はいでしゅ。 蝋人形なんてかばってましゅた。 ぷぷぷのぷーでしゅね~」
「あぁ。 久々に大笑いしたよ。 でも、可愛い女の子がたくさん応援していたね」
「実況席の事でしゅか?」
「そう、そう。 “お財布チキン君”には勿体ないよなぁ~」
「ご主人しゃま、また何か思いついたんでしゅね」
「あぁ。 ちょっと準備が必要だけど…きっとまた面白い事になるぞ」
「悪いお顔になってましゅよ」
「おっと、いけない。 じゃあ、行こうか」
「はいでしゅ」
◇◇◇
「ハッ!!」
目が覚めてまず目に入ったのは見知らぬ天井だった。
えっと、ここは…。
ボーっとする頭でこの状況を思い出そうとするが、全然思い出せない。
とりあえずベッドから上体を起こそうとするが≪ズキッ≫と痛みが走る。
・・・何だろう。 身体の節々に感じるこの痛みは。
特に右肩周辺が半端ない。
僕は何をしていたんだっけ?
その時だ。
「ハルトさん! 良かった」
安堵の表情を浮かべたマロンさんが僕の目に飛び込んできた。
「もう起きても大丈夫ですか?痛い所はありませんか?」
心配そうな瞳をこちらに向けてくるマロンさん。
ヤバい。可愛すぎる。
「えっと…。 うん、大丈夫かな」
本当は痛みがあるけどついつい強がってしまう。
「右肩はどうですか?」
「えっ、右肩? うん、右肩もほら」
大丈夫をアピールする為にゆっくりではあったが肩をグルグルと回してみせた。
「あぁ、良かった。 ちゃんとくっついたみたいで」
ん? くっついたみたいって?
「あの~、マロンさん。 それってどういう…」
すごく気になるフレーズを口にしたもんだから、思わず聞き返してしまう。
が、
「ハルトさん、目覚めましたよー」
マロンさんは部屋のドアを開け廊下に向かって叫んでいた。
そしてドカドカと室内に入ってくる足音。
「バルドざばー」
泣きながら腕に抱き着いてきたシロップと、
「おっ、元気そうだね~」
明るい口調で笑いながら近づいてきたタルトさんだ。
「なんだかご心配おかけしました。 ほら、シロップも泣き止んで、ね」
「ぐすっ。ご無事で何よりです~」
「全く、ハルトもあんまり無茶するんじゃないよ。 マロンもシロップも泣いてたんだからさ」
えっ!? シロップはまだしも、マロンさんまで!?
それを聞いてなんだか嬉しくなる。
「わっ、私は泣いてなんか…」
「またまた~。 右腕を持ってるあんた、泣いてたよ」
「だっ、だからって。 ハルトさんの前でそれ言う必要ないじゃないですかー」
「いや、隠す必要ないんだって」
「バルドざばー。 ぼんどうに右腕ぐっづいでよがっだでずぅ~」
「ほら。 シロップみたいに素直なところをもっと見せればいいのに」
「私は別に…」
きっ、気になる。
めっちゃ、気になる。
マロンさんとタルトさんのやり取りにもう少し耳を傾けていたかったんだけど、それよりも確かめなければならない事があった。
「あの~、さっきから聞こえてくる“右腕がくっついた”って何の事でしょう?」
そう、非常に気になったんだ。
「えっ!? ハルトさん、何も覚えていないんですか?」
「うん…。 ルークに球を投げたところまでは覚えてるんだけど…。 ってか、決闘はどうなったの?」
そう。僕はその瞬間から記憶が飛んでいた。
結局どうなったんだ?
「マジか…。 あんた本当に何も覚えていないの…」
「えっと…。 どうしましょう…?」
「教えて下さい。 お願いします」
「まぁ、いずれわかる事だしね。 いい、ハルト。 勝負はルークの勝ちよ」
タルトさんの口から告げられたのは、僕が決闘に敗北したという事実だった。
◇◇◇
『ハルト選手が投じた球は綺麗な弧を描きながらルーク選手に向かっていきます。 蝋で足元を固められ動けないルーク選手。 これは避けられないぞぉ~』
『あぁ、こりゃあルーク終わったわね』
『でもあの蝋の固まり具合は相当なものですよ。 球が当たったぐらいではびくともしないのでは?』
『いや、それがそうでもないんだな。 ハルト君は創造の際に火属性魔法の付与された魔法石もそのまま使用し、さらに投球時に風属性魔法を加えてるみたいなのよね』
『それって…つまり?』
『うん。 あの球を中心に発せられてる赤と緑の輝きは、火属性と風属性の合体魔法よ。 それでルークの足元の蝋を溶かして、そのまま球をぶつけるつもりなのよ』
『なるほど。 そこまで計算された攻撃だったわけですね』
『ハルト様、流石です~』
『でも、ルークさんの必殺技もハルトさんに届きそうですよ』
『あわわわわ。ハルト様、パジャマ姿ですよ。 あんな攻撃受けたらハルト様でも…』
『いや、それはきっと大丈夫よ。ほら』
『おーっと、ハルト選手3個めの‘蝋玉’を投げました』
『そうそう。 ああやって防御を固めればハルト君の勝ちは決まったようなものよ』
『おぉ~』
『ハルトの作戦勝ちってとこみたいね』
『そういう事ですか。 では安心して見ていられますね。 ハルトさん、ファイト』
『ハルト様、もう少しですよぉ~』
『いや、皆さん。 少しはルーク選手の応援も………。
って、おぉぉぉぉっと! ハルト選手の‘蝋玉’がルーク選手に命中し、ルーク選手は上空高く吹き飛ばされましたぁーーー。
このまま場外に落ちればハルト選手の勝ちが決まります』
『皆様! ちょっ、ちょっと見てください。 ハルト様の方を』
『ん? ハルト君? このまま蝋人形の影に隠れていれば…って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇ~』
『ちょっとハルト、何で蝋人形の前に出てきちゃってるのよ』
『ハルトさん、避けて!!!』
◇◇◇
「そしてあんたはそのままルークの必殺技をモロに喰らいHPが50%を割っちゃったの。 その段階でルークはまだ場外に落ちていなかったからね。 ハルトの敗北が決まっちゃったってわけよ」
そっか…。 僕は負けたのか。 これでマロンさんとの1日デートもルークのもの…。
やっぱり落ち込んでしまう。
「あっ、でも安心しな。 賞品の【聖女マロン様と1日デート券】は無しだからさ」
「へっ? 無しですか!? それはどういう…」
「まぁ、許可がね…」
苦笑いしながら視線をマロンさんに向けるタルトさん。
「当然です。 私の知らないところで勝手に賞品にされても困ります」
そりゃそうだ。 そもそもパネットさんが勝手に決めた事だしね。
でも、それがきっかけで始まった決闘だから観客ならまだしも…。
「それだとルークは納得しませんよね? 勝者ですし」
「いや、それがそうでもないんだよね~」
「はい。 むしろルークさんの方から辞退の申し出もありました」
「えぇ!? どうして?」
「実はね、今回の判定だけど本当に微妙だったんだ。 ハルトのHPが50%を割ったとほぼ同時にルークも場外に落ちていたからね。 観客の目にも同時に映っていて、誰もが引き分けと思ったんじゃないかなぁ。 ただ高額な賭け試合にもなっていたからね。 映像判定で白黒はっきりつけたのよ」
「本当にタッチの差でしたよ」
「そうだったんですね。 でも、それなら尚更、ルークは納得しそうにないんですけど…」
「いや、これには続きがあってさ。 場外に落ちた時のルークなんだけど、白目をむいて口から泡を吹いて気を失っていたのよ。 流石に‘勝者’の姿とは言い難いものがあったわね。 だけどそんなルークが勝者なんだから、観客からもブーイングが起きてね。 一応勝者はルークだけど本人の意向もあって賞品辞退という事で決着がついたの」
あれほどマロンさんとの一日デートを切望していただけに、何だかルークに悪い事しちゃったなと思ってしまう。
「あっ、あのぉ、これルーク様からです」
ようやく涙が止まったシロップ。 小さく折りたたんだ一枚の紙を差し出してきた。
ルークから僕に? 一体何だろう?
紙を広げてみると、
『 今回は引きわけだ。 あんなので勝っても嬉しくないからな。 次こそ叩きのめしてやる。 マロン様はお前には渡さないからな。 バーカ、バーカ 』
いや、子供かよ。 前言撤回だ。
でもルークは強かったし、僕が負けたのは事実だ。
こっちだって次は絶対に負けないからな。
恋敵とはいずれ白黒はっきりつけなければと改めて思った。
「なるほど。 ルークの事はわかりました。 で、僕はどうなったんでしょうか?」
「ハルトさんは…冗談抜きで危なかったんですよ」
「えっ…!?」
「HPは10%切ってたし、必殺技で右腕は切断されちゃうし…」
「腕が切断!! それで“右腕がくっついた”とか言ってたのか…」
「そうそう。 でもマロンには感謝しなさいよ。 魔導士の回復魔法じゃ間に合わないくらいHPがどんどん減ってて、マロンの回復魔法がなかったらあんた今頃死んでた可能性もあるんだから」
えっ! 死の危険があったの!? それほどヤバかったんだ。
多少痛みがあるものの、今は切断されたのが嘘みたいにきれいに治っている。
「マロンさん。 ありがとね」
マロンさんがいてくれた事、本当に感謝だった。
「いぇいぇ。 でも、パジャマ姿であんな攻撃受けちゃ駄目ですよ」
「パジャマ姿・・・だったね、確か」
そう言えばそうだった。 僕はパジャマ姿で戦っていたんだ。 だんだん思い出してきたぞ。
「だいたいパジャマ姿で戦うって、前代未聞だわ」
「まっ、まぁ色々事情がありまして…」
「私と一緒に洋服買ったじゃないですか。 それを着ていれば少しは防御力上がっていたと思うのですが」
「いやいや、それだけは絶対にできないよ。 マロンさんが選んでくれた僕の宝物だからね。 一生大切にするつもりだよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しい事なんですけど…、だからと言って宝の持ち腐れになっては意味ないと思います。 洋服の一番の役割は身体を守る事ですよ。 普通に使って下さいね」
「…そうだね。 今後は普通に着るね」
「はい。 私でよければまた買い物つきあいますから」
やっぱりマロンさんは優しい。
ニッコリ笑う彼女に僕は照れながら「うん」と返事をした。
「あのさぁ、お2人さん。 いい雰囲気になってるとこ悪いけど、私達がいる事忘れてない?」
「ハルト様のために私も洋服選びたいです」
僕とマロンさんの間にグッと入ってきた二人。
ごめんなさい。 正直忘れてました。
「あっ、でも、最後はどうして蝋人形の前に飛び出してきたんですか?」
マロンさんが不思議そうな顔で尋ねてくる。
「飛び出した理由は…」
蝋人形が僕の代りに攻撃を受けてそれで終了のはずだった。
でも、そうさせなかったのは…。
由紀子!!!
そこで鮮明に記憶がよみがえってきた。
「あっ、あの蝋人形はどうなりましたか?」
「ハルトさんが攻撃を受けたので蝋人形自体は無事でしたが、試合終了後に突然溶けてしまいましたよ」
そうか。 もう蝋人形はないのか。
由紀子に繋がる手がかりだったのに。
いや、待てよ。 あれを売った商人なら…。
「蜂蜜だ!」
僕はそう叫び、ベッドから飛び起きた。
「え?」
「お腹でもすきましたか?」
「いや、そうじゃなくて蜂蜜なんだよ! 今、決闘が終わってどれくらい経ったの?」
「2時間ぐらいでしょうか」
「ありがとう」
そう言って、僕は部屋から飛び出した。
どうやらここは闘技場の控室。
マロンさん達には申し訳なかったけど、今は蜂蜜を探すのが優先だ。
僕は会場から観客席、地下室と闘技場内をくまなく駆け回り彼女の名を叫んだ。
でも蜂蜜は見つからない。
流石に2時間も経っているからもう帰ってしまったか。
それでも僕は闘技場を出て尚も叫ぶ。
彼女がまだいるかもしれないという可能性を信じて。
「蜂蜜ーーーーー」
決闘が終わり閑散とした闘技場周辺。
彼女の名を呼ぶ声だけがこだましていた。
久々の更新です。
間隔があいちゃいましたが、楽しんで頂けると幸いです。




