第六十八話 いるはずのない君を見て
『何やってるんですかぁーーーーー』
突然流れてきた場違いな実況。
会場の視線が一斉に実況席に集まる。
そして聞こえてきた声は、僕のよく知る声だった。
『あっ、困ります。勝手に入ってこられちゃ…』
『ちょっとどういう事ですか!パネットさん説明して下さい』
まさかと思いつつ僕も実況席に目を向ける。
すると声の主は案の定マロンさんで、物凄い勢いでパネットさんに詰め寄っていた。
『えーっと、何の事かしら?』
『とぼけないでください。何で私とのデートが賞品になってるんですか!?』
『あーいや、これはね…。えーっとね…』
『マロン様。とりあえず落ち着いて下さい。今、実況中ですので』
『説明して下さい!』
『あー、うん。マロンもモテモテだね~』
『説明になってません!!』
ガチャリ…。
おいおい。マイクがオフになったぞ。実況、何してるの!?
ってか、パネットさん結局了承得ていなかったのかよ。
マロンさんのトーンからして結構お冠だったぞ。
そんな事を思いながらなおも凝視していると、実況席の片隅に見知った姿を捉えた。
客席席に手を振っているタルトさんと、その後で隠れる様にちょこちょこと顔だけだしているシロップ。
マロンさんが抗議している傍らで何やってんだか。
しばし呆気にとられていた会場だったが、
『聖女、聖女、聖女…』
と何処からともなく『聖女』コールが沸き起こって、会場はこの日一番の大揺れとなっていた。
そして僕はというとその大コールで我に返る事ができた。
あれ?今って決闘中じゃなかったっけ?
確かルークが剣を構えて…。
だー、しまった。
ついついマロンさんに見惚れていた。
さては僕、もう切られてる?
慌てて体中を確認したけど、うん、大丈夫みたいだ。
って事はルークは何を…?
警戒しながら彼の方を見ると、振り下ろされる寸前だった光の剣は今や『聖女』コールに合わせて天高く突き上げられているではないか。
あぁ。見惚れていたのは僕だけじゃなかったのね。
ってか、大声で『聖女』コールをしているあたり。
ルークも相当だな。
まぁ、マロンさんが来たんだ。わからなくもないよ。
現に僕もレイピアが砕かれて心折れかけていたが、マロンさんを見たら絶対に挫けちゃ駄目だって思ったしね。
だから、ルーク。僕はこの機を逃さないよ。
いまだ『聖女』コールを続けるルークの元から、一歩また一歩と遠ざかっていく。
ちょっとしたタネを仕掛けながらね。
そして5メートル程距離ができた時だった。
突然≪ズバッ≫と背中に強い衝撃を受けた。
激痛が走り思わずその場に蹲ってしまった僕。
慌てて振り向くと、それはルークの光の剣から放たれた必殺技で、光の斬撃が僕の背中に直撃したのだ。
「おっと、何処に行くつもりだ?逃がさないぞ」
先程まで『聖女』コールに夢中だったルークだが、そこは王国騎士団副団長。
しっかり冷静さを取り戻している様だった。
それにしても今の必殺技はかなり効いたぞ。
正直蝋の鎧がなければヤバかったと思う。
流石は蝋人形を砕くだけの事はある必殺技だ。
【ハルト/HP:69%】
大型スクリーンを見るとHPがかなり削られていた。
ただでさえ毒攻撃でHPが減り続けているのに必殺技をこれ以上くらうのは非常にマズイ。
はやく勝負を決めないと。
「別に逃げてるわけじゃない! まだ攻撃手段だって残ってるんだ!!」
そう言って近場に落ちてある蝋の欠片を拾っては投げつけた。
だがルークはそれを避けようともせず、まるで蚊に刺されたぐらいの涼しい顔で僕に言った。
「蝋の欠片が攻撃手段か?話にならないな。 だいたい武器を失ったハズレ勇者に何ができるって言うんだ? いい加減、諦めて降参しろ」
「だれが降参するか。 マロンさんも見てるんだ。 絶対に負けるもんか」
「馬鹿が! マロン様は私の応援に来てくださったんだ。 降参しないのなら、マロン様には私がハズレ勇者を華麗に倒す姿を見てもらうまでだ!」
そしてまた必殺技の構えをとるルーク。
それに対して僕は左手を前に出し風の盾を唱えた。
「残念だったな。 `白銀のナイフ'はもう一本あるんだよ」
数分前と同じ様に輝きながら飛んでくるナイフ。
だが今度は冷静だった。
「あぁ。 わかっていたよ」
そう言って僕は“風のレイピア”だったグリップを握ってる右手を前に差し出した。
そして向かって来る`白銀のナイフ'をナックルガード部分で絡めとる・・・つもりだったが、あまりに猛烈な勢いで飛んできたため、後方に弾いてダイビングキャッチで受け止めた。
これはちょっと予想外だったが、でも何とか`白銀のナイフ'をゲットする事には成功した。
よし。これで準備は整った。
そうホッとした時だ。
またしても背中に必殺技が被弾した。
あまりの衝撃にリングにひれ伏す僕。
でも、これでいい。このままいくぞ。
「`白銀のナイフ'を読まれていたのには驚いたが、まぁこれでチェックメイトだ」
勝ち誇ったルークの声が耳に届く中、僕は風の盾を解除し、そのまま左手をリングに押し付けスキルを発動させた。
【創造】
手元が輝いて瞬時に光の線がルークに向かって伸びていき、その光はルークの足元で一層輝きを増して彼の体を包んでいく。
≪ピカーーーーー≫
そして眩い輝きがやむと、そこに現われたのは蝋で固められたルークの姿だった。
そう。僕はルークがマロンさんに夢中になってる時彼の足元付近に蝋の欠片を集めて、離れる際もその道筋に蝋の欠片を落としていたのだ。
更に先ほどは大き目の欠片を投げつけていた事もあり、ルークを中心にそこそこの量を集める事ができた。
そして【創造】のスキルで蝋の欠片を変形させ、足元から腹部までを蝋でガチガチに固めたのだ。
「なっ、何だこれは!?うっ、動けない…」
あのルークが動揺している。このまま斜め上の攻撃を見せてやる。
「くっそ。 この蝋め。 何て頑丈なんだ」
足元の蝋を砕こうと必死に光の剣を突き刺しているが、なかなか砕けない蝋。
焦りとともにルークのイライラもかなり募っているみたいだった。
まぁ、かなり厚くしたからね。剣だけでは簡単に砕く事なんてできないよ。
しかし予想以上に上手くいったな。
このまま一気にケリをつけてやる。
僕は先程手に入れた`白銀のナイフ'を握り思いっきり突き刺した。
ガチャリ…
『なっ、なっ、なっ、なんと!ハルト選手、自分の胸に`白銀のナイフ'を突き刺しましたーーーーー』
『ハルトさん、どうして!?』
『ハルト様~~~』
『いや、よく見て。ハルト君が刺した部分を』
突然入った実況アナウンスに会場中の視線が再びリングに集まる。
戦況が動いている事、ルークの焦る姿、僕がナイフを突き刺している姿…、何に反応しているかはわからなかったが、会場はどよどよと大きな騒めきに包まれていた。
でも、そんなの関係ない。
僕は仕上げに入るだけだったから。
この蝋の鎧を試着した時に蜂蜜が言ってたんだ。
『おぉ~!お兄しゃん、似合ってましゅね~』
『そうかな。でも蝋で出来てるなら、すぐに割れたりするんじゃないかなぁ?』
『いぇいぇ、その点はご安心くだしゃい。胸の部分に魔法石が埋まってましゅ。もし蝋の鎧が欠けたりしても、魔法石から火属性魔法が発動してちょっとの破損なら自動修復しゅる仕様となってましゅ』
『ちょっとの破損ね…。それってどの程度?』
『う~ん…、わかんないでしゅ。あちしはバイトでしゅから』
『いや、バイトだからわからないって…駄目だろ』
『えー。でも本当に修復しゅるんでしゅよ。火属性魔法が蝋をじゅわーっと溶かして再加工しゅるんでしゅ』
………
……………
この世界で魔法石が使用されているアイテムは何らかのスキルを使い生成されている。
だから、こうするんだ。
僕は装備している蝋の鎧に思いっきり`白銀のナイフ'を突き刺した。
するとすぐにナイフのスキル無効効果が発動し鎧はドロドロの蝋と魔法石に分解した。
そしてそれに僕が改めて【創造】を使った。
『驚きましたー。 ハルト選手、蝋の鎧を元に大きなボウルを作りあげました』
『でも何だろうね、あれ? スイカぐらいの大きさに見えるけど…』
『きっとハルト様の事です。 物凄いアイテムなのではないでしょうか』
『ってかハルト君、何だかうっすら笑ってない? ちょっとキモイな』
『キッ、キモクはないです。 でもハルトさん、その表情は似合わないですよ』
しまった。あまりにも出来栄えが良かったから、不覚にもにやけてしまった。
ってか、マロンさん達まで何実況に参加しちゃってるの。 そもそもこのもう実況いらないよね。
そんな事を思いながら、僕は作りあげた球を両手で持ち上げる。
球にはあらかじめ3つの穴を開けておいた。
まず中指と薬指を入れ、最後に親指を差し込む。
そして、ボールを体に近付けて目標に向って構えた。
そう、これが今の僕にできる最後の攻撃手段だった。
蝋で固めて動けないルークはいわばボウリングのピン。
後は球を命中させるだけなんだ。
幸いな事に僕には【命中率50%上昇】のスキルがある。
このスキルがある限り外す事はないだろうし、勝利を手にしたも同然だ。
「悪いな、ルーク。これで終わりだよ」
彼にそう声をかけて投球体制に入る。
そして僕の手から放たれた球は赤と緑の輝きを放ちながら綺麗な弧を描きルーク向かってどんどん転がって行った。
「何を馬鹿な事を!私が負けるはずない。その球は何だかヤバそうだが、ハズレ勇者は一つ重大な事を忘れているぞ!」
「重大な事?」
「あぁ。ハズレ勇者は今、防具を何も身につけていないんだ」
確かにその通りだ。蝋の鎧を失った僕の格好は、お昼部屋を飛び出した時の姿。つまりパジャマ姿だった。
「その球が届く前に、私の必殺技で終止符を打ってやる」
そう言いながらルークは必殺技を放ってきた。
確かに今の状態でアレをくらえばお終いだろう。
でもね、それも対策済なんだよ。
「いいや。そうはならないね。だって僕にはもう1個あるから」
そう言って僕は3個目の‘蝋玉'を取り出した。
「なっ。貴様、まだ蝋人形を持っているのか!?」
「あぁ。切り札にとっておいたんだよ」
正直こんな風に使用するのは気が引ける。
だが、今は蝋人形に守ってもらうしかないから。
僕は盾になってもらう為、3個目の‘蝋玉'割った。
煙の中から出てくる蝋人形に『ごめんね』と思いながら。
「残念だったね、ルーク。 その必殺技を僕がくらう事はないんだよ」
「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。この私が、お前なんかに~~~~~」
悔しそうに声を上げるルークとは対称に、僕は安堵の表情を浮かべ片方の手でガッツポーズを作った。
よし、もう大丈夫だ。
あと数秒で球が届き、この決闘に決着がつく。
ルークの必殺技も出てくる蝋人形が受けてくれるしね。
これでマロンさんとの1日デートも…。
だが煙が晴れ蝋人形が姿を現した時、それまでの安堵感が瞬時に消え失せた。
何と、3個めの蝋玉から現れたのはこれまでのモンスターとは違い、人物の蝋人形だった。
しかもそれは僕がよく知る人物で…。
どうして君が?
どうして君の蝋人形が?
すぐに答えが見つかるはずもなく、激しく動揺してしまう。
どうしてなんだ?
だって君は異世界にいるはずのない人だろ。
頭の中がたくさんの‘どうして?’で埋まっていく。
どうして…?
どうして君の蝋人形が現れるんだよ。
ねぇ、どうして…
「由紀子…」
いるはずのない君を見て、僕の頭は激しく混乱していた。
ひと月ぶりの更新となりました。
多忙の為更新頻度が落ちていますが、月に1話は更新できるよう頑張ります。
今年もよろしくお願いします。
※ラストで登場した『由紀子』って誰だっけ…?という方は是非1話をご覧下さい。