第七話 聖女★
2016年7月25日 挿絵をカラーに差し替えました。
2016年7月20日 挿絵を追加しました。一部加筆修正をしています。
2015年12月17日 誤字脱字を修正しました。
…
………
ここはどこだ?
目を開けてみると見慣れない部屋に横たわっていた。
ん?部屋なのか?
やけに天井が低いし、四方がビニールに覆われている。
木の上にいて…
女の子が降ってきて…
キラーウルフに襲われて…
上半身を起こしてアレコレ考えていると、目の前の入り口が開いて少女がひょっこり顔を出した。
「目が覚めましたかぁ?どこか具合が悪いところはないですか?」
身体を左右に動かしてみる。特に異常はない。
牙で貫かれたはずの左腕を見てみると、痛みはもちろんまるで何もなかったように傷跡すら残っていなかった。
「えぇ、お蔭様で身体のほうは…」
そこまで言ってはっと息をのんでしまった。
亜麻色をした腰まで届くロングヘアーをなびかせながら距離を詰めてくる彼女。
幼さ残る整った顔立ちに大きな目で覗き込まれると言葉が出てこない。
目の前にある純真そうな笑顔はまさに女神と言っても過言ではない。
ってか、近い。
まるでキスでもするんじゃないかと言う感じで迫ってて、今にも鼻と鼻がぶつかりそうだった。
彼女は気にする事なく熱を測ったり左腕の状態を確認しているが、この距離感は正直ヤバい。
小っ恥ずかしくて直視できずに僕の目は終始泳いでいた。
「ふふふ、もうすっかり大丈夫そうですね。では外に出ましょうか」
嬉しそうに手招きをし僕を促す。
外へ出るとすっかり日も落ちて夜になっていた。どうやら今までテントの中で休んでいたようだ。
テントの後ろには例の樹木があり移動はしていない事がわかる。
テントを張って介抱してくれていたのか。
これはこっちが助けれてちゃったな。
そして、お礼を言わねばと改めて彼女を見て、僕は思わず息を飲むのだった。
【イラスト:サトウユミコ様(@YumikoSato25)】
月明かりに照らされた彼女はとても美しかった。
身長は165cmぐらいだろうか。
今はローブを脱いでいて白を基調としたドレス・スカート姿は露出部分も多く正直目のやり場に困った。
だが、決して巨乳とは言えないが出るところは出ていてスタイル良いその姿はどこか神秘的雰囲気を醸し出していた。
ついボーっと見惚れてしまう。
そんな僕の様子に「まだどこか痛みますか?」と心配そうな表情を浮かべる彼女。
いかん、いかん。正気を保つんだ。
僕は必死に自分に言い聞かせるのだった。
でも変だな。アレだけ倒しても直ぐに集まってきたキラーウルフが今は一匹も見当たらない。
僕の疑問を察したかのように彼女が状況を説明してくれた。
「安心して下さい。今周囲およそ300mに結界を張っているんですよ。私たちに敵意をもったモンスターはよほどの強敵じゃない限り破って来る事は不可能です」
周囲を見回してみると確かに温かい感じの何かに護られている気がした。
これが結界というものか…。やっぱり異世界だと何でもアリなんだなぁ~と改めて思う。
また考え込んでいると、あのぉ~と言った感じで彼女が話を続けてきた。
「改めまして、私はマロンと申します」
「ぼっ、僕はハルトっていいます」
「先ほどは私の為に身を挺して守って頂きほんとうにありがとうございました」
「いぇ、こちらこそ看病してもらい感謝です。体力の回復だけでなく傷跡もきれいになくなっているなんて感動です。これは魔法なのですか?」
「はい。聖水という光属性の回復魔法です」
聖水………対象の1人に対し傷口まで塞ぐ光属性の回復魔法。浄化効果もあり。
「傷口まで塞ぐとは本当に凄い魔法ですね。しかも光属性魔法…空から降ってきたし、あなたはひょっとして天使様とか…」
真顔で聞く僕に彼女は笑いながら答えてくれた。
「ふふっ、私はハルト様と同じ人間ですよ。一応‘聖女’をやってます。以後お見知りおきを‘風の勇者様’」
「!!僕の事ご存じなのですか!?」
「お恥ずかしながらつい先ほど知りました。大変失礼かとは思いましたが治療に当たり【鑑定】を行いました。そろそろ‘勇者召喚’の時期だとは知っていましたが、まさかハルト様がそうだったとは。正直驚いちゃいました」
はにかみながらそう言う彼女にドキっとしてしまう。
かっ、可愛い。
またしても見惚れてしまう。
そして話ながら、僕もこっそり【鑑定】を試したところ彼女の情報は何も表示がされなかった。
‘?’何故だろうと彼女の顔をジーっとガン見してしまう。
すると彼女は困った表情を浮かべ、
「あっ、今私の事【鑑定】してましたね」
と少し呆れた様子で言うのだった。
「うっ、すいません。でも、見えなかったのでご安心下さい」
「私は理由あって【鑑定】が効かないスキルを発動させています。だから【鑑定】はできませんよ。それよりもハルト様、女の子のプライバシーを勝手に覗いちゃダメですよ」
「ごっ、ごめんなさい」
そう言われてしまうとひたすら謝るしかない。
そっちが先に【鑑定】したのでは…など口が裂けても言えない。
しかし、人に対してむやみやたらに【鑑定】する事はプライバシーの侵害にあたるのか。
人間関係がギクシャクしそうだしなるべく控えようと思った。
「でも‘聖女’って言うのは本当ですからね。あと年齢は16歳、ハルト様より一つ年下です」
‘いや、年齢は言っちゃっていいんですか!
それこそ女性が隠したいものでは’なんてツッコミたくもなるがそれもやはり言えない。
ちょっと苦笑いしてしまう。
「年下でしたか。とてもそうは見えませんでしたよ」
「それは私が老けていると仰りたいのですか」
ちょっとムッとして頬をぷくっと膨らませる。
この表情も凄く可愛い。はい、膨れ顔頂きましたー。
「いぇいぇ、滅相もございません。完璧な治療やこの規模の結界が凄くって。あまりにも神々しく、僕にとっての女神様っていうか、可愛すぎるっていうか…」
アレ?何言ってんだ僕は。
彼女の方を見ると僕の言葉に反応したらしく急に顔を赤らめ、恥ずかしそうに両手を頬へ当てていた。
いや、こっちまで恥ずかしくなるから。
しばし何とも言えない沈黙が続いた。
こちらから何か話さないとこのままだろうと感じ、とりあえず思いついた事を口にする。
「あっ、あのマロン様はどうして空から降ってきたのですか?」
「えっと、あの~」
と彼女はまたしても恥ずかしそうにモジモジさせながら説明してくれた。
彼女はドルチェ王国を拠点にしている冒険者(ランクA)だった。
普段、‘聖女’である彼女と‘忍者’(♀)、‘重剣士’(♂)の3人でパーティーを組み活動をしており、現在は国王の命でサウスウエット大陸のとある遺跡へ調査団として派遣されていた。
今はその半年の任を終え帰国途中で、飛行船の甲板で寛いでいたところ誤って落っこちてしまったとの事だった。
どうしたら誤って落っこちるのか疑問に思ったがそこは深く追及しなかった。
「それは災難でしたね。マロン様こそ落下でお怪我はありませんでしたか?」
「ハルト様が守ってくれたおかげで何ともありませんよ。でもどうやって助けて頂いたのでしょうか?
私が目を覚ました時にはハルト様が腕を噛まれたまま敵を倒した状態でした。周囲にはキラーウルフの死骸が30匹分ありましたし」
実は…と僕はこれまでのいきさつを話した。
「まぁ、そうでしたかぁ」と何かに納得しつつ「お一人で討伐とは、ハルト様はお強いんですね」と微笑みながらそう言ってくれた。
僕のステータスを知ってるはずなのに‘強い’と言ってくれる。
表情をみるとその発言がお世辞や嫌味とかではないのがわかりとても嬉しかった。
「そうそう、キラーウルフから追われてた理由もなんとなくわかりましたよ。失礼ですがハルト様は冒険初心者ですか?」
「はい…。実は今回が初です。もちろんこの森も」
「やっぱり。実はハルト様がお休みの間に救援の依頼を出したのですが、その際にここの位置を検索しました。するとここは‘パンドールの森’の左側の奥地で所謂モンスターだらけの場所でした。
通常はパーティーで挑むような場所なのでソロでこんな場所にいるのは初心者ぐらいかと思ったんですよね」
いつの間にかあの入口看板にあった‘モンスターだらけ’の方へ進んでいた様だった。どうりでイノブタキング等と遭遇するわけだ。
「でも、キラーウルフがひっきりなしに襲ってきたのは別の理由もありますよ。イノブタキング討伐後に素材の剥ぎ取りをしたと思うのですが、その何というか処置が雑だったみたいです」
マロン様曰く一般的に討伐後は【剥ぎ取り】スキルを使い素材・食材を入手し、清潔の魔法を自身にかける。
【剥ぎ取り】………討伐した対象の部位を選別・適切な大きさに解体し、食材に関しては丁寧に切り分け血ぬきまで行う事ができる大変便利なスキル。
買い取りを行ってもらう為にも討伐後の【剥ぎ取り】は必須であり、時間が経つにつれてその効果は発揮されにくくなる。討伐後早めに行う事が大切である。
清潔………簡易ではあるが身を浄める事ができ衛生的な効果を得る事ができる生活魔法。
【剥ぎ取り】や清潔のスキルは初等教育で学ぶものでこの世界の住人にとっては最低限取得している魔法・スキルとの事だった。
そもそも生活魔法と言うものがある事に驚きだったが、確かにそのような処置を一切していなかったのでそりゃぁ血なまぐさい臭いを纏ったままだと追われるわなと思った。
ちなみに今はマロン様の清潔によって浄められているので血の香りなどは一切していない。
ただ、やはり簡易的なものらしく帰宅したらお風呂に入る必要はありそうだった。
【アイテムボックス】から見よう見真似で剥ぎ取ったイノブタキングの肉と角を取り出す。
うん、血ぬきも出来ておらず切り方も雑で酷い有様だ。こんな状態じゃ買い取りしてもらえないよなぁ~。
「まだ間に合うかもしれません」とマロン様が【剥ぎ取り】とを行ってくれた。
するとものの数秒で売却できる状態に変化したのだった。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。見事なもんですね」
綺麗に切り分けられたお肉を見ながら感激する僕。
これはマロン様がいてくれなかったら大変な事になってたな。
感謝をしつつ、こんな基本的な事も知らずに冒険に出てしまった無謀さに反省するのだった。
しかし、これは早めに習得しなければいけないスキル・魔法だなぁと改めて感じた。
討伐の何たるかを教えてもらいキラーウルフに追われた理由も納得した。
今回は色々とダメな部分も多かったけどお蔭で大変勉強になった。マロン様には感謝してもしきれないな。
ひと段落したところで「それと…」と彼女は話題を変えてきた。
「助けて頂いた事には本当にありがたく思いますが、敢えてひとこと言わせていただきます」
少し空気が変わった。彼女の真剣な眼差しが僕に向けられる。
「ハルト様はおバカ様なのですか?」
‘え?’予想外の一言にポカンとしてしまう。
「何の防具もつけず無防備に左腕を噛ませるなんてどうかしています。
もし私がいなければ…、聖水がなければあなたは今頃片腕を失っていました。下手したら死んでいたかもしれないんですよ!」
「でも、あの状況ではああでもしなければマロン様が傷ついていたし、僕としてはあなたを守れればそれでいいと………」
「‘でも’じゃありません。もちろん誰かを守るのは大切ですが、その為に自分を犠牲にしてどうするんですか!」
目に涙をためて僕に訴えてくる。彼女のこの表情…。心から言ってくれてるんだろうなぁ。
「もしあの状況で私だけ五体満足で助かったとしても、それであなたが死んでいたら意味ないじゃないですか…。意味ないじゃ………」
後半は涙声のまま呟くようにそう言っていた。きっと彼女の過去に何かあったのだろう。そうでなければ初対面の男にこんな風に言わないはずだ。
「………ごめんなさい。次はもっと考えて行動します」
≪グスン≫と涙を拭って「絶対ですよ」と今度はいたずらっ娘のような表情で笑った。
そして、落ち着きを取り戻した彼女は、
「そうだ、何かお礼をしなければいけません。何かご希望はありませんか?」
と言いだした。
いや、お礼をしなければいけないのはむしろこっちの方なんですけどね。
最初は新しい武器を購入すると言ってくれた。無我夢中でキラーウルフに突き刺した銅の剣は刃が折れていたのだった。この場合修復するよりも買い換えた方が早いらしく、後日一緒に買いに行きましょうと言われた。
‘デートのお誘いキター’とひとり舞い上がりそうになったが、いやいや落ち着け自分。これは単なるお礼だ。
でも、だからと言って武器を買ってもらうのも違うと思う。
それに出来ればこの出会いを一期一会で終わらせたくない。
そこでふとイイ案が浮かんだ。
「もしよろしければなんですけど、僕に生活魔法と【剥ぎ取り】スキルのレクチャーをしてくれませんか?」
突然の提案に考え込む表情のマロン様。
あぁ、やっぱり無理ですよね。魂胆バレバレかもしれないし。
「今後の為にもマロン様から学べれば覚えも早いかなぁ~と。
初等教育の魔法・スキルって事なので今から他人に習うのも恥ずかしいというか、少しでも事情をご存知のマロン様にお願いしたいと言うか…。
あっでも、やっぱり難しいですよね。マロン様もお忙しいと思いますし…」
何を焦って言い訳交えつつ提案してるんだか。
まぁダメ元だから言ってみるだけ言って後悔はなしだ。
他にイイ案あるかなぁ…と考えながらマロン様の反応を待っていたところ、予想外の返答があった。
「いぇ、問題ないですよ。半年間の依頼を済ませた後で当分は遠征の仕事を受ける予定ないですし。
それにハルト様の今後の事を考えると今のうちに身に着けておいたほうがいいですしね。先の事を見据えていてとても素晴らしい事だと思います」
何か褒められた。
「え?OKなんですか!悩まれていた様なのでてっきりダメだと思ってました」
「ごめんなさい。実はちょっとカリキュラムを考えてました」
!!!
既にカリキュラムを考えてくれていたとは…さすが‘聖女’様。
ってか、本当にOKだったんですね。今後も会いたいからとちょっとした下心を抱いてた自分が恥ずかしくなる。
「私も‘聖女’としてのお仕事があるので毎日というわけにはいきませんが、そうですね、期限は1か月で火・木・土の午後訓練というのでいかがでしょうか?」
「是非、よろしくお願いしますマロン様」
嬉しさのあまり声を大にして、腰を90度にまげてお辞儀をしてしまった。
彼女は笑いながら、
「あのぉ~、そのマロン様って呼び方はやめませんか?マロンってお呼び頂いて結構ですから」
「いゃ、でも‘聖女’様ですし…やっぱりそれは世間体もあるし…」
「マロンってお呼びくださいね」
うっ、有無を言わさない感じだ。でもまだ出逢って間もないし…。呼び捨ては絶対に無理だ…。
「だいたいそのその話し方も堅苦しいです。もっと砕けた感じで話しかけてくれませんか」
澄んだ目のまま上目遣いでそう言われると何も言い返せない。くぅ~その表情も可愛い過ぎですぅ~。
「わかりまし…、うん、わかったよ。でも呼び捨ては流石にできないからマロンさんと呼ばせてもらうね。そのかわりマロンさんも僕の事を‘様’付けで呼ぶのは止めてね。そして時と場合によって使い分ける事は許してね」
「了解しましたわ。では、私もハルトさんとお呼びいたします。申し訳ございませんが口調は簡単になおりませんのでご了承下さいね」
「うん、ではあらためてよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女は笑顔で手を差し出し握手を求めてきた。
彼女の白く透き通った肌が目に眩しい。
触れていいのか躊躇いつつも「はい」と僕はその手を強く握り返すのだった。