第六十六話 ハズレ勇者VS王国騎士団副団長
『さぁ、間もなく勝負が開始されます。実況は私、カンノロ。ゲストには王国魔法団団長パネット様をお迎えしております』
『ど~も~』
『はい。よろしくお願いします。早速ですが、パネット様には決闘の見どころをお伺いしたいと思います』
『そうね~。ルークはレベルも高く戦闘経験も豊富。次期王国騎士団団長の座はルークで間違いなしと言われてるその強さは、この会場にいる多くの方がご存じの通り。
一方ハルト君はステータスこそ偏っているけど、彼にはHPが高いというアドバンテージがあり、また驚異のスピードで成長中。伊達に主人の弟子ではないわね。これまでの経験を上手く活かす事ができれば勝機は十分にあると思うわ』
『ほうほう。どちらも実力者というわけですね』
『ただ、ハルト君は既にアイテムを1種使っているのよね』
『そうでした。ハルト選手はあろう事か勝負開始前に持続効果5分のアイテムを使用し、既にその効果は切れているのです!』
『アイテムひとつで戦況がひっくり返る場合もあるからね~』
『そうすると現状はルーク選手の方が有利という事ですかね?』
『いや、そうとも言い切れないわよ。何せ、これは1人の女性を巡る男と男の熱き戦い。想いの強さが勝敗を大きく左右する事になるでしょう』
『なるほど~。どちらの想いが勝るのか。戦いの大きなポイントになりそうですね。ではその辺りも楽しみに勝負の行方を見守りましょう』
『どっちも頑張れー』
『では、お待たせしました。勝負開始~~~!!!』
◇
『勝負開始~~~!!!』
カンノロさんの元気な声が響き渡り決闘が始まった。
‘敵対心’むき出しのルークの事だ。すぐに突っ込んでくるだろう。
そう思って僕はレイピアを握り腰を落として迎え撃つ構えをとった。
そして案の定、ルークは一気に間合いを詰めてきた。
ルークの片手剣に対して僕はレイピア。こっちが軽量な事もあり剣さばきなら負けない自信があった。
だから射程距離に入るまで待つ。
しかし5mの距離まで迫って来た時、何を思ったのかルークは急に立ち止まって懐から小瓶を取り出しそのまま上空へ投げてきた。
≪パリン≫
丁度僕の頭上で小瓶が割れ、中にあった紫色の液体が撒き散らされた。
予想外の行動に反応が遅れた僕はその液体を頭から浴びてしまう。
するとすぐに全身に電気が走るような痺れが生じた。
これって状態異常?
そう思った時、親切な解説が耳に入ってきた。
『おーっと、早速出ました。ルーク選手の1種類目のアイテムー。パネット様、これは状態異常でしょうか?』
『そうね。見たところあれは‘毒の小瓶’でしょう。液体を浴びた者は1秒間7Pの毒ダメージを受けるのよね。解毒するまでその効果は続くから、これは相当厄介な攻撃だわ』
『確かに毒攻撃は厄介ですね。毒消しのアイテムか魔法を使用しなければ、HPが減っていく一方という事ですからね』
『そうそう。しかもこの戦いではアイテムは1人3種類しか使えないから。もしその中に毒消しのアイテムがなく、解毒の魔法も使えなければそうとう不利になるわよ』
『なるほど。その辺りも計算した上でのルーク選手の攻撃。これは流石としか言いようがありません』
マジか。やられた。まさか毒攻撃をしかけてくるとは。
生憎揃えたアイテムに毒消しはないし、そもそも僕は解毒の魔法も使えない。
今回の戦いが【HPハーフマッチ 勝利条件:先にHPを50%まで減らせた方の勝利】だから、僕の場合ダメージを5150P受けた時点で敗北が決まる。
つまり残された時間は約12分だ。
これはパネットさんが言ったようにかなり不利な展開になってしまったぞ。
焦る僕を尻目にルークは素早く剣を構え、
「ハズレ勇者のHPが高い事は知っていたからな」
と言いつつ距離を詰め切りかかってきた。
『風の盾』
咄嗟に分厚い風の盾を作りルークの剣を受け止める。
クソッ。本当はこんなタイミングで唱えたくなかったんだけどな。
「ふっふっふ。当然そうくるよな。だが、これでお前はMP0だ!」
ルークはそう叫びながら風の盾に剣を打ちつけてくる。
でもルークの言う通りなんだよね。
僕の最大MPは5だから。風の盾を1回唱えるだけでMPは0になってしまう。
【MP自動回復(中)】スキルを持ってるから時間が経てば回復はするけど、この1対1の決闘という舞台ではMP0の状態は明らかに不利だった。
『おーっと、ルーク選手の流れるような攻撃が続いています。ハルト選手はこのまま防戦一方になってしまうのでしょうかぁ~』
『まぁ、ハルト君はINTが高いからね。あの風の盾の効果が続く限りは大丈夫でしょう』
そう、風の盾が続く限り大きなダメージを受ける事はないだろう。
でも、肝心なのはその継続時間だった。
普段なら魔法石を通して風の盾を発動している為、その効果は30分持続する。
だが、運が悪い事に今日は籠手を装備していない。普通に発動したので効果は10分しかもたないのだ。
「ほらほら、どうした?亀みたいに守ってばかりじゃ私には勝てないぞ」
≪ガキン!ガキン!≫
ルークの連続攻撃が続く。
だが、今は守りつつワンチャン狙うしかない。
「五月蝿い。これも僕の作戦だ」
「ふっ。強がりを言ってられるのも今のうちだぞ」
そう言ってルークは1本のナイフを投げてきた。
キラキラと輝きながら飛んでくる美しいナイフ。
僕はそれを当然のように風の盾で受け止める。
が、その瞬間にまさかの出来事が起こった。
何と風の盾が煙のように消失したのだ。
「えっ!?どういう事…」
そう思った時≪ズサッ≫とルークの剣が左肩をかすめた。
『でたー。ルーク選手の2種類目のアイテム』
『あれは`白銀のナイフ'だね。あのナイフには一定の確率で中級以下の魔法・スキルを無効にする効果が付いてるのよね。かなりのレア武器だわ』
『なるほど。それで風の盾が消えたわけですね』
『えぇ。しかしルークもレア武器を揃えてくるあたり、しっかりと戦術を練ってきてるわね』
『そうですね。流石は王国騎士副団長です。さぁ、ハルト選手はますます苦しくなりました。この状況にどう対処していくのでしょうかー!?』
本当に親切な解説だな。お蔭で何が起こったかわかっちゃったよ。
攻撃をくらった左肩は少々痛むが問題はない。
僕は素早くレイピアを振りルークの追撃を受け流す。
そしてルークの腹に思いっきり回し蹴りを放って素早くバックステップを踏んだ。
今は少しでも間合いをとる事が大切だからね。
だが、体のあちこちに痺れを感じ思うように回避行動がとれない。
これも毒効果の影響か。
初めての状態異常にまだ慣れていない事もあり、もの凄く焦りを感じていた。
そんな僕の内心を読んでいたのだろうか。
ルークは流れるように次の一手を打ってきた。
「少し間合いをとったぐらいで、私の攻撃から逃れられると思ったのか?」
『ホーリーフィールド』
ルークが魔法を唱えた途端、僕を中心に白色のサークルができ≪ポッ、ポッ≫と白く小さな光の玉が浮かび上がってきた。
そして対象に狙いを定め一斉に光線が発射される。
これはマズい。
四方から狙ってくるあの光線を受けるとかなりHPを削られてしまうぞ。
MPがまだ2しか回復していない今、回避する方法はこれしかない。
僕は素早くレイピアを下に構えそのまま思いっきりリングに突き立てた。
『おーっとハルト選手、レイピアをリングに突き立てましたー。でも光線が迫っているぞ。どう回避するつもりでしょうか!?』
『おっ、ハルト君、その上に飛び乗ったよ』
『なんと!ハルト選手、突き立てたレイピアの柄頭に飛び乗り、そのまま上空にジャンプしました』
≪ビュン、ビュン、ドン、ビュン、ビュン、ドン…≫
多数の光線がレイピアに被弾する。
僕が咄嗟に思いついたのはレイピアを踏み台にして上空に回避する方法だった。
そしてそれは見事に成功したのだ。
しかし、このまま防戦一方ではいつまで経っても埒が明かない。
今度はこっちが攻める番だ。
上空にジャンプした僕はそこで蝋玉を1個取り出す。
「これでもくらえ」
そしてそれをルークの目の前に思いっきり投げつけた。
リングに当たった蝋玉は≪ボワン≫と白い煙をあげ、中から一体の大きな蝋人形が姿を現す。
何とそれは僕の常識をはるかにこえる巨大な兎のモンスターだった。
『おーっと!これは驚きました。ハルト選手が使用した蝋玉から現れたのは何とカンフー・ラビットです。
本来カンフー・ラビットはランクBのモンスター。例え蝋人形だろうと、これは大変心強い味方ではないでしょうか』
『そうだね~。後はあの蝋人形がどれくらい本物の動きをするかだね~』
カンフー・ラビットと呼ばれた2M超の巨大兎は、道着を着て棍を握り片足を上げてカンフーボーズを決めていた。
おぉ。何か『あちょ~』って聞こえてきそうだ。ってか、蝋人形だよね?
人差し指でコイコイって相手を挑発してる姿や関節の曲がり具合など、それはまるで生きてるモンスターそのものだ。
まぁ、これも魔力のお陰なんだろうけどね。
でもこれは期待できるぞ。
「よし、カンフー・ラビット。とにかく時間を稼いでくれ」
僕の指示を聞くなりカンフー・ラビット(蝋人形)はその体格からは想像できない程のスピードで握っていた棍をルーク目がけて振り下ろした。
「ほう、蝋人形とはなかなか面白い。でも、果たして時間稼ぎになるかな?」
ルークとカンフー・ラビット(蝋人形)が激しくぶつかり合う。
その隙に僕はルークたちから距離をとるようにリングの後方に下がって呼吸を整える。
ふと大型スクリーンの方を見ると、HPの残量が目に入った。
【ハルト/HP:91% vs ルーク/HP:98%】
僅かだが差が出ているな。
でも、大丈夫。焦る必要はない。まだここからだ。
そして僕は精神を集中し、その時を静かに待った。




