第六十五話 アイテムを揃えろ
『残り時間あと10分で~す』
カンノロさんのアナウンスが聞こえた。残された時間はあと僅かだ。
僕は必死に出店を巡っていた。
正直、凄く焦っている。このままアイテムを揃えられなくて敗戦なんて事になったら、マロンさんに会わせる顔がないぞ。
必要なアイテム数はあと2種類。そのうち1種類は必ず防具が欲しかった。
なんせ今僕が着ているのはマロンさんが選んでくれた洋服だからね。
これを着て戦うわけにはいかない。
そんな時だった。僕を呼び止める声がしたのは。
「お兄しゃん、お兄しゃん」
振り向くと、そこにはぽっちゃり系の美少女がいた。
「随分お困りのようでしゅね~。あちしのショップで買い物しましぇんかぁ?」
ブルーの瞳に丸い耳、太めの尻尾。その特徴から彼女は狸族のようだった。
歳はシロップぐらいだろうか。
大きくて縞々模様の尻尾がゆっくりと揺れている。凄いふかふかで気持ちよさそうな尻尾。
って、悠長に観察している暇はないんだ。
せっかく声をかけてもらった事だし話を聞いてみよう。
でも何のお店だ?
出店を構えてはいるが、カウンターには何一つ商品が並んでいないし看板すら掲げていない。
まずどのような商品を扱っているのか確認する事にした。
「えっと、ここは何屋さんかな?」
「ここは‘ろう屋’でしゅ」
牢屋!?
とっ、とんでもない返事が返ってきたぞ。
「えーっと…。うん。じゃ、さようなら」
聞かなかった事にして立ち去ろうとした時、思いっきり腕を掴まれた。
「どうして行っちゃうのれしゅか!?まだ商品も見ていないのにぃ~」
言われてみればそうなんだけど、でも牢屋でしょ。きっと置いてる商品も碌なものじゃないだろう。
鞭や蝋燭などの拷問器具とか出してきそうだしね。
「そうだね。ごめん、ごめん。ちなみにどんな商品があるのかな?」
「はいれしゅ。おしゅしゅめはこの蝋燭でしゅ」
そう言って彫刻の様な美しい蝋燭を見せてくれた。
って、ほらね、ほらね。出たよ蝋燭。やっぱりそういう店なんだよ。
「じゃ、そういう事で」
今度は手を振って立ち去る意思表示をする。
「だから、何で行こうとしゅるんでしゅかぁー!」
またしても腕をグイッと掴まれた。
「ウン。ココニハボクニヒツヨウナモノガナイカラ」
「何でカタコトなんでしゅかー。むきゅー」
痛い、痛い。そんなに強く引っ張るな。
「いや、牢屋って。絶対に欲しい商品なさそうだし」
「牢屋って何でしゅか!?ここは‘ろう屋’でしゅ。蝋を扱ってるお店でしゅよ」
あぁ。そっちのろうね。
「ごめんなさい。勘違いしてました」
素直に謝罪する僕に彼女はニタァと笑って言った。
「いいでしゅよ。いいでしゅよ。勘違いは誰にでもありましゅ。あちしは心が広いでしゅからね。あっ、あちし蜂蜜といいましゅ。じゃ、お兄しゃん。何か買ってくだじゃいね」
蜂蜜と名乗った女性は『絶対に何か買えよ』と言った感じで迫ってくる。
「あっ、あぁ。うん、そうだね、蜂蜜さん…」
「蜂蜜でいいでしゅよ。さぁさぁどんな商品をご所望でしゅか?」
その何とも言えない迫力と妙な威圧感にタジタジとなってしまう。
「えーっと、防具が欲しいんだけど。蝋がメインのお店なら置いてないよね?」
「ありましゅよ」
え?あるの!?
そして蜂蜜はゴソゴソとカウンターの下から鎧を取り出した。
「おぉ~。マジで防具もあるんだ。って、ん?」
目の前に置かれた鎧を見てすぐに違和感を覚えた。
「ひょっとしてこの鎧も蝋?」
「はいでしゅ。蝋の鎧でしゅ。結構防御力高いんでしゅよぉ~」
やっぱりね。光沢が何か変だと思ったんだ。
でも一応防具だから、とりあえずここで試着させてもらう事にした。
再度パジャマに着替え蝋の鎧を装備する。
うん、思ったほど重くないし着心地もいい。パジャマを隠す事も出来るしね。
僕は先ほどのお詫びも兼ねてここで2種類目のアイテム蝋の鎧を購入する事にした。
「じゃあ、蝋の鎧にするよ」
「ありがとうございましゅ。今なら無料でこちらもお付けしましゅよ」
そう言って彼女は蝋で出来た卵のような手のひらサイズの玉を3個カウンターに並べた。
「えっと、これは?」
「はい。蝋玉といいましゅ。この玉にはそれぞれ違った蝋人形が入ってましゅ。玉を投げ割ると蝋人形が出現し、お兄しゃんを守ってくれましゅよ」
蝋人形ねぇ…。意外と使えるかもしれないぞ。
確かルールでは同じ商品なら5セットで1種類とカウントされる。
だからこの蝋玉の場合も3個の中身が違っても蝋玉1種類としてカウントされるはずだ。
そう思って同行している鑑定士の方を見ると、OKサインを出していた。
うん、これで決定だな。
「じゃあ、それもお願いします」
「はいれしゅ。では蝋の鎧分だけ、金貨3枚いただきましゅ」
この蝋で出来た鎧に金貨3枚だと!?
ぼったくりじゃないかと言いたくなる価格だったが、背に腹は代えられない状況だ。
‘ろう屋’以外で鎧を売ってもらえそうなお店も見当たらないしね。
また当分は節約生活をしなければいけないなぁと思いつつ、僕はお会計を済ませるのだった。
「まいどありでしゅ~。決闘頑張ってくらしゃいね~」
「ありがとう。‘ろう屋’の宣伝にもなるよう頑張るよ」
「はいれしゅ。客席から応援してましゅね~」
ちょうどその時、またアナウンスが流れてきた。
『残り時間あと3分です。
会場には既にルーク選手の姿があり、準備運動を繰り返しています。この一戦にかける思いもひとしおなのでしょう。
一方のハルト選手。無事にアイテムを3種類揃えて戻って来る事が出来るのでしょうか~?タイムアウト負けは勘弁してほしいところです』
うん。言われ放題だなぁ。
でも、なんとか間に合ったぞ。
僕は蜂蜜に改めてお礼を言い、会場へ駆けて行った。
◇
残り時間90秒というところで会場に戻って来た僕に客席から拍手が送られた。
いくらルークの方が圧倒的人気だとしても、アイテムを揃えられずに勝敗が決まる様な事になれば興ざめになるだろう。
だからかは分からないが、その拍手は何だか温かく感じた。
【ハルト/HP:100% vs ルーク/HP:100%】
大型スクリーンに対戦者名とHPが表示されている。ただしHPは数値ではなく%表示だった。
この世界は個人情報の取り扱いが意外と厳しく、安易にステータスを公にする事は禁止されている。
例えばこの闘技場内も【鑑定】スキルが使用できないように障壁が張られているしね。
だからHP表示も%表示というわけだ。
まぁ今回の勝負が‘先にHPを50%まで減らせた方が勝ち’という事だから、%表示のほうがわかりやすくはあるのだけどね。
ただ相手の攻撃力や防御力などもさっぱりわからない状況なので、ステータスの読みあいになる部分もある。
これは戦闘経験の差が出てしまうなと感じる。
リング上には既にルークがいて、勝負開始のカウントダウンを今か今かと待っていた。
そしてたくさんの魔導士がぐるりとリングを取り囲んでいる。
それはまるでプロレスのランバージャクデスマッチみたいな感じだ。
ただ違う点はこの魔導士たちは場外に出た選手を押し戻す為にいるわけではない。そもそも場外に出ればその時点で負けだからね。
この魔導士の役目は試合終了後に選手へ回復魔法をかける事だった。
いくら国が認めた闘技場だとしても、殺人はご法度だ。
だから決着が着くと同時に回復魔法を素早く発動できるよう、魔導士たちがリングを囲み待機しているというわけだ。
選手の立場としては近くでガン見されるとやっぱり緊張しちゃうからいかがなものかと思うのだけど、これもルールという事だったので諦めるほかなかった。
とりあえず今は他の事考えるな。勝負開始まで精神を集中させるんだ。
リングに上がった僕は、目をつぶって大きく深呼吸をした。
うん、いい感じに心が落ち着く。
『勝負開始まで残り60秒でーす』
カウントダウンのアナウンスが耳に入ってくる。
よし、集中だ。集中だ…。
そう心の中で何度も唱えていると、僕に話しかけてくる声が聞こえた。
「`ハズレ勇者'」
ルークの声だ。よし、しかとしよう。
だが、声は続く。
「おい、`ハズレ勇者'」
全く勝負開始前に何なんだよ。
僕はその声が煩わしくなり、目を開け応じる事にした。
「何だよ。まだ開始前だぞ」
「私もなめられたものだな」
「何がだよ?」
「聞けば、貴様はアイテムを1種類使用したそうじゃないか。しかもその効果は既に切れている。ふざけているのか!」
あぁ、僕が‘真っ白イカ串’を食べた事知られてるんだ。
ってか、そもそも効果が5分で切れるって知っていれば、僕だってあのタイミングで食べたりしないからね。
まぁ、説明を聞かなかった僕に落ち度があるんだけど。
「いや、確かにもう1種類使用したけどさ。悪気があったわけじゃないからね」
「嘘を言うな!」
「嘘じゃない。本当に知らなかったんだって。考えてみろよ。普通知ってたら食べないでしょ」
「嫌、貴様ならやりかねん」
「お前、僕の事何だと思ってるんだよ」
「五月蝿い。もうたくさんだ。私を愚弄した事、後悔させてやる」
ルークの僕に対する‘敵対心’が異様に高まっているのを感じる。
はぁ~。剣を交える前だというのに…なんだかなぁ。全然集中できなかったよ。
そしてスクリーンに映っているカウントダウンの数値が0になる。
『勝負開始~~~!!!』
会場にカンノロさんの元気な声が響き渡った。




