第六十三話 ハズレ勇者、決闘を申し込まれる
「`ハズレ勇者'!私は貴様に決闘を申し込む!!」
大衆の面前でルークから決闘を申し込まれた。
ってか、なんで?
意味が分からない。
それが正直な感想だった。
「えっと…どうして戦う必要があるんだ?理由が思い当たらないんだけど」
例え恋敵といえども無駄な争いはしたくない。
話し合いで解決できるならそれに越した事はないしね。
「戦う理由だと?」
「そう、理由だよ。僕らは今日たまたまここで会ったんだぞ。それだけで決闘なんておかしいだろ」
「そんなに知りたいなら教えてやるよ。お前がどの様な汚い手段を用いてマロン様とのデートにこぎつけたかはわからない。とても癪だがマロン様が了承された事なら、デートの約束をした事は…まぁ良しとしよう」
相変わらず上から目線だな。しかも酷い言われようだし。
ここはハッキリと言っておかなきゃ。
「ちょっと待った。僕は汚い手段なんて使っていないぞ。きちんとデートのお誘いもしたしね。断られる不安だってあったし、これでもかなり勇気いったんだからな。大声で誤解を招くような言い方しないでくれ」
しかし、そんな僕の言葉を華麗にスルーしてルークは話を続ける。
「だがな、お前はそんな羨ま…貴重なデートの約束に遅刻した。しかも聞けばその理由が寝坊だと。ふざけるのも大概にしろ!」
額に血管を浮べながら怒鳴るルーク。まぁ、それに関しては申しわけないとしか言えないんだけどね。
「いや、それは僕の不徳の致すところで反省するしかないんだけど…。でも、ルークには関係ないよね」
「いや、大有りだ!お前はマロン様の貴重な時間を無駄にしたんだ。それだけで万死に値するわ!貴様のその罪を私が裁いていやる!!」
いや『裁いてやる』って言われてもねぇ…。もう何処からツッコんでいいのやら。
「その上『また後でメールするね』だと?私に対する当てつけか!」
おや?怒りの方向性がおかしいような気がするのは自分だけだろうか?
「それは今日のお詫びと埋め合せの約束する為に『後でメールするね』って言っただけだろ。ルークが怒る事じゃないじゃん」
「また言ったな!メール、メール、メール、メール…。マロン様とメールしている事を自慢しやがって…」
あぁ、やっぱりメールの事で妬いてたのね。
まぁ、逆の立場ならわからなくもないが…、ぶっちゃけいい迷惑だ。
ルークとそんなやり取りをしていると、突き刺さってくる好奇の視線に気づいた。
見渡すといつの間にか周囲に人だかりが出来ているではないか。
騎士団団員たちは『はぁ…。また副長の暴走が始まった』と落胆している。
たぶん随分前から面白半分で見ていたであろう群衆からは、
『おいおい、王国騎士団副団長とハズレ勇者の決闘だってよ』
『聞いた、聞いた?聖女様を巡る争いですって』
『ハズレ勇者はどうやってマロン様を誑しこんだんだ?』
『何を賭けるんだー?』
『ルーク様ってマロン様とまだメアド交換されていないのね』
『面白い。やれやれー』
と様々な言葉が飛び交っていた。
うん、ルークのせいで言われ放題だな。
僕らを中心に現場はかなりの盛り上がりをみせていた。
ってか、ヤバい。何だか断りにくい状況になってるぞ…。
「さぁ、`ハズレ勇者'。いざ尋常に勝負だ!そして私が勝ったら今お前が着ている服を没収するからな」
すると突然ルークが馬鹿な事を言いだした。
「なんでだよ!!」
「聞いたところその洋服はマロン様が見立ててくれたそうじゃないか。それならお前よりも私の方が着るに相応しいだろ」
「いや、意味わかんねぇし。そもそもサイズが違うだろ」
「五月蝿い!とにかく決闘の勝者がその洋服を手にするんだ。いいな?」
「よくねーよ!僕も暇じゃないし、だいたいルークに付き合う筋合いもない!じゃあな」
そう言って立ち去ろうとした時だ。
『逃げるなー』
『勝負しろー』
『お前にマロン様が選んだ洋服はもったいねーぞー』
『やっぱり‘ハズレ勇者’だったか…』
『チキンヤロー』
周囲からブーイングや落胆の声が上がったのだ。
「いやいや、おかしいだろ。こっちには戦う理由ないし、寧ろ洋服が没収されるかもしれないというデメリットしかない。そんな決闘受けてられるかっての」
僕は群衆に向かって訴えかけるが、『やれー』『戦えー』とその声は高まる一方だった。
「この声を聞いてもまだ決闘を受ける気はないか…。`ハズレ勇者'はとんだ腰抜けだな。そんな腰抜け野郎はマロン様のお傍にいる資格などない。金輪際マロン様に近づくな!」
流石にカチンときた。あぁ、カチンときたね。
ルークの安い挑発だって事はわかっている。でも、そこまで言われて黙ってられるほど僕は出来た人間じゃない。
「あぁ、受けてやるよその決闘。そしてその言葉取り消してもらうぞ!」
僕はレイピアを抜きルーク向かって飛びかかった。
正にその時だ。突然体が重くなり、そのまま地面に叩きつけられたのだ。
何だ!?何が起こった!!
周囲を見回すと≪パンパン≫と手を叩く音とともに知った声が聞こえてきた。
「はい、はい、そこまでよー」
人混みが割れ、そこからスタスタと見覚のえある人物がこちらに歩いてきた。
「ユズから緊急メールが来たので何かと思って駆けつけてみたら…。ったく。あなたたち、街中で何やってるのよ」
ため息をつきながら目の前に現れたのは王国魔法団団長のパネットさんだった。
王国騎士団団員達が一斉に敬礼をする。
もちろんルークも敬礼をしてるが、彼は隣にいる側近のユズに向かって「ユズ!何勝手な事を…」と小声で文句を言ってる。
すると≪グラビティ・プレス≫と声がして、ルークは瞬く間に地面に叩きつけられた。
僕と同じ様に身動きが取れなくなっている。実にいい気味だ。
って、当事者2人が地面に這いつくばっているこの状況…。何だコレ?
ちなみに≪グラビティ・プレス≫はパネットさんが唱えた重力魔法だった。
「さぁ、ユズ。状況を詳しく聞かせてちょうだい」
◇
「なるほど。そういう理由ね。まったくルークは…」
ユズさんの説明を聞きため息交じりに納得したパネットさんは僕に頭を下げた。
「ごめんね、ハルト君。うちの副団長が迷惑をかけたわね」
「いぇ、そんなパネットさんが謝罪する事ないですよ。僕もルークの挑発に乗ってしまいましたし。それよりも早く魔法を解いてくれませんか」
僕とルークはいまだに≪グラビティ・プレス≫の魔法で地面に押さえつけられたままだった。
が、パネットさんはそんな僕の最後の言葉は聞いてなかったのか、
「あぁ~、でもハルト君も挑発に乗っちゃったんだね~。そっか、そっかぁ。じゃあ筋は通さなくちゃね~」
と言いだしたのだ。
えっ、ちょっと何を…!?
凄く嫌な予感がして止めようともがくも、体が動かないこの状況では成す術がない。
そしてパネットさんはどこから取り出したのかメガホンを構え叫んだ。
『あ~、あ~。お集りの皆様。ご覧頂きましたように、この後19時より闘技場にて【王国騎士団副団長ルークVS風の勇者ハルト】の決闘を行います。奮ってご観戦下さいね~』
パネットさんの発言に周囲が湧き立つ。
『対戦条件は後ほど8面ダイスで決定しまーす。注目度の高い一戦ですので、商人・職人の皆様もこれはチャンスですよぉ~』
群衆の歓喜っぷりは言わずもがなだし、商人や職人らしき人達からは歓声にも似た雄たけびが上がっている。
いつの間にか王国騎士団団員もノリノリで整理券を配り始めているし。
地面に這いつくばる僕とルークを差し置いて話がどんどん進んでいる。
しかも一大イベントみたいに宣伝されちゃってるぞ。
でも決闘って限られた人の前だけで行うものじゃないんだ。
この世界での決闘というものがイマイチわかっていなかった僕は周囲の盛り上がり様にただ驚くばかりだった。
ってか、おぃぃぃぃぃ~。何言っちゃってくれてるの、この魔女っ娘は!!
口には出せないので思わず心の中でツッコミを入れる。
そんな僕の表情を見て察したのか、
「今は国中が疲れてるじゃない。だから娯楽も必要なのよ。不本意かもしれないけど、これもみんなを元気づける為と思って。よろしくね」
とポンポン肩を叩き魔法を解除してくれたパネットさんが言った。
「でも、だからって、見世物にされるのは…」
「まぁ、まぁ。勝者には賞品もあるからさ。ハルト君もきっと望んで参戦したくなるわよ」
そう言ってパネットさんはまたメガホンを構えた。
『あー、あー。それとね、今回の勝者には【聖女マロン様と1日デート券】が贈られまーす』
「「なっ、何ーーーーーー」」
周囲から驚きの歓声が上がる中、誰よりも驚いていたのは僕とルークだった。
賞品がマロンさんとの1日デート券だと。
これは戦う理由が出来たってもんだし、これなら望んで参戦しちゃうよ。
でも、気になる事もあった。
「あの~、これってマロンさんの許可得てないですよね?」
「うん?あぁ、まぁ事後で取るから大丈夫よ」
「大丈夫じゃねー。もし断られたらどうするんですか!?みんな湧いちゃってますよ」
「私とマロンの仲だから、心配しなさんなって。それよりもいいの?あっちはすっかり戦闘モードになってるわよ」
そう言ってパネットさんが指さした先を見ると、『マロンさんとデート、マロンさんとデート…』そう何度も復唱しながら素振りしているルークの姿があった。
あいつマジだな。
でも、確かにこれは負けが許されない戦いだぞ。
相手がルークであろうとなかろうと関係なくね。
「やってやるぞぉーーーーー」
僕はレイピアを高々と掲げ参戦を表明したのだった。
『おー、‘ハズレ勇者’がやる気になったぞー』
『頑張れー』
『ルーク様~。これは絶好のチャンスですぞぉ~』
『うちの武具を使ってくれ~』
『お前に賭けるからな~』
乗り気じゃなかった決闘が、いつしか負けられない戦いへと変わっていく。
こうしてマロンさんの知らないところで、彼女を巡る戦いの火蓋が切って落とされた。
◇
【闘技場裏 商人・職人専用ゲート前】
『ご協力頂ける皆様はこちらにお並び下さい。入場手続きを行います。なお手続きにはギルドカードが必要となりますのでご用意を……』
闘技場の職員が列を作り並んでいる商人・職人に手続きの手順を説明をしている。
急遽開催される事となった決闘だったが、驚くべきスピードで情報が拡散し既に30名近くの商人・職人がこの専用ゲートに集まっていた。
それを少し離れた場所から見ている2つの影。
「いいかい、蜂蜜。狙いは‘風の勇者’だ。絶対にコレを買わせるんだ」
「お任せくらしゃい、ご主人しゃま。殺してでも受け取らせましゅ」
「いや、殺しちゃ駄目だ。コレが‘風の勇者’の手に渡ればそれで十分だ」
「わかりましゅた」
「頼んだぞ。客席で待ってるから」
「はいでしゅ。行ってきましゅ」
そう言って1つの影は離れて行った。
「まさかこんなところで会えるとは…」
列に並ぶ部下を眺めながら、その人物は呟いた。
「何となく立ち寄る事を決めた国だが、来て正解だったか。フッフッフ…フハハハハ…ハァーハッハッハッ!!」
最早笑いを堪える事が出来なくなっていた。
そして暫く笑った後、ポツリと言った。
「これから楽しみだよ。ねぇ、“お財布チキン君”」
誰に言うでもなく呟かれたその言葉は静寂に飲み込まれていく。
不穏な気配を漂わせて―――。




