第六十二話 遭遇する恋敵
2016年10月9日 一部加筆修正しました。
時刻は17時20分を回っていた。
今僕とマロンさんは洋服店に来ている。以前シロップの洋服を買いに来たお店だ。
今回はマロンさんが僕の洋服を選んでくれてるのだが、ちょっと困った事になっていた。
「ハルトさん、次はこれを着てみて下さい」
「あっ、うん」
僕はマロンさんからタートルネックとスキニーパンツを受け取り試着する。
うん、これも悪くない。
試着室のカーテンを開けてマロンさんにも確認してもらったところ、
「いいですね。似合ってますよ」
とニッコリ笑いながら褒めてくれるた。
「そっ、そうかな。じゃあ、これに…」
「はい、ハルトさん。次はこちらをお願いしますねっ」
“ねっ”なんて言われたら断れるわけないじゃないか。
「うっ、うん…」
そして今度はボーダーニットセーターを受け取って、またカーテンを閉める。
僕らはかれこれ20分ほどこんな事を繰り返しているのだった。
でも、どうしてこうなった?
まぁ、全ての原因は僕なんだけどね。
◇
ベンチで一通り話した終わった後、マロンさんにこの後の予定を聞いたら18時までに教会に到着すればいいとの事だった。
この時点でまだ1時間以上も余裕があったから、ウインドウショッピングをしつつ教会に向かう事になった。
マロンさんは「教会には私1人で行きますから、ハルトさんは買い物しててもいいんですよ」と言ってくれたが、いやいやそうじゃないんだよね。
先程の彼女のセリフを借りて「マロンさんを教会に送り届けるまでがデートだから」と言ってそれまで一緒にいたいアピールをした。
すると彼女は笑いながら「では、お願いしますね」と僕の手をとってスタスタと歩き始めるのだった。
マロンさんに手を引っ張られながら街中を歩く。
まだドルチェ王国内の位置を正確に把握していない僕を先導する為だろうけど、これって手を繋いで歩いてるって事だよね。
手が触れ合ってるものだから妙に意識してドキドキが止まらない。
傍から見るとどう思われているのだろう?デート中のカップルって感じなのかなぁ。
チラチラとこちらを見ている人もいて、ちょっと聞いてみたくなる。
まぁ大方マロンさんの可愛さに目がいってて、『あの男、全然釣り合ってないなぁ』なんて思われているんだろうけどね。
そんな事を考えてると急にマロンさんの足が止まった。
「さぁ、着きましたよ」
「えっ?ここって…」
「はい、お洋服屋さんです。私を送り届けてくれるにしろ、まずはその格好をなんとかしないと」
そう言われて思い出した。僕は依然としてパジャマ姿だった。
「えっと…、`カフェ猫耳亭'からずっとハルトさんに集まる周囲の目も気になってましたから」
えっ、あの視線って僕に集まっていたの!?
てっきりいつもみたいに羨望の眼差しとかだろうと思っていた。
でも確かにパジャマ姿で街中を歩いちゃダメだよな。
冷静に考えて凄く恥ずかしい。
ってか、隣にいたマロンさんが一番の被害者か…。
「ごめんね」
「いぇいぇ。急いで`カフェ猫耳亭'まで来てくれたからパジャマ姿なんだって、私はきちんとその理由を知っていますから。大丈夫ですよ」
でもそう言ってくれたマロンさんの頬がうっすら朱くなっていたので、やっぱり恥ずかしい思いさせちゃったんだよなぁと反省するのだった。
◇
そんな事もあって、今現在僕はマロンさんから手渡される洋服を片っ端から試着している。
彼女はまるで着せ替え人形で遊んでいるかのように、次から次へと洋服を持ってきては僕に着せたがる。
まぁ、マロンさんが楽しそうだし、こうやって洋服を選んでもらっているのもデートって感じがして、僕としては嬉しい限りなんだけどね。
でも流石に残り時間が気になってしまい、6回目の試着を終えたところで泣く泣くマロンさんに時間の事を伝えた。
「ごっ、ごめんなさい。つい夢中になっちゃって」
「いや、個人的には凄く嬉しいんだけど…。とりあえず、今まで試着した中から選ぼうよ」
「そうですね…。ではこれにしましょう」
それはダッフルコートとタートルネックニット、デニムスキニーパンツという一番最初にマロンさんが見立ててくれたコーデだった。
「うん、やっぱりこれが一番かなぁ。爽やかでよく似合っていると思います」
「そっ、そうかなぁ」
好きな子に似合ってるなんて言われるとそれだけで舞い上がってしまう。
結局その一言が決め手となり、僕は上機嫌のままお会計を済ませた。
◇
時刻は17時35分。
「ちょっと居すぎちゃいましたね」
テヘッと笑うマロンさんはとても楽しそうで、そんな彼女の笑顔を見て僕も嬉しくなる。
洋服店でかなりの時間を費やしてしまった為他のお店に立ち寄る余裕はなくなってしまった。
でも、結果的に僕にとって大変有意義な時間を過ごす事ができた。
「時間ないから、今日はここまでだね」
「そうですね。もっと色々見て回りたかったけど、また今度ですね」
「うん。是非また今度」
「あー。でも、今日はハルトさんお勧めのお店に行けると思って楽しみにしてたんだけどなぁ…」
ちょっと悪戯っ子のような顔で言うマロンさん。
「それについては本当にごめんなさい。是非もう一度チャンスを。次は絶対に遅刻しないから」
そんな彼女に僕は次回を強くアピールするのだった。
「絶対ですよ。次遅刻してきたら、私帰っちゃいますからね」
「えっ、帰っちゃうの!?」
「また待たせるつもりなんですか?」
「あっ、いや、それは…」
僕らはそんな事を話しつつ、楽しく教会へ向かっていた。
自分で言うのもアレだがとてもいい雰囲気だ。
こんな時間がいつまでも続けばいいのになぁ。
だが、そう願ってしまったのがまずかったのか、その楽しい時間は突然終わりを告げた。
「マロン様ーーー」
並んで歩いている僕らの後ろからマロンさんを呼ぶ声が聞こえてきたのだ。
せっかく良い雰囲気だったのに…。
僕はその聞き覚えのある声に嫌な予感しかしなかった。
そして振り向き声の主を見ると、それは案の定知った顔だった。
「マロン様。お久しぶりです」
マロンさんの前で跪いた人物は王国騎士団副団長のルークだった。
ってか、おいおい。街中で堂々と何やってんの。
ルークが跪いたりするものだから、引き連れてる後ろの部下数名も慌てて跪いているじゃないか。
マロンさんは苦笑いだし、周囲の人々は何事!?と注目し始めてるし。
「おっ、お久しぶりです、ルークさん。市中警備ですか?」
「左様でございます。しかし、このような場所でお会いできるとは。偶然…、いやこれも運命といったところですね」
「はぁ…」
気のない返事。
って、おいルーク!完全にマロンさん引いちゃってるじゃないか!!
でもルークは気にする事もなく話を続ける。
「しかし出張から戻られていたのですね。すぐにお会いしに行けず申し訳ございません」
「はぁ…」
マロンさんから気のない返事が続いている。
ルークは鋼鉄の心臓でも持っているのか?
普通気付くよね。マロンさんの態度で。
「ところで、何をされているのですか?」
「え、えっと…」
「マロンさんは教会に向かっているんだよ」
マロンさんが明らかに困った表情になっていたので、僕はその会話に割って入った。
するとルークは立ち上がりながら『お前に用はない。引っ込んでろ』とでも言いたげな視線で僕を睨みつけ「これはこれは勇者殿。いらしたんですね」と白々しく挨拶をしてきた。
「あぁ、ずーっといたよ。ってか、マロンさんは急いでるんだからもういいだろ」
「おや、マロン様はお急ぎでしたか?」
「そっ、そうなんですよ。私、18時までに教会に行かなきゃいけないんです」
「そうでしたか。では我々王国騎士団が教会まで護衛いたしましょう」
なっ!?何言ってんだルークは。だいたい王国騎士団は市中警備の最中なんだろ。私用で騎士団を動かすなよ。
ルークの発言に驚いた僕は心の中でそうツッコまずにはいれなかった。
周りを見るとマロンさんと王国騎士団団員から『ハァ~』とため息が漏れいるし。
そこでふと以前タルトさんがルークに関して言っていた言葉が蘇えった。
『ちょっと残念な一面を除けば悪いヤツじゃないんだけどね…』
なるほどね。マロンさんの事となるとルークは暴走するのか。王国騎士団団員も振り回されるハメになって、こりゃ大変だ。縦社会で従うしかない団員達が可愛そうに思えた。
でもね、マロンさんを送り届ける役目は僕のものなんだ。譲るつもりなんて毛頭ないよ。
「悪いけどさ、マロンさんの護衛は間に合っているよ。どうぞ副団長殿は市中警備を続けて下さいな」
そう言った僕にルークは嫉妬の視線を向ける。が、それも一瞬で直ぐに笑顔へ切り替わった。
マロンさんの手前そうしたのだろうけど、ルークなかなか表情の切り替えが上手いなと感じた。
そしてルークは柔らかい表情ながらもどこか棘のある言い方で反論してきた。
「いぇいぇ、勇者殿は万能ではないでしょ。だからマロン様の護衛には力不足かと」
「万能じゃないって、余計なお世話なんだよ。ってか、力不足なんてどうして言い切れるんだよ」
「ステータスにバラつきがある時点で力不足だろ。その点私のステータスは実にバランスがいい。よってこの場は絶対に私の方が相応しい」
「バラつきがあるからと言って力不足とは限らないぞ。足りないところは知恵や工夫で補う事だってできるし」
「知恵や工夫ねぇ…。私はハズレ勇者に機転の利く知恵が備わっているとは思えないのだけどね」
「何を~」
その後もワーギャーワーギャーと僕とルークの不毛な議論が続く。
そしてそんな僕らのやり取りにしびれを切らしたのはマロンさんだった。
「もう、お2人ともいい加減にして下さい。私ひとりで行きますからね」
と言ってプイッとそっぽを向いたのだ。
これは流石にまずいと察した僕らは2人揃って平謝りだ。
全く何をやっているんだか。
いくら恋敵を前に負けたくないと言ってもマロンさんの機嫌を損ねちゃダメだろ。
今日はただでさえ色々とやらかしているのだしね。
僕はマロンさんが今日聞き飽きているであろう"ごめんなさい"をまた口にするのだった。
◇
「そもそも、どうしてキミがマロン様とご一緒しているのかい?」
マロンさんの機嫌も直り、場が落ち着いたところでルークが唐突に聞いてきた。
って、おいおい。今それを聞くか?
まぁ好きな人が別の男と一緒にいる場面なんて見たら、気になってしょうがないのもわかるけど。
でも正直に答えたら後々面倒な事になりそうだし。
どういう言い回しなら波風を立てずに済むのか…。
色々と考えを巡らせていると、そんな僕の内心を知る由もないマロンさんが口を開いた。
「今日はハルトさんとデートだったんですよ。ねっ?」
あっ、それ言っちゃダメなやつだ。
でも「ねっ?」を僕に向かって言うもんだから、思わず「うん」って返事しちゃったよ。
「だけどハルトさん寝坊しちゃって、1時間ぐらいしかご一緒できなかったんですよね~」
笑顔で、でも少し残念そうに言うマロンさん。
それが悪気ない発言だっていうのはわかってる。助け舟のつもりだったってのもね。
でもね、ちょっとその発言は空気が読めていないかなぁ…。
そんな僕の心配を余所にマロンさんは楽しそうに口を滑らせていた。
「ちなみにこのコーディネート、私が選んだんですよ。どうです?似合っていると思いませんか?」
あっ、それも言っちゃうの!?どんどん不安が大きくなる。
だがそんな不安を尻目に、マロンさんの話に耳を傾けていた王国騎士団団員や通行人などからは拍手や歓声が起こっていた。
「さすが聖女様、センスいいですね~」
「マロン様の嬉しそうな顔を見ると元気もらえます~」
「マロン様~。握手して下さい~」
「おい坊主。聖女様に洋服を見繕ってもらえるなんて、お前幸せ者だぞ」
あれ?なんかいい風が吹いてる?
周囲の反応が予想外に良かった為、これはひょっとしてルークも…と一瞬変な期待をしてしまった。
そしてチラリとルークの方を見ると、彼は俯いたまま肩を震わせているではないか。
まっ、そりゃそうなるか。僕がルークの立場でも同じ反応するよ。ちょっとだけルークに同情してしまう。
でも人も集まり始めたし、時間も迫っている。
どうしたものか…と改めて考えていると、何を思ったのかルークが顔を上げ団員に指示を飛ばしはじめたのである。
「ユズ、ピーチ、お前たち2人でマロン様を教会までお連れしろ」
名前を呼ばれた女性の団員2人が僕の方を見ながら「よろしいのですか?」とルークに尋ねている。
「あぁ、問題ない。ハルトは私ととっても大事な話があるからな」
いや、僕はないんですけど…。
でも少し同情してしまった事もあったし、女性団員が護衛するのなら問題ないかとも思った。
何よりマロンさんをこれ以上ここで足止めしておくのはまずい。遅刻なんて絶対にさせられないからね。
だから僕はルークの提案に乗ってみる事にした。
「何かルークが僕と話したいみたいだから。教会までは団員さんに送ってもらう事になるけどいいかな?」
「私は1人でも大丈夫ですが、せっかくのご厚意ですしそうしますね。でもお2人がお友達だとは驚きました」
「「いや、断じて違うから(ます)」」
ルークと声がハモってしまった。
「ふふふ。息ピッタリじゃないですか」
「いや、本当に止めて」
「マロン様、それは誤解です」
「そうですかぁ?仲良さそうにも見えますけど」
「どこが!?」
「思い違いです」
その時だった。ユズさんが「マロン様そろそろお時間が…」と出発を促したのだ。きっと不毛なやり取りがまた続きそうなのを感じたのだろう。
マロンさんは慌てて、
「そうでした。ではよろしくお願いします。ルークさん失礼しますね」
とルークにお辞儀し、
「続きはまたですね。今度は遅れちゃダメですよ」と僕には手を振って立ち去って行った。
「うん。また後でメールするね」
僕もマロンさんに向かって手を振る。
あぁ、やっぱり可愛いなぁ~。
もう絶対に遅刻しないから。
だから次はもっと長くデートしようね。
そんな風に余韻に浸っていると、嫉妬心を丸出しにした男の声が飛んできた。
「`ハズレ勇者'!私は貴様に決闘を申し込む!!」
どうやらメールの件が火に油を注いでしまったようだった。