閑話 私のご主人様
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これも皆様のお蔭です。心より感謝申し上げます。
私の名前はシロップ。
ハルト様にお仕えしている奴隷です。
そう、私は奴隷のはずなのですが、時々わからなくなります。
だってハルト様が本当に家族みたいに接して下さるから。
立派な洋服を着せてくれて、同じテーブルでの食事を許してくれて、メイドとしての教育まで受けさせてくれます。
そして驚く事に、最近ではお小遣いと言う名目でお給料まで下さるのです。
普通ご主人様というものは奴隷に対して最低限の生活保障だけすればいいもの。
でもハルト様は、
「いつもメイド業務ご苦労様。シロップがいてくれてみんな本当に助かってるよ。はい、お小遣いだよ」
と嬉しいお言葉と共に封筒を渡してくるのです。
でも私はまだ教育期間中だし、何よりそのお言葉だけで十分でした。
だからお小遣いに関してはお断りを申し上げたのですが、
「いいかい、シロップ。いくら教育期間といっても、その教育の一環として接客業もしているでしょ。働いた分だけの報酬を受け取る権利は誰にだってあるんだよ。これは凄く大切な事だから、今のうちからしっかりと覚えておいてね。
それで、シロップも報酬を受け取る権利が十分あるわけ。ただ、僕とシロップの間でお給料ってのも何か違う気がするんだよね。別にお金を払って雇ってるわけじゃないしね。だから、これはお小遣いという事で受け取ってほしい」
そんな風に仰るのです。
そして、
「それにお金はいつ必要になるかわからないからね。いざという時のためにも、持っていて損はないでしょ」
そこまで仰って頂いたら、断るわけにはいきません。私は有り難くお小遣いを頂く事にしました。
ただ、頂いたからといって贅沢はしません。
そのほとんどを貯金をする事にします。
ハルト様と添い遂げる日が来る事を夢見て。
えぇ、ハルト様には想い人がいる事も知っています。
でも、家族みたいに接して下さるから。
やっぱり本当の家族になりたいって思っちゃいます。
そうです。いつかは、つ、つ、妻に…。
ふふっ、ふふふ、ふふふふふ…。
おっと、話が少しズレちゃいましたね。
とにかくハルト様の接し方は私が聞かされていた奴隷としてのそれとは全く違ったものなのです。
でも考えてみると、ハルト様は出逢った当初から普通の人とは違っていました。
それは私がカプレーゼ様の奴隷商館へ護送された日の事です。
今回の警護担当者という事で最初に簡単な挨拶がありました。
アモンドが聞いてもいない事をベラベラと話したのに比べ、ハルト様は『よっ、よろしくお願いします』の一言でした。
特に自分をアピールする事もなく、むしろ奴隷の前で緊張している様にさえ映りました。
これは後から伺った事なのですが、実際緊張してたみたいです。
それで、当初はちょっと頼りない感じのお兄さんだな、本当に冒険者なのかなぁと不安にさえ思いました。
でもそれが愚かな心配だとすぐに知る事となりました。
ハルト様は一行がモンスターに襲われた時に体を張って守ってくれて、さらに次々と敵を倒していったのです。
もうそのお姿といったら本当にかっこ良くて、私は思わず見惚れちゃいました。
そして怪我を負った奴隷の為にと毒消し草やポーションまでくれたのです。
これって普通じゃ考えられない事なんですよ。
護衛で雇われている一介の冒険者が奴隷の為にその様な事までしてくれるなんて、とても驚きでした。
さらに私が山賊の攻撃を受けて生死の境を彷徨っていた時には、‘魔導の指輪’を使い命までも救ってくれたのです。
大変貴重なアイテムを私なんかの為に惜しむ事なく使ってくれたんですよ。
もう私はその優しさに心打たれましたね。
そして聞けばハルト様は‘風の勇者’様だと言うではないですか。
それにも大変驚きました。
だって巷の噂では今回の勇者様はハズレ勇者で、発展に何も貢献できない役立たずだと散々な言われようでしたから。
でも所詮噂は噂。
自分の目で見て感じた事が全てなんだと私は知ったのです。
ただ残念な事に一行がドルチェ王国に到着すると護衛任務も終わってしまい、ハルト様ともそこでお別れとなってしまいました。
最後の挨拶でもう会えないのかと思うと凄く胸がしめつけられました。
そしてその日以来、私はハルト様の事ばかり考えるようになったのでした。
もっとお話したかったなぁ。
後姿カッコ良かったなぁ。
また頭撫でられたいなぁ。
ドルチェ城下町の何処かにいるのかなぁ。
本当にいつもハルト様の事を考えてばかり。
でも所詮私は奴隷の身。
きっと奴隷商館での調教が終われば、どこぞの殿方の元へ売られる事になるでしょう。
だから売られる前にせめてもう一目だけでも…。
そしてあわよくばハルト様の奴隷として…。
そんな事まで考えるようになってました。
ふふふ。この頃には既に私はハルト様の事を想っていたんですね。
でもそれは決して叶わぬ想い。
私はハルト様の事を考えては落ち込む日々を過ごしていました。
ところがそんな日々が突然終わりを迎えるのです。
それはカプレーゼ様の定期【鑑定】の日の事。
調教の成果を見る為に1週間に一度、定期的な【鑑定】が行われていたのですが、私の【鑑定】をされたカプレーゼ様が驚きの声をあげたのでした。
「なっ、なっ、なんじゃとぉ~。シロップの【変化】スキルの対象者蘭が埋まっているではないかぁ~!!!」
その驚き様に、私はただポカンとするばかりでした。
「こっ、これでは、シロップの価値がないではないかぁ~。どうしてこうなったのじゃ?シロップ、お主誰かに心を奪われたのか?」
カプレーゼ様は凄い形相で私に問い詰めますが、私には何の事だかさっぱりわからずで何も答える事ができませんでした。
そんな私にカプレーゼ様は教えてくれたのです。
狐族や猫族が持つ特殊スキル【変化】について。
「だいたいシロップは奴隷商館から一歩も出てないはずじゃ。いったい誰がシロップをたぶらかしたのじゃ!?これは由々しき事態じゃ」
そう叫ぶカプレーゼ様。
周囲にいた黒服の男達は「俺じゃないぞ」「わっ、私でもないです」と自身の潔白を必死にアピールするのでした。
「ふん。どうせ対象者も表示されとるわい。お主達の名前があったら、その時はただじゃおかんからのぉ。どれどれ対象者はハ・ル・と、と、と?なっ、なんじゃとぉぉぉぉぉぉ~!!!」
そして2度目の叫び声が上がったのでした。
そうです。そこに表示されていた名前がハルト様だったのです。
「こっ、これは…。むむむ…」
しばらく考え込むカプレーゼ様。
そして私に「シロップはひょっとしてハルト様の事を好いとるのか?」と尋ねるのでした。
私はカプレーゼ様に隠し事できません。なので正直にコクコクと頷きます。
そんな私を見てカプレーゼ様は何かを思いついたようで、ニヤリと笑い「でかしたぞ、シロップ」と私を褒めるのでした。
そして、
「喜べ、お主の希望を叶えてやる。何としてもハルト様を主人にしてやるからのぉ」
えっ?ハルト様の奴隷になれる!?
私は聞き間違えではないかと耳を疑いましたが、そうではありませんでした。
「安心せい。お主はハルト様が迎えに来てくれる日までしっかり自分磨きをするのじゃぞ」
やっぱり間違いじゃないんだ。
衝撃的な一言に、私は驚きと嬉しさを感じるのでした。
まさか想いがこんな形になるなんて。
正直【変化】スキルの事なんてよくわかりません。
ただ、はっきりしてるのはそのスキルのお蔭でハルト様と繋がりが持てるという事。
この時ばかりは授かったスキルに感謝でした。
そしてハルト様の事を想ってて本当に良かったと強く思いました。
「フォッフォッフォ…コレでワシも‘勇者’様とのコネクションが…」
カプレーゼ様の欲望ダダ漏れの言葉も聞こえてきました。
が、この時ばかりは最高の判断ですと思ったものです。
そうしてトントン拍子に話が進み、私はハルト様にお仕えできるようになったのです。
そして現在、ハルト様は私を家族として接して下さいます。
それにとても温もりを感じる私。
この幸せな毎日がいつまでも続く事を私は願って止みません。
◇
「いかがでしょうか?」
私は恐る恐るノワ様に感想を伺いました。
「0点です。と言うか何ですかコレは?」
「えっと、その…課題だった作文ですけど…」
まさかの0点に私はショックを受け、言葉がしどろもどろになるのでした。
「私は今回のお題は『ご主人様』と言いましたよね」
「はい…。なので『私のご主人様』というタイトルで…」
「そもそもが違います。私は『ご主人様』について書くようにと言ったのです。
それはハルト様の普段の姿を観察して、それを記すという事です。
それなのにシロップときたら…。これではただの恋バナですよ」
課題の意味がわかり、私は思わず顔が真っ赤になるのでした。
「しかも‘ふふふ’とかまで文字におこしてしまっていますし。作文の書き方の指導も必要みたいですね」
「すみません…」
私は恥ずかしさから謝罪の言葉しか出ませんでした。
「でも、」
!?
「シロップの真っすぐな想いは読んでいて凄く伝わりました。主人の事を一途に想う…とても素晴らしい事ではないですか。正にメイド道の真髄。だから、その想いは大切にするように。いいですね?」
「はい!」
私はノワ様の優しい言葉に思わず目頭が熱くなるのでした。
そしてノワ様は続けて仰いました。
「では、やり直しです。明日までに書き直すように」
「はぅ~」
「‘はぅ~'ではありません。いいですね?」
「…はい」
この後私は作文の書き方を学び、何とか課題をクリアする事ができたのでした。
今回はブックマーク登録数100件到達記念という事で閑話を入れてみました。
時系列で言うと、第三十九話~第四十一話頃の話となっております。
初の閑話ですが、お楽しみ頂けたら幸いです。
これからもよろしくお願いします☆