第六話 森の奥で
12/17 誤字脱字を修正しました。ご指摘ありがとうございます。
ヤバい、ヤバい、ヤバい…
前方に見える大きな樹木を目指して、今僕は全速力で森を駆け抜けていた。
後方からは多数のキラーウルフが牙をむき出しにして迫っている。足を止めたら命の危険は確実だ。
勿体ないと思いつつも【アイテムボックス】から食料をばら撒き注意をそらしながら逃げ回ってる状況だった。
今手にしているのはピーナッツ。今回の探索で持参していた最後の非常食だ。
あぁコレ撒いたら明日から食べ物どうしよう…。まだ初日なのになぁ~。
チラッと後ろを見るとその数6匹以上いる事が視認できた。
そこまで追われるような事した覚えないのになぁ…。
そんな事を思いつつひたすらひたすら走るのであった。
◇
5時間前
‘パンドールの森’
森の入り口には標識が立てられていた。
‘←モンスターだらけ・↑モンスター少な目・モンスター多め→’
親切のようで情報が何もない…。うん、コレならいらないよね。でも折角だから真ん中のコースにしてみよう。森なんて初めてだからね。
ギルドで聞いた情報によるとこの森は中腹にキャンプスペースがあるとの事。とりあえず3日分の食料を持って初めての探索がスタートした。
真ん中のコースを歩いていると入り口付近は山菜やキノコ・薬草などの採取スポットとなっていて、数組の冒険者達がいた。
挨拶を交わしつつ道なりに進む。できれば今日中に素材を集め依頼を終わらせたい。僕は脇目も振らず歩き続けた。
そして30分ほど進むと5mはあるだろう木々が生い茂っていて、単体のモンスターも襲ってくるようになった。
お城での訓練時ダンジョンでゴブリンやオークと戦っていた事もあり討伐する事に躊躇いはなかった。
この世界で生きるにはいい意味で血にも慣れたって感じだ。‘パンドールの森’に着くまでにもスライムや野兎とも戦闘してたしね。
そして早くもお目当ての敵を発見したのだった。
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カマキリナイト
Lv:16
HP:270
魔法・技:カマイタチ
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すかさず【鑑定】をする。
うん、問題なくいけるな。
先手必勝と風の矢を唱える。鋭い風の矢が空気を引き裂くように一直線に放たれ、正確に約10m先の標的を射る。この程度の相手なら一撃必殺だ。
これまでの戦闘で僕の風の矢は相手に1000p程のダメージを与える事がわかっていた。
通常風の矢は風属性魔法の下級に属し100p程のダメージを与えるものだから、自分の放つそれがいかに凄いかがわかる。
これだけはINTを高くしてくれたシルフに感謝だった。
しかし最大MP:5だから1回使用すると回復するまで待つ必要がある。
悲しいかな直接攻撃では太刀打ちできない事は明らかだったからね。
そしてMPが回復するのを待ってまた一匹でいるカマキリナイトを見つけて討伐する。
繰り返す事1時間。討伐したカマキリナイトの数は15匹、カマキリナイトの刃10枚・羽25枚・魔法石(小)8個を獲得していた。
しかし肝心の魔法石(中)は一向に手に入らない。LUCKがマイナスって事が影響しているのかなぁ…。時間がかかる予感しかしなかった。
少し疲れもできてたので早目のランチをとる事にした。
その際ステータスを確認してみるとレベルが2上がっていた。
ソロは大変だけどレベル上がるの早いんだなぁ~と感じる。だが、依然として最大MPは5のままだった。
このまま道なりに進んでも魔法石(中)は手に入らない気がしたので、より野性味のある敵が生息していそうな森林の奥深くへ進路を変える。
コースから外れている為、草を掻き分けながら一歩また一歩と足を進める。
奥に進むにつれて足場も悪くなり、空気が重くなるのがわかる。
すると早速【危険感知】スキルが大物モンスターを捉えた。
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イノブタキング
Lv:35
HP:2850
魔法・技:???
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技・魔法が‘???’か…。
世の中には【上級鑑定】というスキルもあり、きっとそれなら調べる事ができるのだろう。
まぁ何にせよ風の矢一発では倒せない相手なので‘???’には十分警戒する必要がありそうだ。また攻守の組み立て方がカギになるな。
イノブタキングには貫かれると確実に致命傷を負うであろう長く鋭い3本の角が生えていた。
鼻息荒く周囲に敵を寄せ付けない威圧感はさながら森の番人と言った感じで存在感抜群だ。
直径5m程の巨体もその名の通りイノシシ豚の王様にふさわしく、討伐した暁には大量の食材となるだろう。
間違いなく強敵であるはずのイノブタキングを前に鼓動が高鳴っている自分がいた。
距離はおよそ300m。こちらに気づいてる様子はない。
まず風の盾を唱え守りを固める。50秒待機しMPが回復したと同時に攻撃開始だ。
不意打ちの風の矢で相手のHPを確実に削る。急な攻撃に怯んだイノブタキングだったが、すぐさま態勢を整えすごい勢いで突進してくる。その巨体に似合わずスピードは目を見張るものがあった。
10秒すればもう1発風の矢を使用できるのだが、最低でもあと2発は充てる必要がある。これは少し体力を削られる覚悟が必要だ。
100m程の距離まで迫られた時に1発お見舞いした。トータル2000pのダメージは大きく、相手も呻き声をあげているが、それでもなお向かってくる。
このままだとヤバい直撃するな…。そう思った時にはすでに目の前まで迫っておりそのまま体当たりをしてきた。
風の盾でなんとか直撃だけは防げたもののその反動は大きく、吹き飛ばされて大木にぶつかり背中の方に物凄い衝撃が走る。
そして追撃するようにイノブタキングの3本の角から電撃が放たれた。
咄嗟に風の盾で1本は防いだけれど、同時攻撃で軌道がそれぞれ異なる事もありその2本は被弾した。その結果もともと防御力が低いのもあってHPがごっそり削られた。
“???”はこのトリプル電撃だったか…。
頭がくらくらし、体の節々が痛い。電撃で皮膚が抉られ左肩からは血が溢れてくる。
これはHPがチートでなければ即死していただろうな。
予想以上の攻めに焦りが出てきた。
だが相手もすぐに電撃を試みない様子をみると連発はできないものだと想像できる。
再度突進してきたイノブタキング。
幸いな事にこのタイミングでMPが3回復した。
相手の次の攻めが突進ならまだイケる。勝機が見えた。
目の前迫ったと同時に風の矢を敵の足元へ向けて放つ。
《ドドドドド―――》
地面に深く大きな落とし穴が出来たと同時にイノブタキングが前のめりに飲み込まれていった。
やった。見事にハマった。
後は30秒待ち風の矢で決着だった。
思わぬ強敵との遭遇。初めて大きなダメージを受け反省点もあったが、今後に向け戦術面でもイイ経験となった。
レベルも上がったし、何より魔法石(中)を4つもゲットできたしね。
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名前:ハルト・サナカ
種族:人間(♂)
年齢:17
職業:風の勇者
レベル:17
HP(体力):1725/6300
MP(魔力):0/5
STR(攻撃力):21
DEF(防御力):25
AGI(素早さ):24
INT(賢さ):14500
LUCK(運):-33
魔法:風属性魔法 召喚魔法
スキル:【鑑定】【MP自動回復(小)】【無詠唱】【危険感知】【全状態異常耐性50%上昇】【言語理解】【アイテムボックス】【料理】【命中率50%上昇】【魔力制御】
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うわっ、今の戦闘でHP半分以上も削られていたかぁ。
思わぬ強敵との遭遇に改めてヤバかったんだと痛感する。
完全に相手の強さを見誤った。きっと中ボスレベルなんだろう。HP・INTが高くなければやられていた。
死なない為にもっと戦術を考えなければと強く感じた。
討伐したイノブタキングから戦利品として角を剥ぎ取り、肉を切り分ける。解体については見よう見真似だった。まぁ初心者だから仕方ないんだけどね。
脂ののったとても美味しそうな豚肉を見ると自然とよだれが出てくる。
今晩は“トンテキ”もいいし、“焼肉”もいいなぁ~。いや、“角煮”なんてのも…。
元々料理は好きだったから、最高の食材をまえに興奮が止まらない。ただただ、楽しくって仕方がない。
しかし、数分後にその気分の高揚が仇となるのだった。
作業に集中しすぎたせいもあり敵が忍び寄っていた事に全く気づかなかったのだ。【危険感知】には反応していたにもかかわらずだ。
《ザクッ》
背中に鋭い一撃が入る。慌てて周囲を見回すとギラギラと目を輝かせてるキラーウルフに囲まれていた。
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キラーウルフ
Lv:22
HP650
魔法・技:痺れる息
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イノブタキングの肉を狙っているのは間違いなかった。
こういう事もあるのか。大物討伐の後で気を抜き過ぎていた…。
僕はいつまでゲーム感覚でいるんだ。これはゲームなんかじゃなく現実なんだ。いつ何時戦闘になるか最低限警戒すべきなのに…、冒険者としてまだまだ未熟者である事を痛感する。
しかし、今はそんな反省をしている暇はない。
何とかしてこの状況を切り抜けなければならない。お肉は惜しいがこれ以上は作業を諦めて、すぐさま頭を切り替える。
HP・MPともに半分以下の今、ここは逃げるしかない。
銅の剣を振り回して威嚇し、一番敵がいない直線状に風の矢を放ち道をつくる。
敵が怯んだ隙に一気に駆け抜けるのだ。
【アイテムボックス】から食料をばら撒き注意をそらしつつスタートをきった。
◇
現在
樹木の上からキラーウルフを狙い撃ちしている。
と言っても風の矢を撃ってはMP回復も待ちそしてまた撃つ…。
この繰り返しなわけだから大変面倒臭い事態となっていた。
もう20匹は倒している。でも一向に引く気配がないんだよなぁ~。どこからともなく次から次へと現れてくるし。
現在地上3mの位置にいるから落ちなければ問題はない。
しかしこれではいつまで経っても状況の改善は見込めない。倒しては集まり、倒しては集まり、今も下には8匹の飢えた獣が口を開いて待ち構えている。
困ったなぁ。持久戦なんて経験した事ないしなぁ~。
そんな事を考えていると≪ガサガサガサ≫と木々を掻き分けるような音と共に上空から何かが落下してきた。
ローブ姿で容姿はわからなかったが、それは明らかに人であった。
このままでは下にいるキラーウルフの餌食になってしまう。それ以上に打ち所が悪いと即死だろう。
僕は自分でも驚く程の条件反射で、座っていた木の枝から飛び出しその人を抱きかかえた。
下を見ると落下位置にキラーウルフが集まっている。まぁ、そうなるよな。
でも僕だって何も考えずに飛び出したわけではない。自分が下になり身体全体で受け止めるような体制を保ちつつ、右手の手のひらを下に向ける。
風の盾
3m(縦)×3m(横)×50cm(厚さ)の壁をつくり下へ向けて落ちていく。
≪グシャーーーーー≫
実に聞こえが悪い音をあげて砲口しているキラーウルフを圧殺していった。
と、同時にフワッと風が僕らを包み込むようにクッションがわりになってくれた。よし、予想通りだ。
そして樹木に抱きかかえていた人物の身体を預けて態勢を整える。
その際にフードが外れ綺麗な亜麻色の長い髪がふわぁ~っと現れた。
顔はよく見えないがどうやら女性のようだった。
‘ふぅー’っと一安心したところでその殺気に気づいた。
どうやら圧殺できたのは7匹で、1匹はかろうじて逃げ延びていたようだ。
そしてその1匹は牙をむき出しにして飛びかかってきたのだ。
今の僕はMP:0になってる為、瞬時に風の矢を放つ事もできない。
右手に銅の剣を構えるもきっと間に合わない。
敵はあろう事か彼女の顔に狙いを定めているようだった。
僕は咄嗟に彼女の顔を守るように左腕を伸ばした。
≪ザクッ≫
牙が左腕に刺さり肉を抉る。骨まで到達したんじゃないかと思うくらい深く食い込んでみるみるうちに血が溢れ出てきた。
あまりの痛さに悲鳴を上げてしまう。
その声にビクッと彼女が反応したのがわかった。しかし、今彼女を気にしている余裕はない。
左腕は牙が刺さった状態のまま、右手の剣を敵の喉元に突き刺す。
力はなくても【命中率50%上昇】のお蔭で狙いは正確だ。
‘この女性だけは守らなければ’と何度も何度も夢中で突き刺した。
そして誰かに手を抑えられたような気がして右手の動きが鈍くなると同時に意識が途絶えていった―――。