第五十九話 そして幕は下りた
その後もパネットさんは色々と語ってくれた。
まずドルチェ城の一件だが、スィルーに逃げられはしたものの骸と骨壁は王国魔法団・騎士団が見事に撃退した。そしてその残骸は丁重に葬られたとの事だった。
また今回の犠牲者を弔う慰霊碑も国内に建設される事が決定した。
きっとそれは犠牲者の霊を慰め、このような惨劇を二度と繰り返さないよう平和を願うドルチェ国の象徴となっていく事だろう。
完成した暁には、僕も足を運びたいと思う。
次に国内の様子だが、全体的に不安や恐怖といったネガティブな感情が渦巻いていた。
城下町では無差別連続殺人が起こり、城内にも侵入されたのだ。とても安心して暮らせるような国ではなかった。
でもこの国の人々は強かった。すぐに悲しみを乗り越え、前を向き団結しながら国の再建に尽力しているのだった。それも大人から子供までみんなだ。
まだ事件から数日しか経っていないのに凄いな。きっとこれも魔神の脅威から解放されてここ数年で培われた国民の強さなんだろうなぁと感じた。
そして現在、ドルチェ城を含め甚大な被害を受けた大通りなど国の至る所で復興作業が行われている。
復興には莫大な費用と時間がかかるとみられているが、国を挙げて支援していく事が早々に決定したのだ。
費用は国家予算が充てられ、作業には王国の技術者も多数動員されている。そしてギルドにも作業依頼が多く舞い込むようになっていて、国民も明るく自ら活発的に働いていた。
まさに国全体で復興に向け取り組んでいるのだ。
そんなみんなの姿からも、僕は強さというものを感じるのだった。
ちなみに僕も創造を使い何か手伝える事はないかとタルトさんに相談したのだけど、
『ハルトは狂戦士から街を守ったんだ。それで十分だよ。これ以上は何もする必要はないさ。
むしろ、ここからは住民が自分達の手で少しずつやる方がいいんだよ。もしハルトがそれでも何かしたいと言うのなら、冒険者として出来る事をやりな』
と言われた。
冒険者として僕が出来る事としたら、ギルドで依頼を受ける事ぐらいだよな。
でも、より多くの討伐依頼を受けてモンスターの素材を多く持ち帰れば、復興に役立ててもらえるだろう。
きっとそっちのほうが僕としては貢献できるんだろうなぁ。
うん、絶対そうだ。復興の助力となる為にも、今は自分に出来る事を最大限にやろう。
タルトさんに相談した結果、僕はギルドの依頼を受ける事で貢献していこうと決めたのだった。
そして『大通り襲撃事件』の件で僕とサクラ、ノワさんの3人はその功績が認められ、特別報酬が贈られる事になった。
でも、国がこんな状況なので金銭等ではない。
まぁ、僕も今回はお金の貯めに行動したわけじゃないし、全然それでいいと思う。むしろ貰えるだけ有り難いというものだ。
そして国から贈られたものは何と国籍だった。
国籍を取得すればドルチェ国民として今後様々な福祉サービスが受けられるようになる。例えば魔法障壁の保護対象者にもなったりね。
ってか、今まで僕は無国籍だったんだ。
この国で勇者召喚されたのだから、当然国籍も付いてきてるものだと思っていた。なんだかなぁ…とちょっと苦笑いになってしまう。
そんな僕の気持ちを察してか察せずかはわからないが、タルトさんは僕の背中をバンバンと叩き「まっ、‘ハズレ勇者'だったから。仕方ないわよ」と明るく笑い、マロンさんは「でもこれで国に認められたようなものですから、本当に良かったですね」と微笑んでくれたのだった。
2人の優しさに感謝だな。
これで僕も晴れてドルチェ国民となったわけだけど、これに関しては何の実感もわかないというのが正直な感想だった。
きっとこの国に住み続けて数年後にそのありがたみがわかるってものなんだろうなぁ。
ちなみにサクラとノワさんはドルチェ王国発行の客人通行証が贈られた。2人にはやらねばならない事があり、いつかはこの国を旅立つ身だったからね。
そんな事情もあって贈られた客人通行証なのだが、これも持ってるだけでドルチェ王国内で一定のサービスを受けれるものなので、2人にとっては非常に有り難い贈り物となっていた。
そして肝心のスィルーに盗まれたものだが、それはこのドルチェ王国がある【イーストレーナ大陸】全土について記された歴史書だった。
その歴史書というのは王族の血を引く者が手にすると文字が浮かび上がるという魔法書で、代々王族関係者が歴史の勉強をする時に使用される書物だった。
だから、一般人が手にしてもただの白紙の本でしかないわけで、王国内では盗まれたものが歴史書一冊だった事に喜ぶ声さえ上がっていた。
でも、いくら読み手が限られている歴史書だったとしても、盗んだ相手が相手なのだ。きっと碌な事に使わないだろう。
その辺はパネットさん達も十分警戒した上で捜索を行っていくとの事だった。
最後に国防に関してだが、今回の事件を機に大々的に見直される事となった。
お城だけでなく城下町全体を覆える魔法障壁の開発、王国騎士団・魔法団とギルドの連携強化、検問強化、警備体制の見直し等々。
王国魔法団主導の元、きっとよりより体制が整えれていく事だろう。
これからも多忙な日々が続くと思われるパネットさんには申し訳ないが、国民の1人としては大いに期待したいと思う。
◇
「それじゃあ、私達はお暇するわ。姉さん、ちょっとお願い」
そう言ってパネットさんは背を向け、タルトさんがティラちゃんを抱えてその背中へと運んでいく。
って、ティラちゃんをおんぶして帰る気なのか!?
体格的にそれは無理だろう。
魔女っ娘が幼女を背負う姿も絵的にどうかと思うし…。
そんな事を考えていると、≪バチッ≫と嫌な音がした。
「ハルト君。キミ、今と~っても失礼な事考えてなかった?」
顔こそ笑っているものの、額にはしっかりと青筋が立っていた。
あっ、これ絶対に怒っているぞ。
「いや、別に…」
心の中を見透かされた気がして口どもってしまった。
「ふ~ん、君まだ懲りてないんだね~」
いや、もう十分懲りてますから。
「とっ、とんでもないです。絶対に魔女っ娘に背負われていく幼女の姿なんて想像してまー」
≪ズド―――ン≫
言い訳する暇もなく魔法が飛んできたのだった。
間一髪避けるも、彼女の手はまばゆく光っていて既に魔力が集まっていた。
しかも、よく見るとパネットさんは右手人差し指の先から氷を、左手人差し指の先からは風の魔法を出しているではないか。
【連続魔法】スキル所持しているパネットさんだからこそ同時に2つの魔法を唱える事が可能なのだろうが、驚いたのはそれからだった。
彼女が指をチョイと僕の方に振って放たれた2つの魔法。それは僕に到達する前にひとつに混じりあっていくのだった。
室内という事もあってパネットさんが放った魔法はとても微弱なものだったが、いくら微弱でも混じりあう事で威力が相当上がってるように感じる。
ってか、コレってまさか合体魔法!?
思わず驚愕の表情を浮かべてしまった。
「そうそう、先の戦いではとても興味ある魔法の使い方をしていたわね」
確かに『大通り襲撃事件』の後の事情聴取で合体魔法の事も話していた。
でも、いとも簡単に1人でそれをやっちゃうなんて誰が想像できるだろうか。
職業が"賢者"って聞いた時から凄い人だとは思っていたけど、まさかここまでとは…。
王国魔法団団長の肩書は伊達じゃないなと感じるのだった。
「魔法を合体させるなんて、いくら私でもその発想はなかったわ。教えてくれたハルト君には感謝だよ。でもね、今失礼な事考えちゃったよね~」
ギクッとした僕にパネットさんはニコニコしながら、容赦なく魔法を撃ちこんできたのだった。
:
「ゔ…。考えるだけでもダメなのか…」
「まぁ、ハルトさんはわかりやす過ぎますからね」
苦笑いしながら回復魔法をかけてくれるマロンさん。
あぁ、やっぱり天使だなぁ~と癒しを感じていると、彼女が急に耳元で囁いたのだった。
「私はそういう一面もいいと思いますよ」
その囁きに僕は思わずドキッとしてしまった。
彼女なりのフォローのつもりなんだろうけど、耳元でそんな事囁かれると健全な男子としてはかなりヤバいわけで。
お仕置きされていた事もすっかり忘れて、僕の胸はどんどん高鳴っていくのだった。
その後やれやれと言った表情のパネットさんから、
「あのさぁ。甘い雰囲気を出すのは私たちが帰ってからにしてくれるかな」
と言われ、僕とマロンさんが物凄く照れてしまったのは言わずもがなだった。
「でわ、みなさん、今日は色々ありがとうございました。またお茶しましょうね」
パネットさんは再度お辞儀をして自宅へと帰って行った。
ちなみにティラちゃんはパネットさんの背中でプカプカと浮かんでるマントの中にいた。
これも王国魔法団の発明品で、なんでもマントの四方に魔法石(小)が付いていて生活魔法の`涼風'を込める事でマントが浮遊する仕組みになっているのだとか。
本来は重剣を背負う兵士の為に開発されたものであり、マントを少し浮かす事でその負担を軽減させようというものだが、彼女はそれを大胆にもおんぶ用として使っていたのだった。
なるほどね。コレがあれば確かにパネットさんでもおんぶできるってわけだ。
傍から見ると`すいか包み'の大きな風呂敷バッグが浮いてる様にしか見えず、かなり微妙な感じなんだけどね。
ただ、そんな事を考えるとまた魔法が飛んできそうだったから、僕は考えないように「またです~」と大きく手を振り続けたのだった。
◇
「でも、やっぱり気になるのは去り際にスィルーが言ったっていう『次はきちんと`狩り'に来る』という言葉ね」
パネットさんを見送った後で、思いだしたようにタルトさんが言った。
「それってやっぱり僕とサクラの事を指しているんですよね?」
「十中八九そうでしょうね。スィルーの狙いは鼻から`勇者'だからね」
「ですよね~。まぁでも、パネットさんの話を聞いたからじゃないけど、今は返り討ちにしてやるって気満々ですよ」
僕は右手で握り拳を作り、左手の平をパチンと軽く叩くのだった。
「そうですね。スィルーが絡んでいるとなると私も無関係ではありません」
「わっ、私も微力ながらハルト様のお役に立ちたいと思います」
「頑張りましょうね、シロップちゃん」
「はい、マロン様」
マロンさんとシロップもやる気のようだ。ってか、この2人いつの間に仲良くなったんだ?
そしてサクラも、
「いつでもやってやるのよ。かかって来いなの~」
と言って≪シュッシュ≫とその場でシャドーボクシングを始めた。パネットさんの話を聞いて怒りが湧いているのだろう。
「安心して下さい。お嬢様の身は私が命に代えてもお守りします」
ノワさんまでエプロンの下からジャラジャラと武器を取り出す仕草をしているし。
でもみんな思いは同じみたいだな。
「よし、じゃあ私の家を対策本部にするわね。スィルーの襲撃に備え準備を整えていきましょう」
こうして対スィルーに関して、僕らはあらためて思いを一つに戦っていく決心をしたのだった。
と、そこで終わっていればいいものを、タルトさんがまた例によって悪戯っぽい笑みを浮かべ驚き発言をするものだから、締まってた雰囲気が一気に崩れる事となった。
「そうだ!この際マロンも一緒に暮らさない?」
「「えっ!?」」
マロンさんはともかく、何故か僕までも一緒に驚きの声をあげてしまう。
「声がハモッてるの~」
「ハルト様、凄く嬉しそうですね…」
「マロン様がいらっしゃるとなると、ハルト様がいつ狼になってもおかしくありませんわね」
無邪気に笑うサクラと、何だかムッとしているシロップ。そしてノワさんに至ってはサラッと何言っちゃってくれてるの!?
とりあえず、3人にはノーリアクションだ。
僕は今一番気になってるのはマロンさんの反応だからね。
「こっ、ここで暮らすんですか!?だってここには…」
そう言って僕の方をチラチラ見ながらアタフタしているマロンさん。
その仕草がとても愛らしくて僕の胸はざわつくのだった。
もしマロンさんと一つ屋根の下で暮らせるのなら…。
そして僕は思春期男子特有の妄想タイムに入っていく。
「わっ、私は両親が厳しいから。…って、タルトさんもご存じですよね」
「あっ、そうだった。ごめんね~。って、あれあれ~?ハルトは惚けた顔してどうしちゃったのかなぁ」
名前を呼ばれて我に返る僕。
「ねぇ、ねぇ、何妄想してたのさぁ~」
うわっ、いつの間にかこっちに振ってるし。タルトさん絶対に楽しんでるよ。
「まっ、まさかハルトさん。如何わしい事を妄想していたのでは!?」
ほら、マロンさんが勘違いしちゃった。
「いっ、いやらしい事とか…」
うん、あながち間違ってなかった。って、言えねー。絶対に言えないよ。
同居ではなく甘い同棲生活を妄想していたなんて口が裂けても絶対に。
「…よし、じゃあ一狩り行ってきます」
僕は誰とも目をあわせずに玄関へ駆けて行くのだった。
「あっ、逃げる気だ」
「反論しないって事は、やっぱりエッチな事を…。ハルトさん、どうなんですか!?」
「ノワ、捕まえるの~」
「却下です。私たちは夕食の準備がありますので。ほらシロップ、行きますよ」
「えっ、でも…。私もハルト様と一緒に行きたいですぅ」
後方からワイワイ、ガヤガヤと賑やかな声が聞こえてくる。
少しでも気を抜くときっと捕まっちゃうな。
今はとにかくこの場から立ち去る事に専念しよう。
逃げるように走り続ける僕。
ただ、その顔はずっと笑っていた。
そしてみんなの顔も。
市街地で起きた無差別殺人から始まった一連の事件。まだ全てが解決したわけじゃないけど、でも一旦その幕は下りたのだ。
こんな風にくだらない事でもまた笑いあって過ごせる日常が戻って来た。
そう思うと凄く嬉しくて、自然と顔がほころび続けるのだった。
それが例え長くは続かない日常だとしても…。
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名前:ハルト・サナカ
種族:人間(♂)
年齢:17
職業:風の勇者
レベル:38
HP(体力):10300
MP(魔力):5
STR(攻撃力):42
DEF(防御力):46
AGI(素早さ):45
INT(賢さ):35000
LUCK(運):-12
魔法:風属性魔法 召喚魔法 生活魔法
スキル:【鑑定】【MP自動回復(中)】【無詠唱】【危険感知】【全状態異常耐性50%上昇】【言語理解】【アイテムボックス】【料理】【命中率50%上昇】【魔力制御】【剥ぎ取り】【創造クリエイティブ】【格闘技】【レイピア】【活人剣の心得】
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