第五十八話 ドルチェ城襲撃事件
その日のドルチェ王国は、騎士団の大多数が国外の任務に就いていた為、ルークの部隊を除いた僅かな人数で護衛が行われていた。
ルークの部隊はと言うと、大通りで狂戦士が暴れていると報告が入ったので現場に駆け付ける事となったのよね。
いざという場合は魔法団も護衛の任務に就くんだけど、王国内でそんな事はまずは起こらないだろうと私達魔法団は通常業務を行っていたの。
私はというとドルチェ城内にある王国魔法団執務室で書類の山と格闘していたわ。
魔法団は幅広く研究をやっている事もあり、私の決済が必要な案件も多くあるのよね。
決済なんて副団長がやってくれてもいいのに…。
そんな風にぶつぶつ言いながら書類を捌いていた私の元にギルドから緊急連絡が入ってきた。
その内容というのは突然ギルドの調査施設に悪魔族の女性が現われ、そしてものの数分で遺体保管所に安置されていたミイラ化遺体が全て消えたというものだった。
不可解な出来事に私は耳を疑ったんだけど、現れたのが悪魔族の女性と聞いてとても嫌な予感がした。
だから私はこの目で状況を確認する為に遺体保管所へ向かう事にした。
そして廊下を早足で歩いていたところ、突然大きな音と共にドルチェ城全体が大きく揺れた。
「敵襲!敵襲!」
揺れが続く中、兵士の叫び声が聞こえてくる。
「敵襲ですって。こんな時に限って……」
「パネット団長、いかがいたしますか?」
側近のライムが驚きながらも指示を仰いでくる。
「城内にいる魔法団と騎士団全員に出動命令を出します。ライムは…」
その時、偵察部隊の団員リーゼが私の元へ駆け寄ってきた。
「報告します!敵は巨大な骸です。城内を西側へ進んでいます」
「ちょっと待って。城内に侵入されているの?しかも、それまで誰も気づかなかったというの?」
ドルチェ城は城壁も高く、至るところ警備兵が配置され、しかも魔法障壁が城を覆うように張り巡らされている。
ちなみに、魔法障壁とは私達魔法団の発明品の一つで、上空からの攻撃を魔法の壁で防ぎ、ドルチェ国民及び許可を得た者以外がドルチェ城に侵入すると直ぐに察知し警報が鳴る効果も備えていた。
だから、侵入は困難なはずなのに…。
「はっ。敵は突然城内に現われ魔法障壁を内側から破った模様です。当然警報も鳴らずで、現場は混乱を極めております」
「魔法障壁が破られたですって。まぁ、あれは外からの侵入を防ぐように作ってあるからね。まさか内側からとは…」
でも、誰の目にも触れず、警報にもひっかからず、敵はどうやって城内に入り込んだの…?
私があれこれ考えていると、リーゼが報告を続けた。
「その巨大な骸ですが、どうやら西塔を目指している様でございます!」
その一言にざわつく団員達。
ドルチェ城の西塔と言えば歴史文化財や宝物庫などが入っている。
敵の狙いは国宝なの?
私は嫌な予感がしながらも部下に指示を出すのだった。
「リーゼは団員を20名連れて急ぎ王族の避難と警護にあたりなさい。残りは私とともに敵の撃退に向かいます」
『はっ!!!』
そして西塔へ急行すると、驚くべき敵の姿が目に入ってきた。
遠目からでもはっきりとわかる巨大な骸。
その大きさは10メールはあるだろうか。骸は骨組みだけの体ながらドルチェ城内を破壊しながら進んでいた。そして今まさに目の前で放たれたストレートパンチが西塔の外壁を貫いたのだった。
常識外れの光景に驚きつつも、射程距離内に入るまで近づけた為すぐに攻撃命令を出した。
「何としてもアレを食い止めるのです!これ以上暴れさせてはなりません!!」
私の号令と共に一斉に攻撃魔法が骸を射る。
巨大な体だけあって次々と当たる攻撃に、骸の骨組みがバラバラと崩れていく。
しかし、あの骸はいったいどれだけの量の骨で出来ているの?
既に地面には山のように骨が積もっているのに、骸はそれでもまだ人型を保っていたのだった。
それから5分程度攻防が続いたかしら。
ようやく骸の両手を破壊した時、私の目がもう1人の姿をとらえたのだった。
その人物は西塔の崩壊した壁からひょっこりと顔を出し、笑みを浮かべて戦況を眺めていた。
私はすぐに攻撃対象を変え【光の槍】を放った。
無数の光り輝く槍が飛んでいったのだけど、相手も直ぐに【闇の槍】を発動させてきた。
2つの魔法は激しくぶつかり合い、大爆発とともに相殺していく。
そして晴れた煙の後から現れたのは、忘れもしない憎っくき悪魔だった。
「オーッホッホッホ。私の骸をこんなにボロボロにしてくれたのは誰かと思えば…、あなたでしたか、"賢者"ちゃん。お久しぶりですわねぇ~」
不敵に笑いながら話しかけてくるスィルー。
「この襲撃はあなたの仕業だったのね。よくも王国をこんなに荒らしてくれて。今日こそ捕まえてやるわ」
【光の十字架】
【炎の十字架】
私はすかさず両手で光と炎の上位魔法を発動させた。
このままスィルーとのんびり会話をする気なんて毛頭なかったから。
「おぉ~、おぉ~。"賢者"ちゃんの魔力に【連続魔法】スキルは相変わらず恐ろしいですわねぇ~」
スィルーはおどけるようにそう言いながら≪ボワン≫と小さな杖を出して、勢いよくそれを振り始めるた。軽快なリズムに乗りながら振るう様は、まるでタクトを振るうコンダクターみたいだ。
スィルーはこんな時に何をしてるのかしらと思ったのもつかの間。
スィルーの振りに合わせるようにして、地面に散らばった骸の残骸、つまり骨の山が次々と宙に浮き、そしてスィルーを守るかの様に骨の壁が出来上がっていったのだった。
そして私が放った魔法はことごとくその骨壁に阻まれ、スィルーへと届く事はなかった。
「オーッホッホッホ。ドルチェ城を襲う以上、"賢者"ちゃんがいる事も下調べ済みですわぁ~。なんの手も考えずに私が乗り込んできたとでも思っているのかしら?」
骨壁の頂上に飛び移り、悦に入った感じで饒舌に語るスィルー。
私は耳を傾けつつ、部下に骸と骨壁の攻撃指示を送る。
「それで、目的は果たせたのかしら?見たところスィルーが襲撃したのは西塔だけど?」
「えぇ。もうそれは怖いくらい順調に。手に入れたいアイテムもバッチリ頂きましたわぁ~」
スィルーの物言いから、それは本当の事なんだろうと感じた。
「そう。でも残念だったわね。だって、私がこのままスィルーをここから逃がすわけないもの」
「お~、怖い、怖い。一応私も"賢者"ちゃんの能力には一目置いていますのよ。絶対にコレクションにしたい1人ですものねぇ~」
スィルーはペロリと舌なめずりをして、獲物を狙う獣のような、そんな目で私を見ていた。
どうやら私を殺してゾンビ軍団に加えたいみたいね。
でもそうやすやすと殺されるつもりはないわ。
「コレクションなんてお断りよ。それにこの状況。不利なのはスィルーの方よ」
骸を囲んで多くの団員が攻撃を続けている。
人数的にも戦力的にもその差は圧倒的だった。
「そうですわねぇ。"賢者"ちゃん以外にもこの人数。流石の私でも手に負えませんわ~。だから今日のところはこのまま退散させて頂きますわねぇ~」
「何を言ってるの?だから、私があなたを逃がすわけないでしょう」
そして私の両手が光だした時、スィルーが一段と大きな声で笑いだした。
「オーッホッホッホ。だ・か・ら、私が何の手も考えずにここに来たわけではないって言ってるでしょ。ふふふふふ、まずはコレをご覧なさい」
そう言うとスィルーは2匹のコウモリを私のほうに飛ばしてきた。
「そいつはね、偵察コウモリですのよ。私の自慢のコレクションの一つで、見たままを映像で伝えてくれるのですわぁ~」
そして近づいて来た2匹のコウモリの目が≪ピカ—≫っと光ったかと思うと、突然壁に映像が映し出されたのだった。
血の海と化した礼拝堂。
怪我をし治療を受けている人。
泣き叫び、恐怖の表情のまま逃げ惑う人々。
崩壊された時計台、次々と倒れていく騎士団の団員達。
そして魔剣を振るい暴れまわっている狂戦士…。
次々と映し出される映像に、この場のだれもが驚愕して目を見開いたのだった。
そして私もその映像に目を奪われた…。
「オーッホッホッホ。賢い賢い"賢者"ちゃんなら、これを見ただけで私があなたに何を伝えたいのか直ぐにわかったんじゃなくって?」
ケタケタと笑いながら、悦に入っているスィルー。
えぇ、あなたの言いたい事は良く伝わったわ。だって、そこに映っていたのは…。
「団長。今、ティラお嬢様が映っていました!!」
ライムが驚きの声をあげて私に駆け寄ってくる。
「…そうね。でも娘は大丈夫よ。私の顔見知りが介抱してくれているのも映っていたから」
「ですが、すぐに行ってあげたほうが…」
「ありがとう。でも、娘の事は本当に心配しなくていいから。娘の事は……」
団長がそう仰るのならと、なんとか納得したライム。
部下の心遣いに感謝しつつも、私は心の中で呟くのだった。
でも、そうじゃないの。本当に心配なのは…。
考えるだけで冷や汗が出てくる。
この映像に隠された私だけに向けられたメッセージ。
それは、あそこで今魔剣を振るっているのが……。
「ぐっ…」
悔しくて言葉が詰まってしまう。
「オーッホッホッホ。どうやら気づいたみたいですわねぇ~」
気づかないはずないじゃない。
漆黒の鎧を纏っているから、傍からはわからないかもしれないけど、あの剣技にあの身のこなし…。
あれは私の愛する主人のものだから。
「何をしたの!」
「ちょっとお嬢ちゃんをダシに使いましたわ。いくら【紅蓮の剛剣】でも娘救いたさに簡単に屈服し、ご覧の通り闇堕ちしちゃいましたわぁ~。オーッホッホッホ。」
スィルーはなんて事を…。
その卑劣なやり方に体が震えそうなほど怒りが沸いて来きた。
そんな私の変化に満足気のスィルーは更に言葉を続けた。
「ちなみに目の前の骸の正体には気づいていますわよねぇ~?」
正体?正体も何も、ただの骨じゃないの。その量は異常なほどに多いけど…。
「おやぁ~?その感じだとまだ気づいていませんのねぇ~。どうして骸が魔法障壁をすり抜け城内に入ってこれたとお考えですかぁ~?」
確かに、それは私も疑問に思っていた。
もしスィルーが魔法障壁の事を知っていても、そう簡単に突破できるものではないのだ。
でも、現に骸が突然情何に現われて…。
そこで私はハッと思い出すのだった。
ギルドの遺体保管所から忽然と消えたミイラ化遺体の事を。
「まっ、まさか…」
私の中でいくつかの点が繋がっていく。
いや、でもその為だけにあんな事をしたと言うの?
「そうですわよぉ~。そのまさかですわぁ~」
スィルーは勝ち誇ったように声を張り上げて言った。
「この場にいる全ての者達よ、よく聞きなさい!今、あなたたちの目の前にいる骸と骨壁は全てここ数日でミイラ化されたここの国民のもの!あなたたちの家族や知り合い、ひょっとしたら騎士団の同僚のものだったりするんじゃありませんのぉ~。オーッホッホッホ」
衝撃の事実に戦慄が走った。
そしてそれはこの場で戦っている者の戦意をそぐには十分過ぎるのもだった。
骸と骨壁に向けた攻撃がだんだんと止んでいく。
「全てはスィルーの仕業なの!?この為だけに無差別に国民を殺していたって言うの!?」
「えぇ。色々調べたところ魔法障壁はドルチェ国民には反応しないという事でしたので。前もって準備させてもらいましたわぁ~。大量の国民の骨をねっ。あとはこんな風に骨を動かして…」
スィルーが杖を振るうと、それにあわせて骨がまた動くのだった。
「城内に侵入させて、死霊使いで人形使いのスキルでちょちょいと魔力を流せば、ほら立派な骸の完成ですわよぉ~」
そう言ったスィルーの目の前には5メートル級の骸が1体出来上がっていた。
「賢い私はねぇ、利用できるもを利用したまでですわぁ~。オーッホッホッホ」
その一言で私の中の何かがキレた。
【火炎爆発】
目の前に立ちはばかる骨壁へ次から次へと爆裂する炎を投げつけていく。
スィルーはすぐに骨壁の内側に隠れたが、それでもおかまいなしに私は魔法を撃ちまくるのだった。
そして戦意を失ってしまった団員へも叱咤する言葉を投げる。
「しっかりしろ!私達がやらなければ、誰がこの国を守るの!」
ビクッと反応する団員達。しかし、それでもまだ躊躇いの表情を浮かべている者もいた。
確かに、目の前の骨は身近な人のものかもしれないし、躊躇う気持ちもわからなくはない。
でも、私達は王国に仕える身なの。
どんな状況であろうとも、毅然と任務に当たる必要があるのよ。
「いいですか。このままスィルーのいいようにさせてはいけません。国を、国民を敵の脅威から守るのです。目の前の骨が私達の身近な人のものだとしたら、尚更私達の手で弔うのです!」
その一言で我に返る団員達。みんなそれぞれに色々と思う事はあるだろう。
だが、今は目の前の敵を倒すべく全力で攻撃を再開したのだった。
私はと言うと、右手左手と交互に【火炎爆発】を繰り出すし、骨壁にいくつもの穴を開けていた。
そして開いた穴からスィルーを視認できるところまで近づいた時、彼女は光輝く魔法陣の中心に立っていて、十分に楽しませてもらったと言わんばかりの表情でこちらを見ていた。
「待ちなさい!スィルー!!」
「オーッホッホッホ。待てと言われて素直に待つ馬鹿がどこにいるっていうのですかぁ~。手に入れたいものはホラこの通り手に入りましたし、私はこのまま退散させて頂きますわぁ~」
【炎の十字架】
私の放った魔法が骨壁を飲み込みながら、スィルーへ向け一直線に飛んでいく。
「申し訳ないですけど、それは私まで届きませんのよぉ~」
そう言ってスィルーは手に持っていた小さな杖を≪クイッ≫と上に向け振る。
すると、先ほど作りあげたばかりの骸が私とスィルーの間割って入り、その巨大な体で【炎の十字架】を全て受けたのだった。
いくら骸でも上級魔法がまともに着弾すればそのダメージは大きい。
骸は粉々に砕け散って、後には何も残っていなかった。
しかし、スィルーは盾となった骸の事などなんとも思っていない様子で、おかまいなしに移転結晶を使用して既に光の中に包まれていた。
「それじゃあ、また近々ドルチェ王国に来ますわぁ~。次はきちんと`狩り'に来ますからねぇ~」
「待てー、スィルーーーーー」
私の叫び声を聞いてか、「オーッホッホッホ」と不快な笑い声だけこの場に残し、スィルーの気配は完全に消えたのだった。
◇
「…と、まぁこんな感じかしら」
一通り話し終えたパネットさんは紅茶を口元に運び喉を潤しながら、空いてる手で眠っているティラちゃんの頭を優しく撫でていた。
他のみんなは黙ってそれを見ている。今の話を聞いて各々思う事があったのだろう。
僕はというとパネットさんがズコットさんの奥さんだと知ってから、どうしてもひとこと言わなければと思っていた。
彼女の話を聞い今なら尚更ね。
だから僕は立ち上がりパネットさんに歩み寄ろうして…その場で思いっきり転倒した。
「痛ってーーー」
場の雰囲気ぶち壊しの声をあげてしまった。
でもね、仕方ないんだ。だって尋常ではない足の痺れに今更ながら気づいたのだからね。
あぁ、そうだった。僕はずっと正座してたんだ。
パネットさんの話に聞き入ってしまいすっかり忘れていた。
「大丈夫ですか!?」
「お怪我はありませんか?」
マロンさんとシロップが駆け寄ってくる。
「うん、ちょっと痺れただけ。ほんと大丈夫だから」
マロンさんは回復魔法を唱えようとさえしてくれた。本当に有り難い事だが、たかが足の痺れで回復魔法をかけさせるわけにはいかないよね。
感謝しつつも、2人に両側から抱え上げられている姿はなんとも情けない姿だった。
「何やってんだか」
「すってんころりんなの~」
タルトさんとサクラが思いっきり笑っている。
「全く何をなさっているのですか」
ノワさんに至っては完全に呆れているし。
「ふふふ、まったくあなたという人は。主人から聞いてた通りの人みたいだわ」
笑いながらそう言って僕の前に来たパネットさん。
そこで僕は今言わなきゃと思い口を開こうとした。
すると≪ピタッ≫と人差し指を唇に当てられたのだった。
そしてパネットさんは優しく微笑み、深々と頭を下げて言った。
「この度は主人と娘を助けてくれて、本当に本当にありがとうございました」
思いもよらない一言にただ目をパチパチさせてしまう僕。
周りのみんなはその様子を温かい眼差しで見守っているのだった。
そして固まったままの僕に続けて彼女は言った。
「はい、これでお終い。今回の件に関してこれ以上お礼やお詫びはなしだからね」
参ったな。全てお見通しだったか。
今回の事件。スィルーが主犯というだけで、元をたどれば勇者である僕にも原因があるようなものだ。
だから、一言お詫びしようと思ったんだけどなぁ。
でも、考えてみるとそれも筋違いだと怒られそうだな。
何より、パネットさんがそう言ってくれるのなら…ね。
「わかりました。じゃぁ、改めてよろしくお願いします」
そう言って僕はパネットさんと握手を交わしたのだった。
タイトルに★印がある話に頂いた【挿絵】を追加しています。
目次より過去の話も是非ご覧下さい。




