第五十六話 テーブルを囲んで
ノワさんに連れられてリビングルームへと向かう。
ちなみに今僕とシロップはタルトさんの屋敷でお世話になっていた。
というのも『大通り襲撃事件』の際に宿屋"黒猫亭"が半壊してしまったのだ。
流石に住める状態ではなく、営業を再開するのにも時間がかかるという事だったので、泣く泣く退去する運びとなったのだった。
「こっちの事は心配ないのニャ。生きてればまたやり直す事できるのニャ~」
明るくそう言ってくれたチョコさん。
とても良くしてもらっただけに本当に残念ではあったが、"黒猫亭"の営業が再開した暁にはまた利用したいと思う。
そして路頭に迷う事となった僕達に救いの手を差し伸べてくれたのがタルトさんだった。
「部屋はたくさん空いてるから、気にしなくていいよ。宿代もいらないから」
と快く迎え入れてくれたのだ。
部屋を無料で貸してくれるなんて、有り難くて感謝しかない。でも甘えすぎは良くないと思い、生活費は多めに入れるようにした。タルトさんは「気にしなくていいのに」と笑っていたけどね。
ついでに言うと、僕とシロップの部屋は別々だ。2人部屋も空いてると言ってくれたが、そこは丁重にお断りした。
僕の希望としてはいつか奴隷の身分を解放し、シロップには独り立ちしてほしいと考えている。だから、今のうちから自分の個室を持った生活に慣れていたほうがいいと考えたのだ。
それに若い男女が同じ部屋というのはやっぱり良くない。一応僕も年頃の男だからね。いつまでも理性を保てる保障はないし。
そういう理由もあって部屋数が多いタルト邸でお世話になるからには、これもいい機会だと別々の部屋をお願いしたのだった。
まぁ、シロップだけは「ぶぅ~」と終始不満気だったけどね。
◇
「遅れてすみません」
リビングルームに入ると、既に全員が長テーブルに座っていた。
「おっ、やっと来たね。もうみんな待ちくたびれてるから、早く座りな」
タルトさんは手招きをしながら、適当な席に座るよう促した。
テーブルを見ると既に華やかな料理が並んでいて、朝食の準備は万端だった。
お待たせした事に凄く罪悪感を感じつつ、空いてる席を探す。
ちなみにタルト邸では特に座席は決まっておらず、誰もが自由に好きな席に座っていい事となっている。
これは当主であるタルトさんの意向であり、身分制度があるこの世界では珍しい事だった。
元々身分制度に否定的なタルトさん。
「私の屋敷では身分なんて意味をなさないから」
一番最初に屋敷に招待された時にそう言われた事はとても印象深くて、今でもハッキリと思いだせる。
お蔭で奴隷であるシロップや、ハーフヴァンパイアのサクラも気兼ねなく暮らせているわけだから、それはとても有り難い事だった。
長テーブルを見ると、右側には奥から魔女っ娘、ティラちゃん、サクラの順で座っていた。サクラの隣にはノワさんが座るだろう。
ってか、あの魔女っ娘は誰だっけ?知らない顔に戸惑いを感じてしまう。
この席に並んでるって事はサクラかティラちゃんのお友達なんだろう。どう見ても幼女だしね。
黒を基調としたフリル付きのワンピースに、魔女帽子。傍らにはハート型の魔女っ娘ステッキまで見えるぞ。
しかし、この世界で魔女帽子というのはとんがりの三角帽子が主流のはずだ。だけど、目の前の幼女が被っている帽子にはとんがりが2つあって、しかも猫耳みたいでとても可愛いものだった。
完全にオーダーメイドだよね。
誰なんだこの魔女っ娘は。気になる。直接聞いていいものか…。
じっと観察していると、つい目が合って魔女っ娘はニコッと会釈をしてくれた。
僕も慌てて会釈を返すが、観察していた事がバレたかと思うと何だか気まずくて、結局聞かずに逃げるように左側の席を確認するのだった。
そして反対側は左奥からタルトさん、マロンさんがいて…。
!?
えっ、マロンさん!!
ここにマロンさんがいる事に大変驚き、同時に久々会えた事に嬉しさを感じた。
「マロンさん。戻って来たんだね」
「はい、今朝帰りつきましたよ」
そう言ってニコッと笑うマロンさん。
あぁ、その笑顔。本当に天使みたいで癒される~。
そんな事を思っているとマロンさんが続けて、
「ただいま、ハルトさん」
と不意打ちの一言を放ったのだ。
やっ、ヤバい。
何か胸にキュンときましたよ。
「おっ、おかえりなさい」
鼓動が早くなるのを感じながら、僕は何とかそう答えるのがやっとだった。
でも、その声は自分でもハッキリとわかるぐらいにもの凄く弾んでいた。
「ハルトお兄ちゃん嬉しそうなの」
サクラがニヤニヤしながら言った。
9歳の女の子にもバレるほど、今の僕は表情が緩んでいるのかもしれない。
うん。でも仕方ないよね。だって嬉しいんだもの。
だから、それを言葉にしないで。
急にカーッと恥ずかしさに襲われてしまった。
「とりあえず、座りませんか?」
そんな僕の心を知る由もないマロンさんは、優しく声をかけ隣の椅子を引いてくれるのだった。
あぁ、本当にヤバい。
彼女の一挙手一投足にドキドキしてしまう。
「そっ、そうだね」
内心を悟られまいと落ち着いた返事をするように努めてみたが無理だった。
だがここで信じられない事が起こった。
あたふたしている僕の横からひょいとシロップが現われ、「失礼します」と言って、今まさに僕が座ろうとした席にストンと座ったのだ。
「なっ…。シロップ、お前何を…」
思いもよらぬ行動に開いた口が塞がらない。
でも、シロップはそんなの知りませんと言った感じで「ささっ、ハルト様も早くお席に」と更に隣の席へと促すのだった。
いやいや、いくら何でもそれはあり得ない。僕とマロンさんに対して失礼だろ。
第一、マロンさんは僕の為を思って椅子を引いてくれたんだぞ。
シロップの行動にはきっと怒っているはず。
そう思いマロンさんの方を見ると、
「まぁ、あなたがシロップさんなのですね。お噂はハルトさんから聞いてますよ。私、マロンと申します」
特に気にする事もなくシロップに自己紹介していたのだった。
「初めましてマロン様。私、ハルト様の専属奴隷のシロップと申します。以後よろしくお願いします」
いや、何専属を強調しちゃってるの!変な誤解されるでしょ。お願いだから止めてくれ~。
そんな僕の心配とは裏腹にマロンさんは優しい笑顔でシロップと話を続けていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。私、一度シロップさんとお話したいと思っていたんですよ。やっとお会いできましたね。嬉しいです」
「私は別に…」
顔を背けてボソッと呟くシロップ。
おいおい、なんか感じ悪いぞ。
シロップのいつもと違う様子に違和感を覚えてしまう。
いったいどうしちゃったんだろう。
でも、マロンさんはシロップの呟きが聞こえていないようで、
「今日はいっぱい話しましょうね」
とシロップを歓迎している様子だったのだ。
傍から見てると2人にはかなりの温度差があるように思える。
頼むから仲良くしてくれよ。
僕は祈るような気持ちで2人のやり取りを見守っていた。
って、あれ?僕の事は…?
久々に会えたのだから、僕との積もる話とかはないのでしょうか…。
結局マロンさんの隣をシロップに奪われたまま、僕はガクッと肩を落とし席に座るのだった。
そして和やかな雰囲気のもと朝食が始まった。
ノワさんが作る料理は種類豊富で美味しいだけでなく、栄養バランスのとれた健康的なものだった。
炊き立てのご飯に豚汁、焼き魚、厚焼き玉子、煮物、冷奴、サラダ、旬のフルーツ等、今日の献立は和食だった。
この世界では洋食が主流であったが、ノワさんは先代の"光の勇者"に仕えていた事もあり和食もお手の物となっていた。
美味しい料理を大人数でワイワイ楽しんで食べる。
この場にズコットさんがいないのは寂しかったけど、今リビングルームは笑顔で満ち溢れていた。
マロンさんがシロップにぐいぐい絡んでて、タルトさんと魔女っ娘の方からも何やら笑い声が聞こえてくる。
サクラとティラちゃんも仲良く料理を頬張っていて、それをノワさんが温かい眼差しで見守っている。
とにかく笑顔が絶えない空間。
凄く贅沢な時間を過ごしているんだなぁと感じる。
この世界にきてからというもの、朝食は1人で適当に済ませる事が多かっただけに、朝食でこんなにも心と胃が満たされている事に感動させ覚える自分がいた。
そして僕は強く思った。
こんな風に笑って暮らせる日がいつまでも続くようにしたいと。
その為僕が出来る事は、ズコットさんの教えを守りながらもっと強くなる事だ。
最早、人を守る為の剣を振るうのに迷いはない。
それに"活人剣"を極めた先には、きっと多くの笑顔が待っているはずだしね。
だから強くなろう。
それが発展に貢献できず"ハズレ勇者"と言われた僕の、"風の勇者"としての使命みたいに思えたんだ。
サトウユミコ様(@YumikoSato25)より挿絵を頂きました。
タイトルに★印がある話に【挿絵】を追加しています。
是非目次より過去の話もご覧下頂ければと思います。
挿絵がある事で、話のイメージがしやすくなりました♪




