第五十五話 しばしのお別れ
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≪コンコン、コンコン≫
部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
僕はノックの主を招き入れる。
「失礼します」
そう言って入ってきたのはメイド服姿のシロップだった。
「お食事のご用意が出来ました」
「ん、ありがと。でも、もう少し待ってくれるかな」
僕は机の上に薬草を並べながら答えた。
「あの~、失礼ですが、先ほどもそう仰ってましたけど……」
「うん、ちょっと手が離せないんだよ」
僕は今、ギガポーション作りをしていた。
実はここ数日でギガポーションを全て使い果たしてしまい、手元には今1本も無かったのだ。
ギガポーションは僕にとって一番の収入源であり、それが全くないとなるとやはり不安になる。
しかもカプレーゼへの納期もあと数日と迫っている。
だから今は一刻も早くギガポーションを生成しておきたかったのだ。少しでもストックが出来ると安心するしね。
だが、そんな僕の手をシロップが強引に掴んだ。僕が全く手を止める気がないのを察したのだろう。
「ダメですよぉ~。もう皆さまお揃いなんですから」
「う~ん、だったら先に食べてもらっていいからさ」
「むぅ~、皆さまハルト様をお待ちなんです」
「えぇ~、絶対に行かなきゃダメ?」
「ダメです」
「う~ん、やっぱりいいや。今、皆と色々話したい気分じゃないし」
僕はパッと掴まれた手をほどき、作業を続ける。
「むぅぅぅぅ~~~」
するとシロップが唸り始めた。
でも、ここまで頑なに拒んだんだ。流石に諦めてくれるだろう。
そんな風に思って知らぬ顔で作業を続けていると、突然≪しくしく、しくしく…≫とすすり泣く声が聞こえるではないか。
えっ!?
慌ててシロップの方を見ると、何と彼女は顔を隠しながら泣いているのだった。
「ハルト様には私の言葉が届かないんですね……」
と悲しそうに呟きながら。
いや、何も泣く事はないんじゃないの!?
そう思っても、女の子を泣かせてしまったとなれば焦らずにはいられない。
「ごっ、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだ」
弁明しなければとあたふたする始末だった。
でも、シロップは一向に泣き止んでくれない。
「しくしく、しくしく……」≪チラッ≫
参ったなぁ。ここは僕が折れるしかないか……。
そんな事を考えだした矢先に、少し違和感を感じた。
「しくしく、しくしく……」≪チラッ≫
ん?気のせいかな?
「しくしく、しくしく……」≪チラッ≫≪チラッ≫
うん。絶対に気のせいじゃないよね。
本人は上手く隠せてるつもりなのだろうが、チラチラと僕の様子を伺っているのモロバレだからね。
ふぅ~危ない、危ない。危うく騙されるところだった。
でもこれは少しお仕置きが必要だな。
「ねぇ、シロップ」
僕は優しい口調で語りかけ、シロップの両肩に手を置いてグッと自分の方へ引き寄せた。
「…ッ!!」
予想外の行動だったのか、シロップの尻尾がピーンと伸びて、そしてゆっくりと左右に揺れ始めた。
ふふふ、見事に気分が良くなった様だな。でも、そういていられるのも今のうちだ。
「本当にゴメンよ」
と言いつつ、僕はすかさず≪ティッ≫とシロップの頭上にチョップを入れたのだった。
「ふにゅ~~~!」
いきなりのチョップに驚きの声を上げるシロップ。『どうして!?』とでも言いたそうな表情をしている。
「いや、嘘泣きしてたのバレバレだからね」
そう聞いた瞬間にシロップは≪アヮヮヮヮ~≫と恥ずかしそうに頬に手を添えモジモジし始めたのだった。
モジモジする仕草というのも何か良いね。このままずっと見続けたいなぁと思ってしまう。
「やっぱり子供は可愛いなぁ」
あっ、しまった。声に出てた……。
ついポロッと出たその一言に、シロップはガーンと一瞬固まり、そして直ぐにポカポカと僕の胸を叩くのだった。
流石に子供扱いは失礼だったかな。シロップは頬だけでなく耳まで真っ赤に染めていた。
でも、それがまた子供らしくて可愛いかったりもするんだけどね。
それにしても何だか和むなぁ~。
シロップとの久々のやり取りに心地よさを感じている自分がいるのだった。
が、それもつかの間の事。
すぐに背筋が凍るような冷たい視線に気づいたのだ。
ゾクッと身体が震え、恐る恐る視線の主を探すと、ドアの前で冷たく目を細めているノワさんがいた。
「皆さま大変お待ちです」
あぁ、止めて下さい。蔑むような目で僕を見るのは。
そして凄く悪い予感がしてきたのだった。
「すみません。直ぐにい…」
行きますと言おうとした時には既に遅かった。
「では、まずお2人ともそこにお座りください」
ノワさんはニコッと笑顔でそう言って、部屋のドアを静かに閉めたのだ。
これっていつものパターンですよね。
そして僕とシロップは例の如く仲良く正座をさせられ有り難いお説教を受けたのだった。
そんな日常を実感する朝、既にあの事件から2日が過ぎていた―――。
◇
ズコットさんを取り戻した後、事件の終息は思いのほか早かった。
『礼拝堂の惨劇』と『大通り襲撃事件』。いずれも白昼堂々起こった事件で目撃者も多数いたが、王国騎士団とギルドが総動員で収拾にあたったからだ。
僕達関係者は大通りに建てられた仮設事務所に通され、今後の沙汰を待つ事となった。
その間にズコットさんは目を覚まし、ティラちゃんと無事再会を果たす事が出来たのだった。その様子を見ていると、2人を救えた事に改めて喜びを感じる自分がいた。
そして待つ事数時間。ルークが国王様の書状を携え戻って来た。
それには一連の事件の最終報告と今後の指示が書いてあり、ルークから僕ら一同に説明が行われた。
まず多数の死者を出した『礼拝堂の惨劇』。こちらは僕らと生存者の証言より、スィルーを含めた複数の犯行として取り扱われる事となった。主犯はスィルーだが、シスターやゾンビたちも犯行に加わっていたのだから間違ってはいない。
そして犯行の目的は魔剣の回収とされていた。実際はズコットさんを陥れる為のものだったが、それについては伏せられていた。
また礼拝堂は取り壊される事に決まった。修繕すれば利用できなくもなかったが、いかんせん血に染まりすぎてしまった。この礼拝堂自体が恐怖を呼び起こすと危惧されたのだった。
ただし、場所を移して建て直す事も検討されているらしく、そこは是非とも利用者の為になるよう取り計らって欲しいと思った。
次に『大通り襲撃事件』。こちらは漆黒の狂戦士による単独犯という事で落ち着いた。
実はこちらの方が目撃情報が多かったのだが、全身が甲冑で覆われていた為に狂戦士の正体がズコットさんだという事はバレていなかった。
そのズコットさんの処遇については、国王様の判断に委ねられる事となった。理由としては『大通り襲撃事件』が数日前の『連続殺人事件』を端に発した魔剣に関する事件だった為である。
そしていくつかの判断材料を元に国王様が下した決断はズコットさんの無罪だった。
その一番大きな理由は死者が出なかった事だった。これはノワさんとシロップがギガポーション片手に街中を駆けまわって国民の避難・救助をしてたお蔭である。また王国騎士団の負傷者に回復魔法をかけ続けたサクラの活躍も大きかった。
それともう一つが、この『大通り襲撃事件』が実はカモフラージュだった為だ。これは後から知った事だが、同時刻にドルチェ城がスィルーの襲撃を受けていたのだった。
現在調査中との事で詳しくは教えてもらえなかったが、どうやら国にとって大切な何かが盗まれたようだった。
『大通り襲撃事件』で気を逸らせた隙に行われた犯行。ドルチェ城への襲撃がスィルーの本命だったのか。
気づいた時には全てが終わっており、僕らは彼女の手の平の上で転がされていただけかと思うと大変腹立たしかった。
その他にも狂戦士は魔剣に支配されていた事、ズコットさんの功績、国民に与える影響、娘を人質にされていた状況なども考慮されていた。
ちなみに狂戦士の正体についてだが、僕ら関係者、国王様とその側近、王国騎士団幹部、ギルド上層部以外には他言無用となった。国民に知らせる事であえて恐怖をあおる必要はないと判断されたのだ。
そうして下された無罪だったが、何とあろうことかズコットさんは国王様の判断に異議を申し立てたのだった。
ズコットさん曰く『いくら魔剣のせいだと言っても、あれだけの事をしておいて何のお咎めも受けないのは納得できない』との事だった。
確かに死者が出ていないと言っても、街を破壊し、人々を傷付け、恐怖に陥れたというのは事実である。だからズコットさんの心情もわからなくはない。
だけど、それも考慮されたうえでの無罪だから、わざわざ異議を申し立てる必要はない。そのまま無罪を受け入れればいいのにと思ってしまう。
でも、それを良しとしないのがズコットさんなんだよな。
ズコットさんが頑なに拒むものだから、ルークは仕方ないと国王様に掛け合って再審議が行われる事となった。
そして再審議の結果、3つの事が決定した。
それはズコットさんの冒険者引退、個人資産の7割没収、無期限の投獄というものだった。
無罪が一変し随分重い罪になったなと感じる。
だけど、これも全てズコットさんが望んだものだと聞けば、異を唱える事が出来なかった。
ただ、無期限の投獄となるとティラちゃんとは当分会えなくなる。せっかくまた一緒に過ごせるのにどうして…。その点だけは腑に落ちなかった。
そんな僕にズコットさんは『こうしてまた会えただけで十分だ。それにきっと娘ならわかってくれる。妻もついてるしな』と言い、またティラちゃんも『ママと一緒にパパの帰りを良い子にして待ってるの』とハッキリ言ったのだった。
当人達が納得しているなのなら、これ以上とやかく言うのは無粋というものである。
僕は2人の意思を尊重したいと思うし、笑顔の再会を果たした父娘を見ていると、きっと数年後もその笑顔でいる為に2人にとってこの決定は必要な事なんだと思えなくもなかった。
そしてズコットさんはそのままルーク経ちに連れられ投獄される事となった。
最後に僕は改めてこれまでの感謝を伝えなければと思った。
だがいざ何か言おうとしても、色んな感情がこみ上げてきて上手く言葉に出来なかった。
するとズコットさんはそんな僕の事を察したのか、軽く肩に手を置いて『…またな』と、ただ一言だけ言い連行されて行くのだった。
遠ざかっていくズコットさんの背中。
何か言わなければ…。
でも、何を?
結局何も言えずにただずっと見つめていると、突然ズコットさんが振り返る事もなく≪ヒラヒラ≫と手を振ったのだった。
それはきっとこの場にいるみんなに向けたものだろう。
でもそれを見た瞬間に、僕は叫んでいた。
『またです!!』
僕がやっとの事で絞り出せた声も、ただ一言だった。
こうして僕らはズコットさんとしばしのお別れをする事となった。
でも、これは決して悲しい事ではないんだ。
だって生きてるからこそ、また再会する事もできるのだから。
ズコットさんを見送りながら、無事に救えて本当に良かったと改めて感じるのだった。




