第五十四話 弟子の恩返し
鞘が利用できなくなった今、魔剣を封じる方法は直接砕くしかないと思った。
魔剣が破壊できるのなら、それはこれ以上ないほど確実な方法だ。
そしてその手段は必殺技しかないと思った。
まだ一度も成功させた事がないのだけど、今はそれに賭けるしかなかった。
僕は魔剣の魔法石(大)に狙いを定め思いっきり突きを繰り出す。
1発、2発、3発………。
激しく素早い突きは、時計回りで順番に魔法石(大)へヒットしていった。
だが8発目がヒットしたところで、それはただ単に8発の突きでしかなかった。
力強い突きだが、魔法石(大)は傷一つ付いておらず、当然魔剣も砕けていない。
つまりそれは必殺技が失敗したという事を意味していた。
◇◇◇
「ズコットさん、どうか僕に必殺技を教えて下さい」
それは必殺技の事を知った後、最初に行われた訓練の時だった。
僕はどうしても必殺技が欲しくてたまらなくなっていたのだ。
だから直ぐにズコットさんにお願いをした。
「……必殺技か…」
「はい。つい先日、必殺技の存在を知りました。レイピアにもそれがあるなら、僕も覚えたいです」
「…レイピアにもあるにはあるが…。う~ん…」
「お願いします。今日から教えて下さい」
「…だがハルトはレイピアの訓練を始めてまだ数か月。そんなに焦る必要もないんじゃないか?」
アレ?ひょっとして、これは許可してもらえない感じ?。僕はそれに焦りを覚えてしまう。
「いや、覚えられるものは早く覚えるに越した事ないですよ。だって誰かを守る為にはやっぱり力が必要ですからね。その力が必殺技ともなれば尚更です」
「…守る為にか。確かにそうだな。でも、今以上の相当厳しい訓練になるぞ。覚悟はあるか?」
「はい。今の僕にやれる事は多少無理してでもやっておきたいんです。だからお願いします」
ズコットさんの腕を掴んで頼み込む。かなり必死になっている自分がいた。
「…そうか。ハルトの思いがそこまでとはな…。わかった。必殺技の訓練を始めよう」
「やったー!ありがとうございます」
思わずガッツポーズをして喜んだ。
「…そんなに嬉しいのか?」
「はい、それはもちろんですよ。だって必殺技ってその響きだけでめちゃめちゃカッコいいじゃないですかぁ~。最後に悪を倒すのは、やっぱり正義の必殺技ですし。男のロマンですよぉ~。」
テンションが上がりすぎて戦隊ヒーローの様なポーズをとってしまう。でも本当に嬉しかったから、仕方ないよね。
「………ハルト。まさかそれが本当の理由なんじゃないだろうな…」
気づくとちょっと引いた目で僕を見ているズコットさん。
やばい、誤魔化さないと。
「いっ、いやぁ~。まさか、そんなわけあるはずないじゃないですか。あくまでも1番は誰かを守る為です。カッコいいは2番目ですよ」
「…2番目ではあるんだな」
ハァ~とため息交じりに苦笑いを浮かべているズコットさん。
ちょっと呆れられたけど、その日から僕は必殺技の訓練をしてもらえる事となった。
理論や型を教わり、ひたすらレイピアを振るう。
「…肘の角度が下がってるぞ」
「…突きがブレている」
「…もっと姿勢を低くしろ」
ズコットさんは厳しくも丁寧に僕を指導してくれた。
とにかく突きのスピードが重要とされる技なので反復練習を繰り返し行った。
訓練の時間以外でも、1日1000回の素振りを日課とし欠かす事はなかった。
またここ最近では、見回りの休憩時間中でも教えを乞うた。快く時間を割いて指導をしてくれたズコットさんには本当に感謝しかない。
その甲斐もあって、今では1秒間に8発の突きを放つ事が出来るまでになっていた。
でも、それでもまだ必殺技と呼べるものは完成していない。
あと少しのところまできているのは確かなんだけどなぁ…。
◇◇◇
肝心の場面で失敗してしまった。
だが、ここで諦めるわけにはいかないんだ。
だってズコットさんを戻す絶好の機会はもうここしかないのだから。
僕は手を止める事なく再び突きを繰り出していく。
今、狂戦士は僕の連続攻撃を堪えている状況だ。一瞬でも手を緩めると反撃に出てくるだろう。
この状況で攻撃の手を止めてはいけない。だが、もちろんそれだけではダメな事もわかっている。
だから僕は攻撃と同時に口を動かす事にした。
「ティラちゃんは無事ですよ」
狂戦士の体が一瞬ピクリと反応した。
ティラちゃんの名前を出したからだろう。
「安心して下さい。解毒もできて今は眠っています」
気のせいかもしれないが、その言葉を聞いて狂戦士が安心したように思えた。
こちらの声が届いている?
もしそうならズコットさんはまだ完全に闇堕ちしてない事になる。
今ならまだ間に合うんだ。
「ティラちゃんはズコットさんが戻って来るのを信じてますよ」
正直僕の言葉がどれほど届いているのかなんてわからない。
だけど、今はとにかく語り続けるべきだと思った。
「そして、それは僕も同じです。ズコットさんは闇なんかに負けない!」
語り続けるうちに、自分の中にあついものがこみ上げてきた。
「今僕がこうやって戦えるのは、ズコットさんの丁寧な指導のお蔭です」
これまでの訓練が思いだされ、感謝の気持ちが溢れてくる。
「あなたと出会わなければ僕は一端の冒険者としてやっていけなかっただろうし、この世界で生き抜く事も困難だったと思います」
たぶん、普通に過ごしていたら恥ずかしくて口に出来そうもない事。
でも、今はそれすらも素直に伝えるべきだと思ったんだ。
「言葉では言い表せないほど感謝しているし、これからも教えを乞いたいと思っています。だから、戻ってきて下さい」
その時、突然不思議な感覚に陥った。
暖かい何かに身体全体が包まれて、右腕が凄く軽くなったように思えた。
「それにティラちゃんとも約束しました。ズコットさんを助けるって」
語れば語るほど、救いたいと思えば思うほど、何処からともなく力が湧いてくる感じだった。
「だから、見ていて下さい。教わったこの必殺技であなたを救ってみせます!」
先ほどまでと違い一段と早くなっている突きに、溢れ出る力が加わる。
もしかしてこの感覚………これが人を生かす為に剣を振るうって事なのだろうか。
以前マロンさんから教えてもらった活人剣の事が頭をよぎった。
でも有り難い。これならいける。自然と自信も湧いてきた。
きっと今なら…。
再度、腕をグッと引いて突きを放つ。
【回転式刺突剣】
1発、2発、3発………7発、8発、9発、………
1秒間に放つ突きの数が8発を超えていた。
そして、それはまだまだとどまる事を知らない。
…10発、11発、12発!!
時計回りで順番に突いた12の跡はどれも見事に魔法石を貫いていた。
そして12カ所の貫通した跡からは風属性の魔力が漂い、それは自然と中央に集まっていく。
それから僕はその魔力が集まってる中心、例えるなら時計の真ん中に位置する場所に向けて、13発目の突きを放ったのだった。
最後の13発目が中央に集まっている魔力を爆発させる役目を担いながら、強力な一突きとなって魔法石(大)を撃ち抜く。
僕が初めて放った必殺技は、見事に魔剣の核ともいえる魔法石(大)を破壊したのだった。
魔法石(大)のあった部分には綺麗な円形の穴があき、魔剣は剣先からボロボロと崩れ、柄だけを残し砕け散った。
それから眩い光が狂戦士の全身から放たれた。
その光は氷を溶かし、全身を覆っている漆黒の甲冑を消滅させていく。
そして光の中からズコットさんが姿を現し、そのまま前のめりに倒れてくるのだった。
慌てて受け止めると、微かな声が聞こえてきた。
「…つよ…く…なった…な」
朦朧としながらも、ズコットさんの声で確かにそう言ったのだ。
声を聞き安心すると同時にズコットさんに認めてもらったみたいで、とてつもなく嬉しくなる自分がいた。
「まだまだですよ」
僕は照れ隠しをするようにそう答えた。
するとズコットさんが表情が崩れた。
それはどこか満足したような優しい表情だった。
そしてそのまま「…あり…が…とう」とだけ言って意識を失ったのだった。
命に別状はないし、もう闇のオーラも感じない。どうやら完全に戻ってくれたみたいだ。
本当に良かった。これでティラちゃんとの約束も果たす事ができたというものだ。
そんな事を考えていると、ビューと強い風が吹いた。
その風にさらわれて粉々になった魔剣の残骸が空高く舞い上がっていく。
そして残骸はあっという間に空の彼方へと消えていったのだった。
上空を見上げながら、僕はようやくズコットさんを狂戦士から解放する事ができたのだと感じたのだった。