第五十二話 氷と風の乱舞
こういう時こそ冷静にならなければいけない。
僕は自分にそう言い聞かせて、頬をパンと叩いた。
よし。まずは現状の整理だ。
属性魔法に限っていうと狂戦士が使用できるのは"闇"と"火"だ。
対してこちら側は、サクラが"光"・"闇"・"地"・"氷"、ノワさんが"風"、ルークが"光"、そして僕が"風"である。
"闇"はなんとか対応できるとしても、問題は"炎"だ。
サクラが氷属性魔法を使えるが、それも中級までだった。残念だけど狂戦士の"炎"には勝てそうにない。
≪ドゴーーーン≫
僕が考えを巡らせていると、目の前でまた火柱が上がった。そして魔剣からも闇の斬撃も飛んできている。
いち早くルークがそれに反応し、闇の斬撃を光属性魔法で相殺させた。そしてサクラも召喚魔法を解除し、氷属性魔法を唱える。が、やはり中級魔法では魔力で劣るぶん火柱を止められないでいた。
ノワさんが弓矢を放ちなんとか足止めは出来ているが、このままではジリ貧となる事が明らかだった。
早く次の手を考えなければ…。
どうすればいい。やはりあの"炎"を止める事が先決だ。でも、いかんせん分が悪すぎる。常識で考えれば勝てる可能性は低いぞ。そう、常識で考えれば………。
ん?常識?
そもそも僕の常識って何だ?
"炎"と"氷"。相反する属性でより強力な魔法攻撃をすると大ダメージをあたえる事ができる。
それがこの世界で幼稚園児でも知っている属性魔法の常識だった。
誰もがそれを前提に戦っているから、上位の氷属性魔法が使えないこの状況で打開策を見いだせないでいるんだ。
でも、それってこの世界での常識だよな。
僕までそれにとらわれる必要はないよね。
何たって僕には前の世界の記憶もあるのだから。
考えろ。考えるんだ。今、自分ができる事を。状況を覆す方法を―――。
:
そうだ!あの方法ならいけるかも…!
一縷の希望が見えた気がした。
そして、ふと顔をあげると、
「ようやく考えがまとまったみたいですね」
と、目の前にいたノワさんにそう言われたのだった。
「え、あれ!?ノワさん!いつの間に」
突然の登場に驚き尋ねる僕。
「何やら考え事をなさっているハルト様のところにも火の粉が飛んできているのを見かけました。避ける素振りもなかったので、誠に勝手ながら私が参上致しました」
見るとノワさんは僕を守る様に立っていて、弓矢を器用に回転させて火の粉を払ってくれているではないか。
「あっ、すいません。全然気づきませんでした」
「いぇいぇ、お気になさらずに。それで、いい考えは浮かびましたか?」
「はい。お蔭様で。ひとつ試してみたい方法があります」
「どのような方法でしょうか?」
「えっと、僕がサクラの力を借りてズコットさんの炎を封じます。ただ、その為の道具を作る必要があります。なので5分程時間を稼いでもらっていいでしょうか?」
「かしこまりました」
「それと魔剣を封じる役目をルークかノワさんにお願いしたいのですが…」
そう言って僕は魔剣の鞘を差し出した。
「わかりました。お任せ下さい」と快く受け取ってくれるノワさん。
「ありがとうございます。あとサクラに5分後僕の元へ来るように伝えてもらえますか?」
「承知しました。では準備が整い行動を開始する際はこれで合図をお願いします」
そう言ってノワさんは竹筒を取り出した。あぁ、これは先ほどサクラが使用したものか。
正直言って合図の方法までは考えていなかったから、この竹筒はとてもありがたかった。ノワさん、気の利きようハンパないです。
僕は改めてノワさんにお礼を言って竹筒を受け取った。
そしてその時、ノワさんの表情が一瞬柔らかくなったように感じた。気のせいかもしれないが、それはまるで『(作戦を)よく考えましたね』と褒めてくれてるみたいだった。
「では、お願いします。これで終わらせましょう」
そして、僕はすぐに走りだしたのだった。
◇
それから僕が向かった先は時計台があった場所だった。
先ほどアモンドの様子を見た時に、この場所に散らばっている物を見ていたからね。
ちなみにアモンドはまだ気を失ったままだった。もうすぐ終わるはずだから、今はこのままそっとしておこう。
僕は急いで目的の魔法石と時計の針、レンガ、鉄くず、木材等を拾い集めた。
そして創造のスキルを発動させる。
まずはレンガ、鉄くず、木材を並べる。有り難い事に時計台の残骸は素材の山だった。惜しむ事なく素材を使用し、高さ7M程の足場を完成させた。
次に用意したのは鉄製の時計の針だった。街中から見渡せるほどの大きな時計台に使われていた針。長針が約4M、短針でも約3Mとそのサイズも特大だった。
こんな長くて重い素材でも創造にかかればお茶の子さいさいだ。
2本の針がみるみるうちに混ざり合い、そして均等な4枚羽根を持つ鉄製のプロペラへと生まれ変わった。もちろん特大サイズのプロペラだ。
この案を思い浮かんだきっかけは、時計台に使われていた魔法石が魔法石(大)だったからだ。
魔法石(大)はとても高価で入手困難な超レアアイテムだった。
例えばそれを道具に使用する場合、大量の魔力を蓄積させ、その全てを属性魔法として付与でき、しかも発動する際にはワンランク上の魔法として発動させる事ができるようになるのだ。ランクが上がるなんて、それだけでも大変優れた代物だと言える。
そんな魔法石(大)をプロペラの真ん中に取り付けて、足場の上段まで運び所定の位置に設置した。
よし、これで完成だ。今回僕が作りあげたのは、巨大扇風機だった。と言ってもこの世界にモーターや電気があるわけではない。何たって魔法の世界だからね。だから、それを補うものとして魔法石を使ったのだ。
きっとこの世界の人達から見ると、その建物は奇妙に思えたかもしれない。
でもね、これでいいんですよ。このなんちゃって巨大扇風機が風力を何倍にも高めてくれるはずだからね。
すると下の方から「ハルトお兄ちゃーん。やってきたの~」とサクラがナイスタイミングで到着したのだった。
「ここまで上がってきて」
僕の言葉に頷くと、サクラはトントントンと軽快に階段を駆け上ってきた。
そして僕はプロペラを前にサクラにこれからの事を説明した。
「今から僕がこのプロペラを回転させて…」
「プロペラ?」
お?プロペラはこの世界で通用しないのかな。
「あぁ、えっと、この鉄で出来た大きな羽根の事だよ。プロペラって言うんだ。で、今から僕がこれをグルグル~って回転させて、そのあとノワさんに合図を送るんだよね」
「グルグル~、なの~」
何故か凄く輝いた目をしてプロペラを見ているサクラ。
「うん。グルグル~ってね。で、合図の後にサクラには真ん中にある魔法石を通して氷の槍を唱えて欲しいんだけど、いいかな?」
「魔法石(大)なの!…わかったのよ」
中級魔法の氷の槍は魔法石(大)を通す事で上級魔法の氷の十字架へとランクアップする。
サクラも僕がやろうとしている事を何となく察した様だった。
「氷の十字架だったら、あの炎を止められるのね?」
「いや、正直言って氷の十字架でも微妙なところなんだよね」
でも、狂戦士を救う為には微妙じゃダメなんだ。確実じゃなければ。
『だったらどうするの?』と言った表情を浮かべるサクラ。
「でも、心配しなくて大丈夫だよ。僕の考えが正しければ、確実に止める事ができるからね」
そう言ってサクラの頭をポンポンと撫でると「わかったのー」と嬉しそうな返事が返ってきた。
よし、準備は整った。
僕は急いでプロペラの横に移動しレイピアを構える。
「じゃあ、サクラ。今からプロペラを回すよ。用意しててね」
コクリと頷き、サクラは魔法石に手を翳した。
それを見て、僕はレイピアの魔法石に魔力を込め【風の刃】を発動させた。
と言ってもそれは魔力を調節して、攻撃力を極限まで落とし風力だけに特化した風の刃だった。普通に発動してプロペラを壊してしまったら元も子もないからね。
無数の強風がプロペラに向け放たれる。そしてプロペラがゆっくりと回り始め、すぐに激しく回転しだした。
「わぁ~、すごいの~」
回ってるプロペラに感動しているサクラの横に行き僕は竹筒を構えた。
「それでは、行くよ」
そして竹筒に魔力を込めると、
≪ひゅるるる、ポン≫
と、可愛らしい光の玉が飛び出し上空で弾けた。
これが今回の合図だった。
その合図に反応し狂戦士から素早く離れるノワさんとルークの姿を確認する。
「今だ!!!」
【氷の槍】
サクラが唱えると同時に、僕も素早くプロペラの魔法石(大)に手を翳し、魔法を唱えた。
【風の矢】
プロペラの魔法石(大)を通して2つの魔法が発動される。
巨大な氷の塊と烈風。
それがプロペラの強風に乗っていっそう加速する。
そしていつしか2つの魔法は混じりあい、新しいものへと変化していくのだった。
合体魔法【氷と風の乱舞】
それはまるで氷と風の共演。
風に乗って、冷たい氷の塊が舞うように飛んでいる。
そして強い風に磨かれた氷は、美しい鋭利な刃へと変貌し、キラキラ輝く氷の結晶を周囲にまき散らしながら、目標目がけて突き進むのだった。
狂戦士はそれに気づき、すぐに自身を中心に火柱を展開させた。
しかし、無数の風に舞う氷の刃はそれらを全て飲み込んでいき、次々に火柱を氷柱へと変えていった。
そして目標へと辿り着くと、すぐに右手をとって『さぁ、一緒に踊りましょう』とその世界へ誘うのだった。
狂戦士の体は右手から徐々に氷漬けされていく。
そう。僕らは炎に打ち勝っただけでなく、身動きも完全に封じる事ができたのだった。
サクラはもちろん、ノワさん、ルークまでも驚愕の表情をしていた。
まぁ、それも当然だよね。
だって氷属性魔法と風属性魔法が混じりあって一つになったのだから。
この世界の常識では考えられない現象が目の前で起きたのだ。
驚かない方が嘘だろう。
ちなみに今回僕が思い浮かんだ作戦こそが、この合体魔法だった。
最初に王国で魔法を学んだ時、僕は合体魔法ついては全く教わらなかった。
いくら‘ハズレ勇者’といえども、一応`風の勇者'である僕にそれを隠すとは思えない。もし仮に合体魔法がこの世界での常識ならいずれは何処かで知る事になるしね。
そう考えてみると、恐らくこの世界にはそもそも魔法を合体させるという発想自体が存在しないのだろうという結論に至ったのだ。
でも、前の世界ではその発想は存在した。無論ゲームとか漫画の中での話だけどね。そしてゲーム好きだった僕も当然それを知っていた。
だから、魔法が存在するこの世界で、同等の魔法で魔力さえ上手く調節できれば理論的には可能なんじゃないかと思ったんだ。
幸いな事に僕はINT値だけは馬鹿高いから。そんな僕ならやれるはずという変な自信も相まって、合体魔法を試す価値があると踏んだのだった。
ただ、サクラの中級魔法【氷の槍】に僕の初級魔法【風の矢】+【風の刃】で同等の魔法になるかはある種の賭けだった。2つの魔法が混じりあわずどちらかに傾けば、そこで終了だからね。
だから、より大きな風力を得られればと思い、合体魔法の舞台として、なんちゃって巨大扇風機も作ったんだ。
結果として賭けは僕達の勝ちだった。それも心配するだけ無駄ってぐらいに全てが上手くいったのだ。きっとこれもINTの高さで補正できたお蔭なんだろうけどね。
何はともあれ、成功した事に僕はホッと胸をなで下ろしたのだった。
後は魔剣を封印する。
そう、それだけだった。