第五十一話 右手を封じろ
この場はルークに任せ、一旦離脱した僕は先ほど吹き飛ばされたアモンドの元に駆け寄った。
アモンドはかなりの量のHPを吸い取られたみたいでぐったりとしていたが、気を失っているだけで幸い命に別状はなかった。
辺りを見渡すと時計の針や魔法石、レンガ等が散らばっていて、アモンドは崩壊した時計台のそばまで吹き飛ばされていたのがわかった。
僕は瓦礫から少し離れた場所にアモンドを運び、手にはギガポーションを握らせて、急いで走りだした。
◇
「痛いの痛いの飛んでいけ~なの~」
僕がサクラの元に着いた時、彼女は周囲で倒れている王国騎士団団員に回復魔法をかけていた。本当は知らない人間にはあまり関わりたくないはずなのに、今はそんなの関係ないと言った感じで、1人でも多くの人を救おうと現場を駆けまわっていたのだ。
「サクラ、ちょっといいかな。お願いがあって、至急召喚魔法を唱えてくれないか」
今の状況を簡単に説明して、召喚魔法の詠唱をはじめてもらう。
右手に着けてたレザー手袋を脱ぎ、サクラが魔力を込めるとすぐに紋章が輝き出した。
「出てきてなの。ウィーちゃん」
するとピカピカと眩い輝きを伴って光の精霊王‘ウィル・オー・ウィスプ’が現れた。
それは純白のドレスを着て4枚の羽根を生やした手のひらサイズの幼女だった。
風の精霊王シルフといい、きっと精霊王っていうのはみんな幼女なんだな。その容姿に最早驚きはなかった。
サクラがウィル・オー・ウィスプに指示を終えたのを見計らって、僕はもうひとつのお願いをした。
「それと今すぐもう一度【光の鎖】を唱えてもらっていいかな」
その理由は狂戦士を拘束している光の鎖が既に残り1本となっていたからだ。今自由に動かれてしまうと流石のルークでも長く足止めできないだろうし、魔法石の破壊なんて尚更困難になってしまう。だから【光の鎖】をもう一度唱えてほしかったのだ。
しかしサクラからは想定外の返事が返ってきた。
「無理なの。【光の鎖】を唱えるには再詠唱時間がまだあるのよ」
そうか再詠唱時間があったか。僕が使える魔法が下級魔法で再詠唱時間が必要ないものだったから、本来必要である再詠唱時間の事をすっかり失念してしまっていたのだ。
一般的には上級・中級魔法となるとそれなりの再詠唱時間がかかるんだった。魔法の基礎として習っていたのにな。そんな大切な事を忘れていたなんて…。
でも困ったぞ。【光の鎖】で確実に足止めできる事を前提に次の作戦を考えていたから、本当に想定外の事態となってしまった。
現状この場で動けるのは僕とルークとサクラの三人だけ。どうしたものか…。焦りがうまれてしまう。
「ごめんなさいなの~」
そんな僕の表情を見て、サクラは申し訳なさそうに謝ってきた。
「いやいや、サクラは全然悪くないから。気にしないでね。えっと、狂戦士を足止めする方法が他にないかなぁと考えていただけだからね」
僕は馬鹿だな。いくら焦っていたとは言え、サクラの前でする表情じゃなかったな。
そんな風に1人反省している僕の袖をクイクイと引っ張りながらサクラは言った。
「足止めできればいいの?」
「うん。そうなんだけど、流石に3人じゃね…」
「大丈夫なの。ノワがいるのよ」
そしてサクラは魔法石が付いた竹筒を取り出した。
「見てるの」
そう言って、竹筒を上に向けたままサクラが魔法石に魔力を込めると、
≪ひゅるるる、ドーーン≫
竹筒から勢いよく光線が飛び出し遥か上空で破裂した。
まるで打ち上げ花火みたいだな。
そんな風に感じて空を見上げていると、
「お呼びですか、お嬢様」
と、すぐ近くから声がした。見ると、僕らの目の前で跪いているノワさんがいるではないか。いつ現われたんだ?
「えぇ!?ノワさん。どうして…」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「はい。お嬢様から緊急集合の合図が上がりましたから、移転結晶を使って参りました」
言われて地面を見ると、いつのまにかノワさんを中心に光輝く魔法陣が出現していた。そしてそれはすぐに小さくなって消えて、後には粉々になった移転結晶の残骸が転がったのだった。
移転結晶とは瞬時に希望の目的地(一度訪れた事がある場所に限る)へ移動する事が出来る魔法道具だ。時空魔法が付与された魔法石で出来ている事もあり、高価で希少価値が高いアイテムだった。
便利すぎるアイテムだよなぁ。僕も一個ぐらい所持したいと思ってしまう。
「それで、私はいかがいたしましょうか」
サクラが『説明よろなの~』といった感じで指で合図を送っている。
「えっと、あそこで…」
説明しようとして狂戦士の方を指さすと、そこには既に光の鎖を断ち切り二刀流でルークと戦っているズコットさんがいた。
しまった。流石に時間をかけ過ぎたか。
「ズコットさんの足止めが必要です。援護射撃をお願いします」
そう言って僕はウィル・オー・ウィスプと共にすぐさま駆けだした。
時間をくいすぎたか。ルーク、もう少し辛抱してくれよ。
そんな事を思いながら走っていると、僕の横を風を切る音が勢いよく通過し、そのまま狂戦士の足元へ飛んでいった。
そう、それはノワさんが射た弓矢だった。
次々と放たれる弓矢は正確に狂戦士の足元に突き刺さっている。
流石ノワさん。“弓戦士”というのは伊達じゃないな。
いくら狂戦士といえども、ルークと弓矢を同時に相手するのは容易ではないみたいで、しっかりと足止めになっていた。
すると近づいてくる僕の姿に気づいたのだろうか。
狂戦士は突然ルークの剣を払い、すぐに持ってた片手剣を地面に突き刺した。そして右手でルークの喉元を掴み、そのまま上方へ持ちあげたのだった。
そう、それはまるでプロレス技であるチョークスラムの様な態勢だった。右手魔法石が光っている事から、HP吸収しながらそのまま地面に落とすつもりなのだろう。
まずはルークを確実に仕留めようというわけか。
だめだ。今ルークがやられると、何もかもお終いだ。
本来なら、今頃は僕も加勢して2人で狂戦士の動きを封じているはずだった。それなのに僕はまだ駆けつけられないでいる。自分の読みの甘さが嫌になる。
頼むから間に合ってくれ。
だがそんな心配を余所に、むしろ僕の読みの甘さなんて想定の範囲だと言わんばかりにルークが動いたのだ。持ち上げられた状態で喉元を掴まれ苦しそうではあるが、そのまま両足で素早く狂戦士の首と右腕を捕まえ三角締めの態勢に移行したのだった。
傍から見れば、狂戦士の右腕にルークがぶら下がっているような感じだ。
そしてルークは喉元の手を外そうともせず、敢えてそのまま掴まれた状態を保っていたのだった。
そんなルークを見てその意図を理解したのか、ウィル・オー・ウィスプは僕の前で突然構えを取り魔法を放った。
瞬時に光が集まり、それが発光する十字架を形作っていく。
【聖なる十字架】
ウィル・オー・ウィスプが放った光の十字架が、一直線に狂戦士の右手へと飛んでいく。
そして《パリーン》という音と共に破片が飛び散った。
そう、それは見事に右手甲にあった魔法石を打ち砕いた音だった。
【聖なる十字架】の衝撃で吹き飛ばされるルークを見て僕はやっとわかった。
そうか。ルークは敢えて状態を保つ事で、右手甲が的として狙いやすいようにしていたんだ。自分がダメージを受けてしまうのも覚悟して。
ちょっとカッコいいじゃないか。
そしてそれをすぐに理解し見事に狙い撃った光の精霊王もやっぱり凄いな。改めて感心した。
【聖なる十字架】の衝撃で仰け反った態勢の狂戦士に光輝く弓矢が飛んでくる。
《ヒュン、ヒュン、ヒュン》
《ヒュン、ヒュン、ヒュン》
ノワさんが放った弓矢は光属性を纏っていて、その最初の二射で魔鎧の両肩部分を破壊し、残りは全て両肩に直接突き刺さっていった。
思うように腕を振るえなくなる狂戦士。この場面で見事なサポート。ノワさん、有能すぎます。
僕は絶好のチャンスを逃すまいと魔剣の鞘を構えて素早く動いたのだ。
「「「今だ!」」」
みんなの期待を背にしながら狂戦士に詰め寄って、そして魔剣を鎮めるべく強引に鞘を押し込んでいったのだった。
これで終わる。
そう思った瞬間だった。不意にゾッとした感覚に襲われたのだ。
すると、そんな僕に向かって「下だ。避けろ!」とルークの叫び声がするではないか。
すぐ下に目をやると、いつのまにか地面が赤く染まっており、何かが上へと放たれる寸前だった。
でも目の前では魔剣が半分まで鞘に収まっている。
もう少し、あと一押しなんだ…。
だが僕のそんな思いも虚しく、≪ボォォォォォー≫という風音と共に火柱が立ち昇ってきたのだった。
これは流石にヤバいか。
勢いよく迫ってくる火柱。体を反らして何とか直撃は避けたが、それでも全てはかわしきれずに右肩を少しかすめてしまった。そして爆風が僕の体を吹き飛ばしていく。
「ぐっ…」
宙に舞った僕は体ごと地面に叩きつけられた。でも、いつまでも寝ているわけにはいかない。
直ぐに状態を起こし、まず右肩を確認する。防具が熱で溶け変形していたが、右肩自体はかすり傷で済んでいた。そこは痛いけどかすり傷で良かったと言っておくべきか。
しかし、問題なのは右手に握られたままの鞘だった。ここに鞘があるって事は…つまり失敗したのか。
正直絶好のチャンスを逃してしまった事への落胆は大きかった。
だが落ち込んでいる暇はないぞ。
急いで狂戦士の方を見ると、両肩にはいまだ弓矢が刺さった状態で、腕の自由がきかないみたいだった。
しかし右手は炎を纏っていて、先ほど僕を襲った火柱もそこから発動されたものだろうと予想できた。
狂戦士状態なので闇属性魔法の凄さばかりが際立って忘れそうになるが、もともと本体であるズコットさんは火属性魔法の使い手だ。だから、それを使って攻撃してきてもおかしくはなかったのだ。
これは非常にまずいぞ。
現に狂戦士を中心とした地面は今も赤く輝いた状態だ。
それはつまりサクラが唱えた【ホーリーフィールド】の効果が既に失われているという事で、だんだんと状況が不利になっているのを意味していたのだった。
HP吸収を封じたと思ったら、次は火属性魔法か…。
一難去ってまた一難。予期せぬ問題が僕らを待ち受けていたのだった―――。




