第四十五話 血飛沫の舞うその先に
公園を後にした僕らが次に向かったのはアズッキーさんの鍛冶屋だった。
「おぉ、兄ちゃんよく来たな。おや?今日はお連れさんも一緒かい」
僕の後ろの人影を見てニヤニヤしているアズッキーさん。
「えぇ、そうなんですよ。ほらシロップ、挨拶をして」
そう言って僕の後ろにピッタリと引っ付いてるシロップの背中を押す。
「シッ、シロップと申しましゅ」
噛みながらもペコリと丁寧にお辞儀するシロップ。人前でオドオドしなくなった彼女を見ると、こういった面でも成長したんだとまた嬉しさを感じた。
「おぉ、礼儀正しいお嬢ちゃんだね。俺はアズッキーというしがない鍛冶屋さ。よろしくな。ひょっとして兄ちゃんのコレかい?」
そう言って小指を立てるアズッキーさん。
するとシロップは即答で「はい、彼女です」と何故か右手をピシッと挙げて宣言している。
って、おい!違うだろ。
「こらシロップ、冗談でもそんな事言っちゃいけません。ってかアズッキーさんにはシロップの事は話しましたよね」
「すまねぇ、すまねぇ。そうだったな」
豪快に笑いながら言われても…。下衆な笑みを浮かべてるあたり、絶対に面白がってるだろこのオヤジ。
シロップはシロップで「冗談じゃないもん。いずれは私が…。彼女に…」とまた何やらぶつぶつ呟いているし。
うん、これは放っておこう。
「それで注文の品はできてますか?」
「おうよ。兄ちゃんのご希望通りに仕上がってるよ」
そう言ってアズッキーさんは布に包まれた品物を取り出した。
それは20㎝程の銀色の棒で真ん中には魔法石が埋め込まれている。手に取り色々確認したが文句のつけようのない仕上がりだった。
「予想以上に完璧な出来ですよ」
「おぉ、そうかい。兄ちゃんのご期待に添えて何よりだ。独特な形状のものだったから、こちらも遣り甲斐があったってもんよ。それよりもほら早く」
「そうですね。シロップ、ちょっといいかい」
いまだに「彼女…。ハァ~彼女…」と呟きながら自分の世界に入ってるシロップを強引に現実に引き戻す。
「ハゥ~。ごめんなさい。ちょっと妄そ…いぇ、考え事をしてました」
いやいや、妄想していたんでしょ。口からダダ漏れだったんですけど。まぁ敢えてそれは言うまい。
「そっか。まぁボーっと考え事するのもほどほどにな。それよりもはいこれ」
そう言って僕は例の銀色の棒をシロップに手渡した。
「あのぉ~これは何でしょうか?」
「うん、これはね10日間頑張ったシロップへのプレゼントだよ」
プレゼントという単語にピクッと身体全体で反応するシロップ。狐耳がピーンと立ってる辺りが何か可愛らしいぞ。
「そのグリップの所にある魔法石に魔力を込めてみて。念じるようにギュッと握ればいいからね」
「こうですか?」
シロップがグリップを強く握りると、ピカッと魔法石に魔力が伝わる。そして瞬時に銀の棒が伸びて3m程の長さになった。その穂先は三叉状となっており所謂‘トライデント'という武器へと変わったのだ。
「えっ?えっ?えっ?やっ、槍になりましたよ」
目を丸くしてパクパクと口を開くシロップ。
とっても驚いてるなぁ。まぁそりゃあそうか。だって20㎝の棒がいきなり3mの槍に変形したからね。驚かない方が嘘である。
「そう。それがシロップの新しい武器だよ」
「これが私の武器…」
「うん。魔力を込める事で伸縮できる仕様にしたんだ。普段は20㎝の棒状で携帯するといいよ。それならメイド業務に支障ないはずだしね」
僕の説明に瞳をキラキラと輝かせるシロップ。
「お心遣いありがとうございます」
そして‘トライデント'を縮めたままの状態でスカートの下に隠し動きやすさを確認したり、伸縮させてポーズをきめたりと、喜んだ子供のようにはしゃいでいた。
そんなシロップを見ているとプレゼントとしては当たりだったのかなと思えた。
そして見事な仕事をしてくれたアズッキーさんに向けグーサインを送る。アズッキーさんも‘うんうん'と満足そうだ。
「ハルト様は私が槍を使う事ご存じだったんですね」
「あぁ、それは以前ノワさんからシロップが槍術の訓練していると聞いててね。今日に間に合うようアズッキーさんに頼んでオーダーメイドしてもらってたんだ。ちなみに‘トライデント'にしたのはノワさんの助言のお蔭だよ」
「みなさん私の為に…。本当にありがとうございます。私、ハルト様のお役に立てるように一日も早く強くなります。そしてこの立派な槍に恥じぬような立派なメイドになります!」
力強くそう言われると、僕も「期待してるよ」としか言えなくなる。
本当はシロップ自身を守る為の強さを身につけて欲しいだけなんだけどな。
でも嬉しそうにそう宣言したシロップを見ていると、その決意をわざわざ否定する必要もないのかなと思ってしまう。
「無理しないように強くなろうな」
「はい」
‘トライデント'を手にした事でシロップは今まで以上に強さを求めるかもしれない。それも全て僕の為に。でも僕は守られるつもりは毛頭ないし、逆に主として僕がしっかりと守っていかなければと思う。
まだまだ強くなるぞ。僕も決意をあらたにした。
その後、メイド服の下に着れる鎖帷子や防御に特化したエプロン、黒網タイツ等を購入しシロップの装備を一通り整えた。
「ありがとうございました。アズッキーさんに頼んで良かったです」
「おう。兄ちゃんの頼みならいつでもウェルカムだ。また腕が鳴るアイディア商品を注文してくれよな。お嬢ちゃんも頑張るんだぞ」
「はい。一日も早く立派な彼女…もとい、メイドになれるよう頑張ります。そしてその頃には…」
「あー、じゃあそろそろ僕らは行きますね」
何だかシロップが余計な事を言いそうだったので強引に話を打ち切った。
アズッキーさんも笑いながら「また来てくれよな」と見送ってくれた。
◇
「ハルト様ぁ~、本当にありがとうございました」
鍛冶屋を出てからも槍を嬉しそうに触りながら、シロップは何度もお礼を言ってきた。
「いいって、いいって。僕としてもシロップの喜んだ顔が見れたしね。そうだ、せっかくなので今から依頼でも受けに行こうか。実際に使ってみたいでしょ」
「え!?よろしいのですか!はい、是非お願いします。早く実践で試したいと思ってました。それにハルト様に私の槍捌きも披露したいですし」
「おっ、槍捌きかぁ。確かにそれは楽しみだね。じゃあ、今からギルドへ行こう」
「はい」
そして僕らがギルドへと歩き始めた直後にそれは起こった。
≪キャァァァァァァァァ…≫
女性の大きな悲鳴が街中に響き渡ったのだ。
「何事でしょうか?悲鳴は複数のようですし、その位置は凄く近くみたいです」
シロップの耳がピクピクと反応している。その優れた聴覚でおおよその距離も捉えたのだろう。
「これは放っておけないね。現場に向かおう。シロップ、案内してくれ」
僕らは急いで急遽現場に向かう事にした。
:
「あの角を左に曲がった所です」
それにしても何故だろう、物凄く嫌な予感がする…。
シロップの後を追いながら、僕は『属性闘気』を纏い戦闘態勢を整えていく。
:
「あの建物みたいです」
シロップが指さした前方の建物は礼拝堂だった。そして近づくにつれて色んな悲鳴が聞こえてきて、道路は礼拝堂から逃げ惑う人々でごった返していた。
やはり何かが起こっているのだ。
逃げ惑う人々を掻き分けながら急いで現場へと向かう。
途中、すれ違う人々に目をやると顔面蒼白になっている人、泣いてる人、足取りがおぼつかずフラフラしている人、洋服に血がこびりついている人…そこには確かな‘恐怖'があった。
「シロップ、待って」
先導するシロップが足を止める。
「どうかなさいましたか?」
「怪我をしている人にこれを使ってくれ」
僕は【アイテムボックス】から救急セットとギガポーション・メガポーションを数本取り出しシロップに救助の指示をだした。
「でっ、でも私はハルト様をお守りしなければ…」
『どうして一緒に行っては駄目なのですか?』と言いたげに僕を見つめてくるシロップ。その目は心なしか潤んでいるように見えた。
そんなに不安そうな目をしないで。
「シロップ、その気持ちは嬉しいよ。でも優先順位を間違えてはいけない。今は目の前で傷ついている人を一人でも多く救うんだ」
僕の事を優先的に考えてくれるのは本当に嬉しく思う。でも、救える命があるのならそっちを優先させるべきだ。‘命の尊さ'…僕がこれからシロップに教えていくのはそういう事だと思うから。
それに正直言って今のシロップのレベルではとてもじゃないが戦闘になる可能性がある場所へは連れていけない。この先は僕の領分だ。
「僕の事なら大丈夫。そう簡単にやられはしないよ。それにまだ僕がシロップを守る側だからね」
ポンポンと頭を2度撫でて、傍で足をひきずりながらも子供を抱え逃げている女性を指さす。
「まずはあの親子を救うんだ」
何か言いたそうな表情だったが、それを飲み込むように一度ギュッと口をつぐんでからシロップが言った。
「かしこまりました。ハルト様も十分お気をつけ下さい」
だいぶ聞きわけが良くなったな。そして強くもなっている。既に自分のやるべき事をしっかりと理解したと言った表情をしているしね。
「じゃあ、行動開始だ。シロップも気をつけて」
それからお互い自分のやるべき事に向け駆け出した。
◇
現場に近づくにつれて死臭が漂ってくる。
この先には確実にヤバい何かがいる。
それなのに【危険感知】に何も反応していない事がとても不気味だった。
礼拝堂の前に着き入り口の扉へと続く階段に目を向けると、おびただしい量の血液が階段を下へと流れていた。
嫌な予感しかしない。
僕はレイピアに手をかけ慎重に階段を上っていった。
扉を開けてると礼拝堂内にたちこめる血の匂いが鼻を刺激した。
そして目の前の大広間に足を踏み入れると驚くべき光景が目に飛び込んできた。
正面奥の祭壇に続く通路にはいくつもの血の海が出来ていて、その傍らには犠牲になったであろう人々が倒れている。
四肢が切断された者もいれば、胴体が真っ二つにされている者もいる。それは見るも無残な姿だった。
そんな身の毛もよだつような現場で佇んでいる人物がいた。
祭壇の前で正面を向いている為顔こそ見えないが、切り刻まれていない人は見渡す限りその人物だけだった。
犯人なのか?
警戒心を強めて祭壇に近づきながら声をかけた。
「これはあなたの仕業か?」
声に反応したその人物がゆっくりとこちらを振り返った。
そして僕は固まった。
だってそれは僕が良く知る人物だったから。
この世界で出来た大切な友人。
「タルトさん………」