第四十四話 感じる成長
犯人を捕縛した翌日。
この日は朝からタルト邸へと足を運んでいた。
正直、明け方までのどんちゃん騒ぎで全然眠れていない。しかも微妙にお酒が残ってい頭も少し痛かった。
このままボーっとしてると立ったままでも眠れそうだ。
「ヤバい、ヤバい。シャキッとしないとな」
パンパンと頬を軽く叩いて気合いを入れなおす。
なんたって今日はシロップの引き受け日。ここ数日は例の事件にかかりっきりだった為全く顔を出せていなかった。だから数日ぶりの再会という事もあって疲れた顔ではなく笑顔で会わねばと思ったのだ。
◇
タルト邸のチャイムを鳴らすとノワさんが迎え入れてくれた。
「こんにちは。シロップを迎えにきました」
「こんにちは、ハルト様。彼女は今荷物をまとめていますのでもうしばらくお待ちください。こちらへどうぞ」
案内された部屋で紅茶をご馳走になりながら待たせてもらう。
「ちなみにシロップの方はどんな感じですか?」
「そうですね。この10日間である程度は習得させました。以前のような偏った奴隷商館の教えはもうしないはずですよ」
その言葉を聞いて凄く安心した自分がいた。それであれば普通に暮らしていけるし、夜もぐっすりと眠れるというものだ。
「ありがとうございます。その言葉を聞けただけでもあずけて良かったと思えます」
「いぇいぇ。でも教える事が出来たのはメイド道の基礎中の基礎だけでした」
「そうでしたか。でも残念ですね。せっかくノワさんというその道のプロの元で学べるんだから、一人前ぐらいにはなってほしかったんですけどね」
「一人前になるにはやはり時間的に無理がありました」
「ですよね。メイド道も奥が深そうだし、そんなに簡単にはいきませんよね」
「左様でございます。それでご相談なのですが、週4~5日程度シロップをお預かりできませんでしょうか?よろしければ引き続き色々とメイド道を教えたいと考えています。
彼女は器用で覚えも早く何より素質があるから、一人前になる日もそう遠くない未来だと思います。もちろん日にちはハルト様のご都合にあわせてもらって結構です」
「シロップの事をそんなに評価して頂けるのは嬉しい限りですね。ちなみに、それはまた5日間ずっとここで過ごすという事になりますか?」
「いぇ、そうではございません。例えば9時~17時など日中に通ってもらう感じになります」
「なるほど。なんだか学校に通わせるみたいですね」
「ふふふ。いい例えです。そうなると、さしずめハルト様は保護者様といったところですね」
微笑みながらそう言うノワさん。
「そうですね。保護者として是非ともお願いします。これからも厳しく指導してやって下さい」
「はい、かしこまりました。ご期待に添えるよう最善を尽くします。いつでも保護者参観にいらして下さいね」
そんな風に冗談交じりで今後の事もお願いした。本当に頼れるメイド長さんだ。ノワさんに任せておけばシロップは間違いなく非の打ち所がないメイドになれるだろう。保護者としての立場からも、それはまた一つ楽しみが増える事にもなる。何だかいい感じだ。
ある程度話がまとまったところで、僕は持参していたお礼のスイーツを手渡した。
「これはお団子と‘きな粉'の組み合わせなんですね。この度のスイーツもとっても美味しそうです。本当にハルト様は色んなアイディアをお持ちなんですね」
手渡したスイーツを見て感心するノワさん。
いぇいぇ、そんな大した事ないですから。でもちょっと嬉しくなり「超簡単なスイーツですから」と得意げに作り方を説明してしまった。
ちなみに今日持参したスイーツは‘きな粉団子'。
元の世界では珍しくもなんともない定番の和菓子だが、この世界では‘きな粉'を使った料理自体が最近やっと流行りだした。だから‘きな粉'を使ったスイーツとなれば大変喜ばれるものだった。
そんな事を話しているとサクラがひょっこり現れた。そしてその手にはしっかりとフォークが握られていた。
「ハルトお兄ちゃん、お久なの。今日のスイーツも美味しそうなの」
挨拶も早々にパクパクっときな粉団子をつまみ始めた。
「お嬢様、はしたないですよ」
そしてピシッとノワさんに怒られてる。それでもサクラは‘えへへ'と反省していない笑みを浮かべてフォークをお団子に突き刺そうとする。
そんなサクラを見て半ば諦めつつ「仕方ないですね」と急いでお皿に取り分けているノワさんを見ると、やっぱりサクラには甘いんだなぁと思ってしまう。 まぁ、幼女のあの‘えへへ'は反則だよね。
そうこうしている内に奥からシロップが大きな鞄を抱えてやってきた。
そして僕を見るなり一直線に駆け寄ってくる。その勢いと言ったら、そのまま胸の中に飛び込んでくるんじゃないかと思える程だった。いや、以前のシロップならそうしていただろう。でも、今の彼女は違う。僕の前でピシッと止まり丁寧なお辞儀をする。
「ハルト様、お迎えありがとうございます」
そして満面の笑みを向けてくる。
おぉ、これが10日間の成果というものなのか。礼儀正しいその姿を見ると、シロップも頑張ったんだと感じる。
何だか嬉しくなって、僕はシロップの頭に自然と手を伸ばしよしよしと撫でていた。
すると「ふにゃぁ~~~」と可愛い声を上げシロップが相好を崩した。尻尾も大きく左右に揺れとても嬉しそうだ。
なるほどな。シロップを褒める時はこうやって頭を撫でればいいのか。
それにしても亜人特有の髪質なのか、柔らかい髪の感触が非常に気持ちがいい。何だか猫を撫でている様な感じで僕自身も非常に癒される。
そんな事を思いながら撫で続けていると≪コホン、コホン≫と咳払いをされノワさんに睨まれてしまった。
あっ、ヤバい。思いっきり自分の世界に入っていた。慌てて手を離すも、時既に遅し。
:
ノワさんの前にシロップと2人正座して『TPOに応じて言動を使い分ける事の重要性』というお題の有り難いお説教を受ける結果となった。
「まったくお2人とも子供じゃないんだから、もう少しTPOをわきまえた行動をとって下さいね」
「ごめんなさい」
全くもってお恥ずかしい限りです。まだ14歳のシロップはともかく、17歳の僕はこの世界では既に成人だ。もっと大人として振る舞う力も身につけなければと反省した。
そんな僕を見てサクラからは、
「シロップちゃんとイチャイチャし過ぎると、マロンお姉ちゃんがプンプンなのよ」
と悪戯っ子のような笑顔で言われる始末だった。
別にイチャイチャしていたわけではないんだけどね…。
でも傍からだとそう見えるのであれば非常にマズいな。何たってマロンさんはすぐ誤解するからね。いつビンタが飛んでくるかわからないし。うん、人前では頭を撫でるのは控えよう。
「うぅ…面目ない。頼むからマロンさんには内緒だよ」
「わかったの。マロンお姉ちゃんにはシーなのよ」
「お願いします」
9歳の女の子相手になにやっているんだかな。
「あぁ、そう言えば明日あたりケーキが食べたくなる気がするのよ。うん、きっとそうなのよ」
見るとサクラは先ほどと同じ様な笑顔を浮かべて、敢えて聞こえるように僕に向かって言う。
「はいはい、明日とっておきのを持ってきます」
ちゃっかりしてるなぁ。思わず苦笑いになってしまう。
‘わーい'と言って喜ぶサクラに、‘もう、お嬢様ったら'とまたも諦め顔のノワさん。そして‘もっとなでなでして欲しいですぅ~'とぶつぶつ呟いているシロップ。
相変わらずの景色がそこにはあった。ここ数日ギルドの依頼で手一杯だった事もあり、こんな風な感じは久々だった。そしてそれはやっと日常に戻ったんだなぁと思えた瞬間でもあった。
そして紅茶を飲み終えた後、ノワさんとサクラにあらためてお礼を言い僕はシロップを連れてタルト邸を後にした。
◇
大きな鞄を僕の【アイテムボックス】に収納しながらシロップにこの後何がしたいか聞いたところ公園に行きたいと言われた。
何でもお弁当を作ってくれていて、天気がいい事もあり是非とも外で食べたいとの事だった。考えてみるとシロップの手作り料理を食べるのは初めてだ。楽しみに思いつつ商業地区にある小さな公園へと向かった。
「どっ、どうぞ召上って下さい」
ベンチに腰かけてお弁当箱を開けるとそこにはサンドイッチが入っていた。
「えっとサンドイッチの具ですが、タマゴ、レタスハム、照り焼きボア肉、ポテトサラダの4種類となっています」
「うん、どれも美味しそうだ。いただきます」
まずタマゴサンドイッチをパクリと一口食べてみた。するとどうだろう。何処か懐かしいような味がした。そして次にポテトサラダを口にするとこれまた懐かしい味がした。
「これって…」
僕が二口食べたところでその手を止めた為、シロップが不安そうな表情になった。
「あのぉ~、お口にあいませんでしたか?」
恐る恐ると言った感じで聞いてくる。
「いや、そんな事ないよ。凄く美味しい。何だか何処かで食べた事あるような懐かしい味でちょっと感動してしまってね」
照れながら感想を述べた。
正直言ってこの世界の料理は味が薄かったり、単調な味付けだっりする。別にマズイという事はないのだが、どうしても元の世界の料理と比べると感動するまでには至らなかったのだ。
だがこのサンドイッチは何かが違った。そこには感動と呼べるものがあったのだ。
「実はノワ様に料理についても色々と教えて頂きました。
ハルト様とノワ様のご主人様がいた‘元の世界'というのは同じとお伺いしました。昔ノワ様はご主人様の為にとご主人様好みの味を覚えたそうです。それがいわゆる‘元の世界の味'らしく、今回私が教えて頂いたのもそれです。
だからきっとハルト様が懐かしく感じたのだと思います。良かったです。ハルト様好みの味が再現できて」
ニコッと笑いそう教えてくれたシロップ。確かに勇者に数年仕えていたノワさんならこの味を知っていてもおかしくない。それをシロップが覚えてこうして作ってくれたなんて…。また違った意味で感動してしまった。
「ありがとう。とても嬉しいよ」
そう言った後の僕の手は止まる事がなかった。お腹がすいていた事もあったが、とにかくガッツクように次々と口の中へ運んでいった。
「ごちそうさまでした。いやぁ~本当に美味しかったよ」
「お粗末さまでした」
えへへと笑うシロップ。そして徐に頭をこちらに向けてくる。
これは撫でてほしいという事なのか?
先ほどの事もあり一応周囲の目を気にする。
人通りも少ないし、僕らに注目している人なんてもちろんいない。
今ならいいかなと思いそのまま頭をよしよしと撫でた。
「ふにゃぁ~~~」
またしても気持ちよさそうに声をあげるシロップ。
やっぱり褒める時はコレが一番だな。そして僕自身もまた束の間の癒しのひと時を堪能した。
それにしても、料理も上手くなったし言葉遣いも丁寧になった。随所に努力のあとも見られて本当に見違えるくらい成長したものだ。
「これなら、明日から料理も期待できるなぁ~」
頭を撫でながらそう言うと、
「はい、絶対にご期待にお応えします。毎日、毎食楽しみにしてて下さいね」
と自信満々の返事が返ってきた。
朝食と夕食は‘黒猫亭'で出るんだけどな。毎食作る気なのか?でも、その心意気は嬉しく感じた。
ふとシロップを見ると、ガッツポーズをして「胃袋はつかめましたー」と何やらぶつぶつ言っている。
うん、これは聞かなかった事にしよう。
そして、その後はベンチに座ったままここ10日間の近況報告など交わし、久しぶりにシロップとのんびりとした時間を過ごした。




