第四十話 金欠よ、さようなら
翌々日、僕は久々に奴隷商館に来ていた。
例によって黒服の男達に案内されたのだが、驚いた事に彼らを含め従業員みんながサングラスをしていた。
もう完全にマフィアの組織にしか見えないなぁ。
いくら自分がカプレーゼにサングラスを推したからと言って、この状況を見るとちょっと心が痛くなる。
まぁ、本人たちが気に入っているみたいだからいいのだけど。
それにカプレーゼに目を付けたのは間違いではなかったしね。
実はサングラスだけどカプレーゼのお蔭で最近は王族や貴族、遠方からも買い付けに来てもらえるようになっていたのだった。
カプレーゼの人脈ハンパね~と思いつつ、今回もその恩恵を受けようと思い今日は奴隷商館に来たのだった。
もちろん、僕だけが美味しい思いをするのではなく、彼の懐も温かくなるようにしっかりと考えてね。
「おぉ、おぉ、ハルト様。先日はどうもですぞ。あれからシロップはしっかりやっていますかな?」
「うん、その節はありがとう。シロップも元気で一生懸命やってくれてるよ」
ただしメイド道の教育中だけどねというのは黙っておこう。
「それは良かった。安心しましたぞ。それで今日は奴隷をお求めですかな?」
僕が奴隷を求めにきたわけではない事などわかっているはずなのに、あえてそれを言うところがまたいやらしい感じだ。
でも彼も腕利きの奴隷商人だ。
僕が何か用件があってきた事を察し、言葉をいまかいまかと待ち望んでいる。
「…あぁ、奴隷はもういらないよ。 今日はカプレーゼさんに商売の話を持ってきたんだ」
カプレーゼのサングラスの奥の目がキランと光った気がした。
ってか、口元のニヤケを止めなさい。
「どういった話でしょうかな?」
「まずはコレを見てほしい」
【アイテムボックス】からギガポーションを10本取り出しカプレーゼの前に並べた。
「こっ、これはギガポーションですな。 ちょっと失礼」
カプレーゼはギガポーションを1本1本手にとりよく観察している。
おそらく【上級鑑定】のスキルを使用して真贋を見分けているのだろう。
そして一通り確認したカプレーゼは満足した表情でギガポーションを元の位置に戻した。
「いやぁ~驚きましたぞ。 この10本はどれも状態が良く最高級のギガポーションですなぁ」
僕は状態についてはよくわかっていなかった。
ただギガポーションが出来てしまったって感じだったからね。
だから‘目利き'が出来るカプレーゼが最高級と言ってくれた事が自信になった。
「それでこの10本ものギガポーションはどうされたのですかな?」
「これは僕が作ったんだよ」
「なっ、なんと!! ハルト様はギガポーションまでもお作りになられるとは…正直驚きましたぞ。 流石勇者様ですなぁ~」
またちょっと媚媚な感じが出てきたぞと感じつつも、本題に入る事にした。
「今回カプレーゼさんに提案したいのは、僕からギガポーションを仕入れないかって事」
「仕入れですか?」
「そう。価格は1本あたり金貨3枚でどうかな?」
「金貨3枚ですと!本気ですか!?ご自身で販売すれば金貨10枚が手に入るのですぞ」
信じられないと言った感じのカプレーゼ。
確かにこの価格は商人の常識を通り越しているのだろう。 でもそれも作戦なんだ。
「うん、本気だよ。 僕は冒険者で商人ではないからね。 あくまでもこれを金貨3枚で毎月10本仕入れてくれる商人を探しているんだ。
それにこんな高価なものを販売するとなると、やはりプロである商人にお任せした方がいいしね」
「確かにプロでこそ捌ききれる商品ではありますなぁ」
「それに今のところ僕が信頼できる商人はカプレーゼさんだから、真っ先に声をかけたってわけだよ」
「おぉ、おぉ、それは非常に光栄な話ですなぁ。ただ、ふむ…」
「あまり興味ないかな?それなら他の商人にあたるんだけど…」
ちょっと急かすように言ってみた。
すると思った通りの反応があった。
「いぇいぇ、興味がないなんて滅相もない。是非ともお願いしたいとこですじゃ。ただ出来れば50本…いや30本でもいいので本数を増やして頂けないかなぁと思ってですな…」
カプレーゼは両手を擦り合わせ、完全に媚びへつらっている。
よし、キターーー。
仕入れ値を金貨3枚に設定すればまず断る事はない。
しかも仕入れ本数を10本と言えば、先見の明がある商人なら必ずもっと多くの本数を希望してくるはず。
すべてタルトさんの狙い通りだった。
「じゃあ、50本で決定って事でいいかな?」
「ほっ、本当ですか。ありがとうございますじゃ。 すぐに契約書を作成させますので、それまでお寛ぎ下さいませじゃ」
カプレーゼがパンパンと手を叩くと秘書が素早く退室し、代わってメイドがお茶やお菓子を運んできた。
それにしても、カプレーゼの顔がこれでもかってぐらいニヤケているなぁ。
恐らくカプレーゼならその人脈でひと月に50本を捌く事も難しくないのだろう。
しかも金貨3枚で仕入れて金貨10枚で売るのだから1本あたりの利益は金貨7枚となる。
商人としては決して逃す事の出来ない美味しい話だしね。
そりゃあニヤケ顔も止まらないか。
でもね、美味しい思いをしてるのは僕も一緒ですから~。
ギガポーションを作る為の素材は採取や依頼の中で手に入るから必要費はほぼかからず、それでいて毎月金貨150枚の収入が確保されたわけだからね。
それから待つ事数分。
秘書が素早く作成してきた契約書にザっと目を通してサインをした。
そして残りの40本を【アイテムボックス】から取り出し、金貨150枚を受け取り、最後に僕はカプレーゼと固い握手を交わした。
「ハルト様、今後とも御贔屓にお願いしますぞ」
「あぁ、カプレーゼさんもね」
一回目の取引を終えお互いニヤニヤが止まらなかった。
この商談はお互いにとって有意義なものとなった。
そしてこの日を境に僕はお金に困る事がなくなるのである。
商談万歳、ギガポーション万歳だ。
ちなみに僕が2ランク上のポーションを作れる事は僕とタルトさん2人だけの秘密にする事となった。
僕のこの能力は明らかにチートだし、下手に噂が広がりよからぬ事を考える輩が現れないとも限らないしね。
でも、急にお金持ちになったら疑われちゃうよなぁ…。
何か適当な言い訳を考えておかないといけないなと思った。
◇
奴隷商館を後にしてタルト邸へ向かった。今回の件で色々助言をくれたタルトさんへお礼と報告をするためだ。
「そっか、そっか。上手く事が運んで良かったじゃないか」
そう言ってパラパラと契約書をめくるタルトさん。
「見たところ契約内容も特段悪い所はないしね。 後はギガポーションのストックだけは絶やさないようにしときなさいよ。 債務不履行は絶対にダメだからね。 ヒサンよ~」
「はい、しっかりやります」
「それにしても、このお礼のスイーツもまた美味しいわね。 おはぎだっけ?」
「そうです。気に入ってもらえて何よりです。 きな粉おはぎも美味しいですよ」
今回僕はお礼の品として‘おはぎ・きな粉おはぎ'を作っていた。
僕が作るスイーツは大好評を得られる事が多い。特に和菓子がね。
だから、今回も張り切って2種のおはぎを大量に作ってきたのだった。
「たくさん作ってるので皆さんにもあげて下さい」
「うん、ありがとう。みんな喜ぶよ」
「いぇいぇ、こちらこそありがとうございました」
「そう言えばノワが話があるみたいだったから、後で寄ってあげてね」
「わかりました」
何だろうと思いつつ、タルトさんとのティータイムを楽しみノワさんの元へ向かった。
「わざわざお越しいただきありがとうございます」
丁寧にお辞儀をするノワさん。
「いぇいぇ、こちらこそシロップの事いつもありがとうございます。 今朝会った時、あまりの成長ぶりに驚きましたよ。ノワさんに預けて本当に良かったです」
「その様なお言葉勿体ないです」
「いぇ、言わせて下さい。本当に感謝してるんですから」
見ると表情をあまり崩さないノワさんの口元が緩んでいた。 ノワさんも満足そうだね。
「それで今日の用件はシロップの事ですか?」
「はい。実は先日ギルドで職業に就き冒険者手続きもしてきました。今日はそのご報告です」
そう言ってノワさんから渡された紙を見た。
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ランク:F
名前:シロップ
種族:亜人(狐族)
性別:女
レベル:10
ポイント:0
職業:バトルメイド
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「バッ、バトルメイド?」
職業欄を見て思わず呟いた。
「はい。シロップは素晴らしいメイドの素質を持っています。 家事全般はもちろん、接客業や戦闘の才能も兼ね備えていますし。
バトルメイドとはその名の通り戦うメイドです。彼女も自分の長所が活かせるものをと考えて選んだ様でございます。」
「そうなんだ。 まぁシロップがしっかり選んだのなら僕は文句ないよ。 ノワさんも色々アドバイスありがとうございます」
「いぇ、これもメイド長としての役目ですから」
「ちなみにシロップは戦闘の訓練もしてるの?」
「はい。毎日3時間は槍術の訓練にあてています」
「槍術? そっか、シロップの武器は槍なんだね。 なるほど、なるほど…。 ノワさん、ちょっとお願いがあります」
僕はノワさんに自分が考えている事を伝えた。
すると彼女はニッコリと笑い「とても喜ぶ事でしょうね」と言ってくれた。
そして改めてお礼を言い、僕はタルト邸を後にした。
◇
「おぉ、兄ちゃん。久しぶりだな。武器でも壊れたのか?」
僕が次に向かったのはアズッキーさんの鍛冶屋だった。
「いぇ。相変わらず相棒はいい仕事をしてますよ」
そう言って風のレイピアを見せる。
「おぉ。しっかり手入れもしてるじゃないか。 このレイピアも幸せな事だろうよ」
満足そうに言うアズッキーさん。その表情を見てると僕も嬉しくなります。
「今日伺ったのはオーダーメイドしてもらいたい武器がありまして」
「ほぅ。どの武器だい?」
「槍です」
「兄ちゃん、槍も使えるようになったのかい?」
「いぇ、実は…」
僕は近況報告がてらスィルーの件やシロップの件など話した。
一通り話を聞き終えたアズッキーさんは、
「兄ちゃんの周りは本当に色々あるなぁ。 俺が作る武器で手助けになるなら、なんでも言ってくれ」
やっぱりとってもいい人だぁ~。
僕は遠慮せず今回考えている武器の説明をした。
「これまた面白い事を考えるなぁ。出来ない事はないな。ただ、それなりの材料がいるぞ」
「大丈夫です。全て用意します」
そしてアズッキーさんから言われた必要素材を聞いたところ、驚くべき事に僕はその全てを所持していたのだった。
【アイテムボックス】から全ての必要素材を取り出した。
これには流石のアズッキーさんも驚きを隠せないようだ。
「兄ちゃん、相当頑張ってるんだなぁ」
感心しながらアズッキーさんが言う。
「いぇいぇ、たまたまですよ」
「じゃあ、3日待ってくれ。最高の槍を仕上げてみせるよ」
「はい、期待しています」
そして、店を出ようとした僕をアズッキーさんが慌てて引き留めた。
「おぉ、そうだ。待った、待った」
何か忘れ物かなと思い振り向くと、アズッキーさんがカウンターまで来てくれと手招きをしていた。
「足止めして悪いな。実はここだけの話があって、兄ちゃんはミイラ化の遺体の話は知ってるか?」
「いぇ。初耳です」
アズッキーさんがトーンを落としひそひそと話し始めた。
「実はな、ここ3日間でこのドルチェ王国内でミイラ化した遺体が発見されているんだ。それも30体以上」
「え!?本当ですか」
「あぁ。まだギルドが極秘裏に調査中らしく一般公表はされていないみたいだが、俺の情報網によると間違いないとの事だ。
しかも全ての遺体に剣で切られた跡があり被害者が無差別という事で、通り魔による無差別殺人の可能性があるとの事だ」
「無差別殺人かぁ…厄介ですね。 ミイラ化という事は血液が抜かれてるという事ですよね?」
「あぁ。今のところヴァンパイアが絡んでいるのではとの声もあるみたいだ」
「ヴァンパイアか…」
「まぁ、近日中にギルドから招集がかかると思うけど、兄ちゃんも十分注意しとくんだぞ」
「そうですね。情報ありがとうございます」
アズッキーさんにお礼を言って鍛冶屋を後にする。
念の為に友人にはメールで夜間の外出注意を呼び掛けて、僕はこの日の依頼をこなしに行った。
それにしても通り魔か…。王国の城下街といえど安全ではないんだなぁ。
でも、何故だろう。
この時の僕は嫌な予感しかしなかった―――。




