第三十八話 浜辺の2人と忍び寄る影
6/24 誤字修正しました。
誰しも過去に戻ってやり直したい瞬間というのがあると思う。
もし〇〇していたら…。
もしあの場面で〇〇言えていたなら…。
僕の場合その筆頭にあげるとすればこの日のあの瞬間なのかもしれない―――。
◇
今僕らが来ているのは海岸エリアだった。
水属性の敵が多く出現し火属性魔法を持っていない僕とマロンさんには不利かと思えたが、案外そうでもなかった。
『属性闘気』
覚えたての技を早速試してみる。
全身に風属性魔法を纏い自分の身体能力が1.5倍となった。
今の僕はまだ1.5倍までしか出来ないけど、後は熟練度を上げるだけとの事だったので戦闘の際は極力使用するようにしていた。
『光の加護』
温かな光に包まれて打撃耐性・全魔法耐性が30%上昇する。
今日はマロンさんがいるお蔭で防御力がさらに上がり自信を持って接近戦に臨む事が出来る。
ストーンタートル(Lv:40)
お化けヒトデ(Lv:44)
ビッグキャンサー(Lv:38)
双頭スネーク(Lv:42)
自分よりレベルが高い敵でもバッタバッタとなぎ倒していけた。
要所要所で支援魔法をかけてくれるマロンさんのお蔭でもあるが、自分が強くなっている事も感じる事ができ有意義な戦闘となった。
2人で約8時間。狩りに狩りまくって思いっきり身体を動かした。
「すっきりしましたね」とマロンさんも満足そうだ。
そして気が付けば21時も過ぎていたので「そろそろ帰ろうか」と言ったところ、マロンさんが前方に見える海浜公園を指さし「少し歩きませんか?」と言ってきた。
特に断る理由もなかった為、僕はマロンさんと並んで歩きだした。
この世界で海浜公園など行った事もなかったので少しワクワクしている自分がいたのだ。
海浜公園は入り口にはしっかりと警備兵がいて安全に配慮されていた。
いざ入ってみると砂浜が広がっており、レストランや結婚式場、マリンスポーツショップ、宿屋などの施設も充実していて賑わいのあるお洒落なビーチだった。
既に21時過ぎという事もあり人こそまばらだったが、それでもカップルの姿がちらほらと見られて、これまたデートスポットなんだろうなぁ~と感じた。
海浜公園のベンチへと続く道は街灯のみが点灯していてだいぶ薄暗かった。
ちょっとした段差でもその薄暗さで足元がおぼつかなくなる。
すると「キャッ」と悲鳴をあげマロンさんが階段を踏み外しそうになった。
僕は素早く彼女に手を差し伸べた。そして彼女手を握る。それはまるでお姫様をエスコートしている様な手の握り方だった。
いくら咄嗟の出来事だったとは言え、一気に体温が上がる。
「あっ、ありがとうございます」
ちょっと恥ずかしそうにしているマロンさんがまた可愛い。
でもヤバい。手汗をかいてきた。直ぐにでも手を放さなきゃ。手汗にドン引きされるのなんてまっぴらご免だし。
しかし、彼女から手を放す気配はなく、逆にギュッと力を込められた。
僕は強引に振り払う事もできるはずなく、彼女の手を握ったまま目的のベンチへと向かった。
「あそこに座りましょうか」
マロンさんに先導されベンチに腰をかける。
目の前に広がる海は夜遅くという事もありあまり絵になるとは言えなかった。
それでもひんやりとした風と≪ザーザー≫という波音が心地よくさせてくれる。
あぁリラックス出来るなぁ。
僕らはしばらく無言のまま砂浜に寄せる波の音に耳を傾けていた。
ふと隣をみると風になびく髪を軽く抑えながら今も波音を楽しんでいるマロンさんの横顔があり、思わず見惚れてしまう。
早くこの気持ちを伝えたい。強くそう思った。
でも、この日はシロップの件を伝えた手前、僕の気持ちを伝えるのは今日ではないなと思ってしまう。
そんな事を考えていると突然マロンさんが僕の顔を覗き込んできた。
急に縮まる2人の距離に胸の鼓動が早くなる。
そして、
「ねぇ、ハルトさん。何か叫んでよ」
え?
彼女の一言に驚く僕。
近くに人がいなくても、遠目には確実に人影がある。そんな状況で叫ぶって…。
何を?
突然の出来事に少しパニックになっていた。
そして僕が何も叫べずに狼狽えていると彼女はしびれを切らしたのか「もういいです」と立ち上がりスタスタと施設エリアへ歩いていった。
「ちょっと待ってよ」
慌ててマロンさんを追いかけるも、気のせいか歩調が速いぞ。
何か怒っている?
でもマロンさんは「別に~」とだけ言ってそれ以上はなにも答えてくれなかった。
状況がよく呑み込めないままだったけど、施設エリアを回っているうちにマロンさんの機嫌は戻っていた。
そして結婚式場の前に着いた時、ふとマロンさんが僕に尋ねた。
「ハルトさんって結婚したいと思いますか?」
「けっ、結婚!」
突然の問いに驚く僕。でもここはしっかりと考えを伝えないとな。
「結婚ね…。正直まだ考えられないかな。でも将来的には家庭を持ちたいと思うよ」
「そうですか。ハルトさんならきっと素敵な家庭を築けるでしょうね」
「そっ、そうかなぁ…」
「はい。私が保障しますよ」
女の子にそんな事を言われると凄く照れてしまう。特にそれが好きな子なら尚更だよね。
「私も今は‘聖女'の務めがあるから無理ですけど、いつか大好きな人と結婚したいと思います。その時は、この海辺の結婚式場もありかなぁ…」
薄暗くてその表情ははっきりと確認できなかったが、その優しい声からマロンさんは天使の様な笑顔を浮かべているような気がした。
願わくばそのお相手が自分でありますように…。なんて考えるのは贅沢な願いだろうか。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
「そうだね」
そして僕らは帰宅の途についたのだった。
◇
同日23時。
街へ戻りマロンさんとギルドに依頼の報告をしていたところ、タルトさんとズコットさんに偶然出くわした。
そして飲みのお誘いを受けたのだが、マロンさんは明日が早いからとそのまま帰宅した。
何でも明日から一週間、‘聖女'の務めで各地の神殿へ赴かないといけないのだとか。
一週間も逢えないのは寂しい。でも「メールしますね。お土産も期待してて下さい」と笑顔で言ってくれたのはとても嬉しかった。
そして僕はというと飲みの誘いを断る理由が特になかったのでご一緒させてもらう事にした。
というか、タルトさんがアイコンタクトで‘ほら、報告しなさいよ'という無言のメッセージを送ってきてそれから逃れられなかったのだ。
酒場で乾杯をし、早速シロップの件を含め今日一日の出来事を報告した。
すると、話を聞き終えたタルトさんに、
「ハァァァァ~、情けない。ほんと女心を全くわかってないわね」
と言われた。
しかも≪ドン!≫とジョッキを少し乱暴な感じで机に叩きつけるものだから、早くも酔っちゃったのかなと思った。
でもタルトさんはお酒に強いんだよなぁ。って事はこれはいつものお説教パターン?
そして案の定思った通りだった。
お酒をグビグビと流し込みながら、だんだんとタルトさんのスイッチが入ってくる。
「そりゃあ、以前シチュエーションやタイミングに拘るなと言ったわよ。でも、今回はそれが自然とやってきたんでしょう。何みすみす逃す様な事やってるのよ」
う、う…。何も言い返せない。仰る通りでございます。
「それに叫んでって言われた時、そこは好きだっていう場面でしょうが!」
え?あの場面ははそういう事だったのか?
僕はパニクッてたし、てっきり“バカヤロー”的なギャグを言うのかと…。
そう考えると確かに情けない話である。
でも好きな子と海岸のベンチで2人っきりなんて事今までなかったから。
ただ、それだけで舞い上がっていた自分がいたんだ。
告白する時はシチュエーションやタイミングには拘らないつもりだったけど、よくよく考えるとこれ以上のシチュエーションってあるのか?
これ以上のタイミングっていつ?
もしマロンさんが告白の場面を作ってくれていたとしたなら?
僕は取り返しのつかない大失態を犯した事になる。
例えそれが彼女の気まぐれだったとしても、あの時何も言えなかった僕はとても情けなく、今すぐ消えてしまいたいぐらいだった。
こんな事って人生でもそうそうないぞ。
って言うか、彼女が告白を期待していなくても、最早言うべきだったんだ。
その場の雰囲気に身を任せて自分の気持ちに正直に“好きだ”と。
ただその一言を……。
もし時間が巻き戻せるなら、あの時に戻してくれ。
そんな事さえ考えてしまう始末だった。
タルトさんは言いたい事を一通り言い終え化粧室へと席を立った。
「…そんなに落ち込むな」
あからさまに凹んでいる僕にズコットさんが励ましの言葉をかけてくれる。
「…たぶん、俺が同じ状況なら…俺もどうしらたいいかわからないと思う」
そう言ってほら飲め飲めとお酒をすすめてくれた。
「…難しいよな。女心は…」
ズコットさんの優しさが心にしみた。
結局この日僕は記憶をなくすほど過去最高に酔っぱらってしまった。
でも、この日の失態だけは忘れる事ができない想い出となった。
◇
時を同じくして、‘ザッハ・トールテの洞窟'の入り口にドルチェ王国周辺の偵察を終えたコウモリたちが集まっていた。
「さてさて、順番に見せるのですわぁ~」
彼女の魔法でコウモリが見た映像がそのまま彼女に伝わる。
そして一通り確認し終えるとニヤニヤ笑いながら言った。
「`光'ちゃんと`風'ちゃんは相変わらず元気そうですわね~。わたくしのダメージがまだ癒えない事をいい事に平和ボケしちゃってるんじゃないでしょうかねぇ~」
そう言って彼女は【アイテムボックス】から宝箱を取り出した。
「ふふふ。そんなのわたくしが許すわけないですわぁ~。忍び寄る恐怖を思い出してもらいますわぁ~」
そして手下のモンスターに設置するよう指示した。
「それにしても、‘風'ちゃんと‘聖女'ちゃんの仲は焼けちゃいますわねぇ~。見ていてイライラきましたわぁ~。でもこの関係も使えそうですわねぇ~」
何か思いついたのだろう。彼女の表情がみるみる下品なものになっていく。
「まぁ、まずはコレをどう切り抜けるかお手並み拝見ですわぁ~」
高笑いだけを残し、彼女は手下と共にその場から消え去ったのだった。
◇
翌日。
‘ザッハ・トールテの洞窟'のとあるフロアに4人組の若者パーティーがいた。
「おぉ、あそこに宝箱があるぞ」
魔法使いの青年が指さす方に大きな宝箱があった。
「まだ最下層じゃないのに立派な宝箱だわね。早く開けましょ」
僧侶の少女がテンション高めに言う。任せとけと魔法使いの青年が宝箱を開けるとそこには立派な鞘に入った一本の片手剣があった。
「ごめんなさい。名前はわかりませんが、闇属性の片手剣みたいですね」
シーフの少女が早速【鑑定】する。
「ならこれは俺が使わせてもらうよ」
戦士の青年が嬉しそうに宝箱から片手剣を取り出す。
「でも何だか気味が悪い剣ですね」
「そうか?そんな事ないだろ。ってか見てみろよこの柄。魔法石(大)が埋まってるぜ」と戦士の青年が自慢げに皆に見せる。
「ひょっとして凄いレアな剣なんじゃない?」
「良し街に帰ったらすぐに売ろう」
「馬鹿、俺が使うんだよ」
そんな風に和気あいあいと語り合っていると、突然フロアにモンスターが現れた。
「よし、俺に任せろ。早速この剣の錆にしてやるぜ」
そう言って戦士の青年は鞘から片手剣を抜きモンスターを次々と倒していった。
「お疲れ。凄いわねその片手剣。ほぼ一太刀だったじゃない」
僧侶の少女が労いつつ青年の肩をポンポンと叩くと、彼は素早く回転し僧侶の少女の頭上に片手剣を構えた。
他のメンバーは一瞬の出来事に何が起こったかわからなかった。
ただ、次の瞬間に僧侶の少女が真っ二つに切り裂かれたという事以外は。
≪キャーーーーー≫とシーフの少女が悲鳴を上げる。
だがその時には既に魔法使いの青年が胴体を引き裂かれ、次いで自分の腹にも片手剣が突き刺さっていた。
全てがほんの一瞬だった。
「どうして…」
シーフの少女は薄れゆく意識の中で後悔した。
彼が握っていた片手剣は禍々しいほど闇のオーラを放っていた。
あぁ、あれは呪われた剣だったんだ。
私がもっと【鑑定】の熟練度を上げていれば、呪いに気づけたのに…。
ごめんね、みんな…。
見るも無残な3体の遺体。
戦士の青年は遺体に再び片手剣を突き刺していた。
片手剣はドクドクと遺体から血液を吸い上げていく。
そしてフロアには干からびた3体のミイラ化した遺体が残るだけだった。