第三十四話 ハズレ勇者、奴隷を貰う
この日は朝からアモンドと訓練をしていた。
と言っても相変わらずの目隠しをされ手を縛られ放置という傍から見たら絶対に誤解される状態だった。
でも、徐々にだが効果は現れてて数秒だが闘気を身に纏う事ができるようになっていた。
アモンドが上機嫌なのを見るに、多分順調なんだろう。
訓練も終わり後片付けをしているとアモンドが思い出したように話しかけてきた。
「そう言えば、ハルトはカプレーゼの旦那の所へは行ったの?」
カプレーゼ…
カプレーゼ…
カプレーゼ…
!?
あぁ、あの奴隷商人の事か。すっかり忘れていた。
「おぃおぃ旦那の事すら忘れていたって顔だな」
アモンドがケタケタ笑っている。
「まっ、まぁ。今思い出したから。でも結局奴隷商館には行ってないなぁ」
護衛の依頼を受けて既に1か月程経っていたのだが、特別報酬の件もすっかり忘れていたのだった。
「やっぱりなぁ。なんかそんな気がしたんだよな。特別報酬受け取ってたらもう少し羽振りよさそうにしてるはずだしな」
「え?特別報酬って羽振り良くなるものだったの?」
「俺の場合は金貨5枚だったぜ」
「マジで!?凄い羨ましいんですけどぉ~」
特別報酬が金貨5枚とは驚きだった。
ってか、護衛任務の成功報酬の10倍じゃないか。すぐにでも奴隷商館に行っておくべきだった。
「まぁ、多分ハルトは俺以上のものが貰えるはずだから、期待値上げて行ってみなよ。旦那の事だから何とかハルトに取り入ってもらおうと媚媚で対応すると思うぜ」
「あんまり媚びられても困るんだけど、でもお金が貰えるのは嬉しいね。うん、この後にでも行ってみるよ。ありがとう」
そしてアモンドと別れて僕は簡単なランチをとり奴隷商館へと向かったのであった。
◇
奴隷商館。それは奴隷の売買が合法的に認められた場所。
いくら合法と言っても建物自体は小屋とかなんだろうなぁと思って目的地に着いたら開いた口が塞がらなかった。
それもそのはずで、僕の目の前に現われたのは【カプレーゼ奴隷商館】と書かれた大きな看板を掲げた、物凄く綺麗なドーム型の建物だった。
確かに、カプレーゼはこの国でも1、2を争う大手の奴隷商と聞いていたがまさかここまでとは…。
「おぃおぃ、どこのコンサート会場だよ」
思わず素の感想が漏れる。
でも、本当にこんな場所で奴隷の売買なんてやってるのか?疑いの目を向けずにはいられなかった。
そして店の前でキョロキョロと建物を観察していると、入り口から黒服の男2人がこちらに向かってやってきた。
「おい、あんた。冷やかしなら帰ってくれよ」
え!?そんな風に見えたの?
「いや、そんなつもりはありません」
「じゃあ、奴隷の購入を希望か?」
「いぇ、そう言うわけでもなく…」
「じゃあ、やっぱり冷やかしじゃねぇか。やっちまうぞコラ!!」
あぁ、もう建物は綺麗なのに従業員の言葉遣いはなってないなぁ。
高圧的な態度といいイラッときちゃったよ。でも、こんな街中で小競り合いを起こしても誰得だし。
ここはカプレーゼに免じて下手にでるとしよう。
「いぇ、僕は冒険者のハルトと申します。今日は以前護衛任務を受けた際の特別報酬を受け取りにきました。カプレーゼさんに取り次いでもらえませんか?」
2人の男が疑いの目でジロジロ僕を見ている。うん、とってもムカつくけど抑えて抑えて。
「よし、今からマスターに確認してくるから、お前はここで待ってろ」
1人の男がふてぶてしい顔をしたまま店の奥へと消えて行った。
「変な動きするんじゃないぞ」
もう1人がまたもイラッとする感じで言ってきたが、最早相手にするのも馬鹿らしく、僕は手をヒラヒラと振りながら、ぼーっと建物を眺めていた。
それから5分後、先ほどの1人が走ってこちらにやってきた。そしてもう1人の男に何やら耳打ちをして僕の前で跪いた。
「すみません。ハルト様。今からご案内させていただきます。ささっこちらへどうぞ」
先ほどまでとは180度違う態度に吹き出しそうになる。
顔に大きな痣を作っている所を見るにカプレーゼに何か言われたのだろう。
もう1人の男も「荷物をお持ちしましょうか?」なんて言ってくるし。
無礼な態度をカプレーゼに報告してやろうと思ったが、なんだか哀れにに思えて今回だけは止めておく事にした。
◇
通された部屋には高価そうな骨董品や銅像などが沢山飾られており、いかにも接待部屋と言った感じだった。
「いやぁ~、よく来てくださいました」
手をこまねきながら笑顔で挨拶をしてきたカプレーゼにちょっと引いてしまう。
「いぇ、こちらこそ遅くなって申し訳ございません」
「いぇいぇ、‘勇者'様もお忙しい身。こちらはいつでも扉を開放してますぞ」
さっきの男達の応対にどこがだよとツッコみたくなる。
「もう少しお待ちくだされ。今料理を準備させておりますので」
いやいやいや、ランチ食べたばっかりだし。
「料理は間に合ってますので、特別報酬の件をお願いします」
「そうですかぁ。残念ですなぁ。是非とも食べて頂きたいコース料理があったのですが」
この時間帯からコース料理なんて無理だし。断って良かった。
「また次の機会でお願いします」
「そうですな。次回はゆっくりと会食をしましょうぞ」
カプレーゼは嬉しそうにそう言って、部下に指示をだしていた。
「では、特別報酬の件ですが、ハルト様へはこちらを差し上げたいと思います」
そう言って一枚の紙を僕に手渡した。
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名前:シロップ
種族:亜人 狐族(♀)
状態:奴隷
年齢:14
職業:なし
レベル:10
HP(体力):75
MP(魔力):11
STR(攻撃力):25
DEF(防御力):15
AGI(素早さ):30
INT(賢さ):28
LUCK(運):35
魔法:火属性魔法 生活魔法
スキル:【変化】(対象者:ハルト)【家事全般】【剥ぎ取り】
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え?何コレ。ツッコミどころ満載なんですけど。そもそもコレって奴隷の情報でしょ。
まさかと思い恐る恐る尋ねてみた。
「これが特別報酬?」
「そうです。こちらの奴隷を差し上げますぞ」
「ちょっと待てー」
どうですか?気に入りましたか?と言わんばかりの笑顔を向けてきたので、遂に僕も素手ツッコんでしまった。
「おや?お気に召しませんか?」
「いやいや、おかしいでしょ。だってアモンドは金貨5枚貰ったって言ってたぞ」
もう敬語なんて気にしてられない。状況についていけずパニックだった。
「アモンド氏には働きに見合った分の報酬をお渡ししたつもりですが」
「じゃあ、僕だってお金でよくない?」
「いぇいぇ、あの時一番貢献して下さったハルト様にはそれ相応の報酬をご用意せねば、ワシの名が折れます」
「いや、そっちの都合じゃん」
「でもこちらの奴隷、本来は金貨50枚はする良質の奴隷ですぞ」
「だとしてもだよ。ってか、そもそもこの紙に書かれた情報もおかしいだろ。どうしてスキルの【変化】に(対象者:ハルト)って書いてあるんだよ」
「おぉ、そこにお気づきとはお目が高い」
いや誰でも気づくだろと思いつつ説明を促した。
「亜人は種族がたくさんいますが、その中でも例えば狐族・猫族などは特殊スキルの【変化】と言うものを覚える場合がございます。
これはその本人が対象者の為に武器や防具に変化するもの。心が通じ合えば通じ合うほどその威力も増すと言われておりますのじゃ」
「待って。僕はそもそも奴隷と心を通じさせた覚えはないし、なんで既に対象者欄に僕の名前があるのかって事だよ」
「対象者は亜人本人の想いで決まるようで。まぁ通常は触れ合って心を通じ合わせそれから…みたいな流れと聞きてますが、今回のような状況はワシも初めてで驚きましたよ。
恐らく本人がハルト様を心からお慕いしているのでしょうなぁ~」
うんうん、と頷きながらいい話だと言わんばかりの表情を浮かべるカプレーゼ。でも、僕は納得できないぞ。
「いやいや、そもそも僕は慕われるような事した覚えもないし。だいたいこのシロップって亜人も知らないし」
「おや?ハルト様はお忘れですか?このシロップは護衛任務の際にハルト様が命を救った狐耳の奴隷ですぞ」
え!あの狐耳の少女?
ってか、この世界では15歳で成人だから14歳だと少女ではないのか?
いや、そんな事よりも命は救ったけど慕われる程の事では…。う~ん、謎だ。
「あぁ、あの娘か…」
「そうです。思い出して頂けたみたいですな。今回の特別報酬はあの娘でございますぞ」
「まぁ、それはわかったけど、奴隷を貰っても今の僕ではなぁ…」
「差し出がましい様ですが、ハルト様は独り身ですか?」
「えぇ、まぁ…」
好きな人はいますけどねと心の中で呟く。
「でしたらシロップは正にうってつけの奴隷でございます。彼女が所持している【家事全般】は料理・洗濯・掃除などその名の通り家事のエキスパートスキルであり、レアスキルでもございます。身の周りのお世話をする者がいたら生活も向上する事間違いなしですぞ」
「まぁ、それは非常に助かるけど…」
「それに彼女はあと一年もすれば成人します。ご希望とあらば結婚もできますぞ」
「結婚はまだ全然考えてないから」
「そうでしたか。ちなみに夜伽の相手でしたら明日からさせてもかまいませんぞ」
「いや、それは本当に求めてないから」
もう、カプレーゼのごり押しが嫌になってきた。
「あのさぁ、もしここで僕が断ったら彼女はどうなるの?」
「そうですなぁ。まず冒険者は購入しないでしょうなぁ」
「それは何故?」
「冒険者が奴隷を求める時は戦闘奴隷としての購入が多く、その場合やはりスキルが重視されます。彼女の場合【変化】の対象者が既にハルト様となっている為それだけでその価値がなくなりますのじゃ」
成程。確かにそうなんだろうなぁと思う。
「戦闘奴隷として価値がないなら、労働奴隷や性奴隷の道しかないでしょうなぁ。先ほど説明したように彼女の価格は金貨50枚相当。そうなると購入できるのは上流貴族などになりますが…」
チラっと僕の表情を伺いながらカプレーゼはハッキリと言いきった。
「ハルト様に貰って頂けない場合、彼女の未来は暗いでしょうなぁ」
えぇぇぇぇぇぇ!それって全て僕のせい?
最後の最後で何て事言ってくれるんだよぉ。
そんな事言われたら断れないじゃないかぁぁぁぁぁぁ。
少し諦め気味に聞いてみる。
「じゃぁ、僕の元に来る事が彼女にとってはベストって事なんだね」
「左様でございます」
ニヤリと笑いながら言うカプレーゼ。もう僕が断らないと踏んだのだろう。悔しいけどその通りだよ。この状況じゃ僕には無理だよ。
ハァとため息をついて、意を決する事にした。
「わかりました。今回の特別報酬頂きます」
「おぉ、おぉ、貰ってくれますか。流石ハルト様。良きご判断でございます」
くそぉ~。こうなる事を見越していたくせにぃ~。
完全に手の平の上で踊らされた感じになってしまった。
あぁ、でも養う者が増えるとなると今以上に稼がなければいけないなぁ。
ってか、女性と暮らすようになるのか…。
う~~~ん、どうしたものか…。これは問題山積みだぞ。
予想外の特別報酬に戸惑いしかなかった。