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第三十三話 とあるメイドの人生

 



 夕食後ソファーで団欒をしているとサクラがウトウトと居眠りをし始めた。まだ21時過ぎだというのに今日ははしゃぎ過ぎてよっぽど疲れたのであろう。



「よし、サクラ一緒にお風呂に入ろうね。それからベッドに行きましょう~」


 ノワさんと二言三言、言葉を交わしてタルトさんがサクラを連れて風呂場の方へ歩いていった。




「皆様、少々お時間を頂いてよろしいでしょうか?」


 紅茶のおかわりを入れ終わり、ノワさんが何やら神妙な面持ちで話しかけてきた。


「はい、大丈夫ですよ」


「…問題ない」


「どうかしましたか?」


 この場にいる僕とマロンさん、ズコットさんの3人はこの後の予定も特になかった為全員が了承した。



「実はお嬢様と私の事でお伝えしておきたい事があります」


「伝えておきたい事ですか?」


「はい。タルト様には既にお話している事なのですが、この場をかりて皆さまにも是非知って頂きたいと思います」


 そしてノワさんは語りだした。


 彼女の過去にまつわる話を―――。






     

 お嬢様と私はノースーツ大陸を追われてこのイーストレーナ大陸にやってきました。どうしてそうなったのかと言うとそれはお嬢様の出生の秘密と関係があります。


 それは今から10年前のお嬢様のお母様、つまり私のご主人様との出会いから始まります。



 当時13歳だった私はウエストコート大陸で奴隷商人に捕まり王国の奴隷商館に移送されていました。その道中、奴隷商人のキャラバン隊が山賊に襲われ奴隷商人と護衛の冒険者はあっという間に殺されました。

 

 私を含め10名程の女奴隷がは山賊に捕まりアジトへと連行される事になりました。きっと性奴隷にされて一生を終えるのだろう。私は絶望を胸に山賊の後に続いて歩いていました。


 するとどこからともなく勇者様御一行と王国騎士団が現れ山賊を蹴散らし私たちを救出してくれたではありませんか。騎士団の決定で女奴隷は全員王国で解放される事になりました。


 ただ、私はラビット族の没落貴族の娘で両親からも見捨てられ奴隷商に売られた身。他に身請け人等もいない為そのまま奴隷商館へ送られる事となりました。


 しかし、そんな私を見てご主人様が身請け人を申し出てくれたのでした。私のご主人様は勇者召喚された‘光の勇者’様。幸運な事に私はご主人様専属の侍女としてお仕えする事ができるようになり奴隷の身分からも解放されたのです。


 通常奴隷の身分なんてなかなか解放されるものではありません。ですがご主人様が国に仕える者としての身分を与える様に国王様に掛け合って下さったのでした。


 私の為にそこまでしてくれるご主人様を見て、私は一生この方にお仕えしたいと強く思いました。



 私の運命は大きく変わりました。武芸に長けてたわけではありませんが、学問の知識には少し自信がありました。私が【書士の心得】のスキル持ちだった事も大きかったと思います。


 ご主人様はまだ召喚されて日が浅くこの世界の事をあまりご存じではありませんでした。なので私がご主人様の教育係も兼ねる事となりました。もちろんあまりにも恐れ多い申し出で最初はお断りしました。でもご主人様は優しく仰って下さいました。


『そんなに堅く考えないで。私はこの世界で友達が欲しいの。正直王族も勇者を駒としか見ていなくて、信じられる人はいないからね。だからノワには私の良き友になってほしい。友達として色々教えてほしいの』


 私はその言葉を聞いて涙を流したのを今でも忘れません。



 それからと言うもの私もご主人様の友として恥ずかしくないようメイド道を究め、少しでも冒険のお力になれる様に体術と弓術を学びました。隠密に長けた“弓戦士”の職業を取得する為です。陰ながらご主人様を支えていきたいと考えてる私にはこれ以上ない職業だと思えたからです。

 

 お嬢様が勇者の任務をしている時以外はほぼご一緒させて頂き、それは私にとって非常に有意義で至福の時間でした。



 ただそれも長くは続きませんでした。ひと月程経った頃、ご主人様の妊娠が発覚したのでした。お相手は元の世界の殿方で身ごもったまま召喚されてしまったようでした。


 今回ここの王国にはお嬢様を含め2人の勇者が召喚されていました。‘勇者シリーズ’を持つ者は成長すると1人で1万の軍勢にも負けない戦力と言われています。


 ただ、妊娠してしまっては成長どころか戦いに赴く事すらできません。王国は早々とご主人様を交渉の道具として扱う事を決めました。



『私は国の決定に従おうと思うの。お腹の子と慎ましくも平穏に暮らせれば他に何もいらないわ。それにいくら交渉の道具だろうと悪い様には扱われないでしょう。ノワはそんな私に付いて来てくれますか?』


 もちろん私は何処まででもご主人様に付いていく所存でございます。ただ交渉の道具になるという事は人質になるという事であり、ご主人様がお考えになるよりももっと悪い事になる予感しかありませんでした。



 そしてその悪い予感は早々に当たりました。当時は対魔神討伐を掲げてはいるものの、種族間の同盟が強固なものとは言い難い状況でした。それで国は‘勇者’を差し出す事でそれを強力なものにしようとしたのでした。


 ただ問題だったのが交渉した相手でした。最悪な事にご主人様の送られる先があろう事かヴァンパイア族の元と決まったのでした。私は自身が人間の国で生きるラビット族と言う事もあり、種族間の共存に差別意識はございません。


 でも人間族とヴァンパイア族の間にある埋める事の出来ない溝は存じています。人間にとってヴァンパイアは宿敵であり、ヴァンパイアにとって人間は食料でしかないのです。そんなヴァンパイア族の元へ送られてご主人様が平穏無事に過ごせるはずがありません。私を含め何人もの従者が反対を訴えました。



 しかし国は一切相手にしてくれませんでした。それもそのはずです。調べたところ今回の黒幕がもう一人の勇者だったからです。


 もう一人の勇者とは‘火の勇者’でその美貌も去る事ながら、非常に計算高く頭の回転も速い策略家でもあり“魔女”の異名を持つ者でした。その時は既に国王や多くの側近も‘魔女’の言いなり状態で最早状況を覆す事は絶望的でした。



『ごめんさないね、ノワ。私の考えが甘かったようです。あの人が裏で糸を引いていたという事であれば最悪の事態も覚悟せねばなりませんね。そこで一つお願いがあります…』


 そしてご主人様は私にある策を提案してきました。


『でも、それではご主人様の身にもしもの事があった時…』


 なかなか受け入れられない私にご主人様は『すべてはこの子の為です』とお腹に手を当てて言いました。


 そんなお姿をみて断れるはずがありません。私はご主人様からのお申し出を引き受け、2人でより綿密に策を練る事にしました。



 その時ご主人様が提案してきたのはご自身に宿る‘光の勇者’の紋章を産まれてくる子に譲渡したいという事でした。試した事はありませんが、一般的に【書士の心得】スキルで譲渡自体は可能とされています。

 

 ただ、紋章がご主人様の手から消えるという事は精霊の加護を失い‘光の勇者’ではなくなるという事を意味します。それはご主人様がこの世界で生きていくうえで非常にリスクがある事でした。


 それでも我が子の為にとその決意は固く揺るぐ事はありませんでした。私たちはより確実に可能性が少しでも上がる方法を考えました。


 魔族であるヴァンパイアにとって光属性魔法が使えるという事に価値を置いているのは周知の事実でした。だから人質として送られる前に紋章が消えれば、人質になる可能性がなくなるのではと考えたのです。



 そして入念に準備を整えた数日後、ご主人様と私は紋章譲渡契約を執り行いました。契約が完了するとご主人様のお腹がほんのりと光、それはつまり契約が無事に成功した事を物語っていました。


 それからご主人様は国王に謁見し紋章が喪失した事を告げました。これで人質の話もなくなるそう思われた時、またしても`魔女’が進言してきたのでした。


『きっと`光の勇者’の紋章はお腹の子に受け継がれたのですわ。ヴァンパイア族の地で立派に子供を出産して人質としての役割を果たしてもらうのがよろしいかと思いますわ』


 予期せぬ提案に私の顔は引きつり異議を唱えようとしたところ、ご主人様が手で私を制止しました。


『申し訳ございません国王様。従者の無礼をお許し下さい。私は仰せの通りヴァンパイア族の元に参ります。ただ、この子とノワの身の安全は絶対に保障して頂きますよう先方にお願い申し上げます』



『`光の勇者’を産んでもらう為にもそれぐらいはいいのではないでしょうか、国王様』


`魔女’が嫌らしい笑みを浮かべ国王にそう言い『貴女がそう申すなら』と国王様も了承されました。


 そしてご主人様と私はノースーツ大陸のヴァンパイア領へ送られました。



 ただ領内へ着いてから予期せぬ出来事がもう一つありました。領主の元に謁見した際にご主人様がヴァンパイア貴族の一人に見染められたのでした。人質の取り決め事項には子供と私の身の安全を保障する事以外特に条件はなく、つまりそれはご主人様をどう扱おうとも自由という事でした。これも`魔女’が悪知恵を働かせたものだと容易に想像する事が出来ました。


 ご主人様に拒否権があるはずもなく数日後に婚姻の儀が執り行われ、ご主人様は吸血された後にヴァンパイアの血を与えられヴァンパイア化したのでした。ご主人様のあの苦痛に満ちた表情を私は一生忘れません。



 ご主人様がヴァンパイア化されて数日後の事です。私はご主人様と約束を交わしました。それは出産後に産まれた子を連れてノースーツ大陸から逃れ、魔族に見つかる事ないよう子供を育てるというものでした。


 しかし、それはご主人様とお嬢様の、そして私との永遠の別れを意味しています。当然考えを改める様何度も説得しました。だがそれは決して聞き入れてもらえませんでした。


 確かに、お嬢様が産まれこの地で育つと光属性魔法が使えるヴァンパイアの子として魔族に軍事力として利用される事になるでしょう。お嬢様は常に身を危険にさらす立場になってしまうのです。


 子供の将来を案じない親なんていません。かと言ってお腹を痛めて産んだ我が子と一生会えなくなる…。


 きっとそれは私などでは考えも及ばない苦渋の決断だったと思います。だけど、そんな事って悲しすぎます。私はあまりにも残酷な状況に涙を止める事ができませんでした。


 ご主人様も私を胸に抱きよせ『ごめんね、ごめんね』といっぱい泣いていました。そして最後にポツリ『ノワがいてくれて良かった』と。



 それからと言うもの私も意を決してその日を待つ事にしました。


 これからの生活に役立ててと【アイテムボックス】を譲渡してくれたご主人様。お言葉に甘え旅立つ日まで必需品をコツコツと揃えます。


 体術と弓術の訓練もよりいっそう励むようになり、“弓戦士”のスキルもできるだけ習得していきました。



 また産まれてくる子供の名前についても話してくれました。


 もし男の子だった場合は`ハル'、女の子なら是非`サクラ’と名付けたいとの事でした。理由をお伺いすると『この子の父親と暖かい春の日に桜の木の下でよくデートをして…』と当時の事を懐かしむように、どこか嬉しそうに元の世界の恋人との思い出を語って下さいました。



 そしてお酒のお供をする時なんかは酔うと必ずご主人様は、

『きっと誘拐犯という事になり魔族の追手が差し向けられるはず。ノワの人生なのに…本当にごめんね』と何度も謝ってきました。


 でも、私は感謝こそすれ恨むような事は一切ございませんでした。あの日ご主人様に救われてから、私は生を感じる事ができたのですから。ご恩は一生かかっても返しきれない程です。



 月日は流れ出産日当日になりました。ご主人様のお力もあり私は吸血される事もなく専属メイドとして仕えていました。そしてこの日が私がご主人様にお仕えする最後の日でした。


 ご主人様は無事に女児をご出産されました。産まれてきた女児はオッドアイのハーフヴァンパイアで、その右手には`光の勇者’の紋章が輝いてました。あの時`魔女’の睨んだとおりになったのです。

 

 そして遂に行動開始の時がきました。私は侍女達へ領主や魔族の各方面へ報告するよう指示を出しました。私はご主人様の専属メイドとして信用もありましたから、この場は私一人で大丈夫と皆に言い聞かせて動いたのです。


 そして隙をついて手はず通りに産まれたばかりのお嬢様を抱えヴァンパイア領を脱出しました。

 

 時は一刻を争う為、ご主人様と話をする事はできませんでしたが、最後に見たその優しい表情は愛しい娘への想いと私への感謝を物語っているようでした。



 お嬢様を抱えた私はなんとか予定通りイーストレーナ大陸に逃げ延びそして身を隠しながら2人で細々と暮らしていました。お嬢様の瞳の件もある為、積極的に現地の人と関わるような事はなかったのですが、それでも2人の生活は幸せそのものでした。


 しかし魔人討伐を果たした3年程前から状況が変わり始めました。どこから聞きつけたのかお嬢様を狙う追手が現れはじめたのです。魔族・亜人・人間…種族問わずに追手が差し向けられました。そしてお嬢様と私は住居を転々とする事を余儀なくされるようになったのです。


 でもただ逃げるだけでは何の解決にもなりません。私は独自で追手の正体を探りました。すると相手は‘勇者狩り'をしている闇の組織である事がわかりました。既に何人かの勇者様が被害にあわれているのも知りました。組織の内部構成、目的など不明な部分も多々ありますが、それでもお嬢様が‘勇者狩り'のターゲットにされているのは確かでした。


 そこで私は自分の故郷に逃げ延びようと考えました。故郷に頼れる人がいるわけでもありませんが、ラビット族は温厚な種族でもある為、お嬢様と2人で身を隠し生活するには丁度いいと考えたのです。


 ただ、それはウエストコート大陸まで行く必要があり、かなりの長旅になります。お嬢様に希望を持ってもらう為にも、‘ご両親を探しましょう'とそれらしい理由を付け旅を提案しました。お嬢様もまだ幼いですから、‘ご両親探し'にすぐに飛びつきました。正直、私は嘘を付いてるわけですから良心が痛みましたが、これもお嬢様の為と言い聞かせました。



 しかし、旅を初めてからも追手は増すばかりでイーストレーナ大陸すら横断できない有様でした。

 







 ノワさんは一呼吸おいて続けた。



「そして先日私が不覚をとり呪いをかけられ皆様に助けて頂いたというわけです」


「大変だったんですね」


「いぇ、お嬢様の人生に比べたら私なんて…。でも皆様に出逢えた事で私たちにもようやく光明が差しました」



 ノワさんは力強く言った。



「‘風の勇者'と‘光の勇者'。2人の勇者様が揃う事で‘勇者狩り'に対抗できると感じました。ただ逃げるだけでは何も解決しません。私達は少なくともスィルーを撃退するまではこの街に滞在します。皆様、どうかお力添えをよろしくお願いします」


 深々と頭を下げるノワさん。


「任せて下さい。ってか、こちらこそお願いします。協力して戦いましょう」


 僕にとってもそれは有り難い話だ。‘勇者狩り'に対抗するにはサクラとノワさんの協力が不可欠だと感じているしね。


「私も是非力にならせて下さいね」


「…協力は惜しまない」


 マロンさんとズコットさんも同じ様に申し出た。タルトさんを含めこの3人も‘勇者狩り'については何かしらの因縁があるからだろう。絶対にスィルーを許すまじという強い意志を感じる。


「皆様、本当にありがとうございます」


 色々と打ち明けてくれたノワさん。その表情は終始固いものであったが、お礼を言ったその瞬間に一気に安堵の表情になった。ノワさんも色々背負ってるんだ。期待に応える為にも、もっと強くならなければと思った。



「それとハルト様。昼間はお嬢様にカラコンをありがとうございました。あんな風に楽し気なお嬢様は久々に見ましたし、人間の街を堂々と歩ける日が来るなんて思いもよらなくて…。とても感謝しています」


「いぇいぇ。先ほども言いましたが、僕はサクラの喜んだ顔が見たかっただけですから。でも、サクラの笑顔を僕達で守っていきましょうね」


 全員が強く頷いた。


 この日ノワさんの話を聞き僕らは改めて結束を固くしたのだった。






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