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第三十話 僕が守りたいもの

 



 【危険感知】に反応した敵の数は10体だった。


「ハルト、敵が近づいている。警戒を強めろよ。カプレーゼの旦那と奴隷ちゃん達は身を潜めておいてくれ」


「わかった。しっかり頼むぞ。奴隷もそうだが、最優先でわしを守るようにな!」


 そう言ってカプレーゼは窓をパタンと閉めて馬車の中に引きこもった。


 アモンドはカプレーゼの事をさほど気にするでもなく御者に素早く指示を出していた。


 流石ランクCの冒険者、落ち着いているなと思いつつ、僕は自分ができる事に集中した。


 まずは敵の正体を確認するんだ。


 どんどんと近づいている敵を注視する。



「相手は剣や弓を持ったゴブリンみたいだ」


 視認できたままアモンドに伝える。


「武装しているゴブリンか。ありゃあゴブリンソルジャーとゴブリンアーチャーだな。弓矢に気をつけろよ」



---------------


ゴブリンアーチャー

Lv:32

HP:750

魔法・技:乱れ撃ち


---------------

---------------


ゴブリンソルジャー

Lv:30

HP:1000

魔法・技:二段切り


---------------




≪ピュン、ピュン、ピュン、ピュン…≫



 言ったそばから四方より一斉に弓矢が放たれた。


 それは大きな弧を描きながら的確に襲いかかってきた。


『キャー』


『危ない』


『助けてー』


 檻に入っている奴隷達から恐怖で悲鳴があがる。



 僕は素早く馬車の屋根にのぼり上空めがけ魔法を唱えた。


風の盾(ウインドシールド)


 馬車を覆うくらい特大の風の盾(ウインドシールド)を展開し、降り注いでくる全ての矢を防いでみせた。



「ひゅ~。やる~。今のはかなりポイント高いぞぉ~」


 アモンドは口笛を吹きながら褒めてくれた。うん、たぶん褒めてくれたんだよな。チャラい感じで言われてもあまり嬉しくないのだけど。



 弓矢の軌道と【危険感知】スキルからゴブリンアーチャーの数と位置がおおよそ把握できた。数は5体、距離は約80mだ。


 僕は屋根の上で360度見渡しながら風の矢(ウインドアロー)を放っていく。


 MPの回復を待ちながらとはなってしまうが、それでも1匹また1匹と確実に仕留めていった。


 そして僕がゴブリンアーチャーと攻防を繰り広げている間に、接近していたゴブリンソルジャーはアモンドが全て倒していた。


 ようやく10体の反応が消えたか。誰も怪我してないよな?


 と考えていたら、また5体の反応を感知したのだった。


 しかも今度の敵は素早く距離を縮めてきている。



---------------


ポイズンバタフライ

Lv:35

HP:800

魔法・技:毒針


---------------



≪ヒュ、ヒュ、ヒュ、ヒュ…≫


 敵は近づきながら毒針を飛ばしてきた。


 毒って付くぐらいだから、あれはくらっちゃダメだ。


 僕は‘風の魔法剣'を繰り出し、アモンドは装備してる鋼の爪を構えて、飛んでくる毒針を次々と払い落としていく。


≪キン、キン、キン…≫


 毒針が僕とアモンドに当たる事はなかった。


 ただ敵も馬鹿ではなかった。


 2人に通用しない事を直ぐに悟ったのか、ポイズンバタフライは標的を奴隷に切り替えそちらに向かって毒針を飛ばし始めるたのだ。


 直ぐに奴隷の前に立ち、先ほどと同様に払っていくも対象範囲が広すぎる。


 広範囲に渡る攻撃を2人では庇いきれなくなってきた。


≪カン、カン、カン、カン…≫


 時々毒針がカプレーゼのいる馬車の壁に刺さり、その度に『ひぃぃぃぃ』と悲鳴が漏れる。


 ポイズンバタフライは不規則に飛び回っているので攻撃を当てるのが結構難しい。


 奴隷を守りながらの戦いなので、いつしか防戦一方になっていた。



「ハルト、さっきの強力な風の盾(ウインドシールド)をまた出せないか」


「ごめん。この状態だとMP不足」


 ‘風の魔法剣'を発動していた為、MPをまわせる余裕がなかったのだ。


「そうなの?おまえMP少ないんだな」


「悪かったな」


「いやいや、じゃあここは先輩の出番だな。少し1人になるが頑張って守れよ」


 そう言ってアモンドは馬車の上にのぼり何やら力を溜めこみはじめた。


 ってかおいおい、1人じゃ流石に荷が重いぞ。


 檻目がけて四方から襲い掛かって来る攻撃を全て防ぐのには無理がありすぎる。


「うわっ」


「痛っ」


 奴隷にも攻撃が当たりはじめ悲鳴が上がった。



「みなさん、すみませんが、出来るだけご自身でも攻撃をかわすようにして下さい」


 そう注意を呼び掛けていると、アモンドから声がかかった。



「待たせたな」


 見るとアモンドの体全体を赤紫色のオーラが包み込んでいた。


「直ぐに終わらせて来るから」


 そして瞬時にポイズンバタフライに駆け寄りバッサバッサと爪で切り裂いていった。


 敵のスピードを上回りながら一匹また一匹と討伐している。


 その様を見てると、どうやらアモンドの身体能力が数段上がったようだった。きっとあのオーラに関係あるのだろう。



『雷動拳』


 アモンドの拳から放たれた雷の衝撃波が逃げていく最後の一匹に直撃する。


 そして敵反応が全て消えたのだった。


 

 アモンドの活躍もありポイズンバタフライを見事に撃退する事ができた。

 

≪パチパチパチ≫


 奴隷から歓喜と拍手が上がる。

 

 やるなぁ。アモンドの猛攻は見ていて惚れ惚れするものだった。周りから拍手があがるのも納得だ。



 歓喜に沸く中で僕は檻の前まで行って、一番近くにいた狐耳の少女に話しかけた。


 所持している毒消し薬を渡し傷ついた人に使うよう頼んだのだ。

 


 すると戦闘態勢を解いていないアモンドが誰かへ呼びかけた。


「まだいるんだろ。出て来いよ」


 【危険感知】には引っかからなかったけど、僕もまだ何かあると思い警戒を怠ってはいなかった。



 すると、


「チッ、気づいてやがったか」


 と声がして、馬車に近い草むらから10人の人間が現れた。



「お前ら山賊が馬車を狙う時、姿を隠し近づいてくるのはわかってるんだよ。大方【隠蔽】スキルでも使用してるんだろ」

 

「そこまでバレてたなら仕方ない。お前らやっちまえ」


 頭領らしき男の掛け声とともに山賊が一斉に襲い掛かってきた。


 僕は直ぐに敵を【鑑定】したところ、どの山賊もレベル30~35だった。


 これは決して負けるような相手ではないな。


 そして次の戦闘(第2ラウンド)が始まるのだった。



 戦闘中、アモンドは躊躇いなく爪を相手の心臓に突き立てていた。


 だがやはり僕にはまだ抵抗があった。


 襲い来る山賊をなぎ倒しはしたが、決して殺すような事はしなかった。


 いざ人間を相手にすると、相手が戦意さえ失ってくれればそれでいいと思ってしまったのだ。


 僕なりの情けをかけたというわけだ。


 そしてものの数分で決着がついた。



 僕が倒した相手は立ち上がって来る気配がなかった。


 だから、再び檻の方を向き狐耳の少女に話しかけた。


「毒消し薬は足りた?」


 コクコクと頷く少女。

 

「良かった。念の為にこのポーションもみんなで使ってね」


 【アイテムボックス】からポーションを数本取り出し彼女に渡していると、急に少女が僕を力いっぱい押したのだった。


 咄嗟の出来事に僕はバランスを崩してよろめき、持ってたポーションを床に落としてしまった。


≪パリン、パリン、パリン…≫


 音をたて割れるポーションの瓶。


 え?何が起こった?


 すぐに少女の方を見ると、なんと彼女の胸にナイフが突き刺さっているではないか。

 

 口から真っ赤な血をこぼしながら崩れ落ちる少女。特徴的な狐耳は力無く垂れていた。

 


 どうしてこうなった?


 何で少女が傷ついているんだ…。


 これじゃあ、全然救えていないじゃないか―――。

 


 目の前に状況を飲み込めないでいると≪ザクッ、ザクッ≫と今度は僕の背中に痛みが走った。


 どうやらナイフが命中したみたいだ。


 振り向くとそこには上半身を起こした状態でナイフを投げてる山賊の姿があった。



 目の前に血を流し倒れている少女。


 後ろにはギラギラと戦意を宿した眼をしてこちらを睨んでいる山賊。


 あぁ、そうか…。


 この状況を招いたのは僕だ。僕が…甘いばっかりに…。



 もう迷いはなかった。


「ごめんね」


 そう言って僕はそっと少女の瞳を閉じた。

 

 それからの行動は早かった。


 山賊の元へ駆け寄り一人一人心臓目がけレイピアを突き立てていく。


 断末魔の悲鳴を上げて絶命する山賊。


 その光景をみていた奴隷から違った意味で悲鳴が聞こえた気がした。



 なんだ簡単な事じゃないか。始めからこうしていればよかったんだ…。


 何を迷う事があったんだ。



 人を(あや)めたというのに恐れや不安に襲われる事はなかった。



 敵に情けをかけた結果、守りたかったものを守れなかったら意味がないじゃないか。


 わかっていたのに…。


 わかっていた‘つもり'になっていたのかなぁ。



 そう思うと虚しくて…ただ虚しくて、行き場のない怒りが僕の中に広がっていった。



 その場でたたずみ空を見上げていると怒鳴り声が聞こえてきた。


「おいハルト。そんな所で何やってんだよ」


 あぁ、アモンドか。でも今は放っておいてくれ。僕はいたいけなな少女を守れなかったんだよ。


「1人の世界に入ってる暇はないぞ。急いでこっち来い。この奴隷ちゃんまだ息あるんだぞ」



!!!


 その言葉に耳を疑った。だがこの状況でアモンドも冗談は言わないだろう。



 僕はすぐさま少女の傍に駆け寄り手を握った。


「ハァ、ハァ…」


 非常に苦しそうだが、少女はまだ生きている。


「良かった…」


 脈があるのを確認し安堵の息を漏らす僕にアモンドは冷静に言った。



「だが、このままじゃマズイ。ハルトは回復魔法使えるか?」


「いや僕は使えない…」


「そっか。この中で回復魔法使える人いる?」


 アモンドは奴隷だけでなく、カプレーゼや御者まで全員に聞いていた。


 しかし、残念な事にこの中には誰も回復魔法を使える者がいなかった。



「ハァ、ハァ…」


 呼吸がだんだんと弱くなっている。口と胸から大量の血を流し今にも命の火が消えてしまいそうな少女。

 

 マズい。このままじゃ非常にマズい。

 

「クソッ。このままボネの街へ戻ったとしても間に合う確率は低いぞ」


 悔しそうにアモンドが言う。



 本当に彼女を救う方法はないのか?


 僕は【アイテムボックス】を探り何かないかと必死で探した。


 すると魔導の指輪が目に入った。



魔導の指輪………使用すると魔法の消費MPが半分になる。使用限度3回(残り1回)



 スィルーとの戦いの後にマロンさんに返そうとしたのだが『ハルトさんが必要な時に使って下さい』と僕にくれたものだった。



 そうだ!もしかしてシルフィードなら…。


 すがるような思いで指輪をはめ右手のフィンガーレスグローブを外し魔法を唱える。


「風の勇者ハルトの名において命ずる!出でよ、シルフィード!」



 ≪ピカ―≫


 緑色の輝きを纏いシルフィードが召喚された。


 アモンドをはじめ周囲の誰もが驚いているのを余所に、僕はすぐさまシルフィードに指示を出す。


「この少女を治療してほしい。できるか?」


『問題ないよ。マスター』


 シルフィードが少女の上を飛び回る。


 グルグルと3周程した時に少女の体が少し浮かび上がり、瞬時にして≪ピカ―――≫と緑色の温かな光に包まれた。


 そのまま5分ぐらい経っただろうか。


「う~ん」と言いながら光の中で少女が目を覚ました。


「あれ?私、生きてる…」


 その言葉を聞いて固唾をのんで見守っていた周りから一斉に歓喜の声が上がった。


 涙を流し喜びあっている奴隷たち。カプレーゼとアモンドもハイタッチで喜びを表現していた。


 少女に胸の傷を確認してもらったところ、傷跡もなく綺麗に治っているとの事だった。


 流石は精霊の力。その効力は絶大だ。



『もう大丈夫よ、マスター』


「あぁ。ありがとう。良かった。本当に良かった…」


 嬉しさのあまり僕の目からも涙がこぼれ落ちていた。


 マロンさんありがとう。君がくれた指輪のお蔭で少女が救われたよ。

 

 そんな僕の心情を察したかのようにシルフィードが優しく声を掛けてきた。


『良かったね、マスター。じゃぁ、またね』


 そう言って消えていくシルフィードの表情もどこか嬉しそうだった。


 と同時にはめていた指輪が跡形もなく崩れ去ってしまった。使用回数が限度に達した為だろう。


「本当にありがとう」


 指輪が無くなってしまったので次はいつ会えるかわからないが、僕はもう一度シルフィードへ感謝の言葉を口にした。



 そして僕とシルフィードの会話が終わるのを見計らったように、先ほどの少女が近づいて来た。


 狐耳は元気よくピンと立って、尻尾は右に左に大きく揺れていた。


「あっ、あの…。救って頂きありがとうございました」


 純真な瞳が少し痛い。


 僕が甘くなかったら、確固たる覚悟を持っていたならば君は傷つく事なかったんだよ。



「ごめんね。僕が不甲斐ないばかりに痛い思いをさせちゃって」


 そなん僕に彼女は頭を左右に振って言った。


「そんな事ないです。‘勇者'様がいなかったら私はこうして生きていません。本当に感謝の気持ちでいっぱいです」


 そんな風に言ってもらえるとは思っていなかった。そして少女は続ける。


「‘風の勇者'様は噂と違い‘ハズレ勇者'なんかじゃありません。私の中では最高の‘勇者'様です」


 面と向かってそう言われると照れてしまう。

 

 でも良かった。


 本当にこうやって少女が笑ってくれて。

 

 笑顔の少女を見て感じた。


 あぁ、そうか。僕が守りたいのはこういう笑顔なのかもしれない。


「こちらこそ、ありがとね」


 僕は少女の頭に手を乗せて、優しく撫でた。


 頭を撫でられ嬉しそうな少女にちょっと尋ねてみた。


「ちなみに‘ハズレ勇者'の噂ってどんなのがあるの?」


「えっと、‘風の勇者'様は発展に貢献できない不良債権とか。人付き合い悪く、貧乏で甲斐性なしとか…」


 うん、凄い言われようだな。やっぱりどの世界でも噂って一人歩きするんだね。


 苦笑いしている僕に気づいたのか、少女はハッと自分の口を塞ぎ「すみません、すみません」と慌てて謝りだした。


 いやいや、大丈夫だから。聞いたのは僕だしね。



「そろそろ、出発するぞぉ~」


 アモンドの声が聞こえたので、少女にみんなの元へ戻るよう促した。

 

 彼女は何度も振り返ってお辞儀をしながら戻って行く。


 その光景を見ていたら、救えた事をしみじみと嬉しく感じる自分がいた。

 

 





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