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第二十六話 長い長い一日の終わり




「風の勇者ハルトの名において命ずる!出でよ、シルフィード!」



≪ピカ―≫



 緑色の輝きを纏い小さな風の精霊が召喚された。



シルフィード………消費MP:10 風の精霊召喚魔法 



 本来なら最大MP:5の僕は召喚魔法が使えない。


 だが、マロンさんから渡された魔導の指輪のお蔭で今はこうして目の前に精霊を呼び出す事が出来た。


 羽が生えた10㎝程の小さな女の子。それは僕が知っている夢の国の物語に出る超有名な妖精さんみたいだった。



「なっ、何ぃぃぃぃ!精霊召喚ですと~!」


「風の精霊さんなの~」


 驚きの表情を浮かべるスィルーとサクラ。


 だがその反応は対照的だった。


 スィルーは額に汗を浮かべ、サクラはシルフィードに向かって両手を振っている。


 そう言えばサクラにも僕が風の勇者って教えていなかったな。



『マスター、ご指示を』


 頭の中に声が響いてくる。これが精霊と会話するって事なのか。


 ってか、精霊召喚できたんだ。


 なんだか自分が`勇者’だって初めて実感できた気がした。


『マスター…』


 マスターって僕の事?そう呼ばれると何だかこそばゆいぞ。


『ねぇ、マスターってば』


 ハッ!?ヤバい、少し自分の世界に入っていた。


 では、ここは主らしく命令をしてみよう。



「まっ、まずはサクラを取り戻すんだ。スィルーを攻撃して下さ……攻撃してくれ」


『了解、マスター』


 シルフィードはスィルーは素早く飛び回りながら緑の粉を振りまいた。


 そして≪ピカ―――≫と光ったかと思うと同時に地面から(つた)が何十本も生え出し、上空にいるスィルー目がけて伸びていった。



「風の紋章…。まさかこの小僧が`風の勇者’だったとは…」


 未だ唖然としていたスィルーはその攻撃に素早く対処できなかった。


≪ズバッ≫


≪ズバッ≫


 (つた)が次から次へとスィルーの翼を貫いていく。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」


 そして苦痛の悲鳴が上がる。


 翼が傷つきバランスが崩れたちまち落下するスィルー。


 その途中で、サクラは強引にスィルーの腕を払い飛びのいた。


 そしてスィルーが1人になったのを見計らったように、1本の(つた)が彼女に照準をあわせた。


 その先端は拳大の(つぼみ)があり、少し膨らんだかと思うと≪バン≫と物凄い音をたてて弾けた。


 鉛のような種が勢いよく飛び出し落下しているスィルーを追撃する。



≪ドドドドドドドド…≫


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」


 土埃が舞い攻撃音とスィルーの悲鳴だけが響き渡った。


 確実にダメージを与えているようだ。



 だが僕は別の事が気になった。


 マズいぞ。このままではサクラが地面に落下してしまう。

 

 前方のゴーレムを`風の魔法剣’で一刀両断し、落下地点へ滑り込んだ。しかし、サクラは落ちてこない。


 ん?どうした?


 上空を見上げると、黒い翼をパタパタしているサクラが目に入った。



「サクラは飛べるのよ」


 嬉しそうにシルフィードと並んで上空を旋回しているサクラ。


 2人の姿を見てると何だか微笑ましく思った。


 そうか、彼女はハーフヴァンパイアだった。翼があってもおかしくはないよな。


「サクラ、シルフィード、おいで」


 楽しそうなところ申し訳ないが、2人を呼び寄せる事にした。


 まだスィルーを倒したわけではないからね。



 そして、そこへズコットさんも駆け寄ってきた。


「…すまん。髑髏騎士(あいつ)は素早く後退してしまった」

 

「いぇ、助かりました。お蔭でサクラも助ける事できました」


「ありがとうなの。サクラっていうの」


 サクラとズコットさんは初対面だったのでお互い軽く挨拶を交わした。


 僕は風の盾(ウインドシールド)を展開させつつ、シルフィードにマロンさん達の周りに(つた)の防護柵を作るよう命じた。


 

 土埃がおさまり視界が晴れる。


「くっそがぁぁぁぁぁ!よくもわたくしの大切な翼を…」


 ボロボロになった翼をさすりながらスィルーは下品な口調で怒りを(あら)わにしていた。


 そしてその傍らには髑髏騎士が剣を構えて立っていた。


 その足元には真っ二つになった種が多く散らばっている。


 すぐに駆けつけて、スィルーを守るよう多くの種を切り裂いたのだろう。


 やはり只者ではないみたいだ。



 すると、


「ハッハッハッハッハッ、ヒィッヒッヒッ」


 突然スィルーが変な笑い声を上げた。


 ついに壊れたのか?


「ちょっと油断しちゃいましたけど、大・大・大収穫ですわぁ~」


 しかし次の瞬間には、またいつもの口調に戻っていた。スィルー(こいつ)情緒不安定かよ。



「何がそんなに可笑しい?」


「`光’と`風’が一緒に見つかるんですもの。笑わずにはいれませんわ~」


「やっぱり`勇者’が狙いなのか?」


「えぇ、そうですわよぉ~。‘勇者狩り’がわたくしの任務ですもの~。

狩って、狩って、狩りまくる!。オォーッホッホ~、標的が揃っているなんて愉快でしかたありませんわぁ~」


 完全に悦に入っている。


 ダメだなスィルー(こいつ)は。

 

 それにしても`勇者狩り’か…。全くもって胸糞悪い響きだ。


「なら、サクラを狙う前に僕を狙うんだな」


「カッコつけなくてもいいですわよぉ~。どうせ2人とも狩るんですから~」


 口元を歪め下品な笑いをしているが、目はとても冷たい光が宿っていた。


 次はどんな手で来る?


 レイピアを握る右手に力が入る。


 するとスィルーは自分たちの周りに魔法陣を描き始めた。



「でも、今日のところは引いて差し上げますわぁ~。不本意ですけど、`勇者’がもう一人いたとなるとこちらも準備不足ですからね~」


 逃げられる。どうする?追うか?


 髑髏騎士の強さは計り知れないが、スィルーは手負いだ。彼女を討つチャンスをみすみす逃していいのか?


 魔法陣が光り出したので、風の刃(カマイタチ)を発動しようとした、まさにその時だった。



「…やめておけ」


 ズコットさんに腕を捕まれ、そしてサクラやタルトさんの方に視線を振った。


 そして僕もそちらを見て思い出した。


 そうだった。こちらも手負いの仲間がいる。


「…もし撤退するようなら追う必要はない。それにハルトも本調子じゃないだろ」


 左肩を指さされ、自身の呪いも思いだした。



「確かに、こちらも状況的にはまずいですね」


「…そういう事だ」


「わかりました」


 警戒だけは十分しつつ事の成り行きを見届ける事にした。



 そして輝きが増し、光に覆われていくスィルーと髑髏騎士。


「また近いうちにお会いしましょう。絶対に逃がしませんわよぉ~」


 そう言い残し2人の姿は光に包まれ完全に消えてしまった。



 念の為【危険感知】スキルに反応が無くなった事を確認して、僕はシルフィードを戻す事にした。

 

「シルフィード、ありがとう」


『マスター。必要な時はいつでもお呼び下さい』


「あぁ、頼りにしてるね」


『はい、マスター』


 そしてシルフィードはニッコリ笑いながら消えていった。



「…あれは移転結晶だな。他に気配も感じないしもう丈夫だろう。マロン達と合流しよう」


 眠ってしまったサクラをおんぶしてズコットさんが近づいて来た。


 今何時ぐらいだろう。まだ9歳のサクラにとっては僕ら以上に大変な一日となったはずだ。


 ≪スゥースゥー≫気持ち良さそうに寝息を立てているその姿は可愛らしかった。



 マロンさん達と合流し、一旦洞窟に戻る事にした。


 既にタルトさんの治療は終わっていたが当分は目覚める様子がないとの事だった。


 きっと疲れもあっての事だろう。ゆっくりと休んでもらう必要がある。


 それにノワさんの事も気になるし、何よりズコットさん以外みんなヘトヘトだった。一刻も早く寝袋に潜りたかったのだ。


 僕がタルトさんをおぶって、マロンさんはサクラの治療をしながら歩きはじめた。


 ズコットさんの背中で眠るサクラを優しく撫でながら`女神の浄化’を唱えている。


 `女神の浄化’にかかれば右手に寄生している精霊吸引虫の除去も朝飯前らしい。


 本当に凄い魔法だ。


「ハルトさんの治療が後回しになってしまってごめんなさい」


 と申し訳なさそうに言うが、マロンさんがいなければノワさんを含め何人も命を落とす事になっただろう。


 マロンさんは本当に`聖女’だなぁ~と改めて思った。


「いぇえぇ、マロンさんもかなり疲れたでしょ。僕はいつでも大丈夫だから」


「そうはいきません。後で必ず治療しますからね」


 上目遣いでそう言われると断れない。


「無理はしないでね」


「ハルトさんじゃありませんから」


 笑いながら言うマロンさんを見ると、それだけで癒される感じがした。



「でも、また直ぐにでも襲ってきますかね?」


 僕はスィルーの事が気になりズコットさんに聞いてみた。


「…翼のダメージが癒えるまでは襲撃してこないだろう。でも、あいつは狙った獲物は逃がさない。どこまでも追って来るぞ」


「でしょうね」


「…サクラも`光の勇者’だし、遅かれ早かれ再び対峙する事になるだろう」


「自ら任務が`勇者狩り’って堂々と宣言するぐらいですからね」


「…そうだな。2人とも狙われているのなら、この際しばらくは一緒に行動をしたほうがいいのかもしれないぞ」


「そうですね。まぁそれに関してはサクラとノワさんに相談してみましょう」


「…あぁ。`勇者’が2人いれば心強いだろう」


「でも、スィルーのスキルは厄介ですね」


「…ゾンビを使役し数で勝負してくるからな。…それに髑髏騎士。あいつは強いぞ」


「何者なんですかね?」


 ズコットさんはそれには何も答えなかった。


 ただ、遠くを見ながら僕の肩にポンと手を置いて「…強くならなきゃな」とポツリと言った。


「はい…」


 僕はまだ弱い。今回も魔導の指輪が無ければどうなっていたかわからない。


 目の前に映る大切な人を守れる強さが欲しいと切に思った。



「私もついてますよ」


 マロンさんの声がして、ギュッと僕の左手が握られた。


 急に手を握られたものだから、驚きでタルトさんを落としそうになる。


 既にズコットさんは足早に前方を歩いていて、‘ごゆっくり’と言った感じで手を振っている。


 気をきかせてくれたのだろう。そのお心遣いには感謝しかない。


 アタフタした様子の僕に微笑みを浮かべてマロンさんは言った。


「ハルトさんの番です。放しちゃダメですよ」


 握られてる手が光って、魔力が伝わって来る。


 治療とわかっていても、やっぱり手を握って歩くのはちょっと恥ずかしかった。

 

「マロンさんはもう大丈夫?」


「はい。先ほどは取り乱してしまい本当にごめんなさい」


「あの…、`そのマコト’さんという人と関係あるのかな?スィルーが話しているの聞こえちゃって…」


 今ここでする話ではないと思ったが、気になってしょうがなかった。


「…`マコト’さんは私が`聖女’を志すきっかけを与えてくれた`土の勇者’様なんです」


 少しトーンが低くなったマロンさん。やはりこの話題はマズかったか。


「えっと、その…、マロンさんと`マコト’さんって…」


 聞きたいけど言葉が続かない。


「ごめんなさい。この件はまた今度でいいでしょうか。今はちょっと…」


「う、うん。そうだよね。こちらこそ無神経にごめんね」


「いぇ…。私のことを心配して聞いたんですよね。気にかけてくれた事すごく嬉しいです」


 気のせいか握ってる手の力が強くなった。


 好きな人に手を握られているだけでも幸せなのに、そんな事言ってもらえるなんて…。


 僕の方が嬉しすぎるよ。


 今僕の顔赤いだろうなぁ。鼓動がどんどん早くなっている。


 この繋いだ手からドキドキ感が伝わっているのかな?そんな事考えるといっそう恥ずかしくなった。


「やっぱり、なんか照れちゃうね」


 そう言って顔を見るとマロンさんの頬が薄紅色に染まっているように感じた。


「こっ、言葉にしないで下さい」


 その表情がまた僕の心を掴んでいく。


「かっ、可愛い」


 いつも心の中で思う事がつい口に出てしまった。


「なっ…」


「…あっ」

 

 お互い、かぁーっとみるみる顔が真っ赤に染まっていった。


 その後これと言った会話はなかった。


 ただ黙々と洞窟目指して歩いている2人。

 

 でも洞窟へ着くまでその手は一度も離れる事はなくギュッと握られたままだった。

 


 夜の鉱山に静けさが戻る。


 本当に長い長い一日だった。








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