第二十五話 月下の攻防
「マロンとハルトは治療に専念してな。ここは私とサクラが受け持つから」
「任せるのよ」
現状では僕は呪いの影響もあり左腕が使えない状態だった為、この場はお2人の言葉に甘える事にした。
「わかりました。よろしくお願いします」
そうこうしている内に黒の煙が晴れて4体のミラーゴーレムが現れた。
「またミラーゴーレム!」
僕がそう言うと同時に、タルトさんが何かに納得したように言った。
「そうか、全てはスィルーの仕業だったんだ」
「どういう事ですか?」
「【ノースーツ大陸】にしか生息しないミラーゴーレムが【イーストレーナ大陸】の鉱山にいた事をずっと疑問に思っていたんだ。だけど`人形使い’と‘死霊使い’の力を使えば可能なんだよ」
「2つの力を?」
「そう。まず魔法陣が現われた場所なんだけど、恐らくあそこは何かの魂があったと思うんだよね」
「確かあの場所は…」
考え込む僕。
「あっ、ハルトさん。さっきコウモリを倒した位置ですよ」
そうだ。言われてみればマロンさんがコウモリを殲滅した位置だった。
「確か4匹いました」
「魔法陣の数と一致するわね。次にスィルーが投げたものがポイントなんだけど、きっとコレだよ」
そう言ってマロンさんはある素材を取り出した。
「それはガラス片ですね」
「そうガラス片。`人形使い’のスキルを使いコレでミラーゴーレムの器を作ったのさ」
「あっ、でも`人形使い’が作成したゴーレムだったら、それだけで稼働するんじゃないですか?」
「一般的にはそうだけど、本来生息しない土地・環境ではそうはいかないんだよ。ゴーレムと言えどモンスターだからね。自分にあった土地・環境じゃないと生きていけないのさ」
「なるほど。それで器だけを作ったわけですね」
「そう、そして‘死霊使い’のスキルで討伐されて間もないコウモリの魂を呼び寄せたのさ。コウモリは鉱山に生息するモンスターだからね。この環境にもすぐ対応しきるし丁度いいわよね。後は魂を器に入れスキルで合成させたら、コウモリの魂を持つミラーゴーレムの完成ってわけよ」
≪パチパチパチ≫
上空から拍手が鳴り響く。
「凄いですわね~。お見事ですわよぉ~。流石【幻影の華】ですわぁ~」
スィルーは余裕の表情を浮かべている。
「さっきからその名で呼ぶのやめてくれないかな」
「あらあら。人を惑わし、隠密行動を得意とするあたなたにピッタリの二つ名ですわよぉ~」
「誰が喜ぶのよ、そんな二つ名」
「オーッホッホッ、でもミラーゴーレムのカラクリが解けたとしてもやられちゃったら意味ないですわよぉ~」
そう言って右手を振ると同時に4体のミラーゴーレムが襲い掛かってきた。
「サクラ、さっきと同じ要領でお願い。スィルーが使う呪文はどれも大量に魔力を消費するんだよね。だからスィルーが立て続けに自ら攻撃してくる可能性は低い。まずはミラーゴーレムからいくよ」
「わかったの。『ドロドロなのよ』」
既にアイスフィールドが解除された地面が今度は液状化し敵の下半身を飲み込む。
そしてタルトさんが順番にミラーゴーレムの頭頂部へ短刀を入れて砕いていく。
しかし、スィルーはその様子に動じる事もなく詠唱を続けていた。
タルトさんがミラーゴーレムを攻撃しているタイミングで、サクラの近くに3つの魔法陣が輝き今度は藁人形がゾンビ化したのだった。
「任せるの」
サクラはそう言いながら右手に着けてたレザー手袋を脱いで『きて、ミニちゃん』と唱えた。
≪ピカ―≫
前に出された右手の紋章が光ると同時に、輝きを纏い小さな光の精霊が召喚された。
「あっちいけしてなの」
ミニちゃんと呼ばれた光の精霊はコクコクと頷き全身から光のオーラを放ち藁人形ゾンビを次々に貫いていく。
光の精霊の狙いは正確で赤い魔石を粉々に砕いていき、光のオーラで3体の藁人形ゾンビは浄化されていくのだった。
召喚魔法をこの目で見たのは初めてだったが、その威力に目を見張った。
召喚魔法って凄いんだな。MPがあれば僕も使えるのに…。
同じ‘勇者’としてかなり羨ましく感じた。
「凄い威力だね~」
最後のミラーゴーレムを粉砕したタルトさんが感心して言う。
「えっへっへ~なのよ」
褒められた事がよっぽど嬉しかったのか、サクラは手を腰に当てて`えっへん!’のポーズを作った。
そして飛び回っていた光の精霊もサクラの肩に乗り同じ様なポーズを作っている。
そんな幼女と精霊の姿は思いの外可愛く、とても絵になっていた。
しかし、そんな和みかかった雰囲気も不敵な声が一瞬で絶った。
「やっぱり`光’ちゃんは半端者ですわね~。オーッホッホッホ」
そう言って笑いだしたスィルー。何と彼女はこの時既に次の一手を討っていたのだった。
「藁人形は3体でしたかしらね~、聖女ちゃん?」
声を掛けられてビクッと反応するも、マロンさんは直ぐにハッと思いだし「確か4体…!みなさん、気を付けて」と叫んだのだ。
そうだ確かに藁人形は4体いた。今倒したゾンビは3体だ。あと1体足りない。
一瞬で周囲に緊張が走る。
そしてポーズをとったままのサクラの傍で突然魔法陣が輝きだし、藁人形ゾンビが現れた。
その場の誰もが`しまった’と藁人形ゾンビに視線を向ける。
が、それも既に遅く、悪い藁人形ゾンビは出現するやいなやサクラへ襲い掛かってきたのだった。
≪ピカーーーーー≫
しかし、その攻撃が当たる事はなかった。
タルトさんがクナイを投げるよりも早く、光の精霊が突進していったのだ。
だが、それこそがスィルーの本当の狙いだった。
「待っていましたわぁ~この瞬間を!!!」
サクラの肩から光の精霊が離れた瞬間にサクラの右手目がけスィルーは何か小さな生物を投げつけた。
すると『キャー!』っとサクラから悲鳴が上がり、同時に光の精霊がフッと姿を消したのだ。
何が起こった!?
騒然とする中サクラの右腕を見ると、紋章の上に光る石を背に持ったカブトムのような生物が張り付いていたのだった。
「気持ち悪いの…」
振り払おうと腕をバタつかせるも、生物はぴったりと張り付いていて右腕から剥がれ落ちる気配すらしない。
すぐに駆け寄って状態を確認するタルトさん。すると彼女は驚きで目を見開くのだった。
「こっ、これは精霊石!」
「そうですわよぉ~。希少価値が高い精霊石に魔封じを施した精霊吸引虫ですわ~。簡単には外せなくってよ」
その言葉通り魔封じを受けてしまったサクラは「ちっ、力が出ないの…」とその場に膝をいたのだ。
「オォーッホッホ、`光の紋章’の力は封じさせてもらいましたわぁ~。そしてこれで最後ですわぁ~」
そう言うとスィルーは何かの結晶を取り出し投げてきた。
「さぁ、出てきなさい。わたくしの可愛いしもべちゃん」
タルトさんとサクラの前方で砕け散った結晶からボワンと煙が上がり、その中から左脇に剣を携えた全身甲冑姿の騎士が現れたのだ。
顔の部分に厳つい髑髏の仮面をしている為、その中身が人かモンスターかはわからなかった。
だが、その相手から放たれるオーラは身の毛のよだつほど禍々しいものだった。
「髑髏騎士ですわ~。私の最高傑作ですわよぉ~」
スィルーは勝ち誇った表情を浮かべながら、出現させた騎士を髑髏騎士と呼んだ。
「アレはやばそうだね」
サクラを庇うように立つタルトさんの額から汗が流れている。タルトさんの【危険感知】スキルも激しく反応しているようだ。
「さぁ髑髏騎士よ、やっておしまい」
スィルーの号令でサクラに手を伸ばす髑髏騎士の手をタルトさんが両手にクナイを構えて阻む。
「…っ、凄い力」
タルトさんは完全に力負けして甲冑で覆われた腕を押し返す事ができなかった。
それどころか、髑髏騎士はもう片方の手で禍々しい剣を抜きタルトさんに切りかかってきた。
「なっ、`土流剣’だって!!」
タルトさんはその剣に驚きつつも、素早い反射神経で地面を蹴り上げ体を180度回転させた。
そして振り下ろされた剣を見事にかわしながら、そのままの勢いで顔面に蹴りを放つのだった。
しかし、髑髏騎士も反応早く、剣を直ぐに地面に突き刺したかと思うと、そのまま片手でタルトさんの蹴りを受け止めもう片方の手で腹部に強烈な拳を放った。
≪グフッ≫と血を吐くタルトさん。
悲鳴こそ上げないがその顔は苦悶の表情だった。
忍者はその職業柄軽装の装備をしている。特にタルトさんは肌の露出も多い忍び装束だった為、髑髏騎士の重い一撃を直で受け内臓破裂を起こしたのかもしれない。
そして髑髏騎士は何度か拳を入れ、動きが鈍くなったタルトさんの足を掴んだままその場で振り回した後、岩に向かって投げ飛ばした。
≪ズドーン≫
激しい音と共に、近くの岩に背中からぶつかるタルトさん。
かろうじて意識はある様だがとても立ち上がれる様子ではなかった。
かなりのダメージを受けたみたいだ。やばい、このままではタルトさんの命に関わる。
「マロンさんはタルトさんのところへ」
そう言って僕は`女神の浄化’を唱えてくれてるマロンさんの肩に手を置いた。
「でも、まだ途中ですよ」
「うん。だけどタルトさんの方がヤバいと思うから」
そう言って岩にもたれているタルトさんの方を指さした。
「タッ、タルトさん!」
どうやら治療に専念していた為、タルトさんの状況に気づいていなかったようだ。
「わかりました。でもまだ完治していないので無理はダメですよ」
「了解」
「あと、これ使って下さい」
そう言ってマロンさんは僕の手に小さな巾着袋を握らせた。
「きっとハルトさんの力になります」
「ありがとね」
そしてお互い素早く行動に移す。
マロンさんはタルトさんの元へ詠唱しながら走りだした。
僕はといえば直ぐに髑髏騎士へ向かって風の矢を放った。
髑髏騎士はその攻撃を難なくかわしこちらへ詰め寄ってくる。
しかし、避けられはしたもののタルトさんから注意を逸らす事には成功した。
僕は風の盾を展開し迎え撃つ準備を整えた。
≪ガキーン≫
物凄く重い一撃が叩きつけられた。
魔力を最大限に込めた風の盾でなんとか凌げた感じだ。
まともに食らったらと思うとゾッとする一撃だ。
そんな事を思いながら防御に徹していると、タルトさんの元にたどり着き治療を始めたマロンさんが腕を振ってるのが見えた。
片手で丸を作り無事の合図だ。
間に合って本当に良かった。これでタルトさんは助かる。あとはサクラだ。
僕はレイピアを握り締めそのまま髑髏騎士へ反撃を試みた。
≪キン、キン、キン≫
レイピアと剣が激しくぶつかり合い、火花を飛ばす。
だが相手の剣技は強力かつ多彩で、`風の魔法剣’状態でも押し負けていた。
強敵相手に呪いの影響とはいえ左腕が使えないのはかなり不利だ。
バランスも悪く、本来の力が出せない。
まぁそもそも技量の差もあるが、このままではヤバいと感じずにはいられない。
そうこうしているうちにスィルーが動いた。岩でゴーレムを3体作りだしサクラを捕縛しにかかったのだ。
サクラは応戦するも`光の紋章’の力が封じられている影響からか攻撃魔法の威力が弱まっていて、一撃では敵を倒せないでいた。
肩で息している姿から体力も相当落ちているみたいだった。
どうやら`勇者シリーズ’を持つ者は`紋章’を封じられると全ての面で弱体化してしまうようだ。
それでも何とか2体を倒したのはサクラの戦闘慣れもあっての事だろう。
しかし、善戦空しく最後の1匹に捕られられてしまった。
「放すの~」
サクラは必死にバタバタと動くも、ゴーレムはサクラを捕まえたままピクリとも動かない。
そしてそんなサクラの元にスィルーが翼を羽ばたかせながら近づいてきた。
髑髏騎士で手一杯だったが、サクラの状況も目で追っていた。
このままじゃマズイ。サクラに危害が及んでしまう。だが、こっちも余裕がない。
すぐにでも駆けつけたい気持ちとは裏腹に僕は髑髏騎士の攻撃をさばききれなくなっていた。
「いやなのー」
サクラが叫び声を上げる。
見るとサクラは既にスィルーの腕の中にいた。
「オォーッホッホ、`光’ちゃん確保ですわぁ~」
岩山に響き渡る大きさで笑い声を上げている。
くそ~。間に合わない…。
そう思った瞬間に何かの気配を感じた。
「…離れろハルト!」
聞き慣れた声が耳に入り、咄嗟に風の刃を地面に向かって放った。
突風と土埃を発生させ髑髏騎士の視覚を奪った隙に距離をとった。
『火炎斬』
≪ゴォォォォォォォォ≫
物凄い音とともに炎の斬撃が髑髏騎士を襲った。
この声、この技は間違いない。
振り向くとズコットさんが大剣を構えていた。
「…待たせたな。髑髏騎士は任せろ」
そう言ってサクラの方を指さし`行け!’と言ってくれてる。
「ありがとうございます」
僕は感謝を伝え駆け出した。
しかし、目の前にはゴーレムが立ちはだかり、その奥で不敵な笑みを浮かべながら今にも飛び立とうとしているスィルーが見えた。
「【紅蓮の剛剣】まできましたかぁ~。でも、もう遅いですわぁ~。このまま連れていきますわよぉ~」
バタバタとゆっくり羽が動きだす。
このままじゃ本当にマズイ。何か、何か方法は…。
「`土’に続いて`光’。聖女ちゃんは本当に使えますわねぇ~」
辛辣な皮肉をマロンさんに向け言い放つ。
本当に嫌なスィルーだ。
またマロンさんが精神的におかしくなっていないか不安になり彼女の顔をみると、怒った表情でスィルーを睨んでいた。
そして「ハルトさん、巾着袋です!」と声を張り上げた。
ハッとして巾着袋の中に手を入れるとそこには青く輝く宝石が埋め込まれた指輪があった。
すぐに【鑑定】をする。
魔導の指輪………使用すると魔法の消費MPが半分になる。使用限度3回(残り2回)
うわぁ!これめっちゃレアアイテムじゃないか。
でも、これがあればイケる。
今、この状況を打破できるのはこれしかない―――。
直ぐに右手のフィンガーレスグローブを外し、指輪をはめ魔法を唱える。
「僕に力を貸してくれ!」
右手の紋章が光り出した。凄い量の魔力が集まっているのがわかる。
さぁ、来てくれ。
「風の勇者ハルトの名において命ずる!出でよ、シルフィード!」