第二十四話 月下の再会★
2016年8月7日 挿絵を追加しました。
時刻は既に深夜1時を回っていた。
月明かりに照らされ翼をはためかせている人物の姿がやっと見て取れた。
頭からは特徴的な2本の角は生え、尖った耳、漆黒の翼を背中に持ち、そして細長い尻尾があった。
間違いない魔族だ。それも悪魔族の女性か。
初めて見たが、身長は160㎝くらいだろうか。
露出度が高めの衣装を身に纏った赤髪縦ロールの女性はその悪魔族特有の特徴以外は普通の人間の女性と何ら変わらないように映った。
まぁ、悪魔族は変身をすると聞いた事があるので今の外見が全てではないのだろうけど。
【イラスト:サトウユミコ様(@YumikoSato25)】
「あらあら、巫女ちゃんは何も言えないようですわね~」
どこか小馬鹿にしたような感じでマロンさんを挑発する悪魔。
一方マロンさんはその場にペタリと座り込んでしまった。そして両手で耳を塞ぎ歯をカチカチと鳴らし震えている。
一体どうしたのだろうか。マロンさんが精神的に崩れてしまった。ただ確かなのはあの悪魔が原因という事だった。
「おい、あんた。マロンさんに何をしたんだ?」
「あんたとは無礼な小僧ですわね。わたくしにはスィルー・ニキという立派な名前がありますのよ!」
「そうか。では僕も小僧ではなくハルトって名前があるから」
「あなたの名前なんてどうでもいいですわぁ~。どうせここで死んでいくのですから~」
スィルーはそう言うと不気味な悪魔を象った禍々しい杖を取り出した。
僕は身の危険を感じすぐにマロンさんの前に立ち風の盾を展開した。
そしてスィルーが杖で円弧を描きながら魔法を唱えた。
すると僕らの直ぐ近くにあったリザードマンの死体を中心に魔法陣が現れ、次の瞬間リザードマンの真っ二つだった胴体が≪グチャ≫と気持ち悪い音をたててくっついた。そして切断される前の体型を取り戻し、そのまま起き上がったのだ。
蘇生魔法!?そんなの存在するのか?
でも、どうやらそうではないみたいだ。
現に起き上がったリザードマンの目に光はなく、体も単にくっついただけで血も流れ損傷具合もそのままだった。
そしてそれは『アア、アアアアア…』と言葉にならない呻き声を上げてゆらゆらと動き出したのだった。
ただ、そのリザードマンから生は全く感じられなかった。
でも、ボクはそれを知っている。
それは映画でよくみた架空のモンスターと同じ様な感じだったから。その何とも言えない容姿を見てると吐き気がしてきた。
「さぁ、リザードマンゾンビよ、小僧を喰らい尽くしなさい」
スィルーの掛け声でこちらに向かってくるリザードマンゾンビ。
やっぱりゾンビだったか。流石は異世界。ゾンビが実在するとは恐れ入ったよ。先ほどまで剣を交えていたのにこんな風に蘇るなんて少し恐怖を覚えてしまう。
それにしても、あのスィルーという悪魔は無慈悲にもほどがある。
だってリザードマンは仲間だったんじゃないのか。それを躊躇う事もなくゾンビ化なんて…。
リザードマンゾンビの行動は遅く簡単に攻撃をかわす事が出来た。
そのまま間合いに入り心臓を一突きした。しかし、リザードマンゾンビの動きは止まらなかった。
そうか、ゾンビだから止まってる心臓が弱点ではないんだ。
すぐに理解し脳や肺の位置を順次滅多刺しにするも全く効いていない様子だ。
そして手を緩めた隙をつかれ、リザードマンゾンビの尻尾が僕の左肩を抉った。
「うわぁぁぁぁ」
これまでに感じた事のない激痛が走って思わず声を上げてしまった。
ひとまず距離を置く事にした。するとリザードマンゾンビはその場で立ち止まったままで、追ってくる事はなかった。
「おやまぁ、攻撃当たっちゃいましたか~。わたくしが生成するゾンビは呪い攻撃をするので、万が一この場を切り抜ける事ができたとしても、あなたは数日後にはその呪いで死にますわよ~」
スィルーはそう説明しながら、下衆な笑みを浮かべた。最悪だなこいつ。
左肩が紫色に変色している。そしてずっしりと重くなった。
「その紫色が全身を覆った時があなたの最後ですわ~。約10日、じわじわとあなたの身体を蝕みますわよ~」
なんだかノワさんが患っていたものと似ている。と言うか正にこれだ!
「でも、10日も待つ必要はありませんわよ~。あなたはここで死ぬのだから。やっておしまい」
命令が下されると同時にリザードマンゾンビが再び襲い掛かって来る。
まずいな。いくらレイピアを突き刺しても倒せない。呪いのせいで僕のスピードも落ちている。早く弱点を見つけないとやられてしまう。
あっ、でもノワさんと同じ呪いならマロンさんの魔法で治癒できる。
思いだしマロンさんの方を見るも、依然として彼女は蹲ったままだった。
やはりすぐには期待できないか…。
とりあえず防御を固める為に左籠手に魔力を送ろうと試みるも、籠手の魔法石は全然反応しなかった。
左肩に受けた呪いのせいで左手の方まで魔力が伝わっていないようだ。
そうなると籠手の風の盾が発動できない。これはかなりの痛手だった。
籠手が使えなければ、持続時間は短い通常の風の盾を使いながら戦うしかない。効果が切れる度に唱えなければいけないから、接近戦だと使い勝手悪いんだよなぁ…。
そんな事を考えながら、ゆらゆらと襲いかかって来るリザードマンゾンビと対峙する。
弱点がわからない以上先ほどの様に無駄な攻撃を繰り返すわけにはいかない。それにボクがリザードマンゾンビに集中している間にマロンさんがスィルーに襲われでもしたら元も子もないし。
チラチラとスィルーの行動を確認しつつ、攻防を繰り広げていた。
そんな僕に気づいたスィルーは上から目線で言ってきた。
「そんなに心配する必要はなくってよ。この隙に巫女ちゃんを攻撃しようなんて思いませんわ。思う存分にゾンビと戯れなさい」
なんともムカつく物言いだった。しかし、マロンさんを攻撃しないなら有り難い。スィルーの言葉を鵜呑みにするのは危険だと思いつつも、今は目の前の敵に集中する事にした。
そして決着がつかないまま5分が経過した時、遠くから声がした。
「ハルトお兄ちゃ~ん」
その瞬間、スィルーの口元が嫌らしく歪むのを僕は見た。しまった。あいつはコレを待っていたのか。
「サクラ、来ちゃだめだ」
そう叫んだ時には、スィルーの杖から雷が迸っていた。
≪バリバリバリバリ…≫
雷は一直線にのびていきサクラに直撃した。
「サクラ―――」
直ぐにでも駆け寄りたかったが、この場を離れてしまうとリザードマンゾンビがマロンさんを襲いにかかる可能性がある。
くっそぉ~。僕は何も出来ないのか。自分の無力に腹が立った。
「オーホッホッホ」スィルーの高笑いが聞こえた。
「まんまと出てきましたわね、`光’の半端者ちゃん。今度は逃がさなくってよ」
そしてサクラ目がけて今度は雷の矢を放った。
ヤバい。今度は体を貫かれたと思った瞬間にサクラの姿が霞となり消えたのだった。
そうかこれはタルトさんの幻術だ。そう思った時、逆方向から声がした。
「ゾンビの弱点は首の後ろにある赤い魔石よ。それを砕いて」
タルトさんがそう言って姿を現した。傍らにはサクラの姿もアリ「シュッ、シュッなの~」とレイピアで突く素振りをしていた。
「チッ、【幻影の華】がいやがったのか」
スィルーが汚い口調になっている。どうやらイラついてる様だった。
「久しぶりだね、スィルー」
睨みあう2人。何やら因縁があるみたいだ。
色々聞きたい事があるけれど今はリザードマンゾンビを仕留める事に集中しよう。
僕が頭を切り替えると、
『さむさむさむなの~』
とサクラが氷属性魔法を唱えてくれてリザードマンゾンビの下半身を氷漬けにしたのだった。
僕は素早く相手の後ろに回り首元を確認した。すると確かにあった。首の後ろ側に真っ赤な魔石が埋め込まれていたのだ。
尻尾まで凍っているためもう相手の攻撃は怖くない。僕は狙いを定め鋭い突きを放ち魔石を粉砕した。
するとリザードマンゾンビは≪ジュワー≫と音をたてながら、肉片を撒き散らして消滅した。
なるほどね。ゾンビの対処法はこうやるのか。
実践でまた一つ学んだぞなんて思いつつ、衣類についた肉片を払い落す。
うげぇぇぇぇ。凄く気持ち悪い。変な臭いなどついていないか凄く気になるし、今直ぐにでも風呂に入りたいところだった。
まぁそんな暇はないので、みんなの元に向かいながら、生活魔法の水玉を頭ら浴びて汚れだけは必死で落とすのだった。
そして僕がマロンさんの元に戻ると、既にサクラが介抱をしてくれていて、2人の前に立ちはだかるようにタルトさんがスィルーと対峙していた。
「あらあら、リザードマンゾンビはやられちゃいましたかぁ。ゾンビになっても役に立たない男でしたわねぇ~」
またあの口調に戻っている。耳に入るだけで腹が立ってくるなぁ。
「ハルトお疲れさん」
タルトさんがスィルーを威嚇しつつ声をかけてきた。
「ありがとうございます。それよりもどうしてここに?マロンさんからメール届いたでしょ」
「ん。あぁ、そのメールを見たからだよ。2人で戦うより4人のほうが勝つ確率あがるでしょ」
「まぁ、そうなんですけど。実際に助かりましたけど…。でも、あいつらサクラを狙ってるんですよ」
「ん~。そうだね。あいつは‘勇者'を狙うからね」
そう言ってタルトさんはスィルーを睨みつける。
「スィルーの事知っているのですか?」
「うん、ちょっとね…。それよりも、あんたその肩どうしたの?」
「ゾンビにやられちゃって」
「また無茶したんじゃないでしょうね」
やれやれといった表情を浮かべるタルトさん。
すると、
「ノワの時と同じなの」
とサクラが僕の傷口の診断結果を口にした。
やっぱりノワさんもゾンビに攻撃されて呪いにかかったのか。
「オーホッホッホ、無駄ですのよ。そこの小僧は呪いで死ぬんですわぁ~」
僕らの会話に割って入ってきたスィルーはすっかり悦に入っていた。
「相変わらず下品な笑い方ね」
タルトさんが呆れたように言ったが、その耳には届いていないようでスィルーはケタケタケタケタと笑い続けていた。
「急いでマロンに治してもらわなくちゃね」
「あっ、でもマロンさんはスィルーの声を聞いた途端にあの様な状態になってしまって…」
「大丈夫。その原因もわかっているから。サクラ、ちょっと交代。スィルーが何かしないか警戒しててね」
「お任せあれなの」
そう言ってタルトさんはマロンさんに近づき、思いっきり頬を引っぱたいた。
≪パーン≫
予想以上にいい音が夜の大地に響いた。
その場の全員の目が点になる。スィルーでさえ`何してるんだ?’と言った表情を浮かべていた。
「しっかりしなさい。あなたの力を必要としている人がいるの。あの時のマロンとは違うでしょ。ハルトを救えるのはあなただけよ」
その言葉を聞きマロンさんの目に少し光が戻る。
「わっ、私は…」
まだどこか心ここにあらずのような感じがしたが、タルトさんがマロンさんの顔を強引に僕の方に向けさせた。
「ほら、見えるでしょう。あの左肩。マロンの力なら治せるの」
「私の力…」
「今目の前にいるのは誰?`マコト’じゃないでしょ」
「目の前…。`マコト’さんじゃない…」
「ほらよく見て」
マロンさんは瞳を大きく見開いて僕をみつめた。
「マロンの目に映っているのは誰?」
「ハッ、ハルトさんです」
「ハルトはどういう状況?」
「苦しそうです。肌が紫色で…」そう言ってマロンさんは直ぐに僕の傍まで駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりに」
「いや、そんな事ないよ」
「すぐに治療します」
そう言って僕の手を取り`女神の浄化’の詠唱をはじめた。
こんな状況で不謹慎かもしれないが、自然と手を握られた事にすごくドキドキしてしまった。
「へぇ~。`女神の浄化’覚えたんだ。じゃあやっと`聖女’ちゃんになれましたのね~」
その様子を黙って見ていたスィルーが相変わらずの上から目線で言ってきた。
「あの時使えてたら`土’ちゃんも……」
挑発するように何か言いかけた時、タルトさんのクナイが飛んだ。
『ぴかぴかなの~』
クナイに続き光の矢がスィルーへ向け放たれた。
『闇の盾』
しかし、クナイと光の矢は突如現れた闇魔法の壁によって弾かれた。
「危ない危ない。油断も隙もありませんわねぇ~。闇の盾を唱えておいて正解でしたわぁ~」
「準備がいいことで」
「【幻影の華】に言われたくはありませんわぁ~」
スィルーは不敵な笑みを浮かべる。
「あれ~?今日はご自慢のお兄さんは一緒じゃないみたいだね。ひょっとして、もう死んじゃったのかな?」
今度はタルトさんが挑発じみた事を言う。
「死ぬわけあるかぁー」
するとスィルーが一瞬で表情を爆発させた。どうやら癇に障ったみたいだ。
「あら、てっきりもう逝っちゃったかと。相変わらずしぶといんだね」
「兄様を悪く言うなぁ!兄様は別の任務についてるんだよー!」
スィルーは青筋を立てて怒鳴った。
「へぇ~。じゃあ今はあんた1人なんだ。お兄ちゃんがいなくて、1人ぼっちで大丈夫でちゅか~?」
完全に揶揄い口調のタルトさん。スィルーの額に浮き出ている血管が今にも切れそうだ。
「うるせぇ~。黙れ~。お前らなんかわたくし1人の力で十分なんだよぉ~」
そう言って彼女は先ほどと同様に杖で弧を描き詠唱を始めた。
するとすぐに上空に4つの魔法陣が現われた。そこへすかさずスィルーが何かを投げ入れ、その瞬間にボワッと黒い煙が発生した。
「スィルーの本職は‘死霊使い’。きっとまた何か生成する気だよ」
「本職?」僕はタルトさんの言い回しが気になった。
「そう。スィルーはね`人形使い’もかじっているからね」
「詳しいんですね」
「スィルーは敵の一人だからさ。色々と調べたんだよ」
タルトさんがそう言った時、マロンさんの握ってる手の力が一瞬強くなった。
マロンさん…。
今でこそ精神を保ち僕の治療してくれているが、あの状態を見ているだけにマロンさんの心に何らかの傷を与えた事と関係しているんだなぁと思った。
そして戦闘中だというのに、先ほどの会話で登場した`マコト’という人物がマロンさんとどんな関係なのか非常に気になっている自分がいた。
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。




