第二十三話 僕には君がいたから
「痛ってぇ…」
死角からの攻撃をくらい、思わず呻き声が漏れてしまう。
「ハルトさん」
後方からマロンさんの叫び声が届く。
「大丈夫、致命傷は受けていないよ」
僕はマロンさんを安心させる為にもまだまだイケると腕を回すジェスチャーをした。
すると安堵の表情を浮かべたマロンさんが駆け寄ってこようとしたので、僕は手を大きく振ってそれを制した。
吹き飛ばされはしたが、動けないほどでもない。何よりリザードマンの射程範囲にマロンさんを入れたくなかったのだ。
そんな僕の意を汲んでくれたかはわからないが、マロンさんは頷きながらまたその場で詠唱を始めるのだった。
そして、僕は先ほどの攻撃の正体を見極めるべく相手をよく観察した。
すると右脇腹を貫かれた時に破られた胴着の切れ端が尻尾についているのを発見した。
そうか、あの攻撃の正体はリザードマンの尻尾だったんだ。
僕が懐に入った瞬間に、相手の股下から尻尾が伸びてきて攻撃されたのか。
尻尾には警戒していたつもりだったが、まさかあんな所から攻撃してくるとは思いもよらなかった。
傍から見たらかなりかっこ悪い攻撃だぞ。でも、生死をかけた戦いをしているわけだし、形振り構っていられないよな。
尻尾の先端は硬い塊となっていて、先ほどの一撃は鈍器で思いっきり突き上げられたような衝撃だった。
激痛が走ったが『光の加護』のお陰もありダメージは軽減されている。
しかし、そうは言ってもくらい続けるにはまずい攻撃だ。『光の加護』の効果が切れたら致命傷を受けるだろう。
尻尾には十分注意しなければと改めて思った。
痣が出来てはいるが出血はしてなかった為、直ぐに立ち上がりレイピアを再び構える。
「ほぅ、あの一撃を食らってもまだ立ち上がってくるのか」
「打たれ強いものでね」
「それならこの技で仕留めてやる」
そう言ってリザードマンは口を大きく開け火炎を放ってきた。
≪ボォォォォ≫
火炎は物凄い音をたてて迫ってくる。
氷のフィールドなのに、その威力は全く衰えていなかった。
むしろその熱気で氷のフィールドが解除されたほどだった。それなりに強力な火炎というわけだ。
火炎はそのまま凄いスピードで一直線に向かって来る。
だが、僕は‘風’だ。
数秒で出来る限り魔力を高めレイピアにより強力な‘風’を纏わせる。
そしてすぐ目の前に迫っていた火炎を真っ二つに切り裂いたのだった。
「何っ!!馬鹿な。俺の火炎を切り裂くだと」
よっぽど自信を持った攻撃だったのだろう。リザードマンは驚愕と焦りの表情を浮かべていた。
ただ、僕の‘風の魔法剣’は止まらない。火炎を切り裂いた勢いのままにリザードマンの顔面目がけ袈裟切りに切りつけた。
≪ズバッ≫
今度は手ごたえ十分だった。
リザードマンの右目から右頬にかけて鮮血が迸る。
「ぬぅぉぉぉぉぉぉ」
リザードマンは呻き声をあげ、握っていた斧を落とした。
その苦しむ様子から僕が放った一撃がとても深く、大きなダメージを与えた事が伺える。
これは好機だ。追撃の手を緩めちゃだめだ。
すぐに‘風の魔法剣’で左肩へ3度の鋭い突きを放つ。
どれもクリーンヒットだった。リザードマンの左肩が下がり、態勢も崩れていく。
しかし、相手も屈強の戦士。態勢を崩しながらも右手を伸ばしてきて僕を捉えたのだ。
大きな右手で腕と胴を握りしめられて自由を奪われた状態となる。
本来ならこのリザードマンの大きな手で掴まれれば細い人間なんて難なく握り潰されてしまうだろう。
だが、今は右手のダメージがまだ残っている。そんな手ではとうてい力を込める事もできずにただ逃がさないように掴んでいるといった感じだった。
これなら耐えれる。勝機を見出す為にも、レイピアを絶対に放さないよう右手に力を入れる。
この状態からどうやって攻撃をしてくるのか、相手の出方を冷静に見極める。
リザードマンの次の一手は直接殴りかかるものだった。左拳を思いっきり握りしめ身動きが取れないでいる僕の顔面目がけて左ストレートを放ってきた。
同時に別の角度から声が届く。
『氷の矢』
リザードマンの拳が僕に届く前に氷柱の矢が左肩にヒットする。
≪ピキピキピキ≫
左肩から手先にかけ瞬時に氷結し左手の動きが止まった。
力ずくで振りぬこうとしているが弱点が氷という事もあってすぐに氷結状態を解く事はできないみたいだ。
傍まで来て援護をしてくれたマロンさんの姿が目に入った。
「ありがとう」
一言だけ呟き、右手に握られたままのレイピアに魔力を込める。
『風の刃』
鋭い風の刃がレイピアから発動される。
「まさかレイピアから」とリザードマンが驚きの表情を浮かべた瞬間に、≪スパン≫と凍った左手が切り落とされ≪ボトッ≫と地面に落ちた。
左手を失った衝撃もあってか掴んでいた右手の力が弱まる。≪スルッ≫と右手から滑り落ち僕は難なく脱出する事ができたのだった。
それでも相手の左目はまだ死んではいなかった。
≪ぐがぁぁぁぁぁ≫
と言葉にならない声を上げ、見開いた目を血走らせながら、尻尾で振り回し襲いかかってくる。
ただ、それは完全に理性を失った姿だった。
僕は素早く後退しながらレイピアでその攻撃を受けきる。
スピードも落ち頭に血が上った状態の攻撃を見切るのは容易く、尻尾攻撃は一度もヒットする事はなかった。
お前は確かに強い。今更ながら最初に右腕を攻撃していて本当に良かったと思うよ。
そして、強者と戦いたいって思いもわからなくはない。
でも、それにとらわれ過ぎるてはいないか。その大きな体でもっと視野を広く、そして柔軟に対処すべきだったんだ。
お前の相手は僕ひとりじゃないんだから。
『アイスフィールド』
マロンさんの杖が光り周囲に再度氷のフィールドが展開される。
地面からリザードマン目がけた氷柱が次々と発生し攻撃を加えていく。
リザードマンはその硬い尻尾で氷柱を片っ端から粉砕していった。
しかし、これは作戦だった。
これまでの戦いからアイスフィールドでは致命傷を与えられない事は確認済みだ。ただ、氷に触れ続けさせる事で体力を消耗させる事は出来る。
そして、それは見事に成功しリザードマンの攻撃を氷柱に集中させる結果にもつながった。
お蔭で僕は落ち着いて相手を見据える事ができた。
最早尻尾が唯一の攻撃手段となっている相手に対し、真正面から距離を詰める。僕の接近にも全く気づく気配がなく胴ががら空きだった。
グリップの魔法石に魔力を流し込むと、再度レイピアが強い風を纏った。
そして`風の魔法剣’を下から斜め上に向かって一気に振りぬく。
攻撃力・攻撃スピード・狙い・タイミングとも申し分ない会心の一撃だった!!!
≪ズバーーーッ≫
強力な一太刀によってリザードマンの胴体は大量の血飛沫を上げながら真っ二つに切り裂かれるのだった。
「マロンさんは絶対に傷つけさせないし、サクラも渡さないよ」
最早聞こえていないであろう相手に向けてそう言い放った。
‘風の魔法剣’の前に絶命したリザードマン。確かに強敵だった。
でもそっちも2体でやってきたのなら、協力すべきだったんだ。
プライドなのか知らないが、変に拘って1人で相手しても死んでしまったら意味がないじゃないか。
僕にはマロンさんがいた。勝敗を分けたのはただそれだけだと思った。
「お疲れさまでした」
駆け寄ってきたマロンさんは気のせいか顔が赤かった。
って、まさかさっきの聞こえてましたか!?今考えると凄い恥ずかしいセリフだった。思い返すだけで僕も赤面してしまう。
お互い何も言わなかった為、何とも言えない空気になってしまった。でも今は戦場だ。雰囲気に浸ってる暇はない。
何かを思いだしたように「アレも倒さなきゃね」と上空を飛びまわるコウモリを指さし、強引にその場の空気を壊す事に成功した。
しかし、空を舞う敵か。さてどうしたものか…と僕が考えているうちに詠唱が終わったようでマロンさんが杖を構えた。
『輝く光』
はるか上空から複数の光が降り注ぐ。
そのまばゆい光線は次々とコウモリを殲滅していった。僕の悩みも余所に、一瞬で片が付いたのだった。
「凄いなぁ。マロンさん。本当に助かったよ。ありがとね」
「いぇいぇ、こちらこそ。でもまだ終わりではありません。遠くにいたもう1体ですが、実は数分前から気配が感知できなくなりました。恐らく何かしかけてくるかもしれませんね」
そう言って聖水の詠唱をはじめたところで、突然僕らを囲むように4つの魔法陣が現れ4体の藁人形が出現した。
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藁人形
Lv:35
HP:1250
魔法・技:【呪い】
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「これは召喚…いや移転?」
マロンさんがそう叫んだ瞬間に藁人形はパカッと口を目一杯大きく開け牙をむき出しにして襲い掛かってきた。
『風の盾』
僕は一瞬で2人を覆うように風の盾を展開した。これは【無詠唱】スキルがあってこそだった。
≪パキン、パキン、パキン…≫
藁人形の急襲を完全に防ぎ切ると同時に相手の牙がへし折れていく。僕の風の盾の硬さのお蔭だ。これもINTの異常な高さがなせる技だった。
改めてチートな能力だと感じつつマロンさんに攻撃を頼んだ。
回復・支援系の魔法はどれも詠唱時間が長いから、それなら攻撃魔法を使ってもらった方が今は有り難かったのだ。
マロンさんも直ぐに僕の意図を理解し、聖水の詠唱を途中でやめて輝く光に切り替えた。
牙を無くした藁人形はそれでも攻撃の手を緩めず四方から岩を投げつけてくる。
だが、それも風の盾の前では取るに足らない攻撃だった。
そして数秒後に先ほどと同じ様に複数の光が降り注ぎ4体の藁人形を貫いていった。
マロンさんは以前『私は回復・支援系の魔法のほうが得意です』と言っていたが、ここまでの戦いを通じて攻撃魔法もかなりいけると感じた。
コウモリと藁人形を難なく撃破しちゃうんだからね。
‘聖女’である事やレベルが高い事を差し引いても、やはりAランクの冒険者はそもそもが違うなと感じる。
そんな彼女を見ていると僕はまだ足元にも及ばないのかなぁと思ってしまう。
魔法使い系の職業は詠唱時間の関係から接近戦には向いていない。やはり遠距離戦に長けているわけだ。
でもレベルとか数値的な物差しで比べた場合、マロンさんはあのリザードマンよりも全然上なんだろうなぁと思う。
もちろん戦闘タイプや属性の相性とかもあるのから一概には言えないけど、間違いないはずだ。
『マロンさんを傷つけさせない』と言ったあの言葉が何だかおこがましく感じてしまう。
でも、いつかは彼女に隣に並び立ちたい。
そして願わくば、彼女を守れるような存在に…。
そんな事を考えていると、「警戒を解いちゃダメです。まだ何かあります」と注意されてしまった。
うん、本当に僕はまだまだだな。
気を引き締め直して周囲を見渡した。すると突然、前方の木の上に魔法陣が現れ今度は人型が出現した。
また転移結晶というやつなのだろうか。距離がある為はっきりと容姿は確認できないが、その纏っているオーラは冷たいものだった。
「あらあら、負けちゃいましたかぁ」
どうやら藁人形を出現させてきた張本人のようだ。
陽気な声でそう言って、そしてリザードマンの死体に向かって言葉をかける。
「あんなに『俺一人にやらせろ』と大口たたいてたくせに、1人も殺れずに負けちゃうとは…。全く情けないトカゲちゃんですわね」
今度は非常に冷たい声だった。
そしてびくっと、隣にいたマロンさんがその声に反応した。声に聞き覚えがあるのだろうか。
マロンさんの方をみると、彼女は小刻みに震えていた。彼女の今までに見せた事のない様子に不穏な空気を感じる。
「マ、マロンさん?」
話しかけるも彼女は下を向いて黙ったままだった。
≪バサッ、バサッ≫
羽ばたく音が聞こえた。
今度は何だと音の方を見ると木の上の人物に翼が生えているではないか。
そしてそのまま翼をはためかせてゆっくりと近づいてい来た。
翼を生やした人型とくれば恐らく魔族だろう。
そしてその人物は20Mほど離れた上空で止まり、マロンさんをじっと見つめて言った。
「おやぁ~。あなたは…いつぞやの巫女ちゃんではありませんかぁ~」
言葉をかけられたマロンさんは恐る恐ると言った感じで顔を上げた。
そしてその人物を確認するや否や、彼女の表情がみるみるうちに固まった。
「どうして…」
マロンさんが呟く。
ついさっきまで赤らめていた頬はその色を完全に失っていた。
年内の更新はこれで最後となります。
ここまでお読み頂きましてありがとうございます。
来年もよろしくお願いします。
それではよいお年を~☆




