第二話 異世界へ旅立つ前に★
2016年7月16日 挿絵を追加しました。
「起きてください」
―――ん
誰かが僕に語り掛けてくる
「起きてください」
―――声?
「起きろー」
≪ガン!≫
鈍い音とともに意識がはっきりとしてきた。
ってか誰?と直ぐに目を開けたところ、目の前には羽が生えた幼女がいた。
「おっ、やっとお目覚めだね。具合はどう?」
幼女はまるで何事ももなかったように僕に問いかけてきた。
「…っ、あんだけ思いっきり叩かれたら目も覚めるわ」
まだ少し痛みを感じるが、目は完全に覚めたようだ。
「いやぁ~、君があまりにも目覚めないから。で、具合はどうなのさ?」
「んー。特に何とも…って、あれ?僕は橋から落ちて…どうなった?ってか、ここ何処?」
色々と思い浮かぶ疑問が口からこぼれ落ちる。
「あぁ、順番に説明するね。まずここは天国の門だよ。死んだ人が必ず通る場所ね。ここを通って天国行きか通れずに地獄行き等が「ストーップ!」決ま…」
平然と説明をすすめる幼女の話をくい気味に遮る。
「ストーップ‼!ちょい待って。え、何?僕死んでるの?」
そもそもそれが疑問だった。僕の記憶は橋から転落したところで途絶えていたのだから。
「そだよ。今は人型をした魂の状態だね~」
「嘘だろ…」
サラッと説明する幼女。しかし、何故か信ぴょう性が高く感じる。
「いや、ほんとほんと。橋からの転落死だったよ。橋の下にあった川ってのが実はすごく浅くてね。脳天から真っ逆さまに落ちたもんだから、そりゃぁ即死だよね♪」
幼女は落下し首が折れる状況をその軽いノリのまま体全体で表現した。
「‘だよね♪’じゃねーよ。って、マジかぁ。人生これからって時に…」
「ドンマイって事で♪」
正直この軽いノリにはイラつきを覚える。
「‘…事で♪’じゃねーし。はぁ~、死んじゃったかぁ~。だとしたら、あの二人がキスしてたシーンが僕が目にしたラストシーン………。すっごい悲しくなってくる」
「うん、大正解~♪ラストシーンはアレだよぉ~。かなりショックだったみたいだね~。本当は何か叫ぼうとしたんでしょ。でもまさかの何も言えずにジ・エンドなっちゃったね~」
今度は首を掻っ切るような仕草を添えている。
「ジ・エンド言うな!そもそも、お前は何で僕の生前の行動を知ってるの?ってか誰?」
「お前言うな!これでもボクは精霊王なんだぞ。偉いんだぞ」
エッヘンと自慢げにポーズを決める幼女あらため精霊王。ってか、ボクっ娘⁉
「ボクの名前はシルフ、風の精霊王さ。ここ天国の門は死者が魂となり新たに旅立つ場所だよ。ちなみに天国・地獄・召喚ってのがあるんだけど、ここに来た時にその魂の記憶をボクら精霊がチェックして行先を決めるてるのさ」
「幼女がボクっ娘で精霊ね…」
ついついジト目になってしまう。
「幼女言うな!むむっ、その目。信用してないなぁ。あのね、こう見えても君よりず~っと永く存在してるんだぞ。それにただの精霊じゃなく精霊王なんだぞ」
「う~ん、精霊と精霊王ってどう違うの?まぁ王って付いてるだけ偉いって事なんだろうけど」
「もちろん精霊王が偉いのだ。わかったら少しは敬う事!」
ビシッと人差し指を僕の方に向けポーズをとっている。その仕草がまた僕をイラつかせるのは言わずもがな。
「精霊王シルフサマバンザーイ」
「なんか馬鹿にされてる気が…。もうよい話し方は」
「んじゃ、遠慮なく。で、精霊王っていうのはシルフ様だけなの?」
とりあえず疑問をひとつひとつ解決していこう。
「いや、他にもいるよ。この世界には色んな属性がありその数の分だけ精霊王が存在するのさ。ちなみにボクは風ね。まぁ、今回の旅先案内人になったのは偶然なんだけどね~。
そうそう精霊王と精霊では権限も天と地ほど違うんだよ。例えば天国の門の旅先案内人は通常は精霊の仕事なんだけど、召喚が選べる場合はボクら精霊王の出番ってわけ。召喚希望者に加護を付与する為にね」
「その召喚ってのはアレかな。所謂“勇者召喚”とかいうやつ?」
「おっ、君わかってるね~。さてはラノベとか読んでるクチだなぁ~」
「いや、確かに読んでるけども」
「そうその“勇者召喚”だよ。ただし、何処かの世界で召喚の儀式を行っているタイミングでここに来た時に限り門が現れ召喚を選べるんだよ。まぁ普通は天国と地獄の2択って思ってもらえればいいかな」
「そうなんだぁ…。じゃぁ僕には召喚の選択権があるんだ。でも、ほんと死んじゃったんだね僕は…」
「うんうん、少しは実感わいたかい。あっ、ちなみにあっち(現世)で君はフラれて川に自殺したって事になってたよ。“お財布チキン君ここに死す”って誰か馬鹿にしてた」
「ってか、それアイツら発信だよね。うわぁ~もう最悪じゃん」
死んだってのに不名誉の嵐とは。流石に凹んでしまう。
「まぁまぁ、そう落ち込みなさんな。召喚の選択肢があるって事はある意味ラッキーなんだから。
現世の記憶そのままに第二の人生を過ごせるわけだからね~。で、君の場合元々は天国コースなんだけど、どうする?行っちゃう?もち行っちゃうよね~?YOU、召喚選んじゃいなよ~」
「いや、楽しんでますよね?それにその言い方。あんた日本好きだろ。
まぁ、正直やり残した事多いし、ってか何も成しえずに死んだようなものだからなぁ…。うん、是非召喚でお願いします」
「おっ、イイね~。じゃぁ決定~!」
「シルフ様、シルフ様、一般的にですが“勇者召喚”とかってステータスが初期から最強だったり、もれなく素敵なスキルとか付いてくるじゃないですかぁ。僕にもちょっとサービスしてもらえませんかねぇ~」
僕の中のラノベ知識では“勇者召喚”=チートっていう図式になっていた。
だから、召喚されるならより強力なステータスを手にしたいと思う事は至極当然の事であった。
「えぇ~、ど~しよっかなぁ~。ってか君、最初の方ボクに対して結構失礼な態度だったし、まだ名乗ってもないよね」
「あぁ、シルフ様うっかりしてました。わたくしは最中春人と申します」
「うん、知ってた。君のパーソナルデータぐらい大方把握してるさ。ぷぷぷ…」
こいつ僕をからかって楽しんでるよね。自然と拳に力が入る。
「あっ今から行く異世界じゃ名乗りは逆だからね~。ハルト・サナカね。じゃぁ、折角だからステータスとスキルをサービスしてあげようね」
「おぉ。待ってました。シルフ様、是非よろしくお願いします。あっそれと容姿を変える事ってできませんか?」
「ん?何故だい」
「いや、どうせ第二の人生を過ごせるなら少しでもカッコイイほうがいいし…」
「う~ん、そんなものなの?でも、残念だけど容姿はそのままだよ。同じ魂と記憶をもって同じ容姿に生まれ変わるの。だから年齢も今のままね」
「やっぱりそっか…」
せっかくの“勇者召喚”だからハーレム作れるようなイケメンに生まれ変わって過ごしてみたかった。
「そう、わかりやすくガッカリしないの。ボクはハルトの艶のある黒髪や二重でパッチリした目、ちょっと幼さ残る整った顔好きだよぉ~」
幼女姿の精霊とはいえ、そんな風に褒められると気分は悪くない。
「じゃあ、せめてこの学生服はなんとかなりませんか?」
防御力がほぼなさそうな学生服はちょっとないかなぁと思ってしまう。
「学生服嫌なの?じゃあコレで」
そう言ってシルフは指を僕の方に向けてくるくると回した。
すると≪ボワン≫という音とともに僕の体が煙に包まれた。
そして数十秒後に煙が晴れると僕はフード付きのローブを羽織っていたのだった。
「旅人のローブをサービスしたのだ」
シルフは『どうだ嬉しいだろ』とでも言いたげな表情を浮かべている。
でも、これって…。
「あのぉ~。この旅人のローブって凄い防御力を誇ったり…?」
何となく想像できるのだけど、聞かずにはおれなかった。
「いや、全然。ごくごく普通のローブだよ。異世界の初期装備っぽいでしょ」
あぁ、やっぱりね。ネーミングからしてそうだと思ったよ。
絶対に防御力は+1とかだよね。
≪はぁ…≫というため息とともに、顔から表情が消えていく。
「えっ?何その顔。不満なわけ?これからお待ちかねのスキルやステータスをサービスしてあげるのに」
「いや、不満って言うか…」
「ふぅ~ん、別にボクはいいんだよ。そのローブが気に入らないなら`天才にしか見る事できない鎧'へ変更するだけだからさ」
おぃ!それってつまり裸って事だよね。僕は裸の王様かよ!
心の中でツッコまずにはいれなかった。
まぁでもスキルやステータスの為に、今機嫌を損ねるのは良くないな。
「いぇいぇ、とんでもございません。僕はこの旅人のローブが大変気に入ったなぁと思ってたんですよ」
「そうなんだ。でも、そんな誰でも手に入れる事が出来るようなローブを大変気に入るだなんて、ハルトは物好きだね」
あぁ、この精霊王を一発殴りてぇ~。
プルプル震える拳を抑えて、必死に作り笑いを浮かべた。
「ちなみにハルトは異世界行ったら何かしたい事ある~?」
「う~ん、したい事ね~。まぁ、きっと強大な敵を倒して平和をもたらすために“勇者召喚”されるんだと思うので、うん、とりあえずは強敵を倒し平和をもたらす勇者になる事かなぁ。失恋の鬱憤も晴らしたいし」
「ふふふ、今のハルトには憂さ晴らしにピッタリってわけかぁ。でも、失恋には新しい恋が有効という言葉もあるよぉ~」
「いやもうしばらく次の恋はいいよ。そもそも恋愛経験も浅いから、色々自信ないし」
「なるほどね~。まぁでも異世界で生きていくには何かしら目的を持つ事が大切だからね~。ばったばった敵を倒し平和をもたらすよう頑張ってね~」
「ウッス。強敵を無双してきます!で、シルフ様~、その為にも是非強力なステータスを」
「うむ、よかろう。では職業はコレで………って、ヤバい」
シルフは空間に何か入力しているような手ぶりを見せたと思ったら、慌ててそう言った。
「ボクとした事が時間を気にしてなかった。ついつい話し込んじゃったー。あと数十秒で“召喚”タイムが終わっちゃう。」
「うぉい!時間ないのかよ。精霊王のくせに時間配分考えずにチンタラとやってるから…」
「ボクのせい!?いや、ずっと起きなかったハルトの方が悪い。質問攻めにもしてくるしさ。これじゃぁスキル付与する時間がぁ~。まっ、まぁ兎に角早くその穴へ飛び込んで~」
シルフが指し示す方向にある空間にできた穴は徐々に小さくなっていた。魂が通るかどうか微妙な大きさだ。
「この穴かよ!さっき門とか言ってなかったっけ」
「細かいなぁ~ハルトも。ホレ、うだうだ言ってないで、間に合わなかったら召喚はなしよ~」
「あぁ、わかった。じゃぁ行ってくるよ。シルフ様くれぐれもスキルの件はお願いしますね」
「できるだけ頑張るー」
(イラスト:サトウユミコ様(@YumikoSato25))
シルフの最後の言葉に不安を覚えつつ、僕は急いで召喚の門へ飛び込んだのだった。