第十九話 野営は楽しく安全に
再び地下へ降りるとノワさんの治療はすでに終わっていた。
ただ半日程は安静にしている必要があるとの事で今夜はここで野営をする事となった。
まず【アイテムボックス】から取り出したテントを張る。ノワさんにゆっくりと休んでもらう為にも寝床の確保が最優先だ。
そして次は夕食作りと防護柵や罠の設置だ。
最初男は僕だけだし見回りを買って出たのだが、マロンさんとタルトさんが強く希望したのだった。
でも、2人ともやけに焦っていたなぁ…。敢えて確かめるような事はしなかったのだけど、恐らく2人とも料理が苦手なんだろうなぁ。
僕としてはマロンさんの手料理を食べれるチャンスと思ったのだけどね。でもいつか食べてみたいものだなぁ。
そんな事を思いつつ、料理番は僕に決まったのだった。
まぁ流れ的に自然とこうなるよね。
今宵のメニューはBBQ。街でお肉や野菜を購入していたからね。
ここで大活躍するのが生活魔法だった。この世界のバーベキューコンロには魔法石が埋め込まれていて、生活魔法の‘点火’を魔法石に込めるだけで調理に適した熱が伝わり炭や薪いらずなのだった。これは煙たくもないし非常にエコだと感じた。
下準備をしていると「料理できるのよ」と言ってサクラが手伝い始めた。
9歳の少女が包丁なんて危ないと思いもしたが、サクラの包丁さばきは実に見事なものだった。
スラスラと野菜の皮を剥いて、お肉を切り分け味付けも手際よくやっていた。
普段から料理をやっていないとこうはできないだろう。ってか、僕よりも数段手際がいいんじゃないか。
あらためてここが異世界で僕の常識なんて通用しないんだと感じた。
「サクラって料理上手だね」
えっへんとサクラは小さな胸を張る。
「ノワが教えてくれたの」
「ノワさんが?」
「そうなの。色々教わって育ったの」
「そっかあ。ノワさんはサクラの育ての親なんだね」
「ん。家事全般から育児・戦闘までこなしちゃう凄腕メイドなのよ」
嬉しそうに語るサクラは本当にノワさんの事が好きなんだなぁ~と感じる。
「ひょっとしてその話し方もノワさんの影響?」
≪???≫サクラは何の事かわからないようで首を傾げる。
「あぁ、サクラって語尾によく『の』を付けるでしょ」
なるほどといった感じで手をポンと叩く。
「んん。言葉はウィーちゃんに教わったの」
「ウィーちゃん?」
「ウィーちゃんは光の精霊王‘ウィル・オー・ウィスプ’なのよ」
「精霊王!?」
意外な名前が出てきた。ってか、ウィーちゃんってどうなの?
「サクラは産まれからすぐに夢の中でウィーちゃんと遊ぶようになったの」
夢の中ね…。早い段階で意識が精霊王と繋がったのかなと想像した。
アレ?でも僕は召喚の時以来シルフと会う事はもちろん話す事すらないんだけどな。
「それでウィーちゃんに女の子は『の』を付けた方が可愛いと言われたのよ」
おいおい、何教えてくれちゃってるの!?それ絶対にウィル・オー・ウィスプの個人的趣味だろ。
「でも、ノワさんに注意されなかった?」
「ん。一番最初に注意されたの。でもウィーちゃんの事伝えたら『精霊王様がそう仰るのなら間違いないですね』と納得したのよ」
ノワさん、折れるの早くないですか!!ってか、どう考えても間違いでしょ。
そもそもこの世界で‘精霊王’ってどんな位置づけなんだよ。シルフにしか会った事ないけど、そんなに威厳を感じなかったぞ。
何だか無駄に崇められてるような気がしてならなかった。
「そう言えばサクラは魔法を唱える時も独特だよね」
「どくとく?」
「あぁ、何ていうかオリジナリティ溢れてるって言うか。個性的って言うか…」
うまく褒め言葉が出てこない。ってか、そもそも褒めていいのかわからないしね。
「ふふっ、かっこいいのね」
なんだか嬉しそうだ。僕の言葉を好意的に捉えてくれたようだ。
でも、かっこいいか?サクラのような幼女が言う分には可愛いく感じる。しかし、決してかっこよくはないだろう。例えば僕が『びかびかなの~』と唱えた暁にはマロンさんの冷たい視線をモロに浴びる事になるだろう。まぁ、サクラが嬉しそうだから否定はしないでおこう。
「実はサクラが名前を付けたのよ」
まぁ、そんなとこだろうね。あのネーミングセンスはサクラだと思ったよ。それよりも気になったのは正式名称じゃなくても魔法は発動できるものなのかなって事だった。
「それはね、サクラが‘特別’だからなの」
「‘特別’って何が?」
「よくわからないの。ウィーちゃんから言われたのよ」
`光の勇者’だから特別って事なのか?でも、それだと僕も“勇者シリーズ”持ちだから名付けられそうなものだけどな。
だが、僕には無理だった。実は風の矢を別名で唱えてみた事があった。が、その際はうんともすんとも反応しなかったのだ。
きっとウィル・オー・ウィスプが言う`特別’と言うのは、全く違う‘何か’がサクラにはあるって事なんだろうな。そんな風に自分の中で結論付けた。
そして、その後は他愛もない話をしつつ楽しく料理を続けた。
その頃、マロンさん達は防護柵や罠を張ったりしながら入り口付近の敵を殲滅させていた。
そして戻って来た時に「今夜は見張り立てなくても大丈夫ですよ」と自信満々に言ってきた。
理由を聞いたところ、タルトさんの【幻術】で洞窟の入り口を内から隠し、マロンさんの結界をダンジョン内に張り巡らせたとの事だった。そして念の為にサクラの光の精霊も飛び交わせたのだった。
確かにこれなら見張りを立てずに、万一敵が迫ってもすぐに対処できる万全の態勢だなと感じた。
料理も焼くだけだったのであとは僕ひとりで行い、3人は身を清めに行った。と言っても湖が近くにあるわけではない。この世界で身を清める方法はこれまた‘水玉’という生活魔法だった。
水玉………唱えるとバケツ1杯程の量がある水の玉が現れる。その綺麗な水は飲む事もでき、手を洗ったり身を清める為にも利用されている。実は一番重宝されている生活魔法である。
普段の冒険時はその‘水玉’で簡単に体を拭う程度との事だった。当然今回もそのつもりだったらしく、僕はそんな3人に待ったをかけたのだった。
10分程時間をもらう。
僕はあらかじめ街でドラム缶と板とコンクリートブロックを購入していた。それらと魔法石を用意し【創造】スキルを使用する。するとものの数分でドラム缶風呂が出来上がったのだった。
実はこの世界にドラム缶風呂が存在しない事を事前に調べていて、一度試してみたかったのだ。
まず綺麗に磨かれたドラム缶に‘水玉’で水を溜める。
次にコンクリートブロックで出来た竈の真ん中に設置されている魔法石に‘点火’を唱え、40℃以上のお湯になるよう火力の調節をし完了だ。ドラム缶の底には床敷き用にスノコが敷かれている為火傷の心配もない。
うん、完璧じゃないか。ドラム缶風呂は申し分ない出来だった。
そしてドラム缶風呂を披露した時の女性陣の喜びようといったら物凄いものだった。
我ながらいい仕事をしたとちょっと鼻が高かった。
調理場からテントを挟んだ反対側の場所にドラム缶風呂を設置し、3人は今お風呂タイムをとっていた。
現在一人お肉を焼いているのだが、聞こえてくる内容に赤面してしまう。
初のドラム缶風呂にテンションが上がるのはわかるんだけどねぇ…。
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「タルトお姉ちゃんのおっぱい大きいの」
「どうだい。いいだろ~」
「サクラも大きくなりたいのよ」
「サクラにはまだ早いかなぁ。でも大きく成長する秘訣はね~こんな風に揉んでもらうと…」
「ちょっ、タルトさん何やってるんですか!サクラちゃんの前ですよ」
「いいじゃない。ちょっとぐらいさぁ」
「って、どこ触ってるんですか。ヤダ…。そんな破廉恥な事…やめて下さい」
「またカマトトぶっちゃってから~」
「カマトト?」
「さっ、サクラちゃんは知らなくていいのよ」
「まぁ、サクラもあと数年すれば大丈夫。きっと私に負けない大きさになるわよ」
「でも、マロンお姉ちゃんはそんなにないのよ」
「なっ…」
「マロンはねぇ~。確かにないよね~」
「わっ、私にふらないで~~~」
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うん、なんか色々聞いちゃいけない会話が聞こえてくる。
健全な男子にはヤバいです。でも、このまま聞いていたような…。
どれくらい惚けていただろうか。
「お肉焦げてるんじゃないの?」
後ろから急に声を掛けられてドキッとしてしまった。
振り向くと湯上り姿のタルトさんがニヤニヤしながら立っていた。
「なっ、いつの間に!?」
「ふっふっふ、私は‘忍者’だよ。悶々とした状態のハルトの後ろをとるぐらい簡単さ」
「ぬぐぅ…。ってか、なんて会話してるんですか。丸聞こえでしたよ」
「えっ?聞こえてたのぉ~」
なんてわざとらしい言い方なんだ。
「いや、聞こえるの知っててやったでしょ」
「うん、知ってたわよ~」
何故か艶めかしく言ってくる。
「…っ。そうだ。マロンさん達はどうしたんですか?」
「あぁ、マロン達はまだ入ってるよ。サクラはもうすぐ上がりそうだったけど、マロンは長風呂だから結構かかるかもね~」
マロンさん長風呂派なんだぁ~とまたひとり想像を…って、タルトさんに乗せられちゃダメだ。
「声が聞こえなかったから2人も上がったのかなと思いましたよ」
「あぁ、それは私が防音の【忍術】を使っらね~」
防音の【忍術】!そう言えばタルトさんはそんな技も使えましたね…って!?
「あのぉ~、何で先ほどその【忍術】を使わなかったのですか?お蔭でこっちは会話が聞こえて…。まぁいご馳走さまでしたけど…」
「だって【忍術】使っちゃうと誰かさんの覗きに気づかないでしょ」
「なるほど。言われてみれば確かに…って、誰かさんって僕の事ですよね!?覗きませんから~」
そう言いながらまた笑いだすタルトさん。完全に弄ばれているなと感じずにはいられない。
「まぁ、それは冗談だけど、【忍術】使わなかったのはお礼だからさ」
「お礼?」
「そうそう。私たちからのお礼ね」
「そう言う事だったら、お心遣い感謝します…って、また揶揄ってるでしょ」
「やっぱハルトの反応面白いわぁ~」
そんないつもの調子でやり取りをしているとサクラがやってきた。どうやら風呂から上がったようだったが、1人では長い髪を乾かすのが大変らしい。タルトさんに協力をお願いしていた。
ちなみにこの世界で髪を乾かすときに重宝されるのが生活魔法の‘涼風’だ。
涼風………手の平から50㎝の範囲内で清らかな風を3分発生させる。主に髪や洗濯物など乾かす為に利用されてる。
タルトさんは‘涼風’で丁寧に乾かしながら、櫛で髪をとかしている。サクラは鼻歌を歌いながら気持ちよさそうにしている。
ほのぼのした雰囲気になったところで僕も料理の仕上げに入った。
程なくしてマロンさんも風呂から上がりBBQが始まった。
いっぱい食べて飲んで笑った。
楽しいひと時を過ごしダンジョンの夜は更けていくのだった。