第十七話 スイッチが入る時
「これは…“光の勇者”の紋章!」
タルトさんが呟いた。何故ハーフヴァンパイアの幼女にこの紋章があるのか…誰もが疑問に思った。
「その紋章はどうしたの?」
3人を代表してマロンさんがサクラに質問をする。
「産まれた時からあったみたいなの。でも、コレは誰にも見せちゃいけないって言われてるの」
確かに光属性魔法が使えるハーフヴァンパイアの存在が知れたら、人間側からは脅威とみられるだろうし、魔族側からも言い方悪いがあらゆる実験のモルモットとして扱われる可能性が大である。
「お母さんがそう言ったのかな?」
「違うの。ノワに言われたの」
「ノワさん?」
「そうノワなの。ノワは一緒に旅してるメイドなの。でも今呪いで苦しんでるの。ノワを救ってほしいのよ」
なるほど。救いたい同行者というのがノワさんというわけだ。
「ノワさんの件は任せてね。でも、その紋章があるという事は、サクラちゃんは“光の勇者”なのね」
コクリと頷くサクラ。
「わかったわ。じゃあ、サクラちゃんが“光の勇者”と言う事はここにいる4人だけの秘密にするわね」
「助かるの」
サクラは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。その様子を見ていると“光の勇者”であってもまだ幼い子供なんだなぁ~と感じる。
「サクラは精霊さんとお話できるの。それで呪いを解ける`聖女’がこの街にいるって教えてくれたの」
そう言ってサクラの手元に小さな綿毛のような光の妖精が現れペコリとお辞儀をした。
「初めましてと言ってるの」
僕らも頭を下げる。見たところその精霊は下級精霊だった。精霊王のシルフみたいに主以外の他人と話す事はできないのだろう。
「では、こちらの精霊さんが私の所へ案内してくれたのね?」
「そうなのよ」
「ありがとう、精霊さん」
精霊を囲んでのマロンさんとサクラのやり取りを見てるとなんだか微笑ましく感じる。
そして今度は僕が質問を行う。
「言える範囲でいいのだけど、サクラのご両親は“勇者”なの?」
「よくわからないの。サクラはパパとママに会った事ないのよ」
気まずい雰囲気が流れる。触れちゃいけなかったか…。
「そっかぁ。ごめんね、答えにくい事聞いちゃって」
「いいのよ。気にしてないの」
サクラは気にしていないと言うが僕が気にしてしまいそれ以上質問できなくなった。やっぱりマロンさんに任せたほうが良さそうだ。マロンさんもそれを察したのか僕の肩をポンポンと叩きバトンタッチをした。
「サクラちゃんとノワさんは旅をしているの?」
「そうなの。【ウエストコート大陸】へ向かってる途中なの」
「かなり遠いね。【ウエストコート大陸】には何かあるの?」
「ん。ママがいた事がある国があるらしいの。そこに行けばパパとママを見つける手がかりを掴めるかもしれないの」
そっかぁ。サクラとノワさんはサクラのご両親を探す為に旅をしているんだ。
「それで絶対にノワを救ってほしいの。ノワがいないとサクラ凄く困るのよ…」
サクラはそう言いながらシュンと元気がなくなっていた。そんな彼女を優しく抱き寄せるマロンさん。
「大丈夫。そんな顔しないで。すぐに助けに行きましょうね」
その言葉を聞きサクラの表情が明るさを取り戻す。
彼女はその話し方や幼女体型から年齢(9歳)以上に幼く見える。しかし、ノワさんを助けたい一心で危険を顧みず人間の国に単身でやって来た行動力やその意思の強さは立派な“勇者”の血をひいているんだなぁと感じさせるものがあった。
そうと決まれば早速準備に取り掛かる。聞きたい事もある程度聞けたしね。
マロンさんは従者を部屋に招き入れ肝心な部分は隠しながら事情を説明した。その間タルトさんはサクラに眼帯をつけ旅支度を整えていた。
すると急に従者の一人が先ほどよりも大きな声で叫びだした。
「本気で仰っているのですか!?助けに行くなんてあり得ません。考え直して下さい」
全員の視線が従者に集まる。
「考え直す事なんて何もありませんわ」
「そんなの“聖女”様のお仕事ではございません。第一、馬鹿げています」
いっこうに食い下がらない従者。もう一人の従者もマロンさんが助けに行くのが反対なのか2人のやり取りを黙って見ているだけだった。
「あなたは助けを求めている彼女を放っておけと言うんですか。それこそ馬鹿げているとは思いませんか?」
「その娘はヴァンパイアなんですよ。助ける筋合いなんてありません」
「誰の頼みであろうと関係ありません。あなたは救える人を見殺しにしろと言うのですか?」
「見殺しにしろとは言ってません。ただ、呪いの解除だって他に方法があるかもしれませんし、マロン様が関わる必要はないという事です。何よりヴァンパイアの連れなんて碌な者ではないはずです」
結局それなのか。従者もよっぽど偏見を持っているんだなぁ。
「何の罪もないのに…。サクラちゃんがハーフヴァンパイアというだけでそんなにいけない事ですか?」
最初冷静だったマロンさんもだんだんと語気が強くなっている。従者の残念な認識に怒りを感じているのだろう。
「ヴァンパイアの血をひいているというだけで罪です。私としてはそのヴァンパイアも国に突き出すべきかとか存じます。いっそこの場で殺してしま…」
≪パチーン≫
従者が最後まで言い終わらぬうちに、マロンさんの右手が彼女の頬をはった。
「レーヌさん自分が今何を言ってるのかおわかりですか!?あなたは殺人を犯せと言っているのですよ」
突然の出来事に周りの空気が固まった。
レーヌと呼ばれた従者は叩かれた頬に手を当て唖然とし、もう一人の従者もただただ驚きの表情を浮かべるだけだった。
僕とサクラはどうしたものかとオロオロしている始末だし。
ただ、タルトさんだけはじっと黙って事の成り行きを見守っていた。
「私たちの存在意義とは何ですか?神の前では人は誰しも平等なんですよ!そんな事も忘れているようなら“聖職者”なんて辞めてしまいなさい」
マロンさんは本気で怒っていた。
唖然としていたレーヌもそれを感じたのだろう。ワナワナと震えつつも次の言葉が出ないでいた。
「人は生まれながらに平等ではありません。生まれながらにどうしようもない事ってたくさんあるんです。それでも虚心に受け止めて頑張って生きているんですよ。それを蔑む権利なんて誰にもありません。あってはいけないんです…」
いつしか涙声でマロンさんは訴えるように話していた。
それを聞いたレーヌも自分の発言の浅はかさを悟ったのか涙を流し謝罪していた。
「わかって頂けたのなら何よりです。私も叩いてしまい申し訳ございませんでした。でも忘れないで下さい。私たちの役割を。相手を慈しむ心を」
マロンさんはレーヌの手をとって優しく諭すように語りかけていた。
そしてまた空気が変わった。
今度は暖かい風が吹いたように―。
人はこの光景を目の当たりにしてどんな事を思うのだろう?
レーヌは俯いたまま謝罪を繰り返し、もう一人の従者もしきりに頷いていた。二人ともマロンさんの言葉に感じるものがあったのだろう。
サクラは自分の存在が発端となり起こった出来事に心を痛めながら一部始終を見ていたのだろう。また気落ちした様に見受けられた。
タルトさんはそんなサクラに「大丈夫だから」と小声で囁きつつ、`マロンよく言った’と言わんばかりの表情で温かい視線を送っていた。
でも、多分この場に他に大勢の人がいたとしても、僕と同じ様に感じる人はいないだろう。
だって、マロンさんが諭しているその姿を見て僕は全く違う事を考えていたから。
日頃から仕事を共にする聖職者の仲間に対し、間違ってる事は間違っていると毅然として言った彼女。
その姿に僕は彼女の内なる強さを見た気がした。
きっとこの娘の内面は素敵なんだろうなぁ。
種族で判断する事を良しとしない。常日頃からそう思っていないと、あんな風に自然と言葉は出てこないと思う。
それは彼女の新たな一面を垣間見た瞬間であり、僕の中で何かのスイッチが入った瞬間だった。
優しく諭しながらもどこか凛とした彼女の表情に心を奪われた自分がいた。
もっと彼女の事を知りたい。
もっとずっとそばにいたい。
あの時あの瞬間に気持ちが固まったんだと思う。
僕はキミに恋をした……。




