第十六話 少女の願い★
2016年7月31日 挿絵を追加しました。
2015年12月19日 誤字脱字を修正しました。
「テメェ、謝るなら今のうちだぜ。まぁ許すわけねぇがよぉ~」
「オラ、来いよ。カスヤロー。その腰に掛けたものは飾りかぁ~」
「身ぐるみ全部置いていってもらうぞ」
武器を構え僕を囲みながら荒くれ者達が三者三様にそう叫んでいる。
これで冒険者なんだから呆れたものだ。
幼女に暴言を吐いていた様や目の前で同じ様に下品なな笑みを浮かべいる様をみるとチンピラにしか見えない。
これはちょっと痛い目みてもらう必要があるな。
「弱い豚ほどよく吠える…」
敢えて挑発する事で激昂させ、冷静さを失わせる。
案の定、その一言に「誰が豚だぁ~」と荒くれ者達がいっせいに攻撃をしかけてきた。
左側から切りかかってきた1人目の攻撃は敢えて受けた。
と言ってもその一撃自体は籠手から出した風の盾で完全に防ぎ無傷だったのだが、続けざまに2人目が右側から剣で突きを放ってきて、同時に3人目も背後に迫っているのを感じた。
この辺りは流石冒険者で上手く連携がとれていると感じる。
しかし、今の僕の敵ではなかった。
1人目は風の盾で剣を弾いて相手が怯んだ隙に蹴り飛ばし、2人目の突きはレイピアの柄の部分に相手の剣を上手く絡め取りバランスを崩させそのまま柄で殴り倒した。
その一撃は顎にクリーンヒットし2人目が立ち上がってくる事はなかった。
そして3人目には背後から薙ぎ払うように切り付けてきたので、マントを投げつけ敵の視覚から外れた一瞬の隙に後ろに回り込み後頭部に手刀を当て意識を奪った。
そうしているうちに、1人目が態勢を立て直し今度は素手で殴りかかってきた。
僕はその攻撃を難なくかわすと同時に空を切った腕に勢いよく飛びつき相手の腕と首に足を挟めながら三角締めを極め最終的に相手を絞め落とした。
ズコットさんとの訓練は最近体術がメインになっていた。
僕の場合【命中率50%上昇】のお蔭もあり絞め技の入り方はほぼ完ぺきで外す事はなかった。
今回はその体術を試すいい機会になったなと感じる。
終わってみれば仮面の男の一方的な展開だった。
あまりにあっけなく興が覚めたのかギルドから一緒に出てきた者も含め野次馬達は四散していった。
僕もその波に紛れて姿をくらます。
タルトさんの計画通りに事を進めることができてちょっと満足だった。
◇
---------------
終わったら工房に集合ね。
タルト
---------------
メールが届いていた。騒ぎが大きかったらしくギルドの傍で落ち合うのは危険と判断したのだろう。
タルトさんのショップ兼工房へ着くと、2人はお茶を飲みながら話をしていた。
時間が経ち幼女も落ち着きを取り戻したみたいだ。
「お疲れさん。はい、ハルトの分」
タルトさんから紅茶を受け取る。
「ありがとうございます。タルトさんの指示通り万事うまくいきましたよ」
「うん。良くやった。ちなみに殺してないよね?」
「もちろん。ちょっとキツイお灸は据えさせてもらいましたが」
タルトさんは笑いながらグッドジョブと言ってくれた。
「マロンにも連絡しておいたから。もうすぐ来ると思うよ」
「おぉ、マロンさんが来るんですか。よし!」
「何が『よし!』なんだかね~」
そんなやり取りを見ていた幼女が、申し訳なさそうにお礼を言ってきた。
「さきほどはご迷惑をおかけしたの。助けてくれてありがとうなの」
「いぇいぇ、個人的に腹が立っただけだからね。それより怪我はなかった?」
「うん。大丈夫なの。かすり傷はタルトお姉ちゃんが直してくれたのよ」
タルトお姉ちゃん!?この短時間で随分と打ち解けたんですね。
「ハルトお兄ちゃんは‘勇者’だったのね」
ハルトお兄ちゃん!?そう呼ばれて僕が戸惑った表情をしたのが面白かったのかタルトさんは笑いだした。
ってか、これはあなたのせいですよね。
「ねー、ねー。どうして何も言ってくれないの?‘お兄ちゃん’ってサクラが言っちゃったからなの?」
今にも泣き出しそうな潤んだ瞳を僕に向ける彼女。
「いや、ごめんね。そんな事ないよ。‘お兄ちゃん’って急に呼ばれたものだから少し驚いただけだよ。お嬢ちゃんはサクラちゃんって言うんだね」
慌ててなだめるようにそう話しかける。
正直、子供は苦手だ。どう接すればいいかイマイチわからないから対応に戸惑うのも許してほしいと心の中で嘆く。
「サクラでいいのよ。タルトお姉ちゃんからハルトお兄ちゃんはサクラ見たいな小さい子から‘お兄ちゃん’って呼ばれるのが大好きときいたのよ。サクラが`お兄ちゃん’って呼んだらダメ?」
タルトさん!あんた何誤解を招くような事吹き込んでるの。
ケタケタ腹を抱えてるタルトさんに文句でも言ってやりたかったが、サクラがまだ不安そうな表情をしているので、ここは僕が合わせるしかない。
でもタルトさん、後で覚えていて下さいね。
「…そっ、そうだよ、サクラ。僕の事はおっ、`お兄ちゃん’って呼んで構わないからね」
言われて嬉しかったのかサクラは僕に抱き着いてきた。
「ありがとうなの。さっきは本当に怖かったのよ」
その小さな体は少し震えていた。先ほどの事を思い出したのだろうか。
下手に引き離す事もできず、そのまま頭をよしよしと撫でる事にした。
「ごめんください」
ちょうどその時ドアが開いてマロンさんとお供の巫女2人が入ってきた。
「タルトさんのメール見て急いで駆けつけました。って、ハルトさんは何をされているのでしょうか?」
ん?急にマロンさんの口調が強くなったぞ。
って、アレ?なんか肩がワナワナと震えていませんか…。
「どう言う事?」とタルトさんの方を見ると、彼女は完全に噴き出していてヒィヒィ言いながら僕の身体全体を指さして何かを伝えていた。
僕の身体全体を…って!
しまった。完全に失念していた。
傍から見たら今僕は幼女を抱きよせて頭を撫でている状態だ。
うん、何か色々アウトのような気がする。
そして、恐る恐るマロンさんの方へ向き直ると………。
≪バチン≫
物凄い勢いでビンタが飛んできた。
◇
「ごめんなさい。ごめんなさい」
何度も平謝りをするマロンさん。
あの後直ぐにタルトさんが説明してくれて誤解は解けたのだが、ハッキリ言って殴られ損である。
「…もういいから。ちゃんとわかってくれたのなら」
頬をさすりながらそう言うしかない。
「本当にごめんなさい。私ったら、やっぱりハルトさんってロリ…そうなのかなぁ~と…」
「『やっぱり』ってどういう事!?そしてその後、何か言いかけたよね」
「いぇ、あの噂は本当だったのかなぁ~なんて…」
「………」
もういいです。それ以上聞きたくありません。
`ハズレ勇者’の烙印を押されてからというもの無い事ばかりが噂になっていた。
どうせ`ハズレ勇者はロリコンだ’なんて根も葉もない事言われてるんだろう。
「でも、火の気のない所に煙は立たぬとも言いますし…」
「マロンさん…、それ以上は流石に怒るよ」
ハッ!?としてまた謝るマロンさん。全く何のやりとりをしてるんだか。
「お2人さん、そろそろ本題に入っていいかい?」
タルトさんが呆れた表情で止めてくれた。
サクラも早くマロンさんに何か言いたかったんだよね。
タルトさんの言葉に`うんうん’と顔を縦に振っている。
そしてサクラはマロンさんの傍に駆け寄り用件を伝えはじめた。
その際サクラがハーフヴァンパイアと言う事に気づいたのだろう。
2人の従者の表情が一瞬曇ったのを僕は見逃さなかった。
しかし、マロンさんはそんなの気にしないと言った感じで接していてそれが嬉しく感じた。
「それでサクラちゃんはどうして私に会いたかったの?」
タルトさんが簡単ではあるがこうなった状況を説明していたので、その辺りはマロンさんも十分理解していた。
「`聖女’のマロンお姉ちゃんにお願いがあるの。助けてほしい人がいるの」
【イラスト:サトウユミコ様(@YumikoSato25)】
その表情はギルドの時と同じ様に切羽詰まった感じで語り始めた。
サクラはとある目的の為に大陸を旅していた。
しかし数日前に族に襲われ同行者が大怪我を負うと同時に呪いをけられた。
怪我は聖水で治したが呪いのほうは解けずにこのままだと後一週間で死に至るとの診断結果だった。
それで今回`聖女’に呪いを解く`女神の浄化’をかけてほしくてギルドまでやって来たとの事だった。
女神の浄化………あらゆる呪いを除去する光属性最上級魔法の一つ。人物以外の武器や防具等アイテムの呪い解除も対象となる。
`聖女’`宮司’`司祭’`教皇’など聖職者系統の上位クラス取得者のみが使用できるものとなっている。
「お願いなの。サクラ達はここで終わるわけにはいかないの…」
「まだ小さいのによく頑張りましたね。話はわかりました。お受け致しますわ」
サクラの表情がパァ~っと明るくなる。
同時に、「`聖女’様!!」と従者が驚いたように声を上げた。
しかし、マロンさんは従者を手で制止し、異論は受けませんと言った感じで目で訴えた。
「サクラちゃん、その前に少し教えてほしい事があるけどいいかな?」
「うん。いいのよ」
そしてマロンさんは従者に席を外すよう指示し2人を外へと追いやった。
「怖いお姉ちゃん達がいたらサクラちゃんも話にくいもんね」と笑いながら言っていたが、これはかなりプライベートな質問をするんだろうなと感じた。
部屋の中には4人だけとなった。
この状態でタルトさんが防音の【忍術】をかけて話が再開した。
「サクラちゃんが治療魔法や診断もしたのよね。それらは光属性魔法にあたるけど、サクラちゃんが使ったの?それとどうして私がこの街のギルドにいるってわかったのかな?」
そう、それは僕も疑問に思っていた事だった。
いくらハーフだからと言っても魔族の血が流れていたらそもそも光属性魔法は使えないはずだ。
少し考えている様子だったが、お願いする身として話さないわけにはいかないといった表情をして「実はサクラは…」と右手に着けてたレザー手袋を脱ぎだした。
そして彼女が右手の甲を見せた瞬間、3人とも固まった。
「これは…“光の勇者”の紋章!」