第十三話 行こうよ
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――10月8日(月)――
タルトさんと採掘をした次の日から本格的にハンドメイド教室が始まった。
驚いた事にタルトさんは自分の装飾品ショップ兼工房を持っていたのだ。
本人は趣味の範囲と言っていたのにお店を経営しているとなるともはや趣味とは思えなかった。
冒険者の傍ら1人でやっているためお店の方は気が向いた時にしか開けないとの事だった。
もっともタルトさんが作る装飾品の評判は良く、それなのに滅多にお店が開かないといった状況もあり、一部では‘幻の装飾品ショップ’と呼ばれていた。
そんなタルトさんのショップ兼工房でハンドメイド教室は開催された。
感覚を養う事が大切というわけで初日から素材に触れ基礎の基礎から教えてもらった。
当面の目標を【錬金術】スキル取得に設定しハンドメイド教室は飲む前2時間程度で行われる事となった。
タルトさんらしい実に曖昧な感じだ。
まぁこの飲みのペースだと週3~4日ぐらになりそうだ。
きっかけはどうであれ教えてもらう限りは頑張ろうと思う。
◇
――10月10日(水)午前――
‘風のレイピア’を受け取ってからというものズコットさんとの訓練は実践形式で行われるよになった。
ギルドで適当な討伐系の依頼を受け、敵を前に剣技を習う。訓練しつつお金も稼げるわけだから、まさに一石二鳥だ。
もちろん訓練時は‘風の魔法剣’は使用しない。あくまで己の技量を上げる訓練だからだ。
そして優秀なコーチが付くと覚えるのも早いもので、今では同レベルのモンスターなら‘風の魔法剣’を使わずとも退治できるくらいになっていた。
まぁやっと一般的になったって感じなんだけどね。
そしてこの日から剣術以外に体術も習い始めた。
これは僕からお願いしたものだった。武器がなく魔法が使えない状況も十分考えられるからね。
訓練は厳しいが日に日に強くなっているのが自分でもわかり今では鍛える事が楽しいと感じられるようになっていた。
◇
――10月13日(土)午後――
僕はこの日とうとう【剥ぎ取り】スキルを取得した。
苦労して取得できたスキルだったから喜びも大きかったが、それ以上に自分の事のように喜んでくれたマロンさんを見てとても嬉しくなった。
生活魔法の習得はまだ途中だが、1つの目標をクリアした事もあり今の感謝の気持ちを何か形にしたかった。
それで勢いのまま誘ってみた。
「あの~、マロンさん。明日もし暇なら食事でも一緒にどうかな?」
「え?明日ですか!?」
「うん。予定が何もなかったらでいいんだけど…」
「明日は…、お城に行く用事が入ってますね…。そうですね…」
「あっ、もう予定があるんだ。それなら大丈夫だから。また今度、予定がない時にでもね…」
既に用事があるのか。それなら無理に誘うのは申し訳ないな。
「はぁ…。それなら…わかりました。また誘って下さいね」
何だか気まずい雰囲気になってしまった。そして明らかにへこんでしまった自分がいた。
◇
――10月13日(土)夜 酒場にて――
タルトさんに昼間の出来事を報告し相談に乗ってもらっていた。
「ハァ~。お姉さんはガッカリだよ」
「ですよね~。僕も用事あるって言われてガッカリでした」
タルトさんもわかってくれたんだと思った。
「いや、あんたにガッカリしたと言ってるんだよ。ってか、何やってんの?」
え!?何故に?
わけがわからず理由を聞いてみた。
「それさ、ハルトが勝手に引いたんでしょ。話聞いた限りマロンに断られてもないじゃん」
だって、マロンさんに用事入ってるって言われましたよ。
「いや、よく思い出して。マロンは『お城に行く用事が入ってる』とだけ言ったんでしょ。それどんな用事か確認した?」
あっ、用事の内容聞いてないや…。
「でしょ。もしかしたら何かの報告だけだったかもしれないし。謁見や会食だったとしても、別に一日中拘束されるわけじゃあるまいし」
…言われてみればそうです。
「内容も聞かずに‘用事が入っている’=‘予定ありで忙しい’とハルトが勝手に解釈しただけでしょ」
仰る通りで…。
でも、マロンさんも歯切れわるかったし。
「マロンの事だから、用事の前後で食事にいける時間あるか考えていただけなんじゃないの?あの娘だったら考えられるでしょ」
確かにマロンさんならあり得るかも…。
「それを思い込みで勝手に『それなら大丈夫だから。また今度』なんて。そんな事いわれたら『わかりました』としか言えないでしょ!」
タルトさんがだんだん怒ってきてる。
「だいたい何が『大丈夫だから』よ。全然大丈夫じゃないじゃない。現にあんためちゃくちゃへこんでるし。
まぁここでへこむのは構わないけど、マロンの前ではへこむな。『大丈夫』だったら毅然としてろ。ってか、そもそもすぐ引くな。もっと強気でいけよ。まったく情けないなぁ…」
うん、もう言われ放題だね。
でも何も言い返せない。本当に情けないです。
タルトさんは言いたい事をひとしきり言った後にグイッとお酒を一気飲みした。
そしていつもの調子に戻り僕に言った。
「まず誘い方がなってないわね。『行かない?』じゃダメよ。『行こうよ』って誘わなきゃ」
「『行こうよ』ですか」
「そうよ。そして`ランチ’や`夕食’など具体的に示して誘った方がOKしてもらいやすいわね。
例えば『ランチ行こうよ』と誘ったけれど断られてしまった場合もすぐに諦めちゃだめよ。『夕食ならOKかな』と別の提案をしてみる事ね」
「なるほど、勉強になります」
その後もお酒をじゃんじゃん頼みながら有益なアドバイスをしてくれるタルトさん。
からかう様な優しいいつもの口調で毎度の事ながら親身になってくれるのは有り難い限りだ。
ただ、テーブルに積み上げられてるジョッキの山が怖い。
案の定、この日のお代は全てボク持ちで酒場を出た時には財布がだいぶ軽くなったのだった。
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――10月14日(日)午前中――
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昨日はなんかごめんね。
今週空いてる日あるかな?
ランチに行こうよ。
ハルト
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こちらこそ、すみませんでした。
明日大丈夫ですよ。
ランチいいですね。
マロン
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ありがとう。
じゃぁ明日で決定だね。
ちなみにピクニックなんてどうかな?
ハルト
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ピクニックいいですね。
天気も晴れみたいだし楽しみです。
マロン
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良かった。
お弁当は僕が作るよ。
食べてもらえる絶好の機会だからね。
ハルト
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本当ですか。
約束覚えててくれたんですね。
嬉しいです。
マロン
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その後集合場所や時間について何度かメールのやり取りをした。
昨日の今日でダメ元だったけどなんとか約束を取り付ける事ができ一安心だった。
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—―10月14日(日)夜 ショップ兼工房—―
ハンドメイド教室時にマロンさんと約束をとりつける事ができた事を報告した。
するとタルトさんは「よかったじゃないか。私もアドバイスした甲斐があったってもんだよ」と嬉しそうに喜んでくれた。
これも全てタルトさんのお蔭です。
僕は改めて感謝をするのだった。
そしてひとしきり喜びあった後でハンドメイド教室が始まった。
ちなみにハンドメイド教室の受講は今週実に6回目となっていた。
別に僕もタルトさんも暇というわけではない。
ただ、意外にもちょっとハマってきている自分がいたのだ。
と言うのも通い続けて3回目で【創造】というスキルを取得する事ができたからだ。
この【創造】は生産系の特殊スキルだった。
【錬金術】が作りたいアイテムのレシピを元に材料を集めて生産するのに対して、【創造】はその名の通り自身の創造力を元に材料を集めて生産する。
ただし、何でも思いのまま作れるわけではない。
修練を重ね熟練度を上げていかなければ、粗悪品しか作れない。
これは全ての生産系スキルに共通の事だった。
でも、元の世界の知識がある僕はこの世界に存在しない知識も多く備えている。
だから、このスキルは僕にあった極める価値がある非常に有り難いスキルであった。
そういう事情もあって俄然やる気が出た僕は、今週ハンドメイド教室に通い詰めていたのだった。
ただ残念な事にこの日は『これはゴミなの?』と言われてもおかしくない最悪なボロ細工しか作成できなかった。
ピクニックにあわせて何かアクセサリーを作りたかったのになぁ。そう簡単にはいかないか。
マロンさんへの贈り物を作れる日は当分先になりそうだなと感じるのだった。
◇
――10月15日(月)6時――
この日は朝からチョコさんに頼んで厨房の一角を貸してもらっていた。
「料理なんてできるのかニャ?」と半信半疑だったみたいだが、味見をしてもらったところ「こんなスイーツ初めてニャ。是非メニューに加えさせてほしいニャ~」と頼まれる程だった。
チョコさんは実は宿屋のオーナーでありその権限で食堂メニューも好きにできるとの事だった。
もちろんメニューに加える件は快くOKした。
だってこのスイーツは元の世界ではファミレスにもあったような一般的なものだったからね。
この世界でも流行ってほしいし、“黒猫亭”がその発祥の地になってくれればなお最高だ。
それにチョコさんが絶賛してくれた事で、この世界で僕の料理の腕は通用するんだと自信になって凄く嬉しかったから、そのお礼になればと思ったのだ。
◇
――10月15日(月)10時――
マロンさんとの待ち合わせ前に日頃お世話になってるみんなへスイーツの差し入れをした。
アズッキーさんは「こんな可愛いスイーツ俺には勿体ないなぁ~」と言いながらも目元が緩んでいた。
実はスイーツ好きなんですよね。僕にはわかりますよ。
隠れスイーツ男子ってのはこの異世界にも巨万といるはずですもんね。
最後は「ありがとよ」といつもの豪快な笑い声で受け取ってくれた。
ズコットさんは「…娘も喜ぶ。感謝」とその表情からは読み取れにくかったが、口元が緩んでいたので喜んでもらえたと思う。
ご家族4人分渡そうとしたが、「…こんなには受け取れない」と断固拒否された。
甘いマスクに似合わず堅いなぁと思う。
「…マロンに渡せばいい」と言ったので既にマロンさんの分は用意がある旨を伝えたところ「…ハルト自身の分はあるのか?」と言われた。
“あっ…”自分の分は忘れていた。
結局ズコットさんは3人分のスイーツを受け取る事で話がついた。
すんなり受け取ってくれると思っていた分、なんだか少し疲れてしまった。
フィーキさんには「クオリティ高いですね。見た事もない料理ですし、ギルドへ登録申請しますか?」と言われた。
知的財産って事での登録か?でも元の世界では料理のレシピは著作権法の保護対象外だったし、商標登録もできなかったよな。この世界では可能なのだろうか?
登録について伺ったところ、それは僕にとって有り難い内容の話だった。
‘料理ギルド’へ登録をする事でその‘レシピ考案者’として名が残る。
厳正な審査の上で登録となるが、たとえ申請が不許可だったとしても販売する分には影響はない。
‘ギルドへの登録’はあくまでも‘レシピ考案者’を国が把握しそれを国民に知らしめる為のものである。
さらにその料理が大々的に流行り発展に大きく貢献したと認められるようなものであれば、国から表彰されて報奨を受け取る事ができる場合がある。
ただし、登録されても専売特許権が与えられたり、レシピが独占保護されたりするわけではない。
基本的に家庭で誰もが作れるようなものを考案すると許可されやすく、既存のレシピに少しアレンジを加えた程度のものは不許可になる場合がほとんどだ。
登録されたレシピは‘ギルド本部’発行の‘ギルド図鑑'に掲載されるといったものだった。
似てるようで違う。あらためて異世界だなと感じた。
まぁ登録したレシピが後々発展に繋がる可能性があるのであれば登録する事にこした事はない。
それに元の世界の知識で作ったものだから、ある意味ズルしている様なものだしね。
でも、その知識は僕の強力な武器なのでこういう面でも大いに活用させてもらうけどね。
またしてもためになる情報を教えてくれたフィーキさんに感謝だった。
そして‘料理ギルド’への登録申請手続きと‘ギルド図鑑'を購入した。
ちなみに‘ギルド図鑑'の値段は金貨3枚だった。家庭で誰でも作れる料理レシピ辞典のはずなのにかなり高い価格設定だ。これには思わず『値が張るな!』とツッコまずにはいられなかった。
しかしこの‘ギルド図鑑'はかなりの優れもので料理の項目にはレシピはもちろん、食材は採取・生息場所、調味料は製造方法までも詳細に記載されていた。
そして一番凄いのがこの本は所謂魔導書の一つであるのだが、この世界で確認されているあらゆる‘食’についての情報が載っており、発見・登録がある度に自動で更新されていくものとなっていた。
すべて魔力がなせる技なのだが、これまたかなり進んだ技術だなぁと感心した。
最後に「お昼の時間に頂きますね。有難うございます」と笑顔で言ってくれた。
タルトさんからは「おっイイね~。美味しい!甘さが私好みだわ。これ販売すれば結構いいセールス上げると思うよ」と目の前ですぐ食べてくれて高評価をもらったのだった。
ギルドへ登録申請した話をしたら、「イイ判断だね」とまた褒められた。
だがその後で「ってか、まさかハルトが本当に料理できたとは驚きだよ。見栄を張ってるものだと思ってたよ」と言われてしまった。
いやいや、料理できるか疑っていたんですか!?全く失敬な。
そんな僕に「ごめんね~」とテヘペロのポーズをきめるタルトさん。
タルトさんは何処までが計算なんだか…。イマイチつかみきれないなぁ~とあらためて感じるのだった。
そして去り際には「しっかりやりなさいよ」と背中を≪バン≫と叩き見送ってくれた。
よし、準備は整った。
さぁ、行こう。
マロンさんと最高の時間を過ごすんだ。