35 真相
赤髑髏の件はこれで一通り片が付きました。
カランと、ドアベルが鳴る。
ああ、懐かしいな、この音。
食事の時間帯には扉を開けた瞬間からお客さんのざわめきが聞こえてくるけれど、もうお昼は過ぎている時間だ。ちらほらと3、4人のお客さんがいるだけだった。
「いらっしゃ……」
ドアベルに反応して、テーブルを拭いていたおかみさんが顔を上げた。一瞬目を見開いてから破顔した。
「ジュジュ! 良く来たね!!」
あっという間に、大きな腕に抱きしめられる。
「おかみさん、お久しぶりです」
「うんうん、久しぶりだね。元気そうで良かった!」
「まだ一週間も経ってないだろ」
ジェイクさんが呟くと、おかみさんはキッと睨みつけた。
「再会を喜んでるのに水を差すんじゃないよ! 無粋な男だね!! ジュジュ、こいつにいじめられたりしてないかい?」
「だ、大丈夫ですよ。今日も助けて頂いたばかりで……」
「助けてって……何かあったのかい!? そういえば、あんた。王都に向かってたんだろ? どうしてこの町にいるんだい?」
「えーと……」
おかみさんの疑問も最もだ。
けれど、わたし自身まだ状況が分かっていなかったりする。
返答に困っていると、ウィナードさんが横から助け船を出してくれた。
「ちょっと色々ありまして。その事について説明するのに、この食堂をお借りしたいんですけど」
「ああ……じゃあ人払いした方がいいね。お客さん! ごめんよ!! ちょっとここを貸し切りにするから、隣の酒場に移動してもらって良いかい? お詫びに飲み物を一杯おごるからさ」
大きな声でお客さんを誘導し、一緒に出ていったおかみさんは、数分もしないうちに戻って来た。
食堂に入ってくるなり、エプロンを外して、当たり前のように中央のテーブルにつく。
「さ、何があったのか話してもらおうかね」
まるで中心人物の様に腕を組んでウィナードさん達の答えを待つおかみさん。
……これはきちんと説明を受けないと容赦しないって感じですね!
おかみさんの前では勇者様も帝王様も形無しだ。おかみさんの無言の訴えに従い、中央のテーブルにつく。残ったジオさんだけがきょとんとしていた。
「あんたも同席するのか?」
「当然だよ! あたしはこの町じゃジュジュの親代わりみたいなもんなんだからね! ところであんたは誰だい?」
「あ、ああ。俺はジオルグ。ジュジュの親代わりか……それならあんたにも、謝らないといけないな」
気まずそうな顔をするジオさんに、おかみさんは訝しげな顔をしたけれど、「とりあえず座んな」と声をかけた。
「取りあえず状況を説明してもらわないと、謝られたってわけが分からないよ。さ、きっちり話しして貰おうか」
おかみさんの威圧感を前にして、ウィナードさんの丁寧な説明が始まった。
「町長!?」
ウィナードさんが口にした「赤髑髏の頭」の正体を聞いて、思わず声をあげてしまったのはわたしだった。
「ザイアの町長さんって、ここにいた時ウィナードさん達がお世話になっていた人ですよね!?」
その町長さんの話を聞いたのもこの場所だったはずだ。鈴さんが嫌そうな顔をしていたことを思い出す。
確か、あのちょび髭とか。視線がいやらしいとか。家がケバケバしいとか。
あれっ!? 思い出すとものすごく当てはまる!!
でも、どうして町長さんが? 町一番の権力者とかじゃなかったっけ??
「お世話じゃなくて、監視だったのよ」
若干混乱しているわたしに、鈴さんは不機嫌そうな顔で答えた。
「あたし達の動向を把握するために、自分の傍に置いていたってわけ。道理で尻尾を捕まえられなかったわけだわ……あー! なんで気が付かなかったのかしら!! 腹立つ!!」
頭を掻きむしっている鈴さんに対し、おかみさんは眉根を寄せて渋い顔をしていた。
「町長が赤髑髏だったなんてね……いけすかない男だとは思っていたけど、そこまで下衆だとは思わなかったよ。ウィナード、それであいつはどうしたんだい?」
「とりあえず、警備隊に身柄を引き渡してます。それと誘拐をする際に指揮を取っていたと思われる男も。ただ、屋敷内の使用人が、どこまで赤髑髏に関与していたのかは分からないので……それは警備隊の方で調査してもらおうと思ってます」
「そうかい。確かにそれが一番だね。それであんたは」
おかみさんの視線がジオさんに向いた。
表情が強張ったジオさんの前に、慌ててふさがる様にして顔を出す。
「お、おかみさん! ジオさんはわたしを助けてくれたんです! 確かに、わたしを誘拐する手伝いはしてましたけど、でも、ジオさんがいなかったら逃げられませんでした!」
「わかったわかった。落ちつきな」
焦り過ぎて涙目になっているわたしの肩におかみさんが優しく手を置いた。そのまますとんと椅子に戻される。
「ジオルグとか言ったね。あんた、自分の妹を助けるためにこの子を巻き込んだんだ。それは分かってるね?」
おかみさんの厳しい声に、ジオさんは怯むようすも無く真っ直ぐ見つめ返していた。
「赤髑髏に潜入すると決めてから、覚悟はしてました。妹が助かったら、俺は赤髑髏に属していた者として警備隊に投降します」
「そ、そんな!」
「そこまでするこたねぇべ。赤髑髏として動いたわけでもねぇし、おめぇさんだって兄弟を助けるために必死だったんだべ?」
「理由がどうあれ、誘拐に加担したのは事実だ」
ジオさんの意思は固かった。
どうしたら、ジオさんを止められる? 意思を変える事が出来るんだろう?
ウィナードさん達を見ると、ウィナードさんは辛そうな顔をしながらジオさんを見ていた。けれど、何も言う気はないみたいだ。ジオさんの気持ちを尊重しているんだろう。
鈴さんは頬杖をついて視線を下に向けている。その顔には何の感情も浮かんでいない。ジェイクさんは相変わらずつまらなそうな顔をしているだけで、テーブルの上のクーファは重い空気を感じてかキョロキョロしていた。
……駄目。
誰かに何とかしてもらうことを望んでばかりの悪い癖が出てる。そうじゃない。わたしがやらないと。これはわたしの我が侭なんだ。ジオさんの気持ちを無視してでも、わたしはジオさんを罪人にしたくない。だとしたら――わたしは我が侭を通すしかない。
「ジオさんは、わたしを誘拐したんですよね?」
わたしの言葉に、ジオさんは少し驚いた様な顔をした。けれどすぐに神妙な顔になる。
「……ああ、そうだ。申し訳なかった」
「許さないです」
ジオさんしか見ていないわたしには見えないけれど、わたしの言葉にみんな驚いた様だった。ジオさんも目を丸くしている。
「許しません。わたし、ジオさんに謝ってもらっても許しません。警備隊に投降したって許しません。――そんな事されても、嬉しくないから」
声が震えそうになる。
でもまだ駄目。泣いちゃ駄目だ。
「わたしに許して欲しかったら、わたしが嬉しくなる事をして下さい。妹さんを助けて、笑ってください。赤髑髏の事なんか忘れてください。退治屋として今まで通りに暮らしてください。罰を受けるより、その方がわたしは嬉しいから」
後半は、もう声が震えていた。
こんな風に自分を押し通す事なんて初めてだった。それがこんなに勇気のいる事だとは思わなかった。
ふいに大きくて暖かい腕が肩に回った。
「おかみさん……」
「ジオルグ。あんた、うちの可愛い看板娘を泣かせるつもりかい?」
「え? いや、俺は……」
「全く、野暮ったい男だね! いいか? 罪を償うっていうのはね、罪を犯した相手に許しを請う事なんだよ! 罪を償う気があるなら、どうすればジュジュに許してもらえるかを考えな。それも考えないで、罪を犯したから投降する? とんだ間抜けだね! ジュジュが人の不幸で喜ぶ子だとでも思ってるのかい!? 余計に辛くさせてどうするんだ!!」
「それじゃ……それじゃ俺はどうすれば?」
「そんなの知ったこっちゃないよ! 自分で考えな!!」
言い捨てると、おかみさんはわたしの頭を抱きかかえた。
「辛かったね。もう安心していいよ」
「おかみさん……」
ありがとうと言おうとした瞬間。
きゅう~ぐるぐるぐる……
「「「……………………」」」
嘘でしょ! こんな時に!!
盛大に鳴ったお腹の音は、静まり返った食堂に思いきり響いた。
「ご、ごめんなさい!!」
真っ赤になったわたしを見て、おかみさんは盛大に噴き出した。それを見た他の人達も笑いだす。
は、恥ずかしいいぃぃ!!
なんでこんな真面目な場面で鳴るわけ!?
「あっはっはっは! 折角来たんだ、久しぶりに旦那の食事を堪能していきな!」
うう、嬉しい申し出だけど、心の痛手が大きいです!