18 メイジェス
町に着きました。目的地ではありません(笑)
「うわぁ」
思わず声を上げる。ぽかんと口を開けるわたしの前を、ガラガラと荷馬車が通って行った。
レンガの敷かれた大きな道を、大勢の人が行き交っている。その道を挟むようにお店が並んでいる。屋根の代わりに張られた布は色とりどりで、商品が見える様に並べてある。お客さんを誘う声や、行き交う人のざわめき。店の人と話をしている男の人に、数人で集まってお喋りをしている女の人達。
「凄い人でしょ?」
きょろきょろと辺りを見回すわたしに、鈴さんが声をかけてきた。
「メイジェスは別名商人の町って言われてるのよ。商業権利証が安めで物資を運びやすい場所にあるから、お店を出しやすいのよね」
「商業権利証……って、何でしょうか?」
「え? ああ、まあ簡単に言うと、お店を出しても良いっていう許可の事よ」
「許可って、誰に許可してもらうんですか?」
「誰にって……そりゃ領主によ。この町を仕切っているのは領主だし。……ジュジュって、本当に箱入りのお嬢さんね」
「そ、そうですね。ごめんなさい、知らないことばっかりで……」
まずいまずい! つい余計な事まで聞いてしまった。
でも……こっちの町の治め方って、本当に島と全く違うんだな。そもそも島にはお店なんて存在しないし。取って来た物は皆で平等に分けられるのが普通だ。まあ、魔王様に献上する分は別として。
国王がいるのは知ってるけど、領主ってのも良く分からない。たぶん偉い人なんだろうけど、王様とどう違うんだろう? そういえば、ザイアにも町長さんとかいたなぁ。それとも違うのかな? うーん、複雑で難しい。
一人悶々と考えていると、「じゃあ」と旅人さんが声を上げた。
「俺はここで。ここまで送ってくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる彼に、
「いや。本当に一緒に歩いてきただけだから。気を付けて」
と、答えるウィナードさんは本当に爽やかだ。
旅人さんはうなずくと、わたしの方を見た。
「早く家に帰れると良いな。とりあえず、あんまりきょろきょろしておいてかれるなよ?」
「は、はい」
うなずくわたしに、彼は笑ってぽんぽんと軽く叩いた。そのまま軽く手を上げて、人ごみに去っていく。
そういえば、名前も聞いてなかった。
ふいに寂しさが胸をよぎった。本当に少しの間だったけど、一緒に旅をした人が去っていく。もう会う事もないだろうな。
なんとなくしんみりとした雰囲気を打ち切る様に、商人の旦那さんが「では!」と張りきった声を上げた。
「わたくしどもの屋敷にご案内させて頂きます。ささ、こちらでございます」
片手で道を示して、ウィナードさんを誘導する。
ウィナードさんは少し戸惑った様子を見せたものの、彼についていくことに決めたらしい。まあ、荷物があるから行くしかないんだろうけど……。
「では、失礼させて頂きます。ジェイク、ちゃんとついてこいよ!」
釘を刺されたジェイクさんは、つまらなそうな顔でどこかを見ていたが、何かを思い出したように視線を下げる。その目と思い切り目が合ってしまった。
悲鳴を上げるのは耐えた! けど、ヒッと小さく声が漏れてしまう。
そんなわたしの様子に何の反応も示す事無く、ジェイクさんはウィナードさんに目を向けた。
「了解」
ため息のような声で返事をする。
すると、ルークさんが目を瞬かせた。
「ありゃ。ジェイクがすんなり言う事を聞くなんて、珍しいこともあるもんだべ」
「嫌なら別行動でもいい」
「んなこた言ってねぇべ! ウィナード、早く行くべ」
慌ててウィナードさんを促すルークさん。
多分ウィナードさん達がジェイクさんを連れていくのは見張る為な気がする。この間の商人の旦那さんとのやりとりを思い出す。……うん、確実だと思う。
商人夫妻はウィナードさん達がついてくるのを確認すると、先導をきって歩きだした。やはりこの町に馴れているようで、人ごみに押される事も無くすいすいと歩いて行く。大荷物を持っているウィナードさん達は、荷物を邪魔そうにしながらもその後をしっかりついて行っている。で、わたしはというと。
「ジュージュ。大丈夫カ?」
「だ、大丈夫」
「ルー、見エナイゾ」
「う、わ、わかってる」
何とかわたしの前に歩いていたルークさんの姿を確認しようとするものの、行き交う人に阻まれてちっとも見る事が出来ない。
ここにきて初めて自分の背の低さを実感した。歩いている人のほとんどはわたしよりも背が高い。
「ジュージュ、前ダ。進メ」
「う、うん」
クーファのアドバイスで前に進もうとはするものの、ぐいぐいと押されて進む事もままならない。ど、どうしよう。本当にはぐれちゃう……!
涙目になっていると、突然ぐいっと腰が締め付けられて体が浮いた。
「ひあ!?」
な、なに?
視点が反転して、地面を向いている。足は浮いていて……って、これ、小脇に抱えられてる??
顔を上げて、愕然とした。
「とろい」
「す、すみません」
冷たい目で見下ろすジェイクさんの顔。
肩の上ではクーファが怒りの声を上げていたが、音としてしか耳に入ってこない。
なにこれ、なにこれ。
混乱したまま、わたしはジェイクさんに運ばれた。追いついたウィナードさん達にぎょっとされ、ルークさんに怒られてジェイクさんが解放してくれるまで、地面は足につかなかった。