12 王都行きの馬車
王都(主人公的には最悪な方)に向かって前進していきます。
時間はあっという間に過ぎ去っていった。というのも、ウィナードさん達と一緒に行く事が決まった翌日から、わたしはおかみさんに頼んで料理の作り方を教わっていたのだ。
元々料理を好んでやっていたおかげか、もはや心の師になっている旦那さんからは筋がいいって褒められましたよ! えっへん。
カラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいま――あ、ウィナードさん。鈴さんも。こんにちは」
「やあ。怪我の具合はどう?」
「おかげさまで随分よくなりました。あ、こちらへどうぞ」
「ありがと。あはは、なんかもう完全に従業員じゃない?」
確かにエプロン姿のわたしは宿泊客とは思われないだろうなぁ。
料理の作り方を教わる代わりに、店を手伝う。
それがおかみさんの出した条件だ。ルークさんはあんまり動かない方がいいと言って綺麗な顔をしかめていたけど、わたしには有り難い申し出だった。何もしないと色々考えて滅入ってしまう。これはわたしの推測だけど、おかみさんもそれを考慮して言ってくれたんじゃないかな。
洋服もおかみさんがくれました。若い頃着てたものだから型が古いけどと言ってたけど、素朴なデザインのワンピースは凄く好みだったりする。
ウィナードさんと鈴さんを窓際の席に案内して、メニューを持っていく。それを渡す前に、鈴さんはビールを注文した。
「鈴。お前なぁ……昼間から酒を飲むのは、どうかと思うぞ」
「別に毎日ってわけじゃないからいいでしょ! あの親父の顔を見る度腹が立つのよ。飲まなきゃやってらんないわ!!」
大変そうだなぁ、と他人事のように思う。いや、実際他人事なんだけども。
有名人であるウィナードさんたちは、このザイアという町の一番の権力者である町長さんのお宅でお世話になっている。その町長さんを鈴さんは毛嫌いしているらしい。
――あのちょび髭、誰に聞いたか知らないけど町の入り口でいきなり捕まえて、自分の屋敷に泊まれとか言ってきたのよ。国王の使者でもある方々を、安っぽい宿屋には泊められませんーとか言って! なぁにが安っぽいよ! じゃあお前のお宅はどうなんだっての。ケバケバしくって品がないにも程があるわよ! しかもニタニタしながらしゃべるし、なんか視線がいやらしいし! 気持ち悪い!!
と、そんな事を言っていた。でも、町長さんの気持ちも分かる気がする。職業柄か女性にしては珍しくズボンを愛用している鈴さんだけど、上着は胸元が開いていて、スレンダーな割に豊かな胸の谷間が見えている。……羨ましい。
「ええと、それじゃとりあえずビールをお持ちしますね」
卑屈になる前に仕事に戻ろうとすると、ウィナードさんに手首を掴まれた。
ヒッ! と声を上げそうになる。
あれから色々考えた末、わたしは一般人を装うことにした。普段から魔族らしくないし、普通にしてればバレることはないはずだ。でもね、相手は勇者なんですよ! 成敗される危険性がある相手なんですよ! いきなり手を掴まれたりしたら動揺しますよそりゃ!!
「な、なんでしょう?」
「ちょっと時間作ってもらって良いかな?」
「え、えっと」
厨房に目を向けると、こっちを見ていたおかみさんがにっこり笑った。
「いいよ。ついでだから、お昼も食べちゃいな。ウィナード達もジュジュと一緒のまかないでいいね?」
すでに用意していたのか、料理の載ったお盆をこっちに差しだしている。ウィナードさんの手が緩んだので、急いでおかみさんの所まで料理を受け取りに行った。
お盆を手渡す際、おかみさんが意味ありげな笑みを浮かべてくる。
「目の付けどころがいいね」
「え?」
「ウィナードだろ? 見た目も性格もいいし、国から支援があるから安泰だし。危険な仕事についているっていうリスクはあるけど、家庭を持てば仕事も変えるかもしれないしね」
「……何の話ですか?」
「隠さなくても良いよ。女同士だろ? いくらでも相談にのるからね!」
何の?
おかみさんの話の意図が掴めずに困惑していると、厨房の奥から旦那さんが声をかけて来た。
「ジュジュ。まだ右肩が良くなってないんだろ? 無理するなよ」
「あっ、はい!」
普段無口な旦那さんが仕事中に声をかけてくるのは珍しい。料理が三つも載っているお盆を持つ事を心配してくれたのかな。なんだかくすぐったい気持ちになる。
おかみさんから料理を受け取ってウィナードさん達の所に戻る。背中から、まだ早い! という旦那さんの叱る声が聞こえて来たけど……また見習いの人がお肉の焼き加減に失敗したのかも。
「お待たせしました。あ、ビール持ってきてなかったですね! 今取ってきます」
「いや、いいから座って。鈴、我慢しろ」
「……分かったわよ」
鈴さんがふて腐れた様な顔でそっぽを向く。そんなに飲みたかったのか……。
料理を置いて席に着くと、見計らった様にウィナードさんが声をかけて来た。
「急にごめんな。もう怪我もだいぶ治ったってルークに聞いたから、そろそろ王都へ行く予定をたてようと思うんだ。なるべく早い方がいいんだけど、君はいつがいい?」
やっぱり。ウィナードさんがわたしに話す事なんてそれくらいしかない。けど、ちょっと寂しく思ったのも事実だった。おかみさんに旦那さん、それに従業員の人達も、みんな優しかったから。
だけど、いつまでも逃げていちゃいけないって事も分かっていた。魔王候補に選ばれてしまったわたしの道は決められている。魔族に殺されるか、勇者を殺すか。
二つに、一つ。
ウィナードさんに、わたしは笑顔を向けた。
「大丈夫です。いつでも」
もう覚悟は出来ている。
雷翔に助けてもらった命、絶対に捨てたりしない。抗えるだけ抗ってやる。
出発は次の日の朝だった。
「本当に急だねぇ」
見送りに出て来たおかみさんが、呆れた様に言う。おかみさんの隣で黙って立っている旦那さんも、少し顔をしかめている様な。わたしも急だとは思うけど、そっちの方が良かったのかも。何かと世話を焼いてくれたおかみさん。無口だけどわたしを気にかけてくれていた旦那さん。きっと長ければ長いだけ、別れるのが辛くなる。
お礼を言わなくちゃ。口を開こうとした時、おかみさんがきゅうにエプロンのポケットから何かを取り出した。……封筒?
「五日分のバイト代。たいした金額じゃないけどね」
「え? そんな! 受け取れないです」
「いいんだよ。餞別だ、受け取っときな」
無理やりワンピースのポケットにつっこまれる。困っているわたしに、今度は旦那さんが手に持っていた小さな花柄の巾着を無言で突き出してくる。
「……あの、これは?」
「……非常食だ」
非常食?
中を開けてみると、クッキーと飴が見えた。すごく見覚えがある。夜のまかないの後に作ってくれるお菓子の中でもお気に入りのミルククッキー。休憩時間の時にたまに配ってくれる疲労回復用のレモンキャンディー。
「……ありがとうございます」
両手に抱えた小さい袋がずっしりと重く感じられた。
「ジュジュ。もし家族が見つからない様だったらここに戻っておいで。あたしはあんたを娘だと思ってるからね」
「おかみさん……」
おかみさんの隣では旦那さんが頷いていた。胸がいっぱいで何も答えられない。
「体には気をつけるんだよ」
にっこり笑うおかみさんを、思わず抱きしめていた。おかみさんは驚いたようだったけど、大きな腕で抱きしめかえしてくれた。
ザイアでの数日間は、すごく温かくて幸せな時間だった。きっと一生忘れる事が出来ないだろう。
ありがとう。そして――ごめんなさい。
言葉に出来ない思いを込めて、おかみさんの体を強く抱きしめた。
「ジュジュ……そんなに硬くならなくてもいいのよ?」
わたしの様子を見かねて、鈴さんが苦笑いしながら言う。
今わたしは王都行きの馬車の中で揺られています。乗合馬車と言うものらしく、十人乗りの椅子にはわたしやウィナードさん方の他に、一組の夫婦と旅人風の青年が乗っている。……わたしはその隅っこで三角座りをしたまま硬直中です。
周りの人達のゆったりした雰囲気を見る限り、確かに緊張なんてしなくても良さそうだけど……わたし、勇者御一行に囲まれているんですよ! しかも馬車とか初めて乗るんですよ! っていうか、馬自体初めて見たんですよ!
この状況で緊張しないなんて出来るわけないですから!!
「大丈夫だか?」
かちんこちんに固まっているわたしを、ルークさんが心配そうな顔で覗き込んでくる。その肩に乗っているクーファも「大丈夫カ?」と、ルークさんと同じような目でこちらを見てきた。
「だ、大丈夫です……」
「そうは見えないけど」
鈴さんが苦笑いを浮かべる。
「そんなに心配しなくても、事故なんてそうそう起きないわよ。盗賊だって、この辺はあんまり出ないし」
じ、事故? 盗賊!?
さらりと告げられた不穏な言葉。余計に心配が増えたんですが!!
「鈴さ。そったらこと言われたら、ますますおっかなくなるだよ」
脅えるわたしと鈴さんの間に入る様に、ルークさんが口をはさむ。むう、と口を曲げているのは、諌める為なの、かな? 全然迫力がないというか、むしろ癒される表情だけど、鈴さんは「ごめんごめん」と苦笑しつつ謝った。
「ジュジュ、怖がらなくても大丈夫だべ。事故なんてそうそう起こる事でねぇ」
わたしを患者として見てくれているのか、ルークさんは非常に親切にしてくれている。優しい笑顔を浮かべながら、わたしに励ましの言葉をかけてくれた。
「こういう大きい通りじゃ、鈴さの言う通り、盗賊だって滅多に出ては――……」
ルークさんの言葉が言い終わる前に、ヒヒィ! という動物の大きな鳴き声と共にガックンと馬車が揺れた。後頭部を思い切り壁にぶつけてしまう。
「いっ〰〰……」
頭を押さえるわたしの耳に、外から悲鳴の様な声が聞こえてきた。
「と、盗賊だ!」
……マジですか……!?