9 記憶喪失
個人的な都合で、また早い投稿になってしまいました(汗)すみません…。
なんか改めて見ると、文章の長さもまちまちですね…見づらくてすみませんー!!
で、どうしたこうなったのか。
「おばちゃーん。ビールもう一杯追加ね!」
「こら、鈴! 昼間から飲み過ぎだ!!」
「いいじゃないの、ウィーはかったいなぁ。この子の意識が戻ったんだし、快気祝いよ! ウィーも飲めー!!」
「だから、俺は飲めないんだ!」
「ちぇー、つまんないの。じゃ、ジェイ! あんた代わりに飲も!」
「もう飲んでるだろ」
「あ、ホント。なーんだ。ジェイは飲んでも変わんないからつまんないのよねぇ」
……本当に、何がどうしてこうなった。
目の前に広がる光景は、宴会状態の昼食タイムだった。
あの後、わたしはウィナードさん達に連れられてここに来た。来たと言っても、二階から一階に下りただけだけどね。ここは二階が宿屋、一階が食堂になっているお店だったらしい。
「はいよ。ビールね!」
恰幅の良いおばさんが鈴さんの前にビールを置いていった。丸い木のテーブルの上には、料理とお酒が溢れんばかりに乗っている。ちゃんと食事をしているのはウィナードさんとルークさんで、鈴さんとジェイクさんはお酒をメインにおつまみを食べている。クーファはテーブルの上で生のお肉にかぶりついていた。小さい体に見合わず豪快な食べっぷりで、自分の体以上あったはずのお肉は、すでに半分が骨になっている。
……とりあえず、ウィナードさんの「ちょっと付き合って」発言は、「会話に」ではなくて「食事に」だったということでいいんだろうか……。
「食べねぇだか?」
ぼーっと彼らの様子を見ていたわたしに、隣の席のルークさんが声をかけて来た。
「ずっと食べてねぇからお腹すいたべ? まだ状況も分かってないだろうけんど、とりあえず腹ごしらえだ。話すのは落ち着いてからでも遅かねぇべ」
わたしの前のお皿をすっと近付けてくれる。
白いスープに、お米? 見た事のない料理だけれど、温かい湯気からは甘そうな匂いが漂ってくる。お腹が鳴りそう。
「物足りねぇかもしれねぇけど、消化の良いもんにしてけろ。二日も寝込んでたで、胃も弱ってるべ。急に沢山食べると、逆に体に悪ぃからな」
「あの、ここまでしてもらうわけには」
食べたいのは山々だけど、二日間も看病してもらった時点で十分すぎる。これ以上借りを作るわけにはいかない。
辞退しようとすると、ルークさんがわたしの手にスプーンを握らせた。
「遠慮すんでねぇ。食ってけろ。おめえさんはおらの患者だべ。早く元気になってもらわねぇと、おらが困るだ」
「う……」
何と断りにくい言い方をするんだルークさん……。それでなくても、目の前の美味しそうな食べ物に心が揺らいでいると言うのに!
心の中の葛藤を読んだのか、ルークさんが最後の一押し。
「それに、それはおめえさんの分だべ。食わねぇと、捨てる事になっちまうだよ」
「いただきます!!」
思いきりスプーンを皿に突っ込む。そんなもったいない話を聞いて、食べない訳にはいくまい。捨てるって何、捨てるって! 貴重な食料を捨てるなんて、なんて罰当たりな!!
勢いよく料理を口に運ぶ。
「…………」
「うんめぇべ? ここの旦那さんは料理が上手だべ。それ目当てにわざわざ遠くから来る人もいるだよ」
「……ルークさん」
「なんだべ?」
「旦那さんに弟子入りはできますか?」
「へ?」
「何ですかこの料理! 凄すぎです!! こんな味どうやって出すんですか? 美味しすぎです!!」
魔族の中で食べる前に調理をするのはわたしくらいだ。それも軽蔑される原因だったけど、生のお肉や魚をそのまま食べる気はしなくて、塩をふったり香草を使ったりして美味しく食べられるように工夫してきたつもりだ。でも、この料理に比べたらあんなのは料理なんて言える代物じゃない。何だろうこの味! 甘くて、コクがあって、口の中に広がる……!
ウィナードさん達だけでなく周りで食事をしていた人達まで唖然として見ている事に、感動と衝撃の中にいるわたしは全く気付いていなかった。
「お嬢さん、うちの料理そんなに気に入ってくれたのかい?」
わたしの背後から声がかかった。
振り向いた先には、さっき鈴さんにビールを持ってきてくれたおばさんの姿が。うちの料理ってことは、おかみさんかな? わたしの顔を見て、おや、と少し驚いた顔をした。
「あんた、あの誘拐事件の被害者の子だね? やっと目が覚めたのかい」
……その話、どこまで広がっているんですか?
絶句するわたしに、あれ? とおかみさんは首を傾げた。
「違うのかい? あたしはてっきりそうかと思ったんだけどねぇ」
「たぶんそうだべ。んだども、記憶を失ってるもんだから、まだわかんねぇだ」
ルークさん、その記憶喪失人物設定はいつの間に確定したんですか……!
とんでも設定を聞かされたおかみさんは目を丸くしてわたしの顔を見た。違いますよとも言えず困っていると、わたしに向けられた目がみるみるうちに潤んでいく。
どうしたんだろうと思った瞬間、おかみさんが太い腕を広げた。
「いっ!」
ボロボロなわたしの体は、ちょっとした振動でも痛みを発する。それが、いきなり抱きしめられたもんだから、一瞬気が遠くなりかけた。
おかみさんは「可哀想に!」と涙声。それは今の状態の事でしょうか……。
「きっと相当怖い目にあったんだろうねぇ! 安心おし。ウィナード達が来てくれたからね。赤髑髏だって、すぐにお縄になるよ!」
なんか物騒な感じの名前が出てきた!
「あの、赤髑髏って……」
「ああ、ごめんよ! 聞きたくない名前だったね。忘れておくれ」
「いえ。何の事ですか?」
「それも忘れちまったのかい! ああ、可哀想に!! こんないたいけな女の子を捕まえて、あいつら絶対に許せないよ!」
気をそらすつもりで聞いたのに、おかみさんはますます涙目になって余計にきつく抱きしめてきた。おお折れる折れる! なんか出る!!
「おばちゃん、ストップストップ!」
「病人だべ!」
「ジュージュ! 放セ!」
傍から見てもまずいと感じたのか、鈴さんとルークさんが慌てておばさんに停止の声をかける。クーファもおかみさんの周りを飛びながら叫んでいる。それでも気が付かずにぎゅうぎゅう抱きしめてくるおかみさんはある意味大物かもしれない。最後にはウィナードさんが強制的に引き剥がしてくれました。ナイスです、ウィナードさん……て、あれ。なんかこんな事、前にもあった様な。
「ぐすっ。す、すまないね。あんたみたいな子が、あんな人でなし共にどんな酷い目に遭わされたかと思うとさ……ふ、不憫でね。ここに来た時の、あんなボロボロな姿も見てたもんだからさ、余計に可哀想で」
おかみさんはわたしの事を「誘拐されて酷い目に遭って記憶を失くした子」だと思っているらしい。全部外れですとは、エプロンの裾で未だ止まらない涙を拭いている彼女に言えるはずもない。わたしはただぐったりと椅子にもたれかかっていた。
周りのお客さんもわたしたちに注目して黙ってしまい、聞こえるのはおかみさんの鼻をすする音だけ。微妙な空気を掃う様に、鈴さんが咳払いをした。
「おばちゃん。まだあたし達、彼女の話を聞いてないの。ルークも、まだ彼女が記憶喪失とは決まってないでしょ。むやみに話さないの!」
「ん、んだったっけか……申し訳ねぇだ」
鈴さんの的確な指摘を受けて、ルークさんが頭を掻く。おかみさんを引き剥がす為に傍までやってきていたウィナードさんが「そうだな」と頷いて、席に戻った。
「そろそろ、話をしないとな。まず、君の名前は?」
「……ええと」
さて、困った。
記憶喪失設定が生まれている以上、偽名すら下手に喋れない状況だ。というのも、よくよく考えてみると記憶喪失っていうのはかなり便利な言い訳になるのだ。
雷翔がいない今、こっちの知識が乏しいわたしはきっとすぐにボロを出してしまう。けど、記憶がないという設定があれば、知識不足も納得してもらえるだろう。
必死に考えをまとめるわたしの前に、クーファがぽてぽてとテーブルの上を歩いてきた。
「ジュージュ、ドウシタ?」
…………しまった!
わたし、クーファに名乗ってたじゃない! ああ、どうして名乗っちゃったかなぁ!!
フリーズしたわたしに、ウィナードさんが首を傾げる。
「まだ、ぼーっとする?」
「……いえ……」
……駄目だ。諦めた。
「ジュジュです」
「ああ、ジュジュっていうのか。クーファがジュージュって言ってたけど、やっぱり君の名前だったんだな」
「変なとこで伸ばされてるけどね。それにしても珍しい名前よねぇ。出身はどこなの?」
「それは……」
言えない。
黙ってしまったわたしを前に、ウィナードさん達はお互いの顔を見合わせた。少し微妙な間が出来た後、今度はルーファスさんが質問してきた。
「年は覚えてるべか?」
「……十六、かと」
この答えが曖昧なのは嘘じゃない。小さい頃におばば様に預けられたわたしは、自分の本当の年齢を知らないのだ。
「家は?」
「……」
それは流石に言えません……。
「ご両親の事とか」
「……覚えてないです」
「やっぱ、記憶がねぐなったみてぇだなぁ」
しみじみとルークさんが呟いた。つられるようにウィナードさんと鈴さんも深々とため息をつく。
「そうだな」
「あれだけ熱も出てたしねぇ」
あれ?
……どうやら、記憶喪失設定が受理されたようです。良かった、のかなぁ。騙しているという罪悪感がじわじわと膨れる。良い人達だから、余計に苦い。