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R*Garden  作者: 三狐。
人の威を借る狐
13/14

06

まるで夢を見ているような感覚でふわふわと、しかしはっきりとした景色が見えた。

紅葉の美しい庭でぼんやりと目の前の屋敷を眺めていると縁側から誰かの声が聞こえた。

「紫炎、紫炎。どこへ行ったの?帰って来なさい!」

声のする方へ目をやると、赤い着物を着て艶のある美しい髪を靡かせた女性が不安そうに立っていた。

「かーさま!」

紅葉の木の裏から無邪気な声と共に、狐の耳を持った幼い少年が元気に駆けてきた。そして、そのまま縁側を登ると同時に”かーさま”の足に抱きついた。きゃあ、と驚きながら尻餅を着いた。すると一目散に地味な着物に地味な髪型、おまけに地味な顔をした使用人らしき人が飛んできて、少年に向かって言った。

「紫炎お坊ちゃま、何度も言っているではありませんか。お母様は目が御不自由ですから勝手に遠くに行ってはいけません、と。ましてや突然足に抱きつくなんて。」

返事を待つことなく倒れた女性に手を貸した後、つんと目を釣り上げたままそそくさと屋敷の中に戻っていった。

そんなやりとりを見ながら瞬きをしていると、いつの間にかテレビのチャンネルを替えたようにパッと情景が変わっていた。

月明かりが障子を通して畳の敷かれた部屋を照らしていた。子供用の小さな布団が二つ並び、片方では紫炎よりも幼い少女がすやすやと眠っていた。一方では、眠れないのか布団の中からぼんやりと紫炎が障子の方を見つめていた。

しばらくすると、障子の向こうから数人の足音と共にひそひそと話す声が聞こえてきた。

「…まったく、紫炎お坊ちゃまには困ったものですわ…お嬢様はあんなにもおとなしいのに… 」

「ええ…本に…どうして…腕白で…」

「それに、御狐…血を…く引いて…で…お嬢…は大違…」

歩きながら話していたので後半はあまり聞き取れなかったが、良くないことを言われていることはわかった。まさか隣の部屋から聞かれているとも思わないで去ってゆく足音と同時に、再び視界が切り替わった。


そんな景色をそれから幾つか見ていた。盲目の母親に代わって屋敷の使用人達は少年を厳しくしつけていた。 食事中や、遊んでいるときでさえもあれこれと小言を言われ、幼い妹と比べられた。 少年は俯いたまま黙って耐え続けていた。


その日は、雨が降っていたらしい。雨音の響く室内で1人絵を描いていた少女に紫炎が近づき不意に画用紙を奪ってビリビリに引き裂いて呟いた。

「生まれてこなきゃよかったのに。」

当然のように泣き出した妹に追い討ちをかけるように、突き飛ばそうと勢いよく手を前に出した瞬間、紫炎の両腕に紫色をした炎が一瞬まとわりついた。自分でも予測してなかった事態に怯え、腕を引っ込めてまじまじと眺めた。

泣き声を聞きつけた誰かが駆けてくる音が聞こえた。咄嗟に、音のする襖の方に手を向けていた。すると、先程と同じ炎がメラメラと襖を燃やし始めた。

「何…これ?」

次の瞬間、紫炎は障子を乱暴に開いて裸足のまま雨の中に飛び出した。


小さな池のようになった水溜まりに何度か足を取られながら振り返る事無く、大きな門の前で立ち止まった。正確には、立ち止まらなければならなかった。

太く長い9本の尾を揺らす大きな白狐が門の前で鎮座し、黄色く輝く目を細めてじっと紫炎を睨んでいた。

「父様…。」

”父様”と呼ばれた白狐は何か言いたげに首を傾げたが、無言で態勢を低くして紫炎に目線を合わせた。両頬に3本ずつ、鼻筋には2本の赤い模様のついた顔が目の前に迫った。

「嘘つき。」

僅かに、白狐の毛がびくりと逆だった。

「僕はニンゲンだって言ってたのに。」

嘘つき、嘘つきと何度も呟く紫炎んふわりと白い体が優しく包み込んだ。

「すまない、全部俺が悪いんだ…。」

「そう。」


「グッ…!?」

直後、白狐が目を見開き苦しそうに呻いた。腹部の白い毛が赤く染まる。

「僕は悪くないんだね。」

白狐の腹に強く押し当てた両手から炎が上がり容赦なく傷つけていた。

ぜいぜいと息を荒げながらも白狐は、紫炎を一層強く抱きしめ目を閉じた。同時に金色の炎が立ち込め、紫炎の持つ狐の耳と尻尾が消滅し、髪の間から人の耳が見えた。

「…そうだ…紫炎、お前は…お前には…」

それから先は聞こえなかった。もしかしたら話さなかったのかもしれないが。


紫炎は両手を下ろし、涼しげな顔で赤く濡れた毛を撫でながら、

「ごめんね。」

感情の無い声で呟いた。













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