04
紫炎の叫び声が遠のいていく中、彼は確かに落ちているはずなのに、それはまるで綿毛のようにゆっくりであることに気がついた。
しかし、重力には逆らうことなど出来るはずも無く彼の体はふわりふわりとではあるが確実に光から遠ざかっていた。
「あ、これ死ぬかも。」
為すすべもなく呟いた彼の耳に聞き覚えのある声がした。
「貴様...貴様は、無罪だ無罪!!」
幾重にも重なって聞こえるその声に続いて木槌の叩く音が響きわたった。
2、3度瞬きをすると、いつの間にか寂れた街の片隅にある今にも消えそうな街灯の下で、黒い体に釣り上がった黄色い瞳をギラギラ輝かせ、白い歯を剥き出して笑う『法廷兎』を見上げていた。
ところが、法廷兎の目は彼では無く彼の横に蹲る少年に向けられていた。
肩まで伸びてくしゃくしゃに乱れた髪を垂らしながらぼろぼろに着崩した着物をまとい、恨めしそうな目を法廷兎に向けるその少年は、幼き日の紫炎かと思われた。
今にも息絶えそうな顔色だが、その瞳にはまだ生への執着の色が残っていた。
「だから...なんだっていうのさ........何なんだよ...お前は...!」
息も絶えだえになりながら紫炎は法廷兎に問い詰めた。
「そう恐れるな、俺様はルーク・Court・ラビット。通称法廷兎だ。貴様には無罪判決を下す!つまり、貴様は許された身だ。安心して俺様の管理する世界、R*Gardenに来るがいい!」
ガチガチと歯を鳴らしながら軽快に話しながら、黒い右手を差し出した。
その手を弾き返しながら、紫炎はふらふらと立ち上がり、何度かよろけそうになりながらも声を振り絞って言い返す。
「管理って...お前...は......何者なん...だ...?僕...はっ......お前なんか...信じない...!...っ人間でも、無いくせにっ!!」
最後の一言に力を込め、叫び終えると同時に再び地面に倒れ込んだ。
それを聞くと法廷兎はふぅっと息を吐いて、釣り上がった目を糸のように細めながら、紫炎の耳元で囁いた。
「俺様は、貴様を見殺しにするわけには行かねえんだ。大事な大事な約束なんでな...。どうしても行きたくねえなら、どんな方法を使ってでもこの世界で生き延びろ。貴様、力はあるんだろ?使わないだけで...父親譲りの、なあ?」
法廷兎の言葉に紫炎が一瞬体を震わせた直後、二人をただ呆然と見つめていた彼の視界に突然ヒビが入り、ガラスが割れるように砕けちった。
気がつくと、先程までいた神社の景色に戻っていた。雨上がりの匂いの残る木々や湿った地面に裂け目は無く、何事もなかったかのように、そこにあった。
今のは...一体...? そう呟いて前を見ると、糸の切れたお面のすぐ側に紫炎が憔悴しきった様子で倒れていた。
様子を見ようと紫炎に近づこうとした彼に、上空から声がかけられた。
「あーあ、やっぱり君でも駄目だったんッスか。」




