03
暗闇の中、走馬灯のような夢を見た。忘れたくても忘れることのできない昔のことを。ぼんやりと浮かぶそれらは次第に薄れてゆき、チクチクと全身に痛みだけが残っている...。
「いっ...痛っ!!」
次第に増してゆく痛みに耐えきれず目を覚ますと数羽の烏がバサバサと黒い羽を落としながら羽ばたいた。
彼の右腕には血が滲んでおり、先程からの痛みは現実であったことを物語っていた。
「あーあ、嫌な夢見ちゃったなあ。」
彼は体を起こしてあたりを見渡した。どうやらここは本殿の裏側らしい。
そこで彼ははじめて、自分がいつの間にか仮面を着けていることに気がついた。
「なあんだ、まだ死んでないんだ。」
不意に声をかけられ振り返ると、そこには黄色と赤色で彩られた狐のお面で顔を隠した人が立っていた。
「せっかく烏の餌にしてみようと思ってたのになあ。ねえ、なんでお前は生きてるの?」
「カラスって...なんだい?」
「....は?」
予想外の返答に相手は戸惑いながらも、
「あれ、あの黒いの。それで、なんでお前は生きてるの?ねえ。」
木にとまる烏を指さしながらぶっきらぼうに答え、再び訪ねた。しかし、彼は質問に答えようともせずに嬉しそうに烏の黒々とした翼を眺めていた。
しばらくの間しげしげと烏に見入っていた彼は満足したのか、ハッと我に返ったかのように相手の方に向きなおす。
「それで、えぇと....何だっけ?」
まるで親しい友達に話しかけるように軽い口調で問いかけた。その言葉には相手への警戒も威嚇も感じられなかった。
相手はふうっと息を吐いて呆れたように僅かに俯く。お面を着けているので表情こそ見えないものの、その態度は明らかに彼を見下していた。
「お前は馬鹿なの?それとも阿呆なの?」
「....どちらでもない、って言ったらどうする?」
「間抜け。 」
「それは僕の名前じゃない。」
吐き捨てる様に呟かれたその言葉に反論した彼はまさに『間抜け』そのものであった。
彼の態度に苛立ちはじめた相手は腕組みをしながら『間抜け』に尋ねる。
「お前さ、何しに来たの?僕の邪魔しないでよ。」
そこで彼はやっと当初の目的を思い出したかのように、不敵に微笑みながら初めて真面目に答えた。
「君を連れ出しに来たんだよ、紫炎くん。そろそろ君の顔、見せてよね?」
彼がそう呟くと同時に『紫炎』の着けていたお面の紐がいとも容易くちぎれ、地面に落ちた。
「...!?」
お面の下から現れた姿は長く乱雑に伸ばした前髪をなびかせ、中性的な雰囲気のする端整な顔立ちをしていた。突然の出来事に動揺し紫に輝く目を開き唇を僅かに震わせたその顔は、仮面で隠された彼の顔と瓜二つであった。
その様子を見つめながら彼は、まるで全て予測していたかのように満足げに再び話し出した。
「なるほどねえ、シロウサギの言う通りだ。大丈夫、僕はぜーんぶ聞いてきたから。」
「白...兎?」
怯えたように彼を睨み次第に肩まで震わせながら紫炎は問う。
「いや、君にはクロウサギと言った方がいいのかな?ルーク・Court・ラビット、法廷ウサギに会ったことがあるだろう?」
「知らない...。」
「知らないだって?冗談だろう?」
「五月蝿い...止めて、知らない...僕は知らない、知らないんだよ...もう止めて!出てけよ!!」
全身を小刻みに震わせ瞳を憎悪と恐怖で潤ませながら次第に声を張り上げて叫び出した。
その直後、紫炎の周りの空気がザワザワと不穏に蠢き出した。
彼はその様子に警戒しながら1歩後ろに下がる。すると、紫炎の足元を中心に大地がバキバキと轟音を響かせ裂け始めた。裂け目は彼に逃げる隙を与えることなく、一瞬で周囲に広がり二人を闇の中に突き落とした。
足を着く場を失い暗闇に真っ逆さまに落ちていく彼の耳元に紫炎の最後の叫びが飛び込んだ。
「僕は...悪くない......!」




