新宿より
午後三時の新宿駅に、ぽつんと一人、男がいた。
彼は改札を出たところで目を真っ直ぐ前に向け、何かを呼んでいるようでもあった。
ものは空から降りてくる。
光を纏い、五月の雨上がりの風に揺られて。
男はそれへ手を差し伸べた。
それは彼の二つ合わせた手のひらへ真っ直ぐ落ちてくる。
彼の命であった。
彼は今ちゃんと東京の地に足を下ろしている。息をしている。心臓だって動いている。
しかしその手にあるものは間違いなく自分のいのちであると、彼自身がちゃんと知っていた。
彼には分かるのだった。
彼はそれをどうするのであろうか。
刹那。
ごくり。
飲み込んでしまった。
光った。
彼の喉の奥が、一瞬の輝きをみせた。
と、すぐに消えてしまった。
彼は歩き出した。
何事もなかったかのように。
すたすたと。
彼にしか分からない、目的地へ。
なにも持たず、なにも語らず、彼はぐるりと廻った。
新宿駅をぐるりと廻った。
さっき西口にいた男は東口へ、廻った。
そして改札を抜ける。
ホームへ上った彼は端まで歩いていった。
平日の昼である。
十両の電車の隅っこは空いていた。
男はそれに乗り込み椅子に腰掛けた。
オレンジ色の四角い箱は男を北へ連れていく。
それから何度か違う箱に乗り換えた。
銀色のものもあれば赤いものもあった。
電車に揺られている間にも彼はただただぼうっとして、ただただ汚れた窓の外へ無意識を投げかけるだけであった。
そうして彼はついにそこへたどり着いた。
外へ足を踏み出す。
新宿よりも遥かにすんだ空気を感じた。
ひょう、と耳元で音がする。
男は身震いをした。




