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obsession  作者: 礼央
第二章 狭間
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「…本当にお世話になって良いんですか?」



昼頃に、那穂の家に移り、準備している最中の問い。那穂もまた独り暮らしであり、既に亡き両親が買ったマンションに住んでいる為に、十分な広さがある。


「今更蒼間の家にも帰れないでしょ?

それとも凪砂の家の方が良かった?」


冗談混じりに答える那穂だが真にはまだ、冗談と取れる余裕が無い。口元が引きつってしまう。


「心配はしなくて大丈夫。

私達はまだ学生だから、お金に関しては狭間の方から支給されるの。

私も一切迷惑なんかじゃないし、最低限家事を手伝ってくれれば嬉しいくらいかな?」


真に与えた部屋を一通り片付けた那穂は、食材を仕入れに家を後にした。

独りになった真は、リビングのソファーに腰掛け、何をする訳でも無く、ただ時の流れに沿っていた。

ふと、目の前に携帯の充電器が目に入り、自分の携帯が切れている事を思い出す。

自分に連絡してくる相手なんて高が知れてる――。

そうは思いながらも、確か会社は同じだった筈。充電器を携帯に取り付け、電源を入れた。


「・・・!!」


目を疑った。

ディスプレイには着信履歴が50を超えた数が表示されていた。那穂が数件。残りは雪乃。

雪乃には何も告げずに去ってしまった事に対し、後ろめたさに苛まれる。


――――――――――もう・・・会えない・・・―――――


折角出来た友人。望んでいたのに、自ら突き放した。それが悔やましくて仕方ない。

そんな時、電話が鳴った。


「!!!」


驚いた反動で、そのまま通話のボタンをも押してしまった。


「・・・あ」


―――――どうしよう――――――。


今更電源を切る訳にも行かない。

手が震える中、覚悟を決めて携帯を耳に当てた。




「・・・はい・・・」



『・・・真?』


「うん・・・」


『良かった。やっと繋がった。

身体はもう大丈夫なの?』


「うん・・・」


想像とは反して、安堵と、何時もと変わらぬ声音。胸が締め付けられる。


「・・・ごめん・・・」


『何が?』


「何も言わずに去った事・・・」


罪悪感からか、自然と声が小さくなる。


『全部聞いたよ。

昨日ね、真の家に行ったんだ』


「家、知ってたの?」


『知らないわ。

だから駅で待ってたの。そしたら遥鳴さんと幸希が居て、付いて行ったの。

それで、全部聞いた』



「・・・」


『気付かなくてごめん・・・。真の様子が可笑しい事には気付いてた。だけどその深くまで気付くべきだったんだよ。

真はさ、蒼間を恨んでるかもしれないけど・・・遥鳴さんは信じてあげて欲しいんだ』


「え・・・?」


その言葉に眉が寄せられる。遥鳴がやった事じゃないのか?


『遥鳴さんも知らなかった。真をこうやって追い詰めたのは別の人なんだよ。

それで遥鳴さんは自分を追い詰めてる。』


――――――じゃあ・・・・別に誰が・・・・-------


思い当たるのは、当主である遥鳴しか居ない。


『詳しくは私も知らないけど、立場上当主の遥鳴さんより上が居るって事。

組織は大きいからね~』



真面目な話に飽きたのか、声に緊張感が失われた雪乃。それと同時に真にも、力が抜けるのが判る。


『まぁ驚いたのが、まさか狭間と通じていたとはねー。ビックリな展開よ。

お世話になってるんでしょ?』


「うん。本当に偶然出会って」


『世の中何が起こるかわかんないわよね。

取り敢えず安心だわ。真の事も口止めされてるから暫くは学校も安全よ!!来れないとは思うけどね。私の知る限りは全て教えるから、あんたも小まめに連絡しなさいよねっ』


「わかった。」


『じゃあもう切るね』


――ブツッ―――。


一方的に、電話は切れた。

つい先程までは、色々な蟠りが全身を支配していたが、雪乃と話しただけで晴々とした心地に見舞われる。

迷惑をかけたくはなかったが、それでも、嬉しかった。





「ただいまっ」


帰宅を告げる那穂の声に目を覚ます。

どうやらうつらうつら寝ていたらしい。


「・・・おかえりなさい」


どの程寝ていたのだろうか。帰って来た那穂の荷物に言葉を失う。


「ごめんね。服とか食材とか買ってたらきりがなくて」


「・・・そんなに・・・」


両手いっぱい袋を抱えた那穂は、重そうに歩み寄り、真の付近に荷物を下ろす。


「調子に乗って色々買っちゃって。

下着に部屋着。まだ少し寒いでしょ?好みが解らないから全てシンプルなものになっちゃったけど」


嬉々として語る那穂に言葉が出ない。

確かに服は何にでも合わせやすそうな色で、服のセンスを持ち合わせていない真に有り難いが、複雑な方が大きい。下着も、サイズは解って買って来たのだろうか・・・。

那穂の金銭感覚も疑ってしまう。

胸中で溜め息を吐きながらも、那穂の傍へ寄り、手に取って見る。


「私ね。12で両親が亡くなって以来独り暮らしだったから、家に帰って返事が返って来たのって、本当、久しぶりだったの。

何だか、感動しちゃった」


那穂は笑顔で、本心を零した。

那穂もまた、狭間なだけあって想像はつく。

雪乃もそうであった様に。


遥鳴、凪砂、双方が当主になる迄は抗争は烈しいものであったと聞く。


「・・・聞きたい事があるんです・・・」


「何?」


聞きたくても聞けなかった。許されなかった事。今なら、判るかもしれない。少しだけ、手が震えている。意を決する。


「私の両親は・・・もう死んだんですか?」





「!!」



那穂の表情が強張る。


「・・・知らないの?」


静かに問う那穂に答えを確信しながら力無く頷く。


「蒼間として越して来た時、漏洩防止の為に家族との連絡を禁止されたんです。

始めは大丈夫だったけど、耐えられなくなった時、帰りたくて電話したんです。そしたら、家も、携帯も通じなくて、もしかしたらって・・・覚悟はしてたんです。何も、教えて貰えないから」


「・・・」


今まで見てきた那穂とは打って代わって、厳しい物になる。

失望する事もなく淡々と言葉を発した真の瞳は、諦めがある。


「私達が知っている限りでは、半年程前に家が全焼し、亡くなっている。

それだけ。

真ちゃんも判っているとは思うけど・・・こちらに来る際、素性は挙げてるの。けれど、相模真と言う存在は火事で消えた事にされている。

だから、引越しも転校も蒼間でなければ不可能なの。」


「・・・」


真は俯くしか出来なかった。存在が消されている―――。

両親も―――。

実感が沸かない。

はっきりと宣告をされても、虚無感は変わらない。元より仲睦まじい家族ではなかったし、記憶すら薄れている。

それでも、身内を亡くしたと言うのに涙すら出ない自分が、疎ましかった。











「どう言うつもりですか」


光一つ差し込まない暗闇の空間で、厳かな声が響き渡る。

その声に呼応する様に、彼の周囲を掌程の小さな赤い炎が何処からか浮かび上がり、5つの炎はゆらゆらと赤を揺らし明りを灯す。


『――何がだ?』


炎の出現と共に響く低く、厳粛なる声。

部屋には彼しか居ない。


「相模真の事です。

世話はそちらが買って出た筈です」


『全うしているだろう』


先とは違い、別の方向から響く声。

噛み合わない話に、部屋に佇む彼。遥鳴は歯を食いしばる。


「彼女には一度しか生活費を支払ってませんね?」


『知らんな』


強く出る遥鳴だが、さも当然といった様にきっぱりと返される返事。これ以上問答を続けても意味を為さないのは解りきっていた。

 

『そんな事をとやかく言う為に呼び出したのか?我々も暇では無い。

問題視するのはその娘だろう。

蒼間に取り入れたのは監視の為言うのを忘れるな』


威厳の込められた言葉。

その言葉を最後に、周りを纏っていた炎は消失し、部屋は元の闇を取り戻す。

残された遥鳴は、大きく溜息を零した。

最後の言葉が全てを物語っていた。



先の声は五老ごろうと呼ばれる蒼間では参謀的な役割の人物。当主に近しい権威を持つ。

当主である遥鳴でさえも、五老が何処に住む何者なのか、素性は一切不明であり、唯一解っているのは、戦後に現れた狭間の、最も激しいとされた争いを生き抜いた5人の老人と言う事のみである。

彼等は、この方法でしか面会を許さない。

仲介を通してのアポイント。一方的な日取りと時間。そしてこの場所は総本家の地下一室。元は牢獄、拷問部屋として使われていた忌わしい部屋。

この部屋でしか行えない術式で大昔は拷問的な尋問が執り行われていた。尋ね側は時と場所を問わず、罪人は暗闇の苦しさなどの苦痛を味あわされる。

そんな術が現代では、こんな方法でしか使われて居ない。


遥鳴は当主でありながらも、五老達の手の平で踊らされているに過ぎないのを自覚していた。彼らの前では当主の威厳も意味を成さない。

再び深い溜息を吐くと、暗闇を慣れた手つきで扉に触れ、部屋を後にした。







総本家―――――。


当主である遥鳴の住む家を本家と呼ぶのに対して、蒼間の歴史を抱えた総本家は建物にもその歴史を垣間見る事が出来る。


*県に位置し、広大過ぎる土地を持っている。

ただ、家は山中の辺鄙な場所にあり、隔離されたも同然な部分を持ち合わせている。

しかしそれは意図的な物であり、周辺の山々を結界に近い物で覆い、人を寄せ付けない。地図にも載っていない。その中では、本格的な若手の修業が行われている。

遥鳴は月に何度も家と総本家を往復し、疲労の色は濃くなるばかり。それでも、『当主』の肩書きがある限りは、弱音すら吐く事すら許されない。


自分でも疲れを感じている。

だが、そんな時は総本家から見る山の風景に癒されていた。懐かしくも心地よい。今もそうである様に、気休めではあるが、安らぎの空間。



「相手にされんかっただろう。お前さんも懲りんな」


不意に掛かられた言葉。気配無く自分の後ろに立つ者に、遥鳴は振り返る。


「藤真?居たんですか?」


背後に立っていたのは杖を持った老人。


「儂がこの地から出ると思ったか?

お前も無理が顔に出とる。あいつ等の前じゃ当主の威厳もあった物じゃないな」


的確に言葉を突き付ける老人。

名は藤真玄道ふじまげんどう。現在総本家の家主であり、元五老。70頃の見た目に反して特別な力により200歳近く生きており、生き字引、遥鳴の良き相談相手でもあり、最も頼れる存在。



「何か用でもあるんですか?」


玄道の突き刺さる様な嫌味の言葉に半ばうんざりする遥鳴。

対して玄道はそんな遥鳴の反応を楽しんでいるように見える。


「そんな顔をするな。顔を見に来ただけじゃ。

お前の努力も考えも知っとる。

問題は蒼間の歴史じゃ。歴史はどうにもならん。あいつらの考えも歴史故。仕方の無い。だが、努力はいつか実る。お前は人一倍頑張っとるんだからな」


「・・・・」


玄道は全てを見透かしている。

産まれた頃から遥鳴を見てきた玄道。

遥鳴の思いも解りきっているのだろう。


玄道には勝てない。だからこそ信頼出来る。

遥鳴以上に辛い蒼間の歴史を間の当たりにしているのだから・・・。



「まぁ・・・今の問題はあの娘だろうな。

相手にされないんじゃない。対処が解らんのだ」


玄道が口にしたのは真の話。


「藤真はあの子をどう見ますか?」


遥鳴の問いに玄道は空を仰ぎ、太陽の光に目を細める。


「・・・解らん。だが、蒼間でも、狭間でも無い人間が何らかの力があるのは放置出来るものではない。今どうしている?」


一瞬。遥鳴の表情に曇りが見えたのを玄道は見逃さなかった。


「狭間に・・・渡りました・・」


言葉を濁しながらも答える遥鳴。

予想外の内容に驚きを見せ、溜息で落胆を示す。


「そうか・・・よりによって狭間に渡ったか・・・」


「出会いの経緯は解りませんが・・・」


「定めか・・・。

仕方が無い事じゃ。誰だってあんな仕打ちを受ける所に好んで留まらん。

あいつ等も惜しい人材を手放したもんだな。

一度は此処に連れて来て欲しかったんだがぁ・・・」



そう、名残惜しそうに呟いた。玄道自信、真に興味を持っていたのだろう。

五老の行為も解っていた様で、責める事も無い。均衡を保つ為に常に中立に位置する玄道。敵ならず、全ての味方。客観的な意見しか助言しないからこそ、遥鳴は聞き入れる事ができるのだ。


「まだ忙しいのだろう?

此処に来て直ぐに帰る必要は無い。無理は禁物じゃ。今日は此処でゆっくりと休め」


そう言い残すと玄道は杖を付きながら、ゆっくりと去って行った。



疲れが顔にまで出ているのだろうか・・・。

玄道を見送った遥鳴はその場に力無く腰を下ろした。蒼間に狭間に真。

抱える問題が多過ぎる。


――――――――今の自分には手に負えないかもしれない―――――――――。


心なしか、そんな不安が遥鳴に過る。

所詮自分は、当主の器に収まる人物では無いのだ。

だがそんな事を考えても、周囲が変わる訳でも無く、何度目かの溜息を付くと遥鳴もまたその場から去って行った。

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