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obsession  作者: 礼央
第二章 狭間
26/45

裏切りの裏で





――――――頭が痛い――――――。


――――――体も怠い―――――。



それでも目の前にある闇から抜け出したくて、重たい目蓋をゆっくりと持ち上げる。



―――また・・・知らない天井―――。


瞳だけで周囲を見渡してみても、やはり見覚えの無い部屋。

此処が、病院でも、保健室でもないのは確かである。


「気付いたか?」


頭上から投げかけられた素っ気ない言葉。

視線を向けると、其処には凪砂が直ぐ側で椅子に座っていた。


「!!」


驚いた真は慌てて上体を起こす。

しかしその衝撃で軽い眩暈に襲われる。


「此処は・・・?」


「俺の家だ」


ふらつく頭を支えながら、先程までの出来事を思い浮かべる。


―――そうだ。私は・・・完全に蒼間を裏切ったんだ――。


チクリ。と胸に痛みが走る。

衝動的だとは言え、過ぎてしまった事。後悔しても遅い。


「目が覚めたのなら、那穂を呼んで来る」


真の心情を知らない凪砂はゆっくりと立ち上がる。


「あの。どうして凪砂さんは此処に・・・?」


ずっとこの部屋に居たのだろうか?

その問いに、凪砂が軽く溜め息を零す。


「お前が倒れてから起きるまでずっと俺の服を握り締めてたからな。出ようにも出れなかった」


そう言う凪砂の制服は、腰辺りに真が握り締めていた部分を強調するかのようにしっかりとしわが刻まれていた。

それを視界に入れた途端、真は顔が熱くなるのを感じた。

あんな醜態を晒した上に、寝顔まで見られ、この始末。相当赤面しているのだろう。そんな真を気にする事も無く、凪砂は部屋を後にする。



――――――手・・・引き離す事だって出来たのに・・・。


近くにある時計を見ると、7時を回った事だった。


凪砂が去って暫くすると、パタパタとスリッパの擦れる音が近付いて来る。


「真ちゃんっ大丈夫?」


那穂は心配そうに部屋に入る。手には小さな土鍋が置かれたトレイを持っている。それから漂う香りは真の胃を擽らせた。


「はい・・・もう大丈夫です」


「目が覚めて良かった。今日は御免ね。学校が時間内に帰らせてくれなくて・・・。あとね、雑炊作ったの。

これなら体にも優しいと思って」


那穂は近くの机にトレイを置き、先程まで凪砂の座っていた椅子に座る。


「凪砂が・・・。蒼間の当主に逢ったんだね・・・」


トーンが下がる那穂に頷く事しか出来ない。


「もうっ凪砂の性格からしてあの境遇で嘘でもついてやり過ごすような人じゃないのは解るけど、まさか自ら正体明かすなんて・・・」


心配しているのか呆れているのか、那穂は大きな溜め息を吐き出す。


「全部。凪砂から聞いたよ。真ちゃんも・・・大変だったね」



手を。握られた。今、自分がどれ程脆いか知っていた。何を求めているのかも。

那穂はそれを解っているのだろうか?


「・・・っ」


これ以上、人前で弱い部分を晒したくない。

泣き顔なんて、2度と見られたくもないのに・・・。1度溢れた物を抑えこむ事が出来ない。


「もう、大丈夫だから・・・」


那穂の胸を借り、真は我を忘れたかの様に声を上げて泣いた。



求めていたのはきっと人の温もり・・・・。







――――カチャッ。



リビングの戸が開かれたと共に、凪砂は眺めていた冊子から視線を移す。


「泣き疲れてまた寝ちゃったわ・・・。

よっぽど弱ってたのね。雑炊が冷めちゃう」


軽く肩を落とすと凪砂が座っているソファーの側に腰を下ろす。


「何?それ」


「相模真の情報だ」


渡された冊子はとても薄っぺらい物であり、一通り目を通す。


「・・・これ・・・」


那穂の顔が剣呑な物へと変わっていく。


「家族と学校の同級生が半年前に死んでいる。

相模真も、その際同じくして死んだとされ、殆どの情報が消失している」


「・・・じゃあ、真ちゃんは・・・」


「完全に蒼間の掌中に収められているな。転校の際も、蒼間が裏から操っている。」


こちらに打つ手が無い事に落胆する那穂。


「今の真ちゃんは極度の貧血に栄養失調よ?私にでも解るわ。それも蒼間が?」


「さあな。それはあちらの問題だ。

それよりも、これからどうするんだ?」


「私の家で住まわすわ。居場所がないんだもの。家だって蒼間の物でしょ。

でも・・・凪砂は良いの?」


「俺自身問題は無い。あの蒼間が此処まで手を掛けているんだ。あいつには何かある。

それを奴等が放る訳もないだろ」


「だと良いけど・・・」









時を遡ること少し前。

遥鳴と幸希は真のアパートの前に来ていた。


「相模の家に入るのか?」


「嗚呼。鍵はあるからな」


「・・・趣味悪ぃな・・・」


幸希の悪態に笑顔で返す事しか出来ない遥鳴。

鍵を取り出すと、静かに真部屋の扉を開く。


「やっぱ帰ってる訳無いよな」


想像通り真の姿は無く、閑散とした部屋。幸希は判りきったように呟く。

夕暮れも過ぎている為に部屋は暗い。


「電気が・・・」


切れているのだろう、廊下を照らす灯りが付かず、携帯の点灯を頼りに部屋へと向かう。

リビングに入っても同じで、電気は付かない。

そしてテーブルの上に意図的に置かれた懐中電灯と立てられた蝋燭。


それが、全てを物語っていた。

携帯では限度がある為に、その懐中電灯を手に取り、灯りを付ける。


「どう言う事だ?」


訪ねる幸希に対して遥鳴は何も答えず、幸希の手から電灯を奪うと、灯りを頼りに部屋を物色し始めた。


「おいっ」


焦る幸希を気にも留めず、遥鳴は何かを捜す。

真の部屋は随分質素な物であるため、目的の物を見つけるのに時間は掛からなかった。


「・・・あった」


遥鳴が手にしていた物。

それは通帳。

中身を開き、確認しても、遥鳴は無言のままだった。


「・・・残高が30円?どういう事なんだよ?」


後ろから覗き込んだ幸希は信じられないと言った口振りで呟く。


「・・・あの言葉の意味がやっと解ったよ。前に、真がバイトをしたいと言った事がある。

真は越してきた初めの月しか生活費が支給されていない」


つまり、ガスも電気も止められているのだ。




――――――その時、玄関の扉が開かれた。





「相模か?!」



玄関へと足を向けると、そこに立っていたのは雪乃であった。


「雪乃・・・どうして此処に?」



「真の家を知らないから…ずっと駅で待ってたの。早退して、心配だったから…

そしたら、2人を見つけて、後を付けて来たの…。

此処は真の家でしょう?何かあったんですか?」


落ち着いてはいたものの、雪乃は何かを感づいていた。

遥鳴は隠す事も無く、静かに真の通帳を手渡した。



「・・・やっぱり・・・」


記された残高を見た雪乃は、驚く事もせず、極めて冷静に呟いた。


「何か思い当たる節でも?」


「あります。凄く痩せたし、最近お昼も全然食べなかったから・・・。でも・・・これはどういう事なんですか?」


雪乃は遥鳴に敵意の籠もった瞳で見つめる。口調にも強みがある。


「・・・真の生活に関しては、あちらが自ら買って出たんだ・・・蒼間として存在させる事を黙認する代わりに・・・」


「それって・・・」


「全てはじじい達の差し金なんだな・・・」


雪乃の言わんとせん事を幸希が変わりに答え、返事代わりに遥鳴は額に手を当て、悩ましげに頭を垂らす。



「肝心な真は?」


その問いに、すぐ答える事が出来ず、気まずい空気が漂う。



「真は・・・蒼間を去ったよ・・・」

哀愁を漂わせた表情で、遥鳴は口を開いた。


「え?」


「あいつはどういった経緯か狭間と通じたらしくてな、そっちに移ったんだ」



「そんな・・・」


遥鳴とは打って変わって厳しい表情の幸希。

2人を見ていると、責める事も出来ない。

雪乃にとって、自分に何の相談も無く真が去った事のショックが大きいのだ。




「とにかく、明日総本家に渡って真相を確かめて来るよ。

留守を頼めるか?」


「勿論。お前は大丈夫なのか?」


「俺は問題無い。・・・当主だからな・・・」


それには皮肉と嘲笑が含まれてまれていた。

幸希も、それ以上口を出す事が出来ない。


「雪乃にも、頼みたい事があるんだ」


「・・・なんですか?」


「真が狭間に渡ったと言う情報を内密にして欲しい。何処から漏れるかが怖い所だからね。

特に学校で、少しでも怪しまれないよう真を居るものとして扱って欲しいんだ」


「それなら問題無いです。最初からそのつもりですもん。

最近の容態を知ってる者は多い筈です。暫くは保たせます」


「ありがとう」



その笑顔に軽く心が揺らぐが、今の笑顔は本心からのものではない。

少なくとも遥鳴は疲れ切っており、覇気は感じられない。

それが、雪乃にとっては辛くもある。


叶わぬ恋なのか・・・一向に近付かない距離に、溜め息を吐く事でしか、行動は起こせなかった。






日の出を迎えても、真の眼は冴えたままであった。夜のうちに再び目が覚め、本来ならば昨日の内に那穂の家に移される筈であったのだが、今の体調では歩く事は疎か体を動かす事すら負担が掛かる為に、凪砂の家に一泊している。

真一人で泊まらせる訳にはいかないと、那穂もまた、凪砂の家で一夜を過ごしている。

人の家に泊まるのは久方ぶりな上、相手は異性であって那穂が居ても不安で仕方なかった。


蒼間を裏切り、敵方である狭間へ渡った。

変えようのない事実に、真は押し潰されそうな程に畏れていた。既に十分睡眠は取っていた為に、冴えきった目と頭は真を考えをより複雑に掻き回す事になる。


蒼間とは何か。


狭間とは何か。


何故、自分はこんな所に居るのか・・・。



嫌でも廻る思考。


何度――同じ事を考えたか――――それでも、答えに辿り着かぬまま、為す術も無く、足掻いている。


―――道が無い―――。


行くべき場所も、向かうべき先も、検討がつかない。

恐れるは自分なのかもしれないのだ。

日に日に、明日を迎えるのが怖いと感じ始めている自分を抑える事が出来なかった。

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