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冷静になって考えてみると、公園で見たものは不思議に思う事が多い。
暗鬼の所為で奇っ怪な出来事に慣れ始めて来ているのだろうか。数人が血を流して倒れている光景をも、何一つ感じなかったのだから。
「さっきの・・・あの刀は何ですか?」
「ん?あれ?あれは」
「那穂」
何処からか、那穂の答えが遮られた。
その声は横から聞こえて、2人は同時に声の方向に目を向ける。
話に夢中になり、気付かなかったが、テーブルの隣には見知らぬ男が立ち、那穂を見下ろしていた。
「早かったのね。座って」
那穂はそう言うなり、四人掛けのソファーの置いていた荷物を自分の膝上に乗せ、彼を隣に座らせる。
那穂の隣に座った青年は、色素の薄い栗毛に、とても整った顔立ちをしていたが、愛想が無く、目つきも悪い事から見た目の美しさを感じの悪さに変えていた。
無表情だが、不快そうな雰囲気を醸し出しているのは嫌でも身にしみて感じる。きっと彼が凪砂。
早々に居心地が悪い真だが、名前から完全に少女だと思っており、現れたのが男だった事に、多少のショックを隠せない。
「ごめんね凪砂。急に呼び出して。
どうしても逢わせてみたかったの。
この子が例の蒼間。相模真ちゃん」
まず先に真を紹介されるが、凪砂は眉を顰めるのみで何も言葉を発さない。
「そして真ちゃん。こちらが凪砂。
継見凪砂。我が狭間筆頭当主。」
「は?」
彼を紹介された時、会釈の1つでもしようかと思っていたのだが、飛んだ。
頭が現状を理解出来ず、呆けてしまう。
――――――――当主。
それは一族の中で最も優れ、権限のある者。
遥鳴がそうであるように、その若さに驚きを隠せない。
年齢は差ほど真と変わらないであろう。僅かに信じがたい。
何よりも、狭間の人間に会うだけでなく、その一族の当主に会うとは・・・。
何とも言い難い。
「何で・・・そんな人と・・・」
やっとの事で言葉を紡ぎだす真。
那穂と出逢ってからは疑問符しか口にしていない気がする。それ程、那穂の行動は理解し得ない。
「接点になって貰おうと思ったの」
那穂は哀愁を含んだ笑みで答える。
真は勿論の事、凪砂にも初耳のようで、目を細める。
「どう言う意味なんです?」
「簡単には元は同族なんだ。って事」
詳細は述べなかったが、検討は付く。
「でも・・・それが問題なの・・・」
俯く那穂に真は声を掛けられない。きっと過去、那穂には何か、そう考える出来事があったのだろう。
「・・・真ちゃんは・・・蒼間で大丈夫?」
急に真剣な表情になると、今度は真を案じる発言。何を言い出すのかと思ったが、「大丈夫」。その単語に真の心臓は高鳴る。
「真ちゃんがどういった経緯で蒼間を知り、仲間に入ったかは置いて、私達は蒼間の内部を知らない。・・・でも。
蒼間は一族全体余所者を嫌う。だから私達と確執があるのだもの。
私達以上に部外者である真ちゃんが蒼間の中で生きて行けるのか。それが心配なの。
接点にはなって貰いたい。・・・けど・・・真ちゃんの身を考えるなら、こちらに来た方が良いと思うの。さっきは直接的な諍いは無いって言ったけど、実際、間接的に年に数十人位は死んでる。
蒼間に比べたら、権力も力も無い。でも、あなたを守る力は備えてるわ。
・・・狭間に・・・来ない?」
まさか誘われるとは想定の域を遥かに超えていた。きっと那穂は、狭間の内で位の高い存在なのだろう。当主が呼び出せる程なのだから。
那穂の勧誘の言葉は、不覚にも真の心を揺らがせた。
狭間に、那穂について行けば、雪乃を裏切る事になる。遥鳴も・・・ついでに幸希も。
それだけが、真を思い留まらせた。
真は俯き、静かに首を振る。
「そっか・・・」
率直な答えに那穂は肩を落としてみせた。解りきっている事なので落胆はしていない。しかし――――
「決めた事なら文句も言わないよ。
だけど―――。私達からすれば蒼間は脅威なの。
・・・それは、忘れないでね」
そう―――念を押した。
暫く沈黙の空間が漂ったが、今まで一言も口を開かなかった凪砂がそれを割った。
「お前が蒼間に居ても居なくても、俺達には関係の無い事だ。
だが、もし蒼間に居場所を無くしたとしても、俺はお前を拒みはしない」
そう、抑揚の無い声で伝えると、静かに立ち上がった。
「帰るの?」
「ああ」
那穂の問いに振り向く事無く、凪砂は帰って行った。
凪砂の、あの印象は良いものでは無かった。
何となく後味の悪さを噛み締めた真に那穂も少しばかり感じとったらしい。
「ごめんね。あの人凄い無表情なの。だから感じは悪かったでしょ?
心根は優しいんだけどね・・・。
でも、当主直々に歓迎されたんだから、もしもの時は遠慮しないで」
それには、頷くしか出来なかった。
それから、2人は連絡先を交換し、駅で別れた。
これから先、真自身どうなって行くのか、不安で不安で仕方なかった。
遥鳴は言った。蒼間と狭間はいがみ合っていると。
遥鳴は言った。元は同じ一族だと。
那穂は言った。接点になって欲しいと。
考え過ぎて、整理が効かない。
那穂に出会い、真は迷った。自分が、何処にいるべきなのか。
凪砂に出会い、真は考えた。自分が何をするべきかを。
那穂と別れ、家に帰り着いてからも、真は何かモヤモヤしたものと葛藤していた。
睡眠を取ろうにも、それが邪魔し、一睡も出来ずに朝を迎えてしまった。
そのお陰で、足取りも重く、頭痛すら伴う。
更には連日の疲れからか、意識すら朦朧としてくる時がある。
この状態で学校に行くべきだろうか・・・。
そんな事も考えたが、足はもう既に学校の門は過ぎていた。
重い足取りのせいか、歩幅は狭く、次々に同じ制服を着た生徒が真を過ぎていく。
何時もと変わらない時間帯に出て来たのだが、階段を昇る頃には、生徒の数も少なく、見かけたとしても、急ぎ駆け上がって行く者のみ。
――――――きつい――――――。
階段が辛い。
大した段差は昇っていない。それなのに、動悸に息切れ。
体力は付けていた。
原因に、心当たりがあった。しかし、止まる事はせずに進む。遅刻をしない為に。
やっと一階を昇りきる事が出来たが、その頃には呼吸は荒く、手足に震えが来ていた。
それすら意地でも真は無視する。
一歩。
踏み出す度に心臓の血液が逆流しそうになる。
唯一の支えになる手すりを力いっぱい握り締め、全身を保つ。
それが更に負荷をかけている事に真は気付かない。
意識が、完全に呑まれようとしていた。
流石に危機感を覚えた真は階段の途中で立ち尽くす。
――――――――動く事が出来ない。
朝から何一つ口にしていないのだが、胃から盛り上がって来る嘔吐感。
もう、抵抗など出来なかった。
脚の力は完全に抜け、引き付けられるかのように体重の重さで後ろへ後ろへと倒れ込む。
ゆっくりと・・・視界が変わるのを感じていた。
「おっと!」
衝撃を覚悟していたが、訪れない痛み。それとは逆に背中に感じる温もり。
「 」
薄れる意識の中、真は、声を聞いた。
「・・・・・・」
知らない場所にいた。
まだ霞む意識を時間をかけて覚醒させると、自分が倒れた事を思い出す。
そうなると、此処は保健室――――
見慣れない天井を眺めたまま、思いを馳せる。
意識を失う前に、誰かに助けられた気がする。
体に負担をかけないように、ゆっくりと起き上がる。
状態は良いとは言えない。
起き上がるだけでも、軽い動悸と眩暈に襲われる。
けれども、ゆっくりと寝ている気分でもないのだ。
手すりを持つ手に力を入れ、まだふらつく脚をしっかり地面に固定し、力いっぱい立ち上がる。体を支えつつ摺り足で歩みを進め、ベッドを仕切るカーテンを開ける。
実際保健室に入るのは初めてだったが、清潔感を感じる白を強調した教室。更に安心感を与える空間。大きな机に広いソファー。
多少、消毒液の匂いも漂うが、それもまた、保健室特有の味を出していた。
が、人の姿が見当たらない。
時計を見つけると、針は一限目の半ばを示している。
とりあえずソファーに寄りかかろうと、そちらへ向かうが、思わぬ人物に動きが止まる。
背もたれが視界を遮って気づかなかったのだが、ソファーに横になって幸希が寝ていた。
「・・・・・・・」
無言のまま見下ろす真。
不穏なオーラでも出していたのだろう。何かに気付いた幸希は、目を開け、頭上の真と瞳が合わさる。
「何やってるの?」
既に授業は始まっている。半ば否定を込めた口調で幸希に問う。
「おう相模。起きたんだな。もう大丈夫なのか?」
「まぁ・・・」
「寝不足。過労。極度の貧血だそうだ。
お前ちゃんと飯食ってるのかよ?」
怠そうに起き上がると、真の皮肉をそのまま返すような口振りで症状を告げる。
「何で四谷がそれを・・・」
「お前が倒れそうになった時丁度俺が階段の下に居たんだよ。良かったな。俺が居たから怪我は無くて済んだんだぜ?
んで。保健室に運んだけど、保険医が会議だからって留守番頼まれたんだよ。
授業サボれたから有り難いけどな」
地面に体をぶつけなかった記憶はある。
幸希に助けられたのか。
「・・・あ・・・」
ありがとう。
そう言おうとした瞬間に激しいふらつきに襲われた。
額を手で抑えながら、後ろ手で机の椅子を探し当て、倒れるかの勢いで寄りかかる。
「大丈夫か?」
慌てて幸希はソファーから立ち上がる。
幸希だけには心配をされたくない。
幸希を手で制し、動機も、最低限の呼吸で押さえ込む。
「・・・大丈夫っ・・・だから・・・」
そうは言うものの、発言に説得力は無い。
触れるだけで倒れそうなほど、顔色は真っ青なのだから。
―――――――――ガラッ。
2人の沈黙を破ったのは戸を開く音と、その人物。
「ごめんなさいね四谷君。留守番まかせてしまって。
あらっ相模さん。起きたのね?」
物腰の柔らかい口調で現れたのが白衣を纏った女性。この人が保険医であろう。中年。と言うには随分若く、尚且つ大人びた雰囲気を持ち合わせており、一言で言うならば、世間一般の理想的な保険医の図そのものの印象を真に与えた。
「私はもうここにいるから、教室に戻っていいわよ。留守番ありがとうね」
部屋に入るなり、有無を言わさぬ口調で退室を促す保険医。
幸希も反論は出来ないと悟ったのか、半ばがっかりした表情を見せる。
「はいはい。じゃあ相模、無理はすんなよな。」
怠そうに幸希は保健室を後にした。
「四谷君から聞いたとは思うけど、寝不足に過労。そして極度の貧血。
これには薬が無いの。ちゃんとご飯は食べてるの?」
保険医は湯気の立ったお茶を手にしていて、それを真の手前に差し出す。
「・・・・・はい」
小さく頷き、お茶を啜る、真は猫舌ではあるが、お茶の温かさが胃に染み渡る。
「担任の先生には言ってあるから今日はもう帰りなさい?
帰ったらご飯を食べてしっかり寝る事。
・・・ちゃんと帰れるかしら?」
それにも軽く頷き、お茶をもう一杯貰い、真は帰宅した。
―――――――雪乃は、心配するだろう。
それも、必要以上に。
そして、問いただして来るのは目に見えている。
「・・・・・もう・・・・。学校には行けない・・・・」
真は携帯を手に取った。




