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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
支部と竜
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2-4:「ご自愛ください」

 何も言ってこないところを見ると、クレーマーの処理は上手くいったらしい。

 これでフランクさんの株も上がったことだろう。


「ピ?」


 そんなことを考えていると、雛が首を擡げてドアの方に顔を向ける。

 ほんの少し後にドアをノックする音が聞こえたけど、強さも早さも普段のもの。


「イリア、目を覚ましたよ」

「うん、わかった。すぐ行くね」


 雛を抱いて立ち上がり、ベッドの上に下りて貰おうと屈んだけど、しがみ付いて一向に離そうとしてくれなかった。

 仕方なく抱いたまま二階の個室に向かうと、起きていたのはカワウソの獣人一人だった。他の二人はまだ眠りこけたまま。

 カワウソの獣人のベッドの横で椅子に座るフランクさんの横に移動する。

 それを認めたフランクさんが獣人の男性に問いかける。


「どこか痛むかい?」

「……いえ……、ここは」

「リュネヴィルだよ」

「リュネヴィル……?」


 獣人の男性は怪訝そうに眉を顰めた。


「ここを目指して来たわけじゃないのか?」

「はい、自分は……、そ、そうだ! ガウルとルーベンは!?」


 獣人の男性は跳び上がるように体を持ち上げて、すぐ傍のベッドに横たわる二人を認めた。


「安心してくれ。彼らの傷ももう癒えてる。今は寝ているだけだよ」

「そう、ですか……。……ありがとうございました」


 深々と頭を下げる獣人の男性に、フランクさんは首を横に振る。


「構わないよ。それより聞かせて欲しい。あの竜の卵をどこで手に入れた?」

「竜……? 竜の卵だったんですか!?」


 獣人の男性は目を見開いて驚きを表現する。その様子のどこにも嘘偽りは見て取ることができない。


「知らずに運んだのか」

「……はい。……見つけたのは、依頼を達成してウィルヴィルに戻ろうとしたところでした。見たこともない卵だったので、高値で買い取ってもらえるかもしれないと運ぶことにしたんです」

「周りの様子はどうでしたか?」

「周り、ですか……?」


 私の問いに、獣人の男性は口を閉ざして考え込む。

 あまりに考え込んでしまったので助け船を出すことにした。


「卵の落ちていた地面だとか、天気だとか……覚えてることで構いません」

「……地面は、特に変わったことはないと思います……あ、いや、巣らしい所が何もない所に落ちていたので、不思議には思いました。天気は……晴れ、いや、少し曇っていたかな……」

「十分です。ありがとうございます」


 フランクさんにも頭を下げると、意を察して頷きを返してくれる。


「思い出すのは辛いかもしれないが……その後襲われたのか?」

「はい……」

「襲ってきたものの姿は見たか?」

「はい。角の生えた馬でした。毛並みが特徴的で……鱗のようにも見えました」


 頭を抱えたくなったけど、雛を抱えてるせいでそれも叶わなかった。


 鱗と角を持つ馬。……そんなの麒麟しかいないじゃん。

 こんなとこで何やってんだあんにゃろう。


 私が内心で疼痛を抑え込む間もフランクさんによる聴取は続く。


「君たちはその馬にやられたのか?」

「いえ。自分たちは馬に追いかけられはしましたが、紙一重で攻撃を躱しながら逃れることができました。……自分たちが傷を負ったのはその後です」

「別の馬に襲われたのか?」

「いえ……人です」


 フランクさんの緊張が雰囲気だけでも伝わってくる。

 人が卵を狙っていたのだとしたら竜神の矛先は人に向かうかもしれない。

 その懸念が深まれば緊張するのも当然だ。


「その人物の姿は見たか?」

「……いえ、ほとんど奇襲で持って行かれたので、それどころではありませんでした」

「……卵をよく手放さなかったな」

「敵が卵を避けて攻撃していたのは辛うじて判りましたから……」


 逆手にとって攻撃をうまく誘導させたんだ。命がけの状況でそんな機転を利かせられるんだからすごい。

 前世でクビになりそうなミスした時には、頭が真っ白になっちゃって何もできなかったなぁ。……比べるもの失礼か。


「そのあとは、見えた城壁に向かって走ることしかできませんでした……」

「そうか。頑張ったな」


 その襲ってきた奴らの思惑は分からないけど、竜神の卵を妙な思惑から守ったことは確かだ。

 一通りの質問を終えたのか、フランクさんが私に視線を送ってきたから、何もないですってことで頷きを返した。


「起きて早々済まなかった。養生してくれ」

「あ、はい……。本当にありがとうございました」

「いや、礼を言うのはこっちだ。竜神の卵を守ってくれたこと、心より感謝する」


 竜神の卵と聞いて男性の顔は蒼白に変わる。

 これが普通の反応。畏れ多すぎて手を出そうとすら思わないのが普通。

 三人を襲った人たちが卵の保護を考えてるなら、まずはその意志を伝えようとするだろう。

 そうすればまともな神経の持ち主であれば我が身可愛さに一にも二にも卵を手放すだろうから、簡単に目的は達成できる。

 どこまで突発的か分からないけど、三人を襲ったことも目的の一つって考えた方がいいかもしれない。


「ご自愛ください」

「ピッ」


 私がお辞儀するのと合わせて雛も鳴く。

 流石に守って貰えたことは分かってないだろうけど、こういうのは受け取る側の問題だから構わないと思う。獣人の男性も嬉しそうだし。

 早速フランクさんと私は三階の応接間に移動して情報を纏めることにした。


「最悪の事態は免れそうだな」

「そうですね」


 フランクさんの重い呟きを肯定する。

 最悪の事態……良からぬ者に卵を奪われ、竜神の怒りが情け容赦なく人々に降り懸かることは避けられた。


「君はどう考える」

「少し長くなるかもしれません。お茶を用意いたします」

「あ、ああ」


 フランクさんは私の悠長な振る舞いに、焦るどころか脱力した様子。

 まぁ悠長にしていられるのは別に虚勢でも諦観でもないし、焦っても仕方ないことだって分かってるからだ。

 紅茶を淹れたポットからカップに注ぎ、ソーサーに乗せてフランクさんの手元に運ぶ。

 芳しい香りと喉を潤してフランクさんが落ち着いたのを見て取り、私は説明を始めた。


「支部長は竜神がどこに棲んでいるかご存知ですか?」

「いや、知らないな」

「竜神が棲んでいるのは、天宮と呼ばれる空に浮く島です」

「島が浮くのか……?」

「巨大な風の結晶柱を中心にできた島なんです」


 その結晶柱を盗まれて墜落しかけた、なんて話は蛇足だから勿論話さない。

 当然、その結晶柱を取り返した功績で竜神の正妻候補なんて面倒臭い柵を賜ったこともだ。


「なので、私が最初に考えたのは、天宮から卵が落ちてしまったケースです」

「それは卵が無事に済むのか? ……ああ、それで地面の状態を聞いたのか」

「はい。何らかの力が働いたとしても、周囲になんの影響も及ぼさずに着地できるとは思えません」


 クレーターとまではいかなくても、それに似たものは生じる筈。

 風の飛行魔術、エアリアルバーティでも地面すれすれを飛ぶと、纏ってる風で草や石が弾き飛ばされる。時空魔法でも卵だけの転移はできないから、空間が書き換えられて消失した地面が少しは残ったはず。

 それに、もし私の知らない術やスキルを発動させたとしても、天候を聞く限り天宮が何かした可能性は低い。


「天宮が上空にあると、外からは巨大な雨雲にしか見えません。少なくとも晴れや曇りと間違えるような天候にはなっていないはずです」

「成程な。落ちた可能性はなくなったとなると……」

「はい。地上に運ばれた可能性が高くなります」


 いや、もう高くなるというか、犯人の目星はついてるんですけどね。


「……何故地上に卵を持ってくるんだ?」

「それはわかりませんが、少なくとも卵に害意を持った行為ではないと思います」

「理由は?」

「先ほど聞いた話に出てきた角と鱗を持つ馬ですが、その馬を麒麟と言います」

「キリン……?」


 通訳チートによってジラフと伝わっていることはない。

 それでも伝わらない場合、その言葉に該当する知識を当人が持ち合わせていないということになる。


「はい。幻獣種と呼ばれる竜神の眷属です」


 幻獣種っていうのは、この世界では殆ど確認されない神の眷属のこと。大概が竜神とか鬼神みたいな神の末裔が他の種族……普人だったり獣人だったり、他の生物と交配した結果生まれてくる新しい種族だ。

 麒麟は竜神が馬の獣人と交配して産ませた子供で、竜と同じ一本の角と鱗、竜因子による高い魔力で竜神同様に獣の姿と人の姿を持ってたりする。


「その性質は仁そのもので、絶体絶命の危険でもない限り自分から他者に危害を加えようとはしません。それどころか、自分を傷つけた相手が傷つくことすら疎います」

「そんな幻獣がどうして彼らを襲ったんだ?」

「襲う振りだったんでしょう」


 どうしてそんなことを。

 そう表情で物語っていたフランクさんだったけど、自分で思い至ったらしく眉間に深い皺を寄せて目を泳がせた。


「……なぜリュネヴィルに……」


 誘導したか?

 それは私にも分からない。……いや、分かりたくないって言った方が正しい。

 竜神ともあろう者が、私に子供を育てさせようとした水龍と同じくらいの馬鹿だとは思いたくない。


「では、その後彼らを襲ったという者たちは何なんだ……?」

「分かりませんが、麒麟とは全く異なる意志で動いていることは確実だと思います」


 むしろその敵から卵を守るために、私のいるリュネヴィルに事故を装ってまで卵を運ばせたのかもしれない。

 ただそうなると分からないのは、どうしてわざわざ天宮から遠ざけたのかっていうことだ。

 麒麟とかナーガの溺愛っぷりを考えると、自分の分身とも言える雛を竜神が嫌悪するとは思えない。

 となると、天宮に何か敵がいる可能性が出てくるけど、そんなものがいるなら親ばかの竜神が放っておくはずが無い。

 ……流石に情報が足りない。


「その麒麟がわざわざここに運ばせたのだとすると、すぐに天宮に返すわけにもいかないか」

「はい。麒麟からその意志と天宮の状況、襲ってきた人間から理由を聞ければ一番簡単なんですが」

「そう上手くはいかないか」

「どちらも近いうちに何とかなるかもしれません」

「……わかった。協力できることはあるか?」


 私は少しだけ考える。


「今日の夕方、受付ってラシェルでしたよね?」

「ああ。確か」

「でしたら、夕方に彼女に食事を運んでもらうよう伝えていただいていいですか? きっとその時間は雛の世話で動けないので、私の部屋に食事を運んでほしいんです」

「それだけでいいのか?」

「はい」


 頷いて雛を撫でると、透き通るような青い瞳に見つめられた。

 話の内容なんか分からなかっただろうけど、むしろ分からなくていい。


「散歩に行こっか」

「ピィ!」


 やっぱり呑気に映るのか、脱力してしまった様子のフランクさんにお辞儀して、私は雛と一緒に支部を出た。

 そこで居合わせたのは、赤毛のショートヘアーがよく似合う普人の少女。


「あれ、イリア出かけるの?」

「うん、後で宜しくね、ラシェル」

「え? うん」


 気の向くままに歩き出すと、好奇心を刺激された雛が先んじる。

 竜神たるもの豪胆であれ。物怖じしないことはいいことだ。


「リュネヴィル全部回れるかな?」

「ピ!」


 何か言ったわけじゃないだろうけど、意気込みだけは伝わった。


「よーし、雛にとことん付き合うからね!」

「ピィッ!」


 勢いよく歩き出した雛と私。

 目につくもの全てに興味を示して全力を尽くすもんだから、結局半分も回れずに雛がダウン。

 眠る雛を抱いて支部に帰ることになってしまった。


 夕方にはラシェルが持って来てくれた夕飯を食べて、匂いで起きた雛にも魔力をあげた。

 前回の懸念を検証すべく、知性(集中力、判断力、理性の総合値)を上昇させる水の補助魔法、マインドワークをかけた。

 結果は予想通りそれらのステータスが上昇。このまま与え続けたら一匹で邪神と戦えるくらいに成長しちゃうかもしれない。


 寝る前に窓を開け放ち、雛と一緒にベッドに潜り込む。

 雛が腕の中にすり寄るように体を預けてきたのが微笑ましかった。

 巫女の枷を着ずに体温を感じるのは久しぶりだなーとか考えていたら、いつの間にか無意識の内に落ちていた。


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