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ギルドのチートな受付嬢  作者: 夏にコタツ
支部と竜
7/53

2-2:「なんですか、これ」

 翌日。ドアを叩く激しいノックの音で私は目を覚ました。


「起きてイリア!」


 急いで装備を整えながら、ドアの向こうにいるリアに声をかける。


「どうしたの?」

「負傷者! 結構やばい!」


 その一言で大体のことが分かった。

 依頼達成、或いは失敗の報告をしてくる人の中には、当然任務中に怪我を負う人だっている。

 ギルドには各部署に必ず回復魔術が使える者を置く義務があるんだけど、その義務を満たす能力だって応急処置程度のものだ。

 応急処置で済まない場合、国が運営する病院や教会の術師に施術してもらう。

 だけど、王都でもないリュネヴィルには病院はないし、ちょっと前までいた盗賊ギルドのせいでラトヴェスター教の教会が建てられるっていう話も頓挫したままだ。


 なら、今回のように結構やばい負傷者がいた時にはどうするか。


「いつも通り、二階の個室に」

「わかった!」


 皆まで言わずとも駆けていく音は遠ざかっていく。

 巫女の枷とエプロンドレスを着て着替え完了。

 そう。チートの出番です。


「イリア、こっち」


 リアに案内されるまま向かったのは、二階にある個室の一番手前。

 ベッドに横たわっていたのは三人。

 鳥人の男性に、獣人の男性二人。全員五体満足でいることが奇跡的な状態で、鳥人の人に至っては足が壊死しかけていた。

 でもどれも普通の回復魔術で大丈夫そう。不謹慎だけど、最悪部分蘇生を覚悟していただけに、この誤算はありがたい。


「リア、人払いお願い」

「うん、任せて!」


 通路や食堂にできていた人だかりの処理はリアに任せて、部屋のカーテンを全て閉めきって施術に集中。

 彼我に干渉するあらゆる術・スキルを無効化する【神王結界】を解いて、回復魔術の詠唱を開始する。


 スキル【詠唱】スキルレベル99

 効果:詠唱起動の魔術を無詠唱で発動可能。通常詠唱することで術効果二乗、消費MP二分の一乗。短縮詠唱で術効果二倍、消費MP半減。


 ってことで、通常詠唱いってみよう。


「――再生の光、死滅の闇を掃え――」


 火の神聖魔術。

 火の回復魔術ヒールの上位互換、光の回復魔術――


「――ヒールライト」


 私の頭上に現れた光の塊が、私が干渉している三人の体内にある因子に呼応する。

 部屋全体を照らす光以上に、三人が傷を負っている箇所に光が集中。やがて頭上の光球は消え、三人が纏う光も和らいでいく。

 回復力が足りないと中途半端に治ってしまうけど、光が消えた場所には傷跡一つ見当たらなかった。ステータスにも異常は見られないし、施術は無事終了。


 回復魔術ではどうにもできないことになってる体力と精神的な傷の回復は取り敢えず後回し。事情を説明してもらおうと、結界をかけ直してから一階に向かうことにした。

 ホールに集まった、騒ぎを聞きつけた人と二階にいた人たちをスルー。リアを探してカウンターに視線を向けて、


「なんですか、これ……」


 私は思わず口に出していた。


「イリア、うまくいった!?」

「あ、うん。大丈夫」


 カウンターにいたリアだけじゃなくて、ホールに集まった人たち皆が安堵したような様子を見せる。

 見ず知らずの他人でも、皆心配だったんだね。ほんといい人たち。


 でも、今の私は正直それどころじゃなかった。


「で、それ……どうしたの……?」


 私が視線を向けてるのは、受付カウンターの中にある、査定待ちの素材を乗せるテーブルに置かれた物体。ハンドボール大の卵だ。


「あ、その卵? さっきの三人が持ってきてたの。これ運んでくる途中に親に襲われたのかな……」

「それは、ないと思うよ……」


 あの程度のレベルの三人組なんかが盗もうとして見つかったら消し炭も残らない。


 卵に表示されてる名前は[竜神の卵]。

 竜神……天空の管理者、竜因子を持つ神の末裔。神の如き獣、結局“獣”扱いである神獣とはまさに別格で、普通の人が敵う相手じゃありません。


「あの三人の登録証は?」

「預かってるよ。はい」

「ありがとう」


 登録証に記されていた三人の所属は傭兵ギルド。

 裏を見ると魔物の討伐依頼が受注登録されていて、討伐規定数は達成されていた。

 討伐依頼はただ国境を超えるためだけに受けるには登録料が馬鹿にならないし、そもそも達成に手間のかかる依頼を受ける意味は薄い。あの三人は拠点のギルドに帰る途中たまたま卵を見つけただけなのかもしれない。


 ……天宮にいるはずの竜神がどうやって卵を落とすのかは全く謎だけど。


 何にせよ、三人には悪いけど卵を売り払うわけにはまいりません。下手すると都市一つ滅ぶからね。あはは。


「この卵のことは後回し。デジレさん」

「はいはい」

「この三人が登録してる依頼、どこで受けたものか調べていただけますか」

「了ー解っ」

「リア、私フランクさん起こしてくるから卵、見ててくれる?」

「わかった!」


 三階に上がり、フランクさんの私室をノックする。


「支部長、起きて下さい」

「…………どうした?」

「ご相談があります」


 最悪私が返しに行くにしても有給を取らなきゃいけない。

 有給……なんて真っ白な労働環境だろう。

 感動を振り払ってフランクさんに説明しようとした、その時。


「イリアーーーー!」


 リアの叫びが支部内に響いた。


「どうしたの?」


 一階に下りて、努めて冷静に尋ねた私に、リアは無言で視線を泳がせた。

 その先には竜神の卵。

 光を受けて虹色に照り返す楕円の卵には、以前と異なり小さな罅が走っていた。

 揺れるたびに罅が広がり、ぱらぱらと殻が剥がれていく。


「ピッ」

「ひっ!」


 中から鳴き声のようなものが聞こえて、驚いたリアが私に抱き着いてくる。

 普段ならここぞとばかりに抱き返してあげるんだけど、今は喜んでいられる余裕はなかった。


 竜と名がつく種族の卵が孵るのには、一定の因子を吸収する必要がある。

 フレイムドラゴンみたいな火竜は火の因子、ライトニングドラゴンとかの雷竜は火と風の因子が必要で、前者は元素神獣、後者は上位神獣に該当する。あと光竜って呼ばれるブレイズドラゴンは世界樹から発生する光素で突然変異を起こした雷竜で、上位のさらに上に位置する高位神獣なんて呼ばれてる。


 火・水・風・土の各属性の因子が放出されるのは、結晶柱という半透明の石。竜神の卵は空中に浮かぶ天宮にある風の結晶柱と、その天宮が世界中を漂うことで各属性の結晶柱から各因子を吸収することになる。

 魔力チートの竜因子に、全属性所持が竜神の力を象徴してるわけだ。


 ということで、十分各属性の因子を吸収したところでやっと竜神の卵は孵化するわけだけど、リュネヴィル周辺にはどの属性の結晶柱も存在しない。結晶柱の欠片……結石なら都市の其処ら中にあるけど、あれは因子を内包してるだけで放出する効果は無い。


 だから卵が孵ることは無いって高を括っていた矢先にこれだよ。


 因子を吸収する要因か……。

 考えているうちに、一つの可能性を思いついた。


「ごめんリア、ちょっと忘れ物したから部屋に戻るね」

「いかないでイリア!」

「大丈夫だよ。魔物じゃなくて竜の卵だからいきなり襲い掛かってくるなんてことは無いし。むしろ最初に見た人を親だって勘違いしちゃうかも」


 竜の親って言葉に数人が浮足立つ。

 飛竜や陸竜は調教師が従えてたりして慣れてるから、ましてや子供となれば怖がる人もあんまりいない。竜を従えるのはそれはそれですごいことなんだけど、今回の場合はただ厄介なだけかもしれないから止めといたほうがいいけどね。


 混乱を避けるためにそんなことは言わず、私室に戻って窓を開け放つ。

 同時に【千里眼】を使って上空を見渡すけど、目当てのもの……天宮か積乱雲のような雲の塊はロンドヴィルにも、隣国のアクラディスト、フィレアレミスにも見当たらなかった。天宮はテーキャレル砂漠の上空で、国で言うと四つ程跨いだ先にあった。

 天宮か雲の塊、そのどっちかがあれば風の結晶柱が近くにあるせいかもって思ったけど見当違い。


 こうなると、何かの不具合で早く孵ってしまったっていう可能性も出てくるけど、十分な因子を吸収できずに孵った雛ってやっぱり力も中途半端になってしまうんだろうか。

 そうなったら、やっぱり竜神怒るよね。……殺さずに止められるかな……。

 いや、希望は捨てちゃだめだ。もしかしたら十分な量の因子は吸収してるかもしれない。


 と、そこで私は珍しいものを見つけた。【気配遮断】スキルを使って建物に陰に隠れているつもりの人影……職業欄が暗殺者の二人組が、盗賊ギルドと関わりのないリュネヴィル支部を見ることもなく意識を向けていた。……面倒なことにならなければいいけど。



 僅かな希望に縋る様に一階に下りると、


「ピィ」


 純白に碧眼を持つ竜の雛が孵っていた。


 当代の竜神は緋色の身体に漆黒の角、紺色の瞳。……似なさすぎじゃない?

 いや、でも職業は竜神の児だし、このステータス……。


「あ、イリア」


 孵った雛はリアに撫でられていて、彼女がこっちを向くのと同時に雛もこちらに顔を向ける。

 リアに懐いてるみたいだし、刷り込みの親はリアっぽい。


「ピィ!」

「あ」

「え?」


 竜の雛の体当たり。

 イリアは直撃を受けた。しかしイリアは結界に守られている。ダメージ0。

 なんて表示は出ないけど、実際端から見たらそんな光景だったんじゃないだろうか。


 取り敢えずずり落ちそうになってる竜の雛を抱えると、全身を使って摺り寄ってくる。

 竜の児って鱗が未発達だから皮膚がすべすべ。

 舌はけっこうザラザラ……ってこら、ぺろぺろするな。


「竜の子供って刷り込みじゃないんだね」

「そんな筈ないんだけど……」


 竜神じゃないけど直接竜本人に聞いたし。私に親をやらせようとしやがったから【気配遮断】スキルで逃げてやったわ。

 ともあれ、この子が明らかに私に懐いてるのも事実。

 ……竜因子か。私も竜因子持ってるから、仲間だと思ってるのかも。


「イリア……落ち着いてるね」

「そう?」


 そうかもしれない。

 ステータスを見る限り、現時点で下手な竜種より強いからね。

 初期スキルの数とレベル、それに潜在能力もばっちりで、未発達なんてことは全くない。潜在能力はむしろ親より多いんじゃないかな。

 これなら竜神も満足でしょう! よかったよかった。


「取り敢えずご飯にしよっか」

「ピィ?」


 流石にまだ言葉は理解できないか。

 竜が食べるのは魔素。ある程度成長すれば食物から魔素を取り込めるけど、雛は直接送り込ませてあげるしかない。


「竜の子供って何食べるの?」

「お母さんのミルクだよ」


 細かく言うと、母乳に含まれた魔素、魔力を吸引させる。

 そう説明する前に妙なざわつきがホールに広がった。

 見渡すと、俄かに色めき立つ男性たちがいた。……愚かな。

 彼らは気付いていないんだろうか。


「「「 ……さーて、あんたらは外に出ててもらおうか 」」」


 その背後で怒気を放ってる奥様方に。

 放っておくと刃傷沙汰が起きそうだったから、ちゃんと説明して止めておいた。


 三階の部屋に戻り、結界を解く。

 魔力を直接送り込む方法は二つ。母乳じゃないけど、体液に魔力を混ぜて飲み込ませる方法と、補助系魔術を掛けてその魔力を吸収させる方法。

 回復できるけど血は好きじゃないから、後者を選ぶことにした。


「――赤の霊威、深淵より猛れ。研がれるは剛、深まるは柔。彼の者に力を――」


 筋力(腕力・脚力・瞬発力の総合値)を強化する火の補助魔術。


「――リーンフォース」

「ピッ!?」


 雛の体内の因子に干渉する魔力が私から送り込まれ、雛の体内に魔力が充実する。

 ん? 因子……?

 ……完全に忘れてた。


 雛が孵ったのは結晶柱が近くにあったわけでもないし、能力を見る限り早くに生まれたっていう訳でもなさそう。

 となると、私が神聖魔術のヒールライトを使ったせいかも。


 魔術と呪術と召喚術の三つと古代魔術と神聖魔術の違いは魔素と結合した因子に干渉するか、因子そのものに干渉するか。

 神聖魔術で干渉して集めてしまった火の因子を、一階にいた雛が吸い取ってしまったのかもしれない。天宮が砂漠にいたところを見ると、火の因子を吸収しに行ってたっぽいし。


「ケプッ」


 食べきれなくなった雛が凭れ掛かってくる。

 抱き寄せて撫でている間に魔術の時間切れ。……ってちょっと待て。

 ステータスがおかしい。補助効果は切れてる筈なのに、腕力と脚力の上昇値が変わらない。

 瞬発力も増加していて、結局リーンフォースの筋力強化全部でした。


「イリア、ちょっといいかな」

「あ、支部長。どうぞ」


 結界を張り直してドアを開き、フランクさんを招き入れる。ステータスのことは取り敢えずおいておくことにした。


「リアから大凡は聞いたよ。……本当に竜の子供だな」

「大変言いづらいのですが、お伝えしなければいけないことがあります」

「構わないよ」


 フランクさんが手近の椅子に座るのを待って、私は雛を抱えて彼に告げた。


「この子、竜神の雛です」

「……」


 あ、頭抱えちゃった。


「……間違いないのか?」

「はい。十中八九」

「そうか……。どうしたらいい?」


 そうですね、と考える仕草を見せる。

 フランクさんも雛を返さなきゃいけないってことは分かってるだろうから、どうやって返せばいいかを聞いてるんだろう。


 竜神の天宮に行って返すか、引き取りに来てもらうか。

 前者なら風の魔術で飛んでいくか、調教師や召喚術師に力を借りて飛んでいくか。問題は迎撃されかねないってところだけど、雛を抱えてれば大丈夫かもしれない。

 後者は竜神の祠に行って儀式を行って来てもらうしかない。祠に願う儀式は本来雨乞いの儀式だから、奉る人たちにも竜神にもあんまりいい印象は与えないと思う。


「返しに行くしかないでしょうね」

「ギルドとして依頼を出すか?」

「そうですね……拾った本人たちに運ばせたいところですが」

「まだ意識は戻らない、か」

「はい。それに彼らは竜神の卵と知らずに運んできた可能性がありますし、話を聞かないとなんとも言えません」


 真面目な会話をしている最中にも、雛は尻尾を絡ませてくるわ擦り寄るわで大忙し。

 取り敢えず降ろしちゃえと思って屈んでも離れようとしない。


「……その子の面倒はイリアに任せたほうが良さそうだね」

「……そうですね。わかりました」


 頭を撫でると、雛は気持ち良さそうに目を細める。

 私は窓の外を見据え、一度だけ息を吐いた。


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