2-1:「精一杯支援させていただきます」
短編の続き、第二話です。
のっけから説明回ですいません……
傭兵ギルドに所属する主な職業は四つある。
まず戦士。誰かの剣にも盾にもなる傭兵ギルドの象徴的な職業だ。私の目には剣士とか拳闘士みたいにさらに詳細に映るけど、普通は得物で判断するしかない。
次に狩人。人との関係よりも魔物や動植物を狩ることに重点を置いて依頼を熟す人たちは大概ここに所属してる。
そして残る二つが調教師と冒険者。調教師は魔物や動物を支配下に置くことを生業としている人たちで、魔法ギルドの召喚士と違うのはより強固な主従関係を築くこと。最後の冒険者という職業は、一つの拠点に縛られず世界中を旅する人たちだ。資格や登録条件は厳しいけど、依頼受領中じゃなくてもギルドの保証でどの国にも入れるっていうのは大きい。
傭兵ギルドに所属することで魔物討伐や捕獲、要人や行商の護衛の依頼を受注できるランクの下限が下がるし、それらの依頼を多くこなせば定年・負傷引退後に貰える貢献報酬が増える仕組みになってる。
……なのに。
「皆、どうして働かないの……?」
支部のホールは例のごとく満員。二階の食堂も満員の札が下げられて大分経つ。
そりゃ中には商業ギルド員とか、休憩とか仕事上がりの人とかはいるかもしれないけどさ。
その飲んで食べるお金はいったいどこから出るの……?
この世界には消費者金融なんてなかった筈なのにな。
そんなことをつらつらと考えていると、支部の入り口から二人の女性が入店した。
普人の女の子とトラっぽい獣人の女性。
普人至上主義の神聖ライハンド皇国とかあの辺りじゃなければ珍しい組み合わせじゃないけど、女性だけっていうのは少し珍しいかもしれない。
とはいえ二人ともレベル・ステータス・スキルも下手な男より強いから、変な心配はいらなさそう。
そんな二人はホールの盛況ぶりに驚いたようで、目を見開いたまま立ち止まっちゃってる。
「いらっしゃいませー」
私が声をあげると、我に返った二人がこちらに向かってきた。
ここにいるお客様方はあんまり働かないけど、むやみやたらと女性に声をかけるような無作法者はいない。
いたらいたで即放り出すんだけどさ。それで二、三日程出禁にする。
するとどうでしょう。二度と粗相はしませんと謝りに来るんだよね。……うちの料理、依存性のある素材なんて使ってないんだけどな……。
まぁそんなこんなで女性客も沢山いる、安全で平和なリュネヴィル連合支部です。
「すごい繁盛っぷりだね」
感嘆した様に獣人の女性が言う。
耳がピクピクしてるのは周囲を警戒しているからかもしれない。
「ありがたいことに。お二人は任務中ですか?」
一見様が支部に来る理由は大体二つ。
路銀を稼ぐための依頼受注か、受注した依頼の遂行中に情報を収集するために立ち寄ったか。
本来ギルド支部に休憩所や酒場があるのは、後者のような情報交換の場を設ける意味合いが強い。
「いえ、私たちバルタ砦の方に勧められて来たんです」
「泊まるなら、ピネアヴィルとかハルヴィルより断然リュネヴィルがいいって」
ここから東のピネアヴィルはアクラディスト王国との国境に一番近い港湾都市で、海運や漁業で栄えている反面というか比例してというか、一部の治安が悪いことで有名。
ハルヴィルは王都とピネアヴィルを繋ぐ主要街道にある宿場町。アクラディストやピネアから船で来た人たちに集ろうと、宿泊費とか食材費がちょっと高めの料金設定。
その点うちは盗賊ギルドもスラムもないし、食事をほとんど引き受けてるうちが食材を大量に仕入れるから、そのぶん宿泊費も食事代も安く収まります。
「おう、姉ちゃんたちここは初めてかい?」
「なら俺たちも歓迎しねぇとな!」
歓迎という言葉に女性二人は警戒心を強めたけど、当の酔っ払い二人はカウンター席からテーブル席の知り合いのところに向かっただけ。
顔を見合わせる女性二人に、私は座るように促した。
「泊まる宿はお決まりですか?」
「いや、先に食事をと思って来たんだ。あまりに美味いと砦の兵たちが勧めるからな」
二人の妙な体力と集中力の減り具合から察するに、昼食を我慢してここを目指して来たってところか。
「ご期待に添えられるかどうかわかりませんが……エリーゼー」
私が呼ぶと、私と同じ服を着た獣人の少女が駆け寄ってくる。
エリーゼは先端の白い黄色のとがった耳とふわふわの尻尾をもつ狐の獣人。
「どうしたのイリア。あ、いらっしゃいませ。すぐにメニューをお持ちしますね」
忙しさで気づかなかったエリーゼは、二人を認めるや否や私が呼んだ理由に気付く。
渡されたメニューに二人は目を見開き、次第に食い入るようにページを捲っていく。
驚くのも無理はない。
そこには私の語学チートを用いて全種族の文字が書かれているし、料理を食べたことによる効果が書いてあったりする。リラックス効果のある食材は集中力を高めてくれるし、消化を助ける効果のある食材は食後の体力減衰が止まるのを早めることができる。そんな感じに。
「さーてと。そろそろ金もやばいし、仕事すっかね」
カウンター席で女性二人が悩む中、奥のテーブルに座る会計を終えたらしい数人が立ち上がる。
剣が男女の二人、弓が男性一人、槍が女性一人。……皆、傭兵ギルドに所属している人たちだ。
「イリアちゃん、これよろしく」
持って来た依頼表も魔物の討伐。
「かしこまりました」
依頼表と一緒に登録証も受け取り、依頼の受注登録を始める。
「パベル、もっと楽なのにしねぇ?」
「おいおい、この前狩ったロンドボアの方がレベル帯高えんだぜ? ちょっと数は多いけど楽勝だって。ね、イリアちゃん」
改めて依頼表に目を向けると、討伐対象となっていたのはラオロアボア。ラオロア大陸全土の山に生息する巨大な猪だ。パベルという剣士が言ったように、ロンドヴィルにだけ生息するロンドヴィル・ボアを弱体化させたような能力と体格をしてる。
10頭の討伐数が設けられてるあたり、特に被害が出ているわけじゃなくて、もうすぐ訪れる収穫期を狙って山から下りてこないよう数を減らしておくことが目的なのかもしれない。
10頭か。
「そうですね。囲まれないよう各個撃破を心がければ間違いないと思います」
「ほら!」
「ただし第二繁殖期を終えたばかりですので、深追いだけは絶対に避けてください。子供を守ろうと、こちらが攻撃していない個体も狂暴化する恐れがあります」
「あ、マジで……? 了解っす……」
狂暴化するといつまでも追いかけてくるからね、あの子たち。
会話をしている間に登録完了。弓の人は……ハビエルさんか。この人、何気に察知スキル持ちだ。臆病さと弱さは比例しないってやつだね。
「ハビエルさんが後方でしっかり周囲を警戒していれば大丈夫ですよ。では登録証をお返しします」
「あ、はい! 了解!」
「該当区域以外での討伐はカウントされませんのでご注意ください。……ご武運を」
「はいはーい。じゃあねイリア。仕事終わったらまた食べに来るから!」
「お待ちしています、オルエッタさん」
お辞儀して四人が出ていくのを見送り、ずっと私を見ていたカウンター席の二人に向き直る。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、いえ」
普人の女の子は恥ずかしそうに俯き、獣人の女性も照れたように笑う。
「エルフって初めて見たんだけどさ、美男美女っていうの本当らしいね」
容姿の如何に関わらず、大抵のエルフは魅了のサブステータスが高いっていうのは本当。
それに孤島の賢者サマには魅了スキル【蠱惑の微笑】があったりして、魅了系の固有スキルを持つことが多い。
「対応も丁寧で……エリヴィラ、暫くここを拠点にしない?」
「そうしたいのはやまやまだけどね」
エリヴィラと呼ばれた獣人の女性は依頼表の貼られてる掲示板を見る。
言いたいことはわかる。
リュネヴィル周辺って結構平和だから、拠点にすると依頼の場所が遠かったりするんだ。
「だからさ、さっきの人たちみたいに報酬の高い依頼を受ければいいんだよ」
「あー……、それでか……」
エリヴィラさんの呟きは私の内心と全く同じだった。
ここにいる奴ら、そんな理由で働く様子があんまり見られないとか言わねーだろうな。
……まぁ働く動機なんて人それぞれだけどさ。奥様方のヒモになってる訳じゃないならいいや。
「あー、えっと……イリアだっけ。そんなわけで暫く厄介になるよ」
「私はカティアといいます。こっちはエリヴィラ」
「カティアさんとエリヴィアさん、ですね。精一杯支援させていただきます」
それから、彼女たちから色々なことを聞いた。
オーブワイト王国の闘技場が八百長騒ぎで閉鎖になったこととか、アクラディスト王国の北東で氷竜を見たっていう噂が流れてるとか色々。
闘技場の方はギルドの失態でもあるから情報は来てたけど、国民側からの声を聴く機会はそうないからありがたい。
それに氷竜。以前リュネヴィルで出たタイラントスパイダーが災害指定の魔物だけど、こっちは天災指定の神獣。雪とか降らせちゃいますからね。収穫期とか時期によっては大勢の命に係わるだけに、ちょっと見過ごせない。
【千里眼】【読心】【地獄耳】【予知夢】【星の記憶】
これらのスキルを使えば世界中の現在、過去、未来が全部わかるけど、使いどころが難しい。
下手に知ったことを言っちゃうと「どうしてそんなことを知ってる」ってなるし、疑われたらその後の仕事がしにくくなる。
それじゃ本末転倒だ。
ということで、また新しい情報が入ってくるまで放置。
このまま周りの都市から人が来るとなると、支部も大きくしなきゃダメかなーとか、そんなことを考えながら眠りについた。