8-5:「話ですか?」
さて、次です。
次はある意味最も難易度の高い場所……ギルドの影響力が極端に低い神聖ライハンド皇国。
もちろん、お相手はトルスティさんです。
ちゃんと送れたって言ってたし、たぶん大丈夫だと思う。
これで送れてなかったら、虚偽報告ってことになっちゃうしね。
ともあれ、同調開始。
「トルスティさん、聞こえますか?」
『! い、イリアさんか!』
「はい。今、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」
『勿論だ。少し待ってくれ』
結石で拾えないくらいの声が少しして、再びはっきりとしたトルスティさんの声が聞こえた。
『お待たせした。話というのは、手紙に書いてあったことかな』
「はい。本当は、何も起こらなければよかったのですが」
『何かが起こった時のために備えるのが政治だと、ついこの前言われたよ』
その声は笑っていて、わだかまりは感じられなかった。
『まずは、状況を説明したほうがいいかな』
「はい。お願いします」
『そうだな……ことの起こりは――』
トルスティさんから実際に現地で体験した情報を聞き、使い魔たちから聞いた情報と統合する。
起こっていた災害の内容そのものはあまり変わらなかったけど、トルスティさん……統治者側にとっては、湖が枯渇した原因よりも、水源がダメにされたことそのものの方が大きな問題だったみたい。
生活用水の要である湖を失ったことは、農業はもちろん、生活そのものに影響してくるもんね。
当然といえば当然か。
「まず、その枯渇した原因ですが、邪神です」
『邪神……!? いや……、なるほど』
トルスティさんは何か納得したみたいです。
声を返さなかったことで私が疑問に思っていることを察したのか、トルスティさんは言葉を続けた。
『さっきも言ったけど、湖があった辺りは特に酷い暑さでね。その持続性から魔術ではないと判断したが、その異常事態の理由に見当がつかなかったんだ』
納得したふうにそう言って、『だが』とトルスティさんは続けた。
と思ったけど、声が似てるだけで調子が違うというか、別の人のようだった。
『何故今なんだろうか。よりにもよって、消耗している時を狙ったようじゃないか』
「心中はお察ししますが、偶然です」
『何故そう言い切れる?』
消耗する原因となった前の争い。
その要因は三竦みの相克が用意したものかもしれないけど、争いが起きてしまった遠因には使徒さん……世界樹の意思があった。
でも使徒さんにとって、争いが起きるのは別に皇国じゃなくてもよくて……何か人同士の大きな争いが起これば、それを利用して同じような流れ(私が出るような状況)になるように仕向けたって、使徒さんの言葉から推測できるんですよね。
だから、絶対に皇国じゃなければいけなかったというわけじゃないから……、
なんて、こんなことを言えるわけないですよねー。
まぁ、それ以外にも理由はあります。
「世界中で、同じように異常事態が起こっているからです」
皇国やオーブワイトのように疲弊しているところも、ロンドヴィルのように平和だったところも同時に。
世界中の人たちにとっては、見境がない、本当に降って湧いたような災害にしか感じられないと思う。
その原因が私だっていうのは、本当に罪悪感がきつい。
だけど、その罪悪感を払拭しようと率先して行動したら、使徒さんの思うつぼ。
なにより、それは大勢の人に迷惑をかけた使徒さんのやり方を認めてしまう結果になると思うから、絶対に手は出しませんけどね!
『なるほどな……。――すまない。話を戻すが、邪神が原因なら倒すしかないということか』
「あ、はい。そうなりますね」
また少し声の調子が変わった。というか戻った。
……兄弟か誰かと変わったのかな?
トルスティさんに異変はなさそうだし、まぁいっか。
『だが、邪神か……。火を操るのだとしたら、水の魔術で気温に耐えるしかないだろうが……一筋縄ではいかないな』
「そうでもないですよ」
『え?』
呆気なく否定した私の声に、トルスティさんは気の抜けた声を漏らした。
『そう、なのか?』
「はい」
私は彼に説明した。
邪神は、側から見れば思うがままに火や水なんかを操っているように見える。
だけどそれは、元が同じ精霊にもできるんだから当然のことなんですよ。
だって、元が結晶柱なんだから。
自分で生成した属性因子を操って、現象を引き起こす。
人は、呪文などを用いて属性因子に干渉し、志向性を持たせて現象を引き起こす。
速度、範囲、威力は大きく変わっても、結局は同じこと。
「邪神の起こした現象は、魔術と同じように神剣で打ち消せますから」
『……なるほど。出し惜しみする必要はないってことか』
確かに、神剣は切り札でもありますしね。
効果は絶大な反面、失った時の効果も計り知れませんし、下手に使い手である皇族を前には出せませんよね。
それが分かったからか、聞こえてくる声にもどこか明るさが増した気がした。
問題があるとすれば、トルスティさんの決意を濁してしまうこと。
「申し訳ありません。あまり神剣に頼りたくないかもしれませんが――」
『謝罪する必要はない』
いきなり聞こえたナイスミドルな渋い声。
今度は誰!?
『民を守るために使わず、いつ使うというのだ。……この機会を逃せば、ますます存在意義を失うというもの。これからのためにも、示さねばなるまい。そうであろう、神代の英知の守り手よ』
神代の英知の守り手って、エルフのこと?
あー、なんか仰々しい言い方が偉い人っぽい。
皇帝あたりかな?
……なんて返そう。
そう悩む間のなく、声は言葉を続けた。
『話は変わるが、息子が世話になった。此度の件も含め、是が非にも謝礼がしたい』
なんか面倒な流れになってきた!
「私が勝手にしたことでございます。そのようなお言葉に甘んじては、むしろ罪悪感で押し潰されてしまいます」
いやほんとに。
失礼に当たるほどきっぱりと断ったつもりなのに、帰ってきたのは『ほう?』という楽しそうな言葉。
いやいや、そこは『無礼な!』とか言って結石投げちゃってください!
たぶんもう使わないですし!
『では、汝は何故このようなことをする』
そんなの決まってます。
「美談や大それた目的はございません。ただ、平穏を望む。それだけにございます」
なにが面白かったのか、満足そうに『そうか』とだけ言って、声はトルスティさんに戻りましたとさ。
その後、ちょっと対策を煮詰めて終了。
特に引きずっていたりする様子もなく、トルスティさんとの通信を終えた。
ほんと、ジーンとか長老もこういう潔さを見習ってくれないかな……。
次にいきましょう。
同調する相手は、邪神関連で残ったウィンディア族長連邦の三人。
邪神が現れた場所を優先的に済ませた中で、ここを最後にしたのは、単純に戦力が一番整っているから。
各種族の族長が集まる国だから、その護衛も当然強い人ばかりだからね。
総人口とか、兵の数そのものは少なくても、他の国よりよっぽど強いんですよね。
「聞こえますか?」
『――はい、聞こえてるよ』
この声はエリックかな?
「お久しぶりです、エリック。今大丈夫ですか?」
『うん。ちょうど終わったところだから』
終わった?
そう思った矢先に声が変わる。
『聞いてくれよイリア! ……イリアだよな? いやほんとアイツら頭硬すぎ! アイツらに比べたら精神感応性金属だってまだ柔っけーっつーの!!』
「大変だったみたいですね」
十中八九、対策のことで揉めたんでしょうね。
プライドだけじゃなくて、今回の件で他の族長に先んじようって政治的な思惑も交じって大変そう。
私なら絶対帰ってるね!
それはさておき。
「内容はどうでしたか?」
『……あー』
大丈夫そうですか?
そう言外に訊ねると、一泊置いてクリスの口調が変わった。
『イリア、そのことで話があるんだ』
「話ですか?」
『ああ……。えっとな、なんだ……その、――いてっ! なんだよセレナ!』
声が離れて、拾いきれない別の声が聞こえた。
きっとセレナに怒られてるんだろうけど、私でもその理由はわかります。
吃りすぎ!
言いたいことをはっきり言うのがあなたの長所でしょう。
……って感じのことを言われてるんだろうなぁ。
『……あー、悪い待たせた』
「大丈夫ですよ」
『さっきの続きだけどさ。イリア、また助言してくれるためにこの石送ってくれたんだよな』
「まぁ極論を言っちゃうとですけど」
『いらない。 んがっ!? 本気で殴ったろ今!?』
仲がいいというか……ドタバタしてるのは相変わらずっぽい。
思慮に欠けた物言いだとは思うけど、そんな子じゃないってことは知ってるしね。
「セレナ、大丈夫ですよ」
『ごめんねイリア! ほら、ちゃんと説明して! ――わ、わかってるよ』
セレナの声がした後、クリスに戻る。
完全に尻に敷かれちゃってますね。
まぁセレナも突き進むところがあるから、一番苦労するのはエリックなのもきっと変わってないんだろうな。
……そういえば、ちゃんと契約できたのかな?
言わないってことは、変なことにはなってないって証拠だろうけど。
いろいろ話はしたいけど、今はクリスの話を聞きましょう。
『いらないって言ったけど、別に迷惑とかそーいうんじゃないから! イリアには感謝しまくってるし、むしろ……じゃなくて!』
一生懸命、自分の言葉で話そうとするクリスを待つ。
『……今回はさ、すげぇ人たちがいっぱいいるんだ。やっぱ偉い人を守るだけあって、タダもんじゃない感じがするし。……誰かが言ってたけど、こっちで雷落としてるのって邪神なんだろ?』
「……そうですね」
覚悟していたんだと思う。
私の肯定にも、クリスはこれといって反応を示さなかった。
だから、そのままの口調で続ける。
『さすがにすげぇ人たちばっかって言っても、一人ひとりじゃ邪神には敵わないってことはわかってる。……俺たちだって。……でも!』
そこで、クリスは語彙を強めた。
『でも、一人じゃない! 一人で駄目なら十人で……、十人で駄目なら二十人で……! それで駄目でも、全員で力を合わせれば勝てる! ……いつまでも、イリアに頼りきりじゃ駄目だと思うんだ。だから今回は……アイツは、俺たちだけで倒したい。俺たちだけでやれるんだって、思えるようになりたいんだ。本命と戦う前に』
「うん」
『……やっぱ、馬鹿かな。イリアは、我儘だって思うか……?』
力強い言葉で言っていたはずなのに、萎れてしまった声を聴いてつい吹き出してしまった。
でも、もちろんバカにしたわけじゃないし、そんな風に思ったわけでもない。
「思いませんよ」
『……そっか! だよな! 信じてたぜイリア!』
「でも、そんな風に調子に乗らないこと」
『うっ……はい』
そうそう。
調子に乗って突っ走りすぎたりしなければ、クリスのまっすぐさは苦しむ人たちを照らす光になる。
一人だけじゃ心許なくても、支えてくれる心強い仲間が二人もいるしね。
「私だってどこで何が起きてるか、全部を把握できるわけないからね。いつも何か助言できるわけでもないし、私の助言があったからうまくいった、なんて勘違いもよくないですし」
その意味でも、さっきのクリスの言葉は都合がいいし心強い。
そう思ったんだけど、
『……そうかぁ?』
なぜか、懐疑的な声が聞こえてきた。
確かに調べればわかるだろうけど、知らないことだって多い。
さっきも言ったように、セレナが契約できたかどうかも知らないしね。
「とにかく、無茶くらいならいいですけど、無理はしないでください。もし本当に無理そうなときは連絡してくださいね。繋げておきますから」
『わかった!』
あとは……そうだ。
「族長たちがあまりにも煩いようなら、こう言ってください」
――潔く国民のために行動してください。さもないと、
「また議事堂が壊れますよ? って」
『ぎじどう? あの結界張りまくってるとこだよな? どういう意味?』
意味も何も、言葉通りです。
別の意味を挙げるなら……。
「族長たちが大人しくなるおまじない……ですかね?」
クリスたちとの通話が終わり、邪神がいるところは終了。
最後はオーブワイトです。
繋がる先はたぶんオーブワイトじゃないけどね。
「オリオンさん、聞こえますか?」
『――おーう。早かったな。他のとこはもういいのか?』
「……よくわかりますね」
私の驚き半分、呆れ半分の声に、オリオンさんは笑った。
『ははっ。お前がわざわざ俺のとこだけにお節介を焼くとは思えなかったからな。大方、お隣さんのことだろ?』
「はい。どうなってるか、ご存知ですか?」
『一応国交はあるからな。使者を介してしか情報はないが、だいぶごたついてる』
そう切り出し、オリオンさんはお隣さんことオーブワイトの状況について教えてくれた。
まず、異常気象の砂嵐が発生し始めると同時に、魔物が発生。
国は砂嵐の影響で情報が錯綜して混乱、ギルドも連絡網が停止して同じく混乱。
ここまでが使い魔の皆から聞いていた段階ですね。
で、事態の収拾はおろか情報の収集すらおぼつかない状況で、業を煮やしたギルド員が独自に活動を開始した。
だけど、同時に反政府組織や貧困層の犯罪が増えていたせいで軍と衝突してしまうこともあったらしい。
ここでこれまでの不平不満とか、異常事態のストレスが爆★発
大☆混☆乱
『って感じだな。ははっ』
「いや、笑えませんよ……それ」
『そうか? まぁウチ突っかかってきてた天罰だな!』
嬉しそうだなぁ……。
やっぱり何やかんや言って母国好きだよね、オリオンさん。
いや、自国に率先して不利益をもたらすような人じゃないって知ってるけどさ。
なんにせよ、結構まずいですね。これ。
もしかして、今までで一番国家存続の危機なんじゃないですか?
「ごめんなさい、オリオンさん。少ししたらかけなおします」
『ん? ああ』
さてどうしましょう。
結構いろんな人に結石を送ったけど、あそこの国王とか近い人には届けてないんですよね……。
となると、選択肢は一つですね。
「竜神様、少々よろしいでしょうか」
『やあイリア。やはり君の声は、他のエルフたちよりも一層心に澄み渡るような美しさだ』
無視。
ていうかそんな時間ないっぽいし。
「用件だけ言います」
『あ、ああ』
「貴方か何代か前か知りませんが、今のオーブワイトの国王は竜神の眷属ですよね? っていうか本人から自慢げに聞いたことありますし。そこでお話があるんですが、親族としてでも眷属の主としてでもいいので言ってあげてくださいませんか?
仕事しろ。
……って」
『りょ、りょりょ、了解した。必ず伝えよう!』
「よかった。では、よろしくお願いします」
まったく。なんであそこまで怯えるんですかねー?
私はただ頼んだだけなのにー。
さて。
たぶんこれであのバカ王も動くでしょう。
そもそも闘技場の件だって、どうせあのバカが政治に全く無関心だったから、貴族が暴走した結果でしょ?
その後の皇国との戦争のことだって、戦えるなら何でもいいとか言ってそうだし。
ほんと、暗君が統治すると国民は大変……やめましょう。不毛ですね。
「すいません、お待たせしました」
『ん? こっちは大丈夫だぞ。なんてったって侵入を防ぐ神槍があるからな』
ちゃんと有効活用しているようで何よりです。
「今、ちょっとした伝手を頼りに伝言をお願いしたので、オーブワイトに動きがあると思います」
『そうか。俺は何かすべきか?』
「依頼があったら協力してあげてください。難民が増えた場合、ピスクローザにもかなり負担がかかると思いますので」
『だな』
そう肯定して、オリオンさんは言葉を続けた。
『この前の一件で、この国も他国の人間を入れるのはかなり消極的になってる。支援で済ますには穀倉地帯の防衛が最優先か』
「判断はお任せします」
とは言っても、集落の人たちは近くの都市に逃げてるだろうし、都市にはだいたい防衛する戦力くらいはあるだろうしね。
そうなると、やっぱり問題になってくるのは備蓄。
直接助けに行くのが早いか、軍とかギルドがちゃんと機能するのを待つのが早いか、ってところでしょうか。
とはいえ、遠征するのにも兵站は必要ですしねー。
やっぱり地理にも敏い当人に任せるのが一番賢明でしょうね。
『まぁなんだ。いろいろ落ち着いたらあいつにも顔見せに来いよ』
「あ、はい」
なんで今更?
そう思ったけど、この前「自分のしたいことを優先してください」と言ったことを思い出した。
だからきっと、私が行きづらくなってしまったって考えたんだと思う。
「わかりました。その時はたぶん、ハクも一緒ですけど」
『孫みたいなもんだろ? 喜ぶさ』
この世界の空に輝く星は、遥か遠い惑星じゃなくて転生を待つ魂の光。
人神が管理してると言われてる輪廻転生の輪の中に……あの空の輝きの中に、異世界から来たアンナさんの魂があるかはわからない。
だけど、オリオンさんはそう言った。
――実際に魂がどこにあるかなんて関係ない。
そう断言するみたいに。
まぁ、異世界から来たとか文化が違うとか常識が違うとか人種が違うとか、いろんなものを有って無いように扱ってきた人だしね。
みんなが、少しでもオリオンさんみたいに考え…………うーん。
『お嬢ー?』
「あ、すいません。なんでもありません」
想像したら、それもそれでどうなんだろうって思ってしまったことは内緒にしましょう。
「また何かあったら結石に話しかけてください。できるだけ繋げられるようにしておきますので」
『わかった。ははっ、まぁできるだけそうならないように頑張るさ』
「無理だけはしないでください」
『あいよ』
そんな軽い返事を最後に、通話は終了。
これで取り敢えず一通り終わっ……。
……あー、エルフの里かー……。
ん?
そういえば、ジーンに連絡したとき、エルフがどうとか言ってたような気がする。
わざわざ言うってことは、他のエルフに会ってたってことだよね。
もしかしなくても、かかわる機会なんて交易くらいのもの。
今ちょうど回ってるなら、異常事態に遭遇するかも?
もしそうなら、きっとジーンも参戦するよね。身内には甘いし。
…………、ほんとになんとかなりそうかな?
一応、念のために保険だけかけておきましょう。
「ウンディーネ、本当に拙くなったら言ってねー」
よし!
これで精霊ネットワークで伝わってることでしょう!
ヨルクにも一応結石が渡ってるはずだし、なんとかなるよね!
ということで、これで本当に一通り終了。
あとは、こっちの片づけに集中しましょう。