8-3:「可能な限り、ですね」
さて、仕切り直し……とまではいかないけど、予定変更。
まずしなきゃいけないのは、連絡網で済まそうとしていた状況の把握です。
勿論、支部の仕事もこなしつつ、だ。
世界のどこでどんな問題が起きてるかを人力で調べるとなると、確実に後手に回ってしまうことになるから却下。
後手に回ること自体はもともと織り込み済みだったとはいえ、たとえそれが多少の違いでも、時間が前後するだけで状況は大きく変わってしまうんですよねー。
とはいえ、虫を除外した探知はリュネヴィルくらいの広さまでしかできないから、世界全体を認識する最大探知は本当に最後の手段にするとして……。
今回は災害指定の比じゃないだろうし、仕方ない。
そう決断して、まずは人目を避けられるところに移動。
認識阻害の結界を念のために張っておいて、と。
「ハク、危ないからこっちおいで」
「はぁーい」
とてとてと駆け寄ってくるハクを抱きかかえ、詠唱……は省略でいっか。
「――来て、青藍、アカガネ、ぼたん、ひすい、タンポポ、桜花、クロガネ、紫苑、るり」
九つの陣が描かれ、それらが上昇するにつれて像を結んでいく。
彩り鮮やかな獣たち。
その二つとない姿に目を奪われたハクは、可愛らしくぽかんと口を開けたまま魅入ってる。
ハクも、たぶんこの世で唯一の白い竜だと思うんだけどね。
『この度は――』
『まずは説明してもらおうかの? 主様よ』
赤い鬣を持つ大きな鳥、アカガネの恭しい言葉を遮った桜色のキツネ……桜花の言葉に、アカガネやクロガネの威圧感が増した気がする。
だけど、当の桜花は気にする様子もなく、先端に行くにつれて明るさの増すその尻尾をふわふわと揺らすばかり。
真面目なアカガネと気儘な桜花は相性が悪いかー。
「まずは、みんな来てくれてありがとう。今回呼んだ理由だけど」
『そんなことはどうでもいいのじゃ!』
揺れていた尻尾の一本が、ビシッと私に突き付けられる。
いつ見ても毛並が綺麗でモコモコだー。
こんな時じゃなければすぐもふもふしたいくらいだ。
じゃなくて。
呼んだ理由以外に何を聞きたいんだろう、と思わず首を傾げてしまった私に桜花は叫ぶように言った。
『此度の召喚順じゃ! なぜわらわが一番じゃないのじゃ!』
あー……そこ気にするんだ。
よほど悔しかったのか、途中から涙声になっていた。
それまで気にしていなかったのか、言われて気付いたのか、数名がなにやら剣呑な雰囲気を醸し出す。
だけど、抱きかかえたハクが目の前で揺れる尻尾を掴もうと手を伸ばし、ひょいひょいと見事に躱されている様子が目の前にあって、どうにも和んでしまう。
和んでいられるうちに誤解を解こう。
「ごめんね、順番は特に理由はないんだ」
大事な順で呼んだわけじゃないし、軽んじてる順で呼んだわけでもありません。
そう説明すると、桜花や他のざわついてた子も納得してくれた。
……その代り、青藍やアカガネが少ししゅんとしちゃったのは後でフォローしておこう。
「皆に、今世界がどうなってるか見てきてほしいの」
私の言葉に、数名が首を傾けた。
可愛い。
「ここから出ればすぐにわかると思うけど、世界中でいろんな問題が起きてる。どこでどんな問題が起きてるのか、それを調べて欲しい。あと、みんなが知ってる範囲でいいから、私と一緒に旅したことのある子がどこにいたかも教えてくれたら嬉しいかな」
『あの赤い子鬼みたいな?』
「そうそう。覚えてる範囲でいいからね」
タンポポの言葉を撫でながら肯定する。
ていうか、みんないつの間にか手の届く範囲にいるし。
狭い……というか、みんな大きいから迫力がすごい。
「海の中まではさすがにないと思うけど、一応海上もチェックしてね。それと、クロガネは地中をお願い」
『御意』
真っ黒な狼、クロガネは影に潜ることができる。
地中で影があるところ……空洞と光のある、人の住んでいそうな場所も察知できるし、調べられるわけだ。
「集落がありそうな場所だけでいいからね……って、行っちゃった」
まぁ大丈夫かな。
クロガネってかなり賢いし。
「危険そうなら絶対無理はしないで」
『それが他の子を呼ばなかった理由っすか?』
「そうだよ、青藍。世界樹の我儘で貴方たちが傷つくとか有り得ないし」
『うちらは契約してるから、姐さんの魔力ですぐ回復するっすけどねー』
気持ちの問題です。
「なにか質問はある?」
『期限はあるのです?』
「うーん、できるだけ早いと嬉しいかな。あ、勿論無理のない程、度で……」
……一斉にいなくなっちゃった。
しかも、全員被らずに八方に散ったあたり、息があってると言うかなんというか……。
「あう~、もこもこ~」
結局尻尾を掴めなかったハクの、すごく残念そうな声だけがその場に残った。
もふもふならエリーゼで我慢してね。
さて、皆が戻ってくるまでに、少しでもこっちの状況を進めておかないとね。
「橋を架ける……だけ?」
「はい」
フランクさん、エクトルさんに向け、私は首肯する。
「すべて工程ごとに区切り行動に移すのは、お二人もご存知の魔物の習性を鑑みてのことです」
「魔物は仲間を呼ぶ、人が傍にいると強化される、か」
「はい」
その習性を前提に今後の方針を作成した図を二人に見せる。
ざっくり言ってしまうと、魔物の分布や地震の被害などを、飛龍などの影響で空を飛ぶ魔物の少ない上空から偵察。
その間に村や町といった要所への最短ルートを、地形を考慮しつつ作成。
その次はルートに沿って、伐採した木を地割れの部分に渡しておく。
偵察で得た情報から救助や戦力投入や補給輸送の優先順位をつけ、その高い順に行動を開始する。
「……木の三、四本を渡した程度で、強度は大丈夫か?」
「もちろん、通過する際に土の魔術で補強していきます。直前まで補強しなければ、魔物が大群で渡ってくる可能性も下がりますし」
「……凍らせておけば、魔物が渡るのをより防げるな」
自力で渡ろうとする人がいたら危ないかもしれないけど……今の状況で外をうろつく人はいないだろうから大丈夫かな?
「橋渡しの際に同行する護衛隊に加えましょうか」
「ああ」
予め空けておいた図の空白に「氷の魔術を使える者」と書き加える。
方針の続き。
救助などが終了したら、改めて魔物の分布を偵察する。
他の支部や街の戦力と進攻する場所や範囲を取り決め、時間を合わせて一斉に蜂起。
習性による状況の変化が起きる前に、集団ごと掃討する。
「それまでは守りに専念するべきかな」
「可能な限り、ですね。迅速な行動のために、不測の事態は極力避けたいので」
やっぱり、他の町に置いてきてしまう人たちのことを考えてしまうんだろう。
それでも、納得してくれたようにエクトルさんは頷いた。
その一方で、考え事をしていたらしいフランクさんが口を開く。
「救助や補給物資を搬送する時も、出くわした魔物を迅速に片づけるだけの戦力が必要だな」
「はい。その戦力を確保するためにも、作業を同時進行ではなく段階的に分け、速度を犠牲にしてでも確実にことを進める必要があると判断しました」
「なるほどな」
幸い、リュネヴィルには闘技場に集まっていた人たちがいるから、戦力に不足はないと思う。
問題があるとすれば、他の支部や街。
そんな私の考えを察したように、フランクさんたちが言った。
「王都の本部や支部には私が一筆認めておこう」
「領主には私だね。……と言いたいが、成り上がりの若造がと反発を招くかもしれないから、王都の知り合いから通達を出してもらうよう頼んでみよう」
「よろしくお願いします」
こんな状況でそんなみみっちいことに拘ってるような人は、そもそも領主に向かないと思いますけどねー。
「支部にある備蓄は?」
「食事を質素なものへと変え、保存のきくように加工すれば、周囲の村落分の人口が増えても一か月は持ちます」
「国として預かっている分もある。十分、他へ回せる余裕はありそうだね」
エクトルさんの言葉に頷きつつ、フランクさんが続けた。
「とはいえ、守り続けるのは肉体的だけでなく精神的にもかなり消耗します。その悪影響が高まって統率が取れなくなる前に、ことを起こすべきでしょうね」
「急いては事を仕損じるが、悠長にことを進める心の余裕はない、か。できるだけ円滑に進めるよう、早速煮詰めていこうか」
成り上がりと自虐気味に言っていたけど、現場を知るからこその決断の速さみたいなのがあるんですよね。
その点、この二人は本当に頼もしい。
本格的に話し合う時、私の出番ほとんどありませんし。
サポートに徹しているうちに会議は終了。
早速行動を開始した。
使い魔たちが世界中に散ってから、三日と経たないうちに全員が帰還。
情報が集まったから、オブラートに包みつつ纏めてみよう。
まず、ロンドヴィルのように異常事態が起きているのは八か所。
一か所目が、各種族や部族の長による連邦議会が置かれる“巨海・法海”ウィンディア族長連邦。
ウィンディア族長連邦では、周辺諸国を巻き添えにするほどの超広範囲で落雷が観測されて、人のみならず動植物や農作物にも被害が広がってるみたい。
二か所目が、約20の国々から成る海域一帯の島を統括する“大海・蒼海”列島諸国連合。
列島諸国連合では定期的に吹き付けるダウンバーストによって船舶の転覆や家屋の崩壊が起きていて、船や飛行魔術を使った連絡もままならなず、正確な被害状況もわからない状態らしい。
三か所目、神因子を持つ普人を玉座に置いた普人の国、“絶海・氷海”神聖ライハンド皇国。
神聖ライハンド皇国は、水源になってる大きな湖が枯渇して、異常な猛暑に見舞われていたとか。
なんにでも暑さに耐えられる限度があるから、他のいくつかの場所より逼迫してるかも。
四か所目が、快楽と自由を旨に砂漠と海を抱える“深海・砂海”フィレアレミス女皇国。
フィレアレミス女皇国では、植物の異常発生によって交通網が分断されて、しかも農作物だけじゃなくて人や動物にも被害が及んでるんだとか。
五か所目が魔術大国、ミスリレージュ王国。
ミスリレージュ王国のリール高山に属するフャグラジャ山が噴火し、周辺地域に甚大な被害を及ぼしている。
一応魔術ギルドが張った結界のおかげで王都に被害はないけど、人力で張った結界は魔力を消費し続けるから、あまり長くは保てないと思う。
六か所目、海洋産業大国、アクラディスト王国。
アクラディスト王国の周辺海域が氷に覆われ、海路が断絶。漁船や交易船が出せないため、食料や経済が立ちいかなくなってきてる。
ここまで、原因は全部邪神。
雷を落としたり、火山を噴火させたり……はた迷惑な連中ですね。
七か所目が冶金工業大国、オーブワイト王国。
オーブワイト王国は全域を覆うような砂嵐に見舞われ、追い打ちをかけるように魔物が大量発生してるらしい。
そして八か所目は、泉の里……エルフの集落だってさ。
毒の霧が発生して、動植物に深刻なダメージを与えてるみたい。
この八か所とロンドヴィルを合わせた九か所が、今問題の起きている場所。
ウィンディア、列島諸国連合、神聖ライハンド皇国、フィレアレミス女皇国。
これらの国々が、様々な意味で“海”と称される四溟国家と呼ばれてる。
ミスリレージュ王国、アクラディスト王国、オーブワイト王国、そしてロンドヴィル王国。
これら四つの国は、神々が消えた人の世で“柱”となった四維王国って呼ばれてる。
四溟国家と四維王国。
合わせて八大国とも言われてるこれらの国々で、一斉に災害が起きたのは偶然じゃないと思う。
ていうか絶対違う。
八大国に含まれてない、エルフの里が混じってる時点で丸わかりですよね。
全部、私を表に出すため。
どうせ使徒さんのことだから、「より大勢の人を窮地に立たせれば~」とか「なんやかんや言っても同族愛が~」とか思ってるんだろうけど、それがわかってて手を出す程、私って良い性格でも楽天家でもないんですよねー。
ということで、予定はそのまま!
変更なし!
で、みんなの居場所だけど……。
改めて確認すると、思わず苦笑が漏れてしまった。
何と言うか……よくできてる。
できすぎてるって言ってもいいくらい。
もともと大災害が発生してるところにいた人たちもいたけど、いろんな所を旅してる子までしっかり“被らず”に配置されているあたり、本当に良くできていると思う。
まぁ、総本部なら私と同じようになんとかして情報を集められるかもしれないし、その上で被らないように傭兵ギルドのGMとか、上の人たちが采配したのかもしれないけどさ。
でもその場合、戦力を分散させることはしないような気も……って、そんなことはどうでもいいね。
状況が出来上がってるなら、それを素直に喜びましょう。
「えーっと……」
ウィンディアには〈常世の星〉の三人。
列島諸国連合で出てた異常な風の調査には、ニーナとエリアスさんも参加してるみたい。
フィレアレミスにはちょうどパーシャとガブリルがいて、異常発生した植物と戦ってたらしいから、その原因、邪神を討伐する依頼を受けてると思う。
ミスリレージュの火山噴火の原因究明は魔術ギルドが受けてるだろうから、ルーラも含まれてる……はず。たぶん。……さすがに参加するよね?
ウンディーネがいれば噴火自体を防げただろうから、ヨルクは里かどこかに向かってるんだろうし。
アクラディストの近くにいるセイレンは海の氷結を静観することはないし、彼女の下にはトリスタンもバハムート(自棄)もいるし、攻撃力にも問題はないね!
オーブワイトは闘技場の問題と前の戦争で戦力的にちょっとまずいけど、国王がジーンの血を引く獣人のクラスタさんだし……魔物の大量発生は周りにも影響してくるから、討伐にはオリオンさんも参加するんじゃないかな。
あの人、なんだかんだ言ってピスクローザのこと大事にしてるし。
ロンドヴィルは……まぁ、闘技場で集まってきてるギルド員もいるし、こんな時のために戦力の底上げも前からやってましたし★
皇国は鬼因子以外にはめっぽう強い神剣持ちの王様もいるし、万が一神剣の効果が薄い魔物がいても、トルスティさんがいるから大丈夫じゃないかな。
正直なところ、相性を考えるならフィレアレミスの“最大の邪神”にはニーナ。
ウィンディアの “最高の邪神”か、列島諸国連合の“最速の邪神”にカブリル。
アクラディストの邪神には、たぶん水属性だから(無事に契約できてれば)セレナ。
ミスリレージュの“最強の邪神”か皇国の“最多の邪神”にはヨルクが当たってくれれば、属性の相克で魔術を打ち消せてかなり楽になるんだけどね。
こればっかりは仕方ないし、今の状況も悪くはない。
聞いた限りだとエルフの里を包んでる毒の霧は水属性の派生だろうから、直接干渉できるウンディーネと契約してるヨルクの配置とかね。
何より、最高ってわけじゃないこの状況を乗り切れば、今後、今回以上の災厄に見舞われても「最高の状況に整えさえすればいける」って根拠にもなるかもしれないし!
……。
…………。
………………たぶん!
ということで、現状の把握は完了、と。
優先順位が高いのは……と考えたところで、ハクが目を擦っているのが見えた。
まだ寝たくないのか、何度も舟をこぎながら、ベッドには行かない。
というか、私の服の裾を掴んで離さない。
「寝よっか」
よほど眠いのか、小さく頷くだけのハクを抱き上げてベッドに移す。
ただ一緒に寝たかっただけだったらしく、一緒に横になるとすぐに寝息が聞こえた。
すやすやと眠る、穏やかな寝顔。
リュネヴィルの夜は静かで、何も知らなければ、問題なんて何一つ無い世界みたいだった。