8-2:「適当に見繕っておきますか?」
まず気づいたのは、音。
おなかの底から響くような音がかすかに聞こえた私は、窓の外に目をやった。
揺れてる。
そう判断した直後に外へ出て、怯える人、へたりこむ人たちに声をかけた。
「支部の中は安全です。立てそうですか?」
そう、できるだけ平然と。
「おお、こりゃやべぇな」
異常を察して支部から出てきた人たちが、どこか呑気にそんなことを言っていた。
土の魔術には、下級のものに地面を揺らして体勢を崩す、っていうものがあるから、戦いに身を置くギルド員にとって、地震そのものに驚くことはあまりないんですよね。
だけど、さすがに街全体が揺れている状況には驚いているようで、避難誘導をお願いすると快く受け入れてくれた。
近場の人たちがみんな避難してから一息入れて、様子を伺った。
揺れが始まってから結構経つけど、未だに断続的な揺れが街を震わせる。
「続くわねぇ……」
「支部にいれば大丈夫ですから」
窓を眺める不安そうな呟きにも、リアたちがそう声をかけていくことで収まっていく。
支部に張ってる結界は地震にもちゃんと効くから、この街では一番安全な場所だと思う。
というか、そもそも地震が魔術によって引き起こされる人災として存在するこの世界では、その対策はそれなりに取られてるんですよね。
簡単な結界とかいろいろあるけど、その最たるものが土の結石。
火の結石はライターや照明、水の結石は地下水を汲み上げたり濾過したり、風の結石は火の勢いを強くしたり換気に使ったりして、生活に密着してる。
じゃあ、残る土属性の結石は何に使われているのか。
その答えが、土の安定……地震の波を吸収・緩和する防壁として、それなりに大きな町以上の領地を囲むように、地下に埋められる使用法。
他には土壌の回復とか壁の硬質化なんかにも使われてるけど、やっぱり居住地の安定は大事だから、優先的に回されるんだとか。
もっと言うと、土地的に安定してるロンドヴィルは、土の因子の作用による地震の自然発生が少ない。
断続的に続く地震なんか尚更。
だからこそ、違和感があるんですよね。
仮に邪神の魔術だとしたら、一瞬で建物が倒壊するくらいの威力があってもおかしくない範囲の術なのに、それ程の威力はない。
威力を下げて範囲を広げたんだとしても、その意図が分からないし……。
「――あ、収まった」
と、考えているうちに地震は収まった。
「休憩のところ申し訳ありません。警邏に回っている人たちと合流して、被害状況の確認をお願いしてもよろしいでしょうか」
「「「 わかった 」」」
休憩中だった警邏隊、リュネヴュラウスの人たちには悪いけど、非常事態ってことで動いてもらう。
もちろん、私だって働きます。
まずは、被害状況を整理してフランクさんとエクトルさんに報告かな。
街の中の確認には行ってもらったから、あとはリュネヴィル周辺ですね。
「イリア」
ちょうどいいところにフランクさんが下りてきた。
寝癖がついてる当たり、仮眠をとってたら騒ぎが起きていた、って感じかな?
私が寝癖に気付いたのを察したのか、フランクさんは頭を押さえた。
抑える場所ズレてるし。
しかも恥ずかしいのか顔が少し赤いし。
なにこれかわい――そうじゃない。
「えっと、大規模な地震が起きました。リュネヴュラウスの方々に現状把握に向かっていただいてます」
「そ、そうか。……なら、そのまま指揮にあたろう。イリアはデジレに言って近隣支部から異変の連絡はないか、調べるよう伝えてくれ」
「はい、承知しました。エクトルさんの下には私が直接向かいますか?」
少し考え、フランクさんは「いや」とその案を却下した。
「私が直接行くよ。……というか、おそらく合流することになるだろうしな」
「そうですね」
あの領民思いの人が、この状況で動かないわけがありませんね。
「……あいつらにも何か仕事をさせないとな」
そう言ったフランクさんの視線の先には、妙にニヤニヤしているリアやシンシア。
「適当に見繕っておきますか?」
「頼んだ」
のぞき見なんてしてる余裕があるみたいですしね。
その後。
警邏隊の奮闘や、厨房の奥様方の情報ネットワークもあり、かなり正確な情報が得られた結果、転んだり落ちてきた家具なんかで軽いケガをした人はいたけど、幸い大怪我をした人はゼロ。
新しく建てた建物が多かったのも幸いだったようで、調度品が壊れたりっていう話はあったものの、家屋が倒壊したとかいう大惨事は一軒もなかった。
だけど、それらは本当に不幸中の幸い。
本当の被害は、街の外にこそあった。
翌日。
領主の館の応接間に集まったのは、エクトルさん、フランクさん、カロンさん、それと私。
「まず報告を頼む」
エクトルさんの重い言葉には焦燥も少し含まれていて、あまり余裕がないことが窺えた。
そのせいか、答えるカロンさんもいつもの飄々とした様子じゃなくて、真剣な面持ちをして口を開いた。
「ロンドヴィルの各地で大きな揺れを伴う地割れが発生し、多くの市街や村落が孤立しています。行方不明者も出ている他、混乱した魔物も生息圏を出て人里に現れているようです」
たぶん、これが使徒さんの言ってたことだと思う。
多数の魔物がーって話もしてたし、生息圏を出たんじゃなくて単純に増えた可能性が高いけど、全く目撃証言がないなら邪神はいないってことなのかな?
もしそうなら邪神じゃなくて良かったかもしれないけど、原因が一つじゃないから広域をカバーしなきゃいけないし、こっちもこっちで厄介だ。
何より、移動手段が断たれたことによる戦力の分断、自給難がきつい。
「そうか……。ギルド本部や国から何か通達はあるか?」
「いえ。王都は直接地震と地割れの被害を受け、混乱しています。ロンドヴィル本部も、その混乱の収拾で手いっぱいのようです」
「わかった。ありがとう」
フランクさんはエクトルさんに目配せすると、互いに頷いてカロンさんに向き直った。
「我々、リュネヴィル支部は本部からの指示や決定を待たず、独自に行動を開始する。人命の救助、並びに交通網の修復を最優先とする旨、本部に伝えてくれ」
「了解です」
次いで、フランクさんは私に顔を向ける。
「イリア、まずは詳しい状況が知りたい」
「畏まりました」
支部長らしくビシッと決めてくれるフランクさん。
今までのごたごたもいい経験になったのかなーって思うけど、私を同伴させるのをやめたらもっと印象がよくなると思うんだ。
主に私の。
ともあれ、フランクさんとエクトルさんが警邏隊……リュネヴュラウスの運営について話し合いを始めたところで退室。
その足で支部に向かいながら、これからやるべきことを考える。
まずは調査に向かってもらう人員を確保するためのものと、街道などの修理や補修のための資材や魔術師を確保するための依頼を作成することかな。
考え事がちゃんとまとまる前に支部に到着。
ホールにはかなりの人がいて、みんな今起きてる異常に困惑していたけど、事態の説明や自分がやるべきことを見つけると、それも次第に収まっていった。
まぁ、今は待機するしかないんですけどね。
でも、体を休めることもまた大事な仕事には違いないし、異常事態のなかでそれをちゃんと実行するのは簡単にできることじゃない。
私も私の仕事をしないとね。
そう意気込んだのはいいけれど、事態はそれだけには留まらなかった。
ほとんどの人が今できること……片づけや調査なんかも始めて、それらの処理を終えたことで受付の業務が少し手持無沙汰になっていた頃。
「イリア、来てくれ」
裏からのフランクさんの声で事務室に向かうと、異様な雰囲気に少し驚いた。
なんていうか、妙に静かな気がする。
事務処理だとか、本部や他の支部から回ってくる情報の処理は、まだしばらく忙しいはずなのに。
そんな私の疑問に対して、フランクさんは言った。
「今、他のギルドとの連絡が取れなくなってる」
言葉だけを聞けば、「地割れで断絶したから?」と思うかもしれない。
だけど、今更そのことを問題提起する意味はないし、何よりフランクさんの表情が、もっと深刻な状況だと言っていた。
「……それは、連絡網が使えなくなってる、ってことですか?」
「……ああ」
やられた……。
まさか、そこまでしてくるとは思わなかった。
使徒さん……世界樹の本気度を見誤り、侮ってた自分の浅はかさで少し項垂れてしまった私に、フランクさんは続ける。
「他の者には知られていない。……まず、“連絡網”のことも知らないだろうしな」
その言い方だと、私は知ってる前提みたいに感じるんですが……。
まぁ、知ってるけどさ。
連絡網。
それはギルドの上層部の中でもごく一部にしか知られていない秘中の秘。
簡単に言ってしまうと、世界樹の根を使ったネットワークシステムですね。
わぁざっくり☆
……なんてふざけてる場合じゃない。
連絡網は、その名の通り本部や他の支部なんかとの連絡事項のやり取りや、情報の共有を迅速に行うために使われる。
今でこそ、あまりやり取りが増えすぎると魔物の増大を引き起こすって事実が発覚して、
『国やギルド、人類に関わる重要事項や、共有の速度が重要な依頼、その成否を周囲のギルドに送ったりする程度に留める』
っていう決まりができてたりするけど、この機能があったからこそ、ギルド国家間戦争でギルドが“国家との共存”っていう最良の勝利を得ることができたわけだ。
だけど、根の持ち主である世界樹にその連絡網が機能不全にされてしまった今、ギルド最大の利点である“最速の情報共有”が失われてしまったことになる。
使徒さんが言っていたように、世界中でロンドヴィルと同じかそれ以上の問題が起きているとしたら、連絡網が使えないのはかなりの痛手。
指揮系統の分断だけじゃなくて、どこに回せる戦力や物資があるか、被害はどれだけか、迅速に情報を共有して策を講じることができないから、もっと言ってしまうと、痛手どころか致命傷になりかねない。
そして、私の考えていた予定も修正しなきゃいけなくなった。
本当に……してやられた。
「連絡を密にするのが最優先として、その人員の確保と説明だな」
そんなフランクさんの声が聞こえて、私は顔を上げた。
「理由は私が用意しよう。イリアは人員の確保と従業員への説明を頼む。……イリア?」
「あ、はい。承知しました」
「どうした、固いぞ?」
頭を軽く叩かれてしまった。
なんというか……不覚ですわー。
いやですわー。
……おかげで頭が冷えました。
……少し、使徒さんの思惑に引きずられすぎてましたね。
絶対手は出さない。
思い通りにさせるもんかって、意地になってたのかも。
不意の事態に陥ったからって、予定通りの行動がとれないからって、もうどうすることもできないわけじゃないのにね。
国は混乱して頭が働かず機能不全。
ギルドは耳と目をとられて立ち往生。
それでもまだ、動けなくなったわけじゃない。
何かが決まったわけじゃない。
下に見ていたのかもしれない。
侮っていたのかもしれない。
無意識のうちだとしても、皆のことを信じ切れていなかったのかもしれない。
「ありがとうございます」
「……何かしたか?」
「いえ、やっぱり頼りになるなー、って」
誤魔化すような口調で言って、本心を誤魔化した。
「じゃあ行きますね」
「……ああ。頼んだ」
「はい。頑張りましょう」
皆の力で、立ち向かいましょう。
そう言外に告げると、フランクさんもまた、笑った。
「ああ。頑張ろう」
そう、力強く。
……で、いつまで頭に手を乗せてるんでしょうか。